又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

其ノ八「お~れもっ!」

 思わず独り言を発してしまい、「はっ」として辺りを見渡すことがある。

 独り言を、人に聞かれてしまったら気持ち悪がられるのは必至であるし、独り言に慣れてしまって、それで良いなら何でもかんでも自分独りで完結してしまい人との関わりが希薄になってしまう。
 かの芥川龍之介も著書に「独り言が増えたら気をつけた方がいい」という意味合いの言葉を書いていた。
 独り言は百害あって一理なし。言わずに済むならそうするに越したことはない。
 僕はそう思っているので、たまに独り言を発する人を見ると気になって仕方がない。
 独りで地図を見つめながら、『はい、はい』と言ってる奴。
 電気屋に並べられたテレビで流れる野球中継を見ながら、『あちゃ~』と言ってる奴。
 誰もいない家に帰り、『ただいま~、……って誰もいないか』とつぶやいている奴。
 そういう光景を眼にしたり耳にしたりすると、『独りで喋りやがって気持ちの悪い、馬鹿じゃねぇか』などと思う。
 その癖、自分もついつい心の中で思っていれば良いようなことが咄嗟に口から出てしまう時があるので不思議だ。

 十年前のこと。僕は後楽園ホールでプロレスを観た。その終わりに会場から出ようとエレベーターの前に立ったのだが、混雑していたため一向にエレベーターが来ない。
 このまま待っていても仕方がないなと思い、次に自分が取るべき行動を思案していた。
 まだエレベーターは来ない。そこで他の案に思いを巡らせ、一つの案を思い付いた。その喜びと勢いから僕は思わず、『階段で行~こおっと』と独り言を虚空に放ってしまった。
 その瞬間、僕の斜め後ろにいたオッサンが突然、『お~れもっ!』と言ったのだ。
 僕の独り言が、独り言じゃなくなった。
 更に、その見知らぬオッサンの『お~れもっ!』に対して若かった僕は、『いや誰やねん!』と反応してしまった。
 あまり人に対して乱暴な口を叩かない僕だが、芸人に成り立ての時期で視野が狭くなっていたこともあり、反応してしまったのだろう。

 なんか変なオッサンが、小学生みたいな口調で勝手に返事をしてきやがったと思っていたが、考え方を変えれば、そのオッサンのお陰で僕は独り言を言わずに済んだのである。
 もしかしたら、あのオッサンは熱心な芥川の読者で、独り言が孕む危険性を理解した上で、独り言を放った見知らぬ青年を救うために独り言に返事をしたのかもしれない。
 しかも、オッサンなのに『お~れもっ!』とは実に楽しく可愛い。
 そう思うと知らないオッサンが愛しく思えて来た。

 あれから十年。僕は相変わらず独り言を口にする。
 その度に、あのオッサンが近くにいてくれたらと思うのである。

またよし・なおき

1980年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「ピース」として活動中。キングオブコント2010準優勝。趣味は散歩と読書。好きな作家は、太宰治、芥川龍之介、古井由吉、中村文則など。著書にコラムニストのせきしろ氏と手がけた『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)がある。「ピカルの定理」(フジテレビ)「ハッピーミュージック」(日本テレビ)などにレギュラー出演中。『acteur(アクチュール)』本誌では、大好きな本について語るエッセイ「憂鬱な夜を救ってくれる本といる」が好評連載中!

 バックナンバー

其ノ十九「私には、これくらいしかできませんので」(ジューシーズ児玉)

其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)

其ノ十七「又吉! サボるな!」(三ツ沢球技場サポーター)

其ノ十六「モグリなんじゃないかって噂になってたよ」(『若松屋』の常連さんの言葉)

其ノ十五「皆さん、ご家族なんですか?」(山に詳しい女性編集者)

其ノ十四「おひとりで、よろしいですか?」(京都のタクシー運転手)

其ノ十三「Good Sound」(あるジャズヴァイオリニストの言葉)

其ノ十二「わしは生活かかっとんねん」(父の言葉)

其ノ十一「ゴリラ太ってんじゃないっすか」(ハライチ岩井)

其ノ十「速く行け! ええから走れ! 全員抜いてこい! ぼけっ!」(サッカー部の先輩平田さんの言葉)

其ノ九「風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。」(太宰治)

其ノ八「お~れもっ!」

其ノ七「ほらっ、マニアックナイト!」

其ノ六「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」

其ノ五「本気で信じてないと……」

其ノ四「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

其の三「……面白すぎるんじゃないの?」

其の二「ジープって、やっぱり進駐軍?」

其ノ一「笑わんといてな……。俺、大阪城に住みたいねん」

帯

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