又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

其ノ十六「モグリなんじゃないかって噂になってたよ」(『若松屋』の常連さんの言葉)

 太宰治が三鷹にあった『若松屋』という鰻屋で、まだ陽が上っているうちから呑んでいたという記述は今までに何度も読んでいた。

 最初に目にしたのは、古本屋で購入した野原一夫さんの著書『回想太宰治』の中だったと思う。
その本は、僕が太宰作品以外で初めて触れた太宰治にまつわる本だったので印象深い。その次も古本屋で野原一夫さんの著書を探し『小説家になるには』という本を買った。
 そこでも、太宰とのエピソードが詳しく書いてあって面白かった。著者の野原さんが学生時代に自分で書いた原稿を、三鷹の太宰宅まで持って行くと、太宰は直ぐに原稿を読みはじめたらしく、読み終えると「ちょっと歩こうか……」と言って、井の頭公園か吉祥寺にまで連れ立って歩き、そこで「小説を書くっていうのは、日本橋の真ん中で裸で寝るようなもんだ」というようなことを言ったらしい。僕はその言葉を、「人を楽しませるためには恥を捨てろ」という風に解釈した。自意識をもて余していた十代の僕にとって、その言葉の潔さは衝撃だった。
 太宰作品の登場人物の中にも度々、自意識に翻弄されている者が出てくるが、それすらも「笑われよう」とする覚悟を持っていた作家だったんだなと嬉しく思った。嬉しく思った理由は、そんな気がしていたからだ。こんなことまで書いてくれるのかと驚くことが多かったから、それはサービス精神によるものなんじゃないかと思った。
 太宰作品に共感しながらも、時折狂気めいたものを感じてしまうのは、「日本橋の真ん中で裸で寝れる」そんな覚悟があるかどうかの差違なのではないかと思った。生粋の恥ずかしがりである自分とは根本的に、そこが違うのではないかと思った。そして、その言葉は僕が生きて行くための大きなヒントになった。
 野原一夫さんの二冊の著書は僕にとっての太宰治の輪郭を太い線で描いてくれた。

 その後、太宰の小説の中でも、若松屋の御主人のことや鰻のことが書かれている文章を読んだ覚えがある。上京して最初に住んだアパートが三鷹だったので、地図を片手に若松屋があった辺りを歩いたこともあった。
それは、三鷹の駅から僕のアパートへの帰り道のすぐ側でもあった。

 しばらくして、その若松屋が中央線国分寺駅の近くに移転し営業しているという話を誰かから聞いた。行ってみたいとは思ったが、若手芸人が簡単に鰻を食べにはいけない。お金がないのだ。
 それから数年が過ぎた。毎日が休日のような日々を過ごしていた時期は太宰の作品を貪り読み、太宰を中心とした作家ゆかりの地を巡ったりしていたが、徐々に忙しくなり、自由に動くことができなくなった。また、暮らしは相変わらず貧しく、若松屋に足を運ぶ機会には中々めぐまれなかった。

 しかし、数年前。嬉しいことに事務所に自分宛で『若松屋』の奥様から、お手紙が届いた。先代の若松屋と太宰が映る写真も同封されていた。その太宰の表情は気心の知れた友人の前だからだろう、とても柔らかい表情をしていた。時間が空いたら絶対に行こう。心が踊った。

 それから二年近くが過ぎた。行きたくて、行きたくて仕方が無いのだけれど、一人だと怖くて勇気が出なかった。だからといって、個人的な趣味に誰かを付き合わせる勇気も持ち合わせていなかった。
 太宰に対しては、誰がなんと言おうと、ミーハーな態度を崩すまいと決め(誰が、どのような目的で作ったかも解らない史跡や霊場を巡るよりも、好きな作家に縁のある場所を見たいと願うのは自然の欲求だと思う)、どこにでも顔を出すようにしている僕であったが、『若松屋』に対しては憧れが強過ぎて完全に臆していた。

 そして、先日のことである。八月最後の日が休みになった。後輩に一人、文学好きがいて、そいつが暇なら一緒に行こうと思い、誘ってみたら「是非行きたい」とのことだった。
 僕は嬉々として後輩と共に電車で国分寺に向かった。夜は五時から開くのだが、少し早く着いてしまい炎天下の中、外で待った。
 とにかく店の外観を見れただけで、何かを成し遂げたような達成感に包まれ、自然と笑みがこぼれた。
 五時になり、店に入ったら、大将、奥様、娘さん、が迎えてくれて、直ぐに「又吉さん?」と声をかけてくださった。
「遅くなりまして、すみません」と謝ったが、三人供あたたかい笑顔で歓迎してくださった。  僕達は鰻重とウーロン茶を頼んだ。大将が、肝などを出してくれて、それが驚くほど美味しくて、浮かれた僕達はビールを頼んで呑みはじめた。外はまだ明るかった。
 大将も奥様も娘さんも、そろぞれ気遣いの人で、やたらと優しかった。
 そして、先代からタレを変えていないという濃い目の鰻重の味が又美味しくて泣けてきた。
 時間が経つに連れて、お客さんが増えてきた。常連さんばかりだったようだけど、皆さん僕達を温かく受け入れてくれて楽しかった。僕は店に置いてある太宰の本が気になり、順番に開いて読んでいた。
 鰻と酒と太宰と優しい人達。ほとんど僕が想像し得る天国やないかと思った。
 常連さんが、僕に「又吉さん、太宰好きって言ってる癖に、ここに来ないからモグリなんじゃないかって噂になってたよ」と言った。笑った。
 僕は、「モグリちゃいますよ。ほんまに太宰好きですよ」と、これ以上無いほど普通のことを言った。酔っていた。
 お腹もいっぱいになり、楽しい時間を過ごした。夜も更けてきたので、お会計をお願いしたら、大将が「今日はいらない」と仰った。
「それは流石に申し訳ないです。鰻の分だけでも」と僕が言うと、カウンターで静かに呑んでいた渋い男性が、「大将がいらねぇ、って言ってんだからそうしときな」と仰った。その声には異常なほどの説得力があった。
「太宰も先代に食わして貰ったんだから」と誰かが言っていた。
 折角の御厚意なので、有り難く甘えさせていただくことにした。

 席を立ち、皆さんに挨拶をしていると、カウンターで静かに呑んでいた渋い男性が、「テレビで観てるけど、存在感あるよ」と声をかけてくれた。
 僕は思わず「あんたや!」と言いそうになった。

 本当に素晴らしい時間を過ごすことができた。夏の最高の思い出だ。次に行ける日が待ち遠しい。

またよし・なおき

1980年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「ピース」として活動中。キングオブコント2010準優勝。趣味は散歩と読書。好きな作家は、太宰治、芥川龍之介、古井由吉、中村文則など。著書にコラムニストのせきしろ氏と手がけた『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)がある。「ピカルの定理」(フジテレビ)「ハッピーミュージック」(日本テレビ)などにレギュラー出演中。『acteur(アクチュール)』本誌では、大好きな本について語るエッセイ「憂鬱な夜を救ってくれる本といる」が好評連載中!

 バックナンバー

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其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)

其ノ十七「又吉! サボるな!」(三ツ沢球技場サポーター)

其ノ十六「モグリなんじゃないかって噂になってたよ」(『若松屋』の常連さんの言葉)

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其ノ十三「Good Sound」(あるジャズヴァイオリニストの言葉)

其ノ十二「わしは生活かかっとんねん」(父の言葉)

其ノ十一「ゴリラ太ってんじゃないっすか」(ハライチ岩井)

其ノ十「速く行け! ええから走れ! 全員抜いてこい! ぼけっ!」(サッカー部の先輩平田さんの言葉)

其ノ九「風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。」(太宰治)

其ノ八「お~れもっ!」

其ノ七「ほらっ、マニアックナイト!」

其ノ六「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」

其ノ五「本気で信じてないと……」

其ノ四「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

其の三「……面白すぎるんじゃないの?」

其の二「ジープって、やっぱり進駐軍?」

其ノ一「笑わんといてな……。俺、大阪城に住みたいねん」

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