「雄呂血」―日本映画史にその名を刻む傑作無声映画が 100年の時を超え、鮮やかに、美しくよみがえる!【前編】

「雄呂血」

7月に時代劇専門チャンネル(CS292)で〈4Kデジタル修復版〉がTV初放送される「雄呂血」。これは戦前に、そのリアルでスピーディーな立ち回りによって時代劇の“剣戟王”と謳われ、戦中・戦後には「無法松の一生」(1943年)、「王将」(1948年)などで名演を遺した大スター・阪東妻三郎が、自ら興した阪東妻三郎プロダクションで1925年に製作したサイレント映画である。ラスト15分に及ぶ主人公・久利富平三郎と膨大な数の捕り方たちとの大立ち回りは、阪東妻三郎の主演作の中でも、日本映画屈指のチャンバラシーンとして、今なお語り伝えられている。今回の修復作業では、発掘されたおよそ100年前のオリジナルネガ・フィルムを活用し、88,000コマに及ぶ手作業でのノイズ除去や上映速度の調整を経て、公開時の状態に限りなく近い形での「雄呂血」の鑑賞が可能になった。大手映画会社の所蔵フィルムではなく、戦前のスター・プロ作品のオリジナルネガ・フィルムが現存していたことは奇跡に近い。

左から荒瀬佳孝さん、田村亮さん、水戸遼平さん、中村謙介さん

ここでは「雄呂血」修復プロジェクトを企画した時代劇専門チャンネル・プロデューサーの荒瀬佳孝、4Kデジタル修復のコーディネートを担当したIMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下Imagica EMS)の水戸遼平、4Kデジタル修復を担当したImagica EMSの中村謙介、そして阪東妻三郎の四男で俳優の田村亮の各氏に、新たに「雄呂血」がよみがえるまでの裏話を伺った。

「35mm オリジナルネガ」


─この修復プロジェクトは、どのような経緯で始まったのですか?

荒瀬:2年前に阪東妻三郎さんの生誕120年のタイミングで、「雄呂血」を4Kデジタル修復してみようという企画を立ち上げました。時代劇専門チャンネルでは、時代劇という文化の灯を消してはならないという思いから、毎年新作のオリジナル時代劇を作り続けてきましたが、その根底には先人たちが築いてきた時代劇の流れに対するリスペクトがあるんです。中でも阪東妻三郎さんは、後世に語り継がなくてはならない偉大な俳優で、その代表作である「雄呂血」を最新のデジタル技術によって復活させたいと思い、企画しました。

─オリジナルネガ・フィルムは、どのようにして発掘されたのでしょうか?
荒瀬:マツダ映画社さんが「雄呂血」のフィルムを所蔵していることは知っていたので、話を持っていくと『ネガ・フィルムがあるよ』と言われました。このネガ・フィルムは阪東妻三郎さんが桐箱に収めて大事に私蔵されていたんですが、1953年に妻三郎さんが亡くなられて、ご家族が京都の家を引き払うときに神戸の興行主さんの手に渡った。それを回収したいとマツダ映画社さんでは10数年にわたって興行主さんを説得し、その興行主さんが亡くなられたタイミングで、1960年代にマツダ映画社さんが所蔵することになったと聞いております。
水戸:通常、人の手に渡ったり、保管の状態も考えますと、ネガ・フィルムは遺失してしまうことが多いんです。それがきちんと綺麗な状態で残っている巻もあったというのは、奇跡に近いことですね。
田村:もしうちの家で保管していたら、こういう状態で残っていなかったかもしれないね。僕は前にも「雄呂血」を観ていますが、それだけに今度の修復の素晴らしさが分かって、本当にそのご苦労には頭が下がる思いです。

─オリジナルネガ・フィルムは全巻揃っていたのですか?
水戸:基本的には全巻(全11巻)あったんですが、状態の悪いフィルムは別に切り離されて、フィルム缶に入っていました。そのフィルムは固着していてはがすことも不可能な状態だったんです。ですから今回の修復作業に使えたのは、全体の30%ほどですね。ただクライマックスの大立ち回りが収められた最終巻は、すべてオリジナルネガ・フィルムから修復できました。

【修復前】

【修復後】プリントでは黒くつぶれていた髪の毛の印影や目尻のしわなど細部にわたり視認できるようになった

─オリジナルネガ・フィルムからの修復が30%とすると、他の部分は何を基に修復したんでしょうか?
荒瀬:現在出回っている、1960年代にプリントされた35mmのポジ・フィルムをベースにしましたが、なぜか4分間の欠落があった。それの欠落部分が1976年に公開された映画「噫活弁大写真」に残っていたので、移植しました。そこからネガ・フィルムで活用できる部分を差し替えて、ひとつの映画にしていったんです。

─オリジナルネガ・フィルムを活用することで、新たな発見はありましたか?
水戸:オリジナルネガ・フィルムには、おそらく監督の二川文太郎さんがはさみを入れて繋いだと思われる編集の後が残っていました。
荒瀬:ポジ・プリントにはない字幕が出て来て、それは今回反映しています。また微妙にカットが長い部分もある。ラストで捕り方の男が屋根に上って、久利富平三郎に屋根から剥ぎ取った瓦を投げつける場面があります。ポジ・プリントでは1回瓦を投げるだけですが、オリジナルネガ・フィルムでは投げた後にまた瓦を拾うところまであって、そういう細かい部分はネガにしか残っていなかったんです。
水戸:映像自体も初めて観る情報が多い。ポジ・プリントでは映像が劣化して単なる黒味にしか見えなかった部分も、オリジナルネガ・フィルムでは本当のシャープネスがよみがえって、一つの画に収められた映像のディテールが、ビックリするほどきれいに再現されています。
荒瀬:ラストの立ち回りで捕り方に囲まれた平三郎を俯瞰から撮った、クレーンショットのようなシーンがあるんです。これはトラックの荷台にやぐらを組んで、その上にカメラを乗せてトラックを移動させながら撮ったと言われていますが、オリジナルネガ・フィルムを見るとトラックが移動した轍の跡がくっきりと見えて、この伝説が証明されているんです。

─そして3つのヴァージョンのフィルムを1本にした素材を基に、ごみなどのノイズを除去する作業をしたわけですね?
中村:一コマの画に対してかなりのごみが付着していますから、88,000コマのすべてを手作業で除去するのは難しいんです。そこはコンピュータの力を借りて、ある程度は自動化して除去し、それでも難しい部分は手作業で除去していきました。


─コンピュータでの除去が難しい部分というのは?
中村:例えば刀を振り下ろしたときに光る切っ先。その光もコンピュータは、ごみの一つだと認識してしまう。ですからそれがごみなのか、演出や撮影意図がある光なのかを、こちらで判断しなくてはいけないんです。
水戸:雨をフィルムについた傷だと思って除去してしまうこともあります。そういうごみや傷を除去する修復作業だけで、7人体制で3か月かかりました。
中村:僕の担当部分だけで、「雄呂血」を10数回繰り返し観ました。

─修復作業には最新のテクノロジーだけでなく、人間の判断が欠かせないわけですね。次回は、さらに修復作業の実態と人間・阪東妻三郎さんに迫ってみたいと思います。(※7/7配信予定・後編へ続く)

取材・文=金澤誠 撮影=谷岡康則 制作=キネマ旬報社

 

荒瀬佳孝(時代劇専門チャンネル・プロデューサー)
今回のプロジェクトの企画者。「雄呂血」の修復方針の決定や、活弁、音楽のキャスティング等を担当。

水戸遼平(IMAGICAエンタテインメントメディアサービス・アーカイブコーディネーター)
デジタル修復のプロジェクトにおいて、素材選定、ワークフロー構築など完成までトータルコーディネートを担当。これまでに100作品以上のデジタルリマスター作業に関わる。

中村謙介(IMAGICAエンタテインメントメディアサービス・レストレーションスーパーバイザー)
10年以上にわたり、デジタルレストレーション業務を担当。チームとして、累計5,000本以上の映画やアニメーション、ドキュメンタリーなど幅広いジャンルの作品の修復を行う。

田村亮(俳優)
阪東妻三郎の四男。7歳のときに父が死去。俳優の田村高廣、田村正和を兄に持つ。NHKドラマ『破れ太鼓』でデビュー。その後、テレビドラマ、映画、舞台と活躍し、実相寺昭雄監督作品「無常」(第23回ロカルノ国際映画祭金豹賞受賞作)などで主演。田村正和主演ドラマ「乾いて候」では、大岡忠相役を演じ、田村三兄弟の共演が話題となった。また、1978年、父・阪妻の同名代表作を舞台化した「雄呂血」で主役の久利富平三郎を、正和とWキャストで演じた。




【放送日時・作品】
◎7月8日(土)よる 8:00 /7月30日(日) あさ 4:00
「雄呂血(おろち)」<4K デジタル修復版>
※2K放送 1925年:映画モノクロ(TV初)
監督:二川文太郎
原作・脚本:壽々喜多呂九平
出演:阪東妻三郎、環歌子、中村吉松、春路謙作 ほか
弁士:坂本頼光
音楽:清水靖晃

4Kデジタル修復作業の裏側や阪妻にはじまる芸能一家・田村家に迫った特別番組もあわせて放送!

【放送日時・作品】
◎7月1日(土)よる 10:00/7月8日(土)よる 10:00 /7月30日(日)あさ 6:00
「阪妻(ばんつま)と 雄呂血(おろち) ~田村家の 100 年~」
※2023年オリジナル番組(TV初)
出演:田村亮/田村幸士

【番組内容】
2022年夏、俳優・田村亮は息子の幸士とともに偉大な名優である父、阪東妻三郎(本名・田村傳吉)の墓参りに、暑い盛りの京都を訪れた。阪妻は人気絶頂の1953年に51 歳の若さで突如この世を去った。亮が7 歳のときのことだった。阪妻の孫にあたる幸士は、祖父に会ったことがない。今も残る旧・田村邸へと向かい、在りし日の祖父の姿、田村家の記憶を父・亮とともに辿る。そして、東京では「雄呂血<4kデジタル修復版>」制作プロジェクトが始動! 100 年前の映画を100年後の未来へとつなげる取り組みの素材調査から完成までを記録していく―。

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