又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

其ノ十四「おひとりで、よろしいですか?」(京都のタクシー運転手)

 昔から存在感が薄いとよく言われる。目立たないとよく言われる。死神とまで呼ばれたこともある。
 だが、それは「存在感が薄い」という、人とは違う存在感によって結局はそれなりに目立っているのではないか?と前向きなのか、後ろ向きなのか解らない思いもあった。
 しかし、それは僕の思い違いに過ぎなかったようだ。世界は反転しない。僕はどこまで行っても存在感が、ただただ薄い人間なのだ。そんなことを痛いほど思い知らされる事件があった。

 その日、僕達ピースは京都の祇園花月という劇場で出番があった。品川から新幹線に乗り、京都駅に到着した。京都駅からはタクシーに乗って劇場まで向かうことになっている。
 僕と相方は二人でタクシーに乗ることにした。後部座席のドアが開き、まず僕が先に乗った。続いて相方が乗り込む。
 すると、運転手さんがドアを閉める前に相方に向かって、「おひとりで、よろしいですか?」と言った。
 我が耳を疑った。僕も乗っているのだ。いくら存在感が無いとはいえ、この状況で気付かれないことに強い恐怖を感じた。無論、運転手さんはふざけているわけではない。本当に僕が見えなかったのだ。
 僕は照れ隠しで、「いてる、いてる」と笑いながら言った。
 すると、運転手さんは「うわっ、びっくりした」と僕をまじまじと見た。何を驚くことがあるのか? 驚いたのは僕の方だ。

 別の現場でも、似たようなことが多々ある。
「又吉さんが戻り次第、収録を再開しま~す!」というスタッフさんの声をよく聞くのだ。
 よく聞くということは、どういうことか? それは、もう僕がそこにいるということだ。
 このようなことが、ロケバスの中でも頻繁にある。収録が終わり、次のロケ現場に移動するため、出演者やスタッフさんがバスに乗り込む。全員乗り込んだかなと思った時に、あの言葉が聞こえてくる。
「又吉さんが戻り次第、出発しま~す!」
 もう僕はいるよ。誰よりも先にバスに乗り込んでいたよ。
 そのような時は、大体は相方が「もう又吉いますよ」と言い、みんなが笑い、責任を感じたスタッフさんが「すみません!すみません!」と謝る。
 謝る必要はない。存在感がない僕が悪いのだ。

 先日、ロケ先でまた同じような状況があった。もう、あるあるみたいになっている。
「又吉さん、戻り次第出発しま~す」とスタッフさんが言い、相方が「もう又吉いますよ」と言う。そして、笑いが起こった。
 すると、声をかけたスタッフさんが謝るのかと思いきや、僕をニヤニヤした顔で見つめながら思いがけない言葉を発した。
「出ましたね~! お得意の!」。
 別に、「消える」ことを得意にはしていない。
 だけど、ここまで来たら前向きに捉えた方が良いのかもしれない。
 もしかしたら、なにかに役立てるかもしれない。例えば、人質の救助とかに僕の存在感の薄さを役立てることはできないだろうか?
 犯人に気付かれないように、繊細にならなくても僕なら正々堂々と正面から犯人に近付き、人質を連れて逃げることができるかもしれない。
 しかし、待てよと思う。存在感が薄いのに、なぜ職務質問は頻繁にされるのだろう。恐らくそれは、警察官の皆様が事件の匂いを漂わせている影や闇を探しているからだ。自分で書いていて哀しくもなるが、冷静な分析だと思う。
 となると、犯人がどのフィルターを通して世界を見ているかで、僕がどう見えるかが変わってくる。犯人が突発的に起こしてしまった事件の場合、あくまでも犯人は日常の延長線上に存在しているので、僕には気付かないのではないだろうか?

 だが一方で、犯人が何か前向きな目的を持ち、世界を現状よりも美しいものにしたいという希望を抱いていた場合、僕は誰よりも目立つ存在になってしまうかもしれない。
人命が関わる緊急時に、犯人の性質を見極め、僕を投入するかどうかを即座に判断するのは危険だろう。となると、人命救助は不可能だ。
 ではオリンピックの新競技としてはどうだろうか?
「さぁ、始まりました。今大会から新しく採用されました新競技『消える』、恐らく、今競技場内に各国の代表選手達が並んでいると思いますが、消えているため見えません。しかし、日本代表の又吉選手はうっすらと見えちゃってますね」
 どうせ、こんなことになると思う。いざ存在感が薄いことを極めようと思うと、上には上がいて僕は世界レベルで言うと全然大したことなく、完全に消えている選手達の中で、一人だけ見えてしまうという失態をさらすのだ。所詮は、最初に述べた通り、存在感が薄いというアイデンティティで目立つことなど、できないのだ。

またよし・なおき

1980年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「ピース」として活動中。キングオブコント2010準優勝。趣味は散歩と読書。好きな作家は、太宰治、芥川龍之介、古井由吉、中村文則など。著書にコラムニストのせきしろ氏と手がけた『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)がある。「ピカルの定理」(フジテレビ)「ハッピーミュージック」(日本テレビ)などにレギュラー出演中。『acteur(アクチュール)』本誌では、大好きな本について語るエッセイ「憂鬱な夜を救ってくれる本といる」が好評連載中!

 バックナンバー

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其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)

其ノ十七「又吉! サボるな!」(三ツ沢球技場サポーター)

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其ノ十五「皆さん、ご家族なんですか?」(山に詳しい女性編集者)

其ノ十四「おひとりで、よろしいですか?」(京都のタクシー運転手)

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其ノ八「お~れもっ!」

其ノ七「ほらっ、マニアックナイト!」

其ノ六「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」

其ノ五「本気で信じてないと……」

其ノ四「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

其の三「……面白すぎるんじゃないの?」

其の二「ジープって、やっぱり進駐軍?」

其ノ一「笑わんといてな……。俺、大阪城に住みたいねん」

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