又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

其ノ十九「私には、これくらいしかできませんので」(ジューシーズ児玉)

 昨年の夏頃から、二人の後輩と一緒に暮らしている。一人はジューシーズというトリオで活動している児玉という男。もう一人はパンサーというトリオで活動している向井という男である。児玉は僕より四年後輩で、向井は僕の六年後輩になる。
 一緒に住み始めた当初は「なぜ?」とよく聞かれた。芸人が家賃を浮かすために何人かで住むというのは、昔からよくあることで、不思議なことではないのだが、共同生活をしている芸人のほとんどは、年齢が二十代前半だったり、芸歴五年未満の若手が圧倒的に多く、芸歴十四年目を筆頭に齢三十前後の三人で共同生活をしているという話は聞いたことがない。
 なぜそんなことになったのかというと、話は少し過去に遡る。

 数年前まで僕は吉祥寺の風呂無しアパートに住んでいた。向井も近所に住んでいて、児玉も家族と近くの荻窪に住んでいたので三人で毎日のように遊んでいた。

 最初は児玉と二人で遊び始めた。若い時の芸歴四年の差というのは大きい。一年上の先輩が怖くて仕方がない頃の話だ。児玉と遊び始めたのには色々な理由がある。
 まず、僕が東京NSCという吉本の養成所に入った時、同期にも沢山面白い人はいたが、ほとんどが同世代という共感からくる心地の良い面白さだった。一年下も二年下も三年下くらいまでは面白い芸人は沢山いたが大体同じような感覚だった。同じものを見て、育って来たのだなという安心感のある感覚だ。ただ、四年下の九期生から一気に感覚が変わる。東京NSCだけをサンプルにしてみると、ここに時代の断絶があるようにさえ感じる。九期生がNSC在学中に行ったライブを観たのだが、ハッとするような感覚を幾度となく得た。NSCの講師や方針が変容し僕達とは別のフィルターがかけられたことによって、今までとは違うタイプの芸人が多数出てきたということも考えられるが、その辺りのことを詳しく調べたことはないので事実は解らない。とにかく九期生には同世代の共感とは別種の新しい刺激があった。
 そんな風に書くと、随分自分が老けているようにも思うが、そう感じた僕もまだ二十三歳だった。そのネタライブに出演しているなかで、唄いながら舞台中央に出て行く奴等がいた。
『ヘッドバッド&キック、全員倒せるチョップ、パンチの出番はま~だ……』という馬鹿そうな唄だった。しかし、僕はその歌詞の、『全員倒せるチョップ』という言葉にハッとさせられた。子供の頃に、男子達は確かにそんなことを言っていた。自分も言ったかもしれない。自分達で勝手に作った設定の中で自分で作った必殺技を用いて同級生と戦っていた。自分が必殺技を生むと、相手はそれを凌ぐ防御を考案する。お互いがそうすることによって、必殺技のレベルはどんどん上がって行く。そして、そのいたちごっこが臨界点に達したことを告げるのが、『全員倒せる……』という言葉だった。そんな左脳の奥の方に閉まっていた言葉を自然に使っている奴がいた。しかも、『全員倒せるチョップ』という言葉によって限界を示したにもかかわらず、そのあとに続く言葉は、『パンチの出番はま~だ』である。まだ見ぬ『パンチ』は『全員倒せるチョップ』よりも強いということを暗に示している。これは表現の妙だ。凄い馬鹿そうに見えて、言語表現の先端を走っている奴等がいると思った。それを一例として、そのライブにはセンスの凄い人達が沢山いた。面白かった。それが、児玉のいる九期生と僕の出会いだった。

 僕が児玉の名前を覚えたのは、我々ピースがMCを任され、僕達より後輩の芸人が百人以上出演するライブの時だった。大勢の芸人が色々なゲームコーナーを行うのだが、児玉だけが他の芸人達とは感覚が大きくずれていた。MCをしていると他の演者の表情がよく見える。舞台上で起こっている現象は全員に共通するものだから、ほぼ全員が同じリアクションをする。笑ったり、怒ったり、驚いたり、そこで一人だけ違うリアクションをすると日常生活の中でも同じだと思うが、かなり浮いてしまう。協調性の無い人だと思われる。空気を壊してしまうこともある。変人だらけの芸人社会においても大勢の中で一人だけ違うリアクションをして許される人は本当に一握りだ。それは、誰がどう見ても変わり者であったり、そのライブの主要な人物でなければならない。そのライブで児玉は一番後輩であり、後ろの方に立っていた。しかし、一人だけ驚くほどに周囲と表情がずれていた。それは、自分は他の人とは違うのだという自己顕示欲から差別化を狙ったものではなかった。そういうことでいうと、児玉は徹底的に周りに迎合していた。周囲に遅れながらもリアクションを合わせたりしていた。しかし、今なぜ皆が笑っているのかが全く解っていないという表情をしていた。そして、一人で突然笑いだしたかと思うと、自分以外には誰も笑っていないということに気付いた途端、無理やり真剣な表情を作ったりしていた。その調子が妙に面白くて気になった。いつの間にか、僕は名前も知らない後輩が一人で何を面白いと思っているのかを探ろうとした。児玉の表情を見ながら、児玉が何に反応しているのか、そしてそれは実際に面白いことなのかを検証してみた。すると、児玉が反応していることは一見些末に感じられるが、舞台上で皆が共有している進行が一歩、二歩、三歩……という具合だとするなら、一歩を十等分するくらい歩幅を狭めて舞台上の機微を児玉なりに捉えていることが解った。いつの間にか、僕は自分が面白いと思ったことが起こると児玉を見て笑っているか確認するようになった。そして、児玉が笑っていたら安心した。笑っていなかったら理由を考えた。そんな経験は生まれて初めてだった。その日に児玉の名前を覚えた。

 個人的な見解に過ぎないが児玉に対して、ただならぬセンスを感じたので、「今度遊ぼう」と誘ってみた。児玉は「こいつは、なぜ自分を誘うのだろう?」という顔をしていた。児玉は急に殴りかかってきそうな雰囲気があるので、最初の頃は少し怖かった。
 徐々に打ち解けて行き、僕がiPodを人からいただいた時には、「僕、パソコン得意なんで曲入れましょうか?」と言ってくれるまでに仲良くなった。嬉しかった。だが、そのiPodが僕に返って来たのは一年後だった。催促すると、「昨日も作業してました。もう少しです」と言う。それが一年続いたのだ。とにかく児玉は作業が遅かった。

 二人で毎日遊んでいるうちに児玉の表情を見るだけで笑えるようになってきた。九期生のライブの時にいた、唄いながら出て行く変な奴等のことを聞いたら、児玉は「あれ、僕ですよ」と言い、「ヘッドバッド&キック!全員倒せるチョップ!パンチの出番はま~だ! ガッチャ! ガッチャ!」と唄ってくれた。あれも児玉だったのだ。
 児玉に、「又吉さん、僕に初めて喋りかけて来た時のこと覚えてます?」と聞かれたことがある。僕は先程述べた、僕達がMCを務めたライブ後が初めてだと思っていたのだが、どうやらその前にも会話を交わしたことがあったらしい。児玉の説明を聞いていて、記憶がよみがえった。

 オールナイトの大喜利ライブがあって、自分ではないブロックを舞台の袖から覗いていたら、一人面白い人がいた。知らない人だったので、後輩なんだろうなと思った。彼は面白かったが、全くウケていなかった。でも、なぜか妙に面白かった。
『こんな落語家の名前はいやだ』というお題で、そいつは「楽器亭フルート」と答えていた。肩に力が入っていない雰囲気が面白かった。周りが鉄パイプをブンブン振り回している中で、児玉は酔拳の達人の爺のようだった。
 そのブロックが終了したあと、1ポイントも取れなかった彼に、僕は「楽器亭フルート面白かった。他のも全部一番面白かった」と伝えた。彼は「あっ、ありがとうございます」と言った。
 その彼も、なんと児玉だったらしい。仲良くなるはずだ。顔と名前を覚えられない自分にも問題はあるが、全く面識の無い状況から僕は三度も児玉の才能に惹かれたことになる。

 その後、向井が吉本に入ってきた。この向井という男も児玉と同じか、それ以上に複雑で魅力的な人間なのだが、書き出すと長くなるので、ここでは省略する。

 それ以降は三人で行動を共にするようになった。一緒に銭湯に行ったり、ラーメンを食べたり、牛丼を食べたりした。たまに給料日の日には焼肉を食べに行ったりもしたが、酒は一滴も飲まず一杯目はコーラか烏龍茶で乾杯し、二杯目以降は水で我慢した。三人共、肉より先に大盛ライスを頼み腹を満たした。三人でたらふく食べても、お会計は三千円程度に収まった。いつも、最後は井の頭公園に行き、缶珈琲を飲みながら大きな池に架かる七井橋の上から西の方角にある大きなマンションを見上げて、「いつかあそこを基地に出来たら最高やね」という話で盛り上がった。それなら風呂がある家に三人で住もうということになった。その時期ならば、すごく自然なことだった。

 それから数年が経ち、にわかに我々ピースが忙しくなった。僕は独断で吉祥寺を離れて独り暮らしをはじめた。二人には文句を言われた。
 二人も忙しくなってきた。誘うのが申し訳なくて、遊ばなくなった。

 それから更に数年が過ぎた。ひさしぶりに三人で遊んだ時に、誰からともなく「全然遊べないから一緒に住もう」という話になった。年齢的にも一緒に住むなら今が最後だと思い、思いきって部屋を借りて三人での共同生活がはじまった。

 児玉は向井よりも先輩だが、芸人としての収入の関係で家賃は向井の半分しか払っていない。だから率先して家事をしている。とても単純な男だ。
 そして、たまに僕と向井がリビングでテレビを観ていると、突然全裸の児玉がテレビの前に立ち、奇妙な踊りを始める。僕達は「じゃまじゃ! どけよ!」と言う。その言葉を児玉は黙殺し、「私には、これくらいしかできませんので……」と言って、哀しげな表情のまま全裸で踊り続ける。
 たまに児玉は本当に馬鹿なんじゃないかと思う。しかし、なぜか理由は解らないが妙に面白い。いつも児玉は理由は解らないが妙な面白さがある。

またよし・なおき

1980年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「ピース」として活動中。キングオブコント2010準優勝。趣味は散歩と読書。好きな作家は、太宰治、芥川龍之介、古井由吉、中村文則など。著書にコラムニストのせきしろ氏と手がけた『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)がある。「ピカルの定理」(フジテレビ)「ハッピーミュージック」(日本テレビ)などにレギュラー出演中。『acteur(アクチュール)』本誌では、大好きな本について語るエッセイ「憂鬱な夜を救ってくれる本といる」が好評連載中!

 バックナンバー

其ノ十九「私には、これくらいしかできませんので」(ジューシーズ児玉)

其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)

其ノ十七「又吉! サボるな!」(三ツ沢球技場サポーター)

其ノ十六「モグリなんじゃないかって噂になってたよ」(『若松屋』の常連さんの言葉)

其ノ十五「皆さん、ご家族なんですか?」(山に詳しい女性編集者)

其ノ十四「おひとりで、よろしいですか?」(京都のタクシー運転手)

其ノ十三「Good Sound」(あるジャズヴァイオリニストの言葉)

其ノ十二「わしは生活かかっとんねん」(父の言葉)

其ノ十一「ゴリラ太ってんじゃないっすか」(ハライチ岩井)

其ノ十「速く行け! ええから走れ! 全員抜いてこい! ぼけっ!」(サッカー部の先輩平田さんの言葉)

其ノ九「風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。」(太宰治)

其ノ八「お~れもっ!」

其ノ七「ほらっ、マニアックナイト!」

其ノ六「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」

其ノ五「本気で信じてないと……」

其ノ四「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

其の三「……面白すぎるんじゃないの?」

其の二「ジープって、やっぱり進駐軍?」

其ノ一「笑わんといてな……。俺、大阪城に住みたいねん」

帯

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