又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

其ノ六「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」

 昔、お世話になった友人が新宿二丁目でスナックをやっていて、「新年会をやっているので来ないか」と誘われた。どちらかというと人見知りなので普段ならば辞退するところだが、連絡を貰ったのが偶然にも店の近くで、しかも丁度仕事が終わった直後だったので、何か巨大な力に導かれているのではないかと思い、 少し寄ってみようと思った。実は年が明けても気分が重たく鬱屈とした心を何か外部からの影響で晴らしたいという期待もあった。

 しかし、店の前に着くと店内から大声でカラオケを唄う声が漏れていて早速帰りたくなった。

 実際に帰ろうかなと思ったらスナックの扉が開き、五十代くらいの女性が携帯電話で話しながら出てきた。女性は僕を見ると、「又吉君! 待ってたよ~!」と叫びながら僕の手を取り薄暗い店に引きずりこんだ。僕は電話が途中だったようだけど大丈夫なのかと気になって仕方なかった。

 席に座るまでの、約三十秒の間に一人のオバサンと、二人のオッサンと、一人のオッサンかオバサンか解らない人の、計四人の中年に僕はキスをされていた。その内の一人は確実に晩飯でカレーかカレーうどんを食べたと匂いで解った。

 友達は「よく来たね」と言ってはいたが、疲れた目からは、何故今日に限って来たのだ、助けられないよ……という感情が読み取れた。周りに促され断りきれずに比較的若い男友達である僕を、きっと断るだろうくらいの気持ちで呼んだのだろう。

 友達の表情は優しかったけど、その夜ばかりは僕を救ってくれなかった。その夜は、僕が社会生活を送る上で保障されている人としての権利や思考などを無茶苦茶に破壊して、ついでに僕の価値観や憂鬱や感傷さえもぐっちゃぐちゃに壊して欲しかったのだ。

 スナックには色々な人がいて統一感がなかった。何の集まりか聞くと近くの蕎麦屋の新年会であるらしかった。そこの主人、奥さん、従業員、常連さんなどが集まっているらしい。

 絶えず誰かが何かを唄い、誰かが何かの酒をこぼし、誰かが誰かを罵倒していた。参加者達は誰もが僕と同じように日常の生活を、疲労を、狭いスナックに連れて来て、他の人達が連れて来たストレスと互いに擦り合わせて燃焼させようとしていた。乱痴気騒ぎ。鳥獣戯画の宴。狂乱の民と化した一同は凄まじいテンションと速度で生命を鳴らしていた。時空が歪み騒いでも騒いでも現実の時間は一秒も進まなかった。

 深夜2時を過ぎた新宿二丁目の通りでは、しけもくを拾って吸う誰かが自販機に手を伸ばし釣銭が残ってないかを確認する。

 その一瞬の間に、スナックにおわす狂乱の民達は十杯も二十杯も酒を飲んだ。

 僕はというと、酔っている癖に優しさを忘れていないオッサンが隣にいて、「又吉君お酒弱いんでしょ? 内緒ね」と囁き何度も何度も烏龍茶を持って来てくれた。

 いや正直、そんな場違いな優しさは要らん。呑ませてくれ。この環境において一人しらふは地獄。

 そう思っていた時、一人の体格の良い若い青年がすくっと立ち上がり、ソファに座る僕の顔を覗き込むと、「正直、俺が、一番、好きな、芸人は、アンタじゃない、だがな、俺は、又吉が、好きだぜ! ハハッ! 最高だぜ!」と言った。

 これはとんでもない奴に巻き込まれた。青年の身なりや口調や手振りから察するに彼はヒップホップの影響を多分に受け、その成長過程でもっと、もっとヒップ ホップの栄養分が必要だったが、情報が足りなかったのか、未完成のまま奇妙に完成してしまっていた。彼が口癖のように発する「ハハッ」という乾いた笑いの ような音は、何かヒップホップの世界で、そういうのがあるらしく、それはとても格好良いことであるらしかった。

 その日、彼は乗っていた。

 彼はカラオケのリモコンを操作すると、僕に人差し指を向けて、「聴いてくれ、出会いに、これが新宿二丁目のラップだぜ!」と言って、尾崎豊の「I LOVE YOU」を熱唱した。

 昨晩、実際にあった事実を今書いているのだが自分でも何か信じられない。

 彼の歌は素晴らしかった。確かに上手かった。間奏中には自作のラップを披露してくれた。

 「マタヨシとの出会い、マタと無いんじゃない、それも又、良し、夜はナイト!」

 韻を踏んでいるようだったが、文法的には破綻していたし、韻を踏むとはそういうことじゃないような気もした。しかも、ラップが気持ち良いのか長くなり、二番の唄い出しにまで食い込んでしまい、「アイラビュ~今だけは~」のところが早口になるのが最高に滑稽だった。

 その箇所を省くことは彼生来の生真面目さが許さなかったのだろう。

 僕は彼の自作のラップを素早く携帯のメール作成画面に打ち込み保存した。なぜなら、この原稿の締め切りがこの夜だったし、彼に顔を覗きこまれ「俺は、又吉が、好きだぜ!ハハッ!」と言われた瞬間に、よしっ、コイツのことを書こうと決めていたからだ。

 彼の一連のパフォーマンスを見ながら、僕は彼が幼かった頃の姿を想像してみた。病室で産声を上げた瞬間、七五三、入学式、ドッチボール、組体操、縦笛を吹く姿、すると彼の存在がとても尊いものように感じられた。

 唄い終わった彼に向けて僕は惜しみ無い拍手を贈り、「素晴らしいっすね。ラッパーなんですか?」と聞いてみた。

 すると彼は真っ直ぐな瞳で僕を見て、「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」と言った。

 神様はいた。その夜の彼が僕の神様だった。彼の独自のラップは僕を充分に救ってくれた。

 彼は、「マジ、一生の友達だぜ! ハハッ!」と言って僕に握手を強要した。

 そして、メールアドレスを交換しようと言われたので、「是非しましょう! その前に、ちょっと失礼」と言って僕はトイレに行き、うやむやにして帰った。

またよし・なおき

1980年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「ピース」として活動中。キングオブコント2010準優勝。趣味は散歩と読書。好きな作家は、太宰治、芥川龍之介、古井由吉、中村文則など。著書にコラムニストのせきしろ氏と手がけた『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)がある。「ピカルの定理」(フジテレビ)「ハッピーミュージック」(日本テレビ)などにレギュラー出演中。『acteur(アクチュール)』本誌では、大好きな本について語るエッセイ「憂鬱な夜を救ってくれる本といる」が好評連載中!

 バックナンバー

其ノ十九「私には、これくらいしかできませんので」(ジューシーズ児玉)

其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)

其ノ十七「又吉! サボるな!」(三ツ沢球技場サポーター)

其ノ十六「モグリなんじゃないかって噂になってたよ」(『若松屋』の常連さんの言葉)

其ノ十五「皆さん、ご家族なんですか?」(山に詳しい女性編集者)

其ノ十四「おひとりで、よろしいですか?」(京都のタクシー運転手)

其ノ十三「Good Sound」(あるジャズヴァイオリニストの言葉)

其ノ十二「わしは生活かかっとんねん」(父の言葉)

其ノ十一「ゴリラ太ってんじゃないっすか」(ハライチ岩井)

其ノ十「速く行け! ええから走れ! 全員抜いてこい! ぼけっ!」(サッカー部の先輩平田さんの言葉)

其ノ九「風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。」(太宰治)

其ノ八「お~れもっ!」

其ノ七「ほらっ、マニアックナイト!」

其ノ六「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」

其ノ五「本気で信じてないと……」

其ノ四「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

其の三「……面白すぎるんじゃないの?」

其の二「ジープって、やっぱり進駐軍?」

其ノ一「笑わんといてな……。俺、大阪城に住みたいねん」

帯

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