思わず独り言を発してしまい、「はっ」として辺りを見渡すことがある。
独り言を、人に聞かれてしまったら気持ち悪がられるのは必至であるし、独り言に慣れてしまって、それで良いなら何でもかんでも自分独りで完結してしまい人との関わりが希薄になってしまう。
かの芥川龍之介も著書に「独り言が増えたら気をつけた方がいい」という意味合いの言葉を書いていた。
独り言は百害あって一理なし。言わずに済むならそうするに越したことはない。
僕はそう思っているので、たまに独り言を発する人を見ると気になって仕方がない。
独りで地図を見つめながら、『はい、はい』と言ってる奴。
電気屋に並べられたテレビで流れる野球中継を見ながら、『あちゃ~』と言ってる奴。
誰もいない家に帰り、『ただいま~、……って誰もいないか』とつぶやいている奴。
そういう光景を眼にしたり耳にしたりすると、『独りで喋りやがって気持ちの悪い、馬鹿じゃねぇか』などと思う。
その癖、自分もついつい心の中で思っていれば良いようなことが咄嗟に口から出てしまう時があるので不思議だ。
十年前のこと。僕は後楽園ホールでプロレスを観た。その終わりに会場から出ようとエレベーターの前に立ったのだが、混雑していたため一向にエレベーターが来ない。
このまま待っていても仕方がないなと思い、次に自分が取るべき行動を思案していた。
まだエレベーターは来ない。そこで他の案に思いを巡らせ、一つの案を思い付いた。その喜びと勢いから僕は思わず、『階段で行~こおっと』と独り言を虚空に放ってしまった。
その瞬間、僕の斜め後ろにいたオッサンが突然、『お~れもっ!』と言ったのだ。
僕の独り言が、独り言じゃなくなった。
更に、その見知らぬオッサンの『お~れもっ!』に対して若かった僕は、『いや誰やねん!』と反応してしまった。
あまり人に対して乱暴な口を叩かない僕だが、芸人に成り立ての時期で視野が狭くなっていたこともあり、反応してしまったのだろう。
なんか変なオッサンが、小学生みたいな口調で勝手に返事をしてきやがったと思っていたが、考え方を変えれば、そのオッサンのお陰で僕は独り言を言わずに済んだのである。
もしかしたら、あのオッサンは熱心な芥川の読者で、独り言が孕む危険性を理解した上で、独り言を放った見知らぬ青年を救うために独り言に返事をしたのかもしれない。
しかも、オッサンなのに『お~れもっ!』とは実に楽しく可愛い。
そう思うと知らないオッサンが愛しく思えて来た。
あれから十年。僕は相変わらず独り言を口にする。
その度に、あのオッサンが近くにいてくれたらと思うのである。