又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

其ノ十二「わしは生活かかっとんねん」(父の言葉)

 正月は家族と沖縄で過ごした。沖縄には九十三歳の祖母が暮らしている。二日には沖縄に住む親戚も集まり宴会があった。
 父は十二月の初めに沖縄に来て、最近は蟹を捕ったり、魚を釣ったり、鳥を眺めたりしながら生活をしていると言っていた。
 鳥を眺めて何が面白いのだろう、蟹を捕ったり、魚を釣ったりという言葉だけでは日々の生活を表現するのに何か物足りないから、付け加えただけの一種の麗句のようなもので実際に鳥を眺めて過ごしているわけではないのだろうと思った。
 しかし、父はそのような面倒な表現をする性分では無かったので、歳を重ねると少し変化があるのかなと不思議に思った。
 宴会が進み夜中になると、親戚達が「おい、サインしろ」と僕をからかいながら言ってきた。
親戚の子供達がノートの切れ端を持って列を作った。すると、どこからともなく父が本格的な色紙を出してきて「おい、これにも書け」と言いながら近寄ってきた。
 それを親戚が、「みんな並んでるんだから、おじさんも並んでよ」と言って止めた。反論すると思ったが、父はなにも言わず親戚の子供達に交ざって列に並んだ。
 順番がまわってくると父は、『あぶ亭』と宛名を書くように言った。『あぶ亭』とはなんやと聞くと、「同級生がやってる店や、お前のサイン持って行ったら定食が半額になるんや」と言った。
 そして、周りの子供達に「お前等とは違うねん。わしは生活かかっとんねん!」と大きな声で言ったが、全く相手にされていなかった。
 祖母の家は親戚がいっぱいで眠る場所が確保できなかったので、僕は車で十分くらいの場所にあるホテルに宿泊した。
 東京に戻る前日にホテルから祖母の家まで四十分程かけて歩いた。
 祖母の家に着き、窓から中を覗くと、父が一人で椅子に座り窓の外を眺めていた。その視線の先で鳥が鳴いていた。
「ほんまに鳥を眺めてたんや」と思わず口に出して言ってしまった。
 家に入ると、祖母は外出していて父しかいなかった。
 父は、「メジロはかわいいんやけど、農作物を荒らす変な害鳥がおってな、庭に来てたから捕まえたんや」と憎しみのこもった眼を窓の外に向けながらつぶやいた。
 窓の外で黒い鳥がカゴの中でもがいていた。
 父は静かに立ち上がり部屋のどこかから小石を持って来て、音を立てないように窓を開けると「こらっ! この野郎!」と言いながら黒い害鳥に小石を投げつけた。
 その姿が狂気染みていて恐ろしかった。なにより、部屋の中に沢山の小石を隠し持っていたことが怖かった。
 父が投げた小石はどれも黒い鳥に当たらなかった。全ての小石を投げ終わると、ゆっくりと庭に出て黒い鳥に「こりたか、この野郎」と語りかけ、鳥がバサバサと羽を動かすと、「ほんなら逃がしてやるか」と言って、カゴと地面に少しだけ隙間を作り、「お前の知能を試してやる」と鳥に語りかけた。
 僕としては父の知能が心配だった。黒い鳥は隙間から一瞬でカゴの外に出て空に翔んで行った。昔話みたいだと思った。
 ホテルに車で送って貰うついでに、『あぶ亭』に連れて行って欲しいと頼んだ。
「ほな行ってみるか」と父は応じてくれた。宴会の時に僕が書いたサインは持って行かなくていいのかと聞くと、「わし昼飯食うたから、今半額にされてもあかんし、定食を食う時に持って行く」と言った。本当にクーポン券として使われるんだなと思った。僕のサインごときが、そんな風に使って貰えることは嬉しい。
『あぶ亭』は『あぶ』だった。父は同級生のマスターに、「亭つくやろ?」と何度も確認していたが、その度に「つかないって」と否定されていた。
『あぶ』で食べた、沖縄の魚、貝の刺身、ゴーヤチャンプルは美味しかった。
 父は僕に、海での魚の釣り方と、川での蟹の捕り方を真剣に説明していた。沖縄の方言と関西弁が入り交じり、関西の言葉も沖縄のイントネーションになっていた。
「蟹を捕ってよ、冷凍庫にぶちこんでやってよ」と語る父の眼は、黒い鳥に小石をぶつけている時のそれと同じだった。
 父は年末年始、自分の生まれた場所で、魚を釣ったり、蟹を冷凍庫にぶちこんだり、黒い鳥に小石をぶつけたりしながら生活していた。
 そして、腹が減ったら『あぶ』に色紙を持って行き、定食を半額で食べるだろう。

またよし・なおき

1980年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「ピース」として活動中。キングオブコント2010準優勝。趣味は散歩と読書。好きな作家は、太宰治、芥川龍之介、古井由吉、中村文則など。著書にコラムニストのせきしろ氏と手がけた『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)がある。「ピカルの定理」(フジテレビ)「ハッピーミュージック」(日本テレビ)などにレギュラー出演中。『acteur(アクチュール)』本誌では、大好きな本について語るエッセイ「憂鬱な夜を救ってくれる本といる」が好評連載中!

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