又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

其ノ四「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

 高校時代はサッカー部に所属していた。僕が在籍した頃は、新入部員が毎年百人を越える大所帯で、関西や四国の中学サッカーで名を馳せた強者が集う関西屈指の名門だった。

 練習は嘘のように厳しく、サッカー雑誌でライターが全国の有名校をまわって選ぶ、本当に練習が厳しい高校で全国二位に選ばれる程だった。中学でエースナンバーを背負い肉体的にも強靭な連中が揃っているにもかかわらず、常軌を逸した過酷な練習に誰もが涙を流し嘔吐した。大半の者は練習が厳し過ぎて高校生活の途中でサッカーを諦めた。

 そんな中、中学まで香港で暮らしていた孫君というチームメートがいた。孫君はサッカーは上手かったが日本語が少し苦手で、少し子供っぽい話し方だった。それに突然変わったことを言ったりする癖もあった。授業中などに先生の呼び方が解らず、「お前!」と呼んだりしたこともあった。

 その高校は練習も厳しかったが上下関係や礼儀も厳しかった。百人以上いる新入部員の中で一人でも遅刻をすると、連帯責任で練習後に一年生全員が部室に集められ上級生から叱られた。遅刻をした当事者は、このような思いをするなら眠らないんじゃないかと思うほどのお仕置きを受け、それ以外の一年生も百人という人数を最大限に活かし、出来るだけ目立たないように震えながら早く時間が過ぎるのを待っていた。この時のことを思い出すと未だに僕は憂鬱になる。

 「お前ら二度と遅刻すんな!」と先輩が言うと、一年生全員が目を見開き大きな声で「はい!」と応える。百人で一斉に声を出すと部室が揺れる程だった。とてつもない緊張感の中、永遠と思われる程の時間が過ぎた。先輩が「何か質問ある奴?」と聞いた。この言葉が出ると大体説教は終わる。僕は「ようやく終わる」と心の中でつぶやいた。この先輩の言葉に対し、挙手して質問が出来る根性のある人間はまずいないのだ。

 だが、その日は違った。僕の背後で何かがゴソッと動く気配がした。先輩達の視線がそちらに動く。先輩にバレないよう何となく首を動かし、背後を見ると孫君が手を挙げていた。嘘だろと思った。ようやく終わると思ったのに、頼むから余計なことは言わないでくれと祈った。

 先輩が孫君を指差し、「おう、お前なんや?」と言った。部室が異常な緊張感に支配された。

 すると孫君はゆっくりと口を開いた。

 「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

 先輩が「帰れるか!!」と叫んでいた。僕達の帰宅時間が大幅に遅くなったのは言うまでもない。
 
 孫君はその後、サッカー部も学校も辞めた。

 だが未だに高校時代のサッカー部のチームメートに会うと、僕達は合言葉のように、「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」と言い合っている。

またよし・なおき

1980年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「ピース」として活動中。キングオブコント2010準優勝。趣味は散歩と読書。好きな作家は、太宰治、芥川龍之介、古井由吉、中村文則など。著書にコラムニストのせきしろ氏と手がけた『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)がある。「ピカルの定理」(フジテレビ)「ハッピーミュージック」(日本テレビ)などにレギュラー出演中。『acteur(アクチュール)』本誌では、大好きな本について語るエッセイ「憂鬱な夜を救ってくれる本といる」が好評連載中!

 バックナンバー

其ノ十九「私には、これくらいしかできませんので」(ジューシーズ児玉)

其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)

其ノ十七「又吉! サボるな!」(三ツ沢球技場サポーター)

其ノ十六「モグリなんじゃないかって噂になってたよ」(『若松屋』の常連さんの言葉)

其ノ十五「皆さん、ご家族なんですか?」(山に詳しい女性編集者)

其ノ十四「おひとりで、よろしいですか?」(京都のタクシー運転手)

其ノ十三「Good Sound」(あるジャズヴァイオリニストの言葉)

其ノ十二「わしは生活かかっとんねん」(父の言葉)

其ノ十一「ゴリラ太ってんじゃないっすか」(ハライチ岩井)

其ノ十「速く行け! ええから走れ! 全員抜いてこい! ぼけっ!」(サッカー部の先輩平田さんの言葉)

其ノ九「風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。」(太宰治)

其ノ八「お~れもっ!」

其ノ七「ほらっ、マニアックナイト!」

其ノ六「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」

其ノ五「本気で信じてないと……」

其ノ四「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

其の三「……面白すぎるんじゃないの?」

其の二「ジープって、やっぱり進駐軍?」

其ノ一「笑わんといてな……。俺、大阪城に住みたいねん」

帯

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