又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

其ノ七「ほらっ、マニアックナイト!」

 中学生の頃、太宰治の『人間失格』を読み衝撃を受けた。そこに書かれていた幼少期から少年期までの主人公大庭葉蔵の振る舞い方は自分自身が世界に向き合う時の方法そのものだったからである。

 なぜ誰も知らないはずの僕のやり方がここに書かれているのだろう? この人は一体なんなのだろう?  そのような感覚が最初の印象であり、ということはだ、ここに書かれている凄惨な出来事が今後自分自身の人生にも起こるかもしれないという恐怖も感じた。

 『人間失格』を読んだ多くの人が、僕と同じようにこれは自分の物語だと感じるらしい。

 それを不思議に思う人は毎年必ず生まれるラブソングの流行歌を思い出して欲しい。

 流行歌をさして、「あれ、私達の歌だよね」などと言うカップルを阿呆だの馬鹿だの痛いだのと揶揄もするけれど、どこか思い当たるふしもあるはずだ。

 なぜラブソングが売れるのかは単純なことで子供から大人まで誰もが恋愛を経験したことがあり、強い想い出、強い憧れがあり万人が共感できるテーマだからである。

 数万人の人々がその恋愛の歌詞に自分の恋愛を重ね合わせ共感し自分の曲として感受する。

 そして、数年後に突然懐かしいラブソングが聴こえてくると昔好きだった人を思い出してしまうのである。

 これは、「あれ、私達の歌だよね」と公言するか否かの問題は置いといて、多くの人が潜在的にそのラブソングを自分の人生に重ね合わせ自分のものとして消化してしまっている証拠だと思う。

 「自分の歌だなんて、おこがましい」

 と謙遜する人も多いだろう。

 「俺は洋楽のロックしか聴かないから、これが自分の歌だなんて、ダセえ」

 と自己主張する人もいるだろう。だが、そんな人も恋愛に破れて落ち込んだりもするのである。

 特殊な人生を歩んで来た人を除いて、ラブソングは不特定多数の人の心に刺さりやすいようになっているのだ。

 ラブソングを馬鹿にする人には、『巷で流れる軽いラブソングに吐き気がする……』というようなカウンター気味の平凡な歌詞が又々用意されていて、そちらに共感しておけばいい。

 類型というのは恐ろしく、あらゆるものを網羅する。同じ世界で生きる人間だから仕方無いのだろう。

 言わばラブソングは究極の「あるある」なのだと思う。

 そして、太宰治の『人間失格』もこのラブソングによく似た「あるある」なのだと思う。

 恋愛と同じように、人間として生きていくために生じる本質的な題材を扱っているため多くの人の共感を呼ぶのである。

 道徳観念というものに、ひたすら従順に生きれる全うな人間なんで、ごく一部であり、多くの人が自分の駄目な部分に気付いている。そういう人なら『人間失格』を読み必ず共感できる一行があるはずだ。

 もしくは、「こういう奴いるよね」という読み方で共感できるかもしれない。いずれにせよ何かしらの感情を持って読みやすい作品なのだと思う。

 僕は典型的な太宰ファンの見本そのものの読み方で激烈に共感したわけだ。そして、少年期以降の部分を予言書として読んだのだけれど、実際にあれは予言書だった。

 強い共感を喚起することにおいても天才的な手腕を発揮する太宰治が書いたのだから当たり前かもしれない。幼少期、少年期、青年期と同じ作家が書いているのだから、青年期で急に精度が下がるはずもないのだけれど、「このシーンもかいな、このシーンも自分の人生で出てくるんかいな」と未だに驚かされている。

 長くなったが、このような理由で僕にとって太宰治は特別な作家なのだ。
作品はもちろんのこと、太宰治自身に対する興味も募り、お墓参りや太宰が歩いた土地を暇を見つけて訪れるようにもなった。年に一度、太宰の誕生日に『太宰ナイト』というライヴまで開催するほど心酔するようになった。人生における大概の落とし穴は太宰が予告してくれると信頼している。

 そんな気概で色々と足を運ぶのだが、長らく太宰の生家である青森の斜陽館には行く機会がなかった。

 いつも、時刻表を調べたりするのだけれどまとまった休日も運賃もなかったため行けなかったのである。

 しかし、去年ようやく青森に行くことができた。

 番組が僕の休日を用意してくれて、行きたい所に行ってよしという願ったり叶ったりの企画をいただいたのである。

 迷わず斜陽館に行きたいと言い、念願の斜陽館に行くことができた。

 現地の人はテレビなどで太宰を好きと公言する僕をどう思っているだろう?恐らく、「鼻息の荒いにわかファンの癖に」と嫌われていることだろうと思っていた。行きの道中は、その誤解に対する言い訳を十個も二十個も考えていた。

 だが斜陽館に着いてみると、ようやく太宰が生まれた場所に来れたと感動する気持ちと共に、そこで働く従業員の方々が僕を凄く応援してくれているということに感激した。

   皆さんと写真を一緒に撮り、一緒に館内を周り詳しく説明して下さった。

一人の女性がこんな話をしてくれた。

 「最初は、なんか最近テレビで太宰を好きとか言ってる人がいるね……でもどうなんだろう?……という感じだったんです。でも、『親友交歓』を好きだと言ってたよ、とか『ヴィヨンの妻』が好きだと言ってたよ、『御伽草子』だって言ってたよ、とかみんなで情報を持ち寄っている内に、あの人は私達より詳しいね、っていう話になって気が付いたらみんなで応援してたんです」

 嬉しかった。なんか平凡な言い方だけど同志という感じがした。ピッコロが初めてナメック星に降りたった時はこんな感じだったのだろう。

 続けて女性従業員はこのように言った。

 「毎年、太宰の誕生日に又吉さんが東京で開催してる、あれにも行きたいんですよ、ほらっ、マニアックナイト!」

 「マニアックナイト?」

 我が耳を疑った。恐らく、『太宰ナイト』のことだろう。この太宰を敬愛する同志は『太宰ナイト』のことを『マニアックナイト』と間違えた。

 揚げ足を取るつもりなど毛頭ないが、普遍的なことを人間の本質を書き続けた作家太宰治のことを、またはそのファン達のことを潜在的に『マニアック』と認識しているのだろう。

 そのような理由が無ければ、かなり難しい間違え方だ。

 「ほらっ、マニアックナイト!」

 この言葉は帰りの道中、僕の脳髄で繰り返し響き続けた。

またよし・なおき

1980年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「ピース」として活動中。キングオブコント2010準優勝。趣味は散歩と読書。好きな作家は、太宰治、芥川龍之介、古井由吉、中村文則など。著書にコラムニストのせきしろ氏と手がけた『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)がある。「ピカルの定理」(フジテレビ)「ハッピーミュージック」(日本テレビ)などにレギュラー出演中。『acteur(アクチュール)』本誌では、大好きな本について語るエッセイ「憂鬱な夜を救ってくれる本といる」が好評連載中!

 バックナンバー

其ノ十九「私には、これくらいしかできませんので」(ジューシーズ児玉)

其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)

其ノ十七「又吉! サボるな!」(三ツ沢球技場サポーター)

其ノ十六「モグリなんじゃないかって噂になってたよ」(『若松屋』の常連さんの言葉)

其ノ十五「皆さん、ご家族なんですか?」(山に詳しい女性編集者)

其ノ十四「おひとりで、よろしいですか?」(京都のタクシー運転手)

其ノ十三「Good Sound」(あるジャズヴァイオリニストの言葉)

其ノ十二「わしは生活かかっとんねん」(父の言葉)

其ノ十一「ゴリラ太ってんじゃないっすか」(ハライチ岩井)

其ノ十「速く行け! ええから走れ! 全員抜いてこい! ぼけっ!」(サッカー部の先輩平田さんの言葉)

其ノ九「風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。」(太宰治)

其ノ八「お~れもっ!」

其ノ七「ほらっ、マニアックナイト!」

其ノ六「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」

其ノ五「本気で信じてないと……」

其ノ四「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

其の三「……面白すぎるんじゃないの?」

其の二「ジープって、やっぱり進駐軍?」

其ノ一「笑わんといてな……。俺、大阪城に住みたいねん」

帯

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