又吉直樹(ピース)の名言コラム「確かにお前は大器晩成やけど!!」

其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)

 十年以上前に、井の頭公園を一人で歩いていると、背後から、「白か~黒しか~この世には~なぁいとぉ~」という歌声が聴こえてきた。
 すぐに、真心ブラザーズの『マイ・バック・ページ』という曲だとわかった。
 振り返ってみると、友人のF君が少しだけ微笑みながら、「思って~いたよぉ~」と続きを唄った。 F君は切りの良い所まで唄うと、僕に「やぁ」と言った。

 F君は吉本の養成所の同期だった。一日中、井の頭公園のベンチに一人で座り続けてみようと思い、それを実行するような変わり者だった。
 僕は毎日のように井の頭公園を歩いていたし、F君も頻繁に井の頭公園を歩いていたから、このように突然出会すことも多かった。井の頭公園で同じ宣教師に、それぞれ別の時に声を掛けられたこともあった。宣教師が僕と思しき人物の話をF君にしたらしい。

 F君のコンビは、それまでに見たことが無いような不思議なコントが多く、刺激的で面白かった。僕は密かにNSCの授業で彼らのコントを見るのを楽しみにしていた。
 F君は講師から、『暗い』という批評を受けていて、それは批評では無いと言っていて、もっともだと思った。
 ちなみに、僕は講師から『ネタの中で人が死にすぎ。何人殺す気だ?』という批評を受けたことがあって、それももっともだと思った。

 F君と一緒に遊ぶ時は、僕が三鷹から自転車で、高井戸のF君の家まで行くことが多かった。
 F君の部屋でベンチに横並びに座り、小さなコンポと向き合い、お互いに持ち寄ったCDを順番に聴き合うという十代とは思えないほど地味な遊び方をしていた。

 僕は、遠藤賢司さん、はっぴいえんど、吉田拓郎さん、友部正人さん、サニーデイ・サービス、真心ブラザーズ、くるり、ナンバーガール、ボブ・ディラン、ニール・ヤング……などのCDを持参していた。

 しかし、F君がどんな曲を聴かせてくれたのか、僕はほとんど覚えていない。自分の好きな曲をF君に聴かせたいという気持ちが強過ぎて、F君のお薦めを聴きたいという気持ちがほとんど無かった。
 それは、F君も同じらしく、僕が「ここが好きやねん。この歌詞良いやろ?」などと呼び掛けても、から返事で自分が次に流すCDの歌詞カードを必死に目で追っていた。

 そんな僕達が唯一共通して好きだったのが、真心ブラザーズだった。

 僕は学生時代から、真心ブラザーズが大好きで夢中で聴いていたのだが、F君の真心ブラザーズに対する想いは崇拝に近いものがあった。
 最初は、「俺も『真心』むっちゃ好きやねん」などと言っていたが、F君の尋常ならざる真心ブラザーズに対する愛を感じていく内に、彼の前で迂闊に「『真心』好き」などと言ってはいけないんじゃないかと負い目を感じるほどだった。

『拝啓、ジョン・レノン』、『空にまいあがれ』、『マイ・バック・ページ』、『素晴らしきこの世界』……について熱く語り合ったことは覚えている。他にもF君は色々と話してくれた。

 それから、二人で遊ぶ時は、ずっと真心ブラザーズを聴いていた。僕が持っていないCDもF君は全て持っていたので、そこで聴かせて貰い、F君の愛のある解説を聞いて、虜になって、帰りにCD屋に寄ったりした。

 僕達がNSCを卒業した時は、まだ東京に吉本の常設の劇場が存在しなかったので、僕達の仕事はほとんど無かった。月に一度、ネタ見せがあり、そのオーディションに落ちると、仕事は皆無だった。
 劇場が無く、もちろんテレビに出るチャンスもほとんど無いという状況で芸人を続けることは、少し価値観が狂ってないと難しい。
 たまに僕達はオーディションに受かることがあったけど、F君のコンビは前例が無いような不思議なネタをやっていたので、周りの芸人からは面白いと評価されながらも舞台に立つチャンスを中々与えられなかった。

 二年か三年経った時に、F君のコンビは解散し、F君はミュージシャンになった。F君のコントも独特だったけど、F君が紡ぐ歌詞は本当に凄く素晴らしかった。詩集を出版してくれたら絶対に買う。やっぱりF君は天才なんだと思った。

 F君は真心ブラザーズが大好きだから、最初は真心ブラザーズの影響が色濃い曲が多かったけど、何曲か作る内に、F君らしさが出てきて、完全なオリジナルになった。

 それでも、F君は真心ブラザーズを聴き続けていた。
 僕は、線香花火というコンビを解散し、ピースを結成した。その頃から現在に至るまで、ピースが劇場で漫才をやる時の出囃子は、真心ブラザーズの『サティスファクション』という曲を使わせていただいている。
 僕達の同期がNSC在学中に発売された、『GOOD TIMES』というアルバムに入っている曲で、F君と繰り返し聴いた曲だ。
 当時、僕の精神状態が暗かったせいか、世界というものが灰色に見えていて全てがもやもやとしていたのだが、この曲は『不満はダサい』と言い切る強さを持っていて、衝撃的だったし、力を与えてくれる曲だった。

 F君は都内のライブハウスや、荻窪の駅前などで一人でライブを繰り返していた。ライブハウスにも駅前にも何度か足を運んだ。

 詳しいことは解らないが、F君が荻窪の駅前で一人で弾き語りをしている時に、立ち止まってくれた女性とF君は付き合うことになった。感性を認めて貰うと同時に出会いがあるなんて本当に素敵なことだと思う。

 僕もF君の彼女とは何度もお会いしたのだが、元々、実家がライブハウスを経営しているらしく音楽を深く愛する女性であり、やはり真心ブラザーズが大好きなようだった。存在するだけで周りの人間を幸せにするような柔らかな雰囲気を持つ素晴らしい女性だった。
 出逢いから数年が経ち、二人は結婚した。結婚式にも参列させていただいたが、二人が結ばれたことが凄く嬉しかった。

 それから、更に月日は流れて二〇一三年を迎えた。十代の頃に、真心ブラザーズを一緒に聴いていた僕とF君も三十三歳になった。
 そして、なんと幸運なことに御縁があり、真心ブラザーズさんと我々ピースが、日本青年館で『真心ブラピース』というライブを開催することになっ。
 ライブが決まった時、すぐにF君を誘おうと思った。だが、それより先にF君から「真心ブラザーズとやるでしょ?凄いね」と連絡があった。是非、奥さんと一緒に観に行くと言ってくれた。

 ライブ当日、F君と奥さんは五列目くらいに座っていた。

   真心さんのライブは勿論素晴らしかった。そして、お二人は僕達芸人がライブでやるような大喜利やジェスチャーゲームも一緒にやってくれて、信じられない程、お客さんを盛り上げていた。

 最後に、真心さんと我々ピースが一緒に真心さんの曲を演奏させていただいた。僕達はギターはまったくの素人だが、お二人に簡単な弾き方を教わった。夢のような経験だった。
 一緒にやる曲は何が良いか、事前に希望を聞いて貰えていて、F君も僕も大好きな曲を数曲挙げさせていただいて、『空にまいあがれ』をやらせて貰えることになった。

 真心さんのライブで客席は盛り上がっていて、とても良い雰囲気だった。そして、真心さんに我々ピースが呼び込まれ、いよいよ『空にまいあがれ』をやろうという時に、客席から「すみません!立って良いですか?」という声が聞こえた。お笑いライブでは座席に座って見るのが一般的で、椅子があるのに立つということは、まず無い。
 今回のライブは音楽とお笑いの要素が半々だったので、お客さんも遠慮していたのかもしれない。

 すると、その質問に対して、ヨーキングさんが、「良いよ」と答え、観客全員が立った。
 その後の、『空にまいあがれ』は異常なほどの盛り上がり方だった。抑圧されていた観客のエネルギーが解放されたような爆発力があり、僕はとても愉快だった。
 ライブ終演後、真心のお二人も「盛り上がったね、『空にまいあがれ』凄かったね」と仰って下さった。

 その後、F君と奥さんが楽屋まで顔を出してくれた。F君が真心さんに挨拶していた。真心ブラザーズとF君が一緒にいる。とても不思議な気分になった。

 F君の奥さんが僕に、「さっき、すみませんでした」と言うので、なんのことを言っているのか聞くと、「『立って良いですか?』とか言っちゃって……」と言う。

 あのライブを更に盛り上げた一言を放った勇気ある観客は、F君の奥さんだったのだ。それを知ると、F君と僕の十年以上に渡る日々が思い返され妙な感動を覚えた。
 真心さんとのライブ、F君もしっかりと一緒に参加していた。

またよし・なおき

1980年、大阪府生まれ。お笑いコンビ「ピース」として活動中。キングオブコント2010準優勝。趣味は散歩と読書。好きな作家は、太宰治、芥川龍之介、古井由吉、中村文則など。著書にコラムニストのせきしろ氏と手がけた『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)がある。「ピカルの定理」(フジテレビ)「ハッピーミュージック」(日本テレビ)などにレギュラー出演中。『acteur(アクチュール)』本誌では、大好きな本について語るエッセイ「憂鬱な夜を救ってくれる本といる」が好評連載中!

 バックナンバー

其ノ十九「私には、これくらいしかできませんので」(ジューシーズ児玉)

其ノ十八「すみません!立って良いですか?」(真心ブラザーズさんと開催したライブの観客の一人)

其ノ十七「又吉! サボるな!」(三ツ沢球技場サポーター)

其ノ十六「モグリなんじゃないかって噂になってたよ」(『若松屋』の常連さんの言葉)

其ノ十五「皆さん、ご家族なんですか?」(山に詳しい女性編集者)

其ノ十四「おひとりで、よろしいですか?」(京都のタクシー運転手)

其ノ十三「Good Sound」(あるジャズヴァイオリニストの言葉)

其ノ十二「わしは生活かかっとんねん」(父の言葉)

其ノ十一「ゴリラ太ってんじゃないっすか」(ハライチ岩井)

其ノ十「速く行け! ええから走れ! 全員抜いてこい! ぼけっ!」(サッカー部の先輩平田さんの言葉)

其ノ九「風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。」(太宰治)

其ノ八「お~れもっ!」

其ノ七「ほらっ、マニアックナイト!」

其ノ六「昔はラッパー! 今は蕎麦屋でネギをタッパーにつめてます! ハハッ!」

其ノ五「本気で信じてないと……」

其ノ四「スミマセン……夏休ミ香港帰レマスカ?」

其の三「……面白すぎるんじゃないの?」

其の二「ジープって、やっぱり進駐軍?」

其ノ一「笑わんといてな……。俺、大阪城に住みたいねん」

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