会社概要 プライバシーポリシー クライアントの皆さんへ 採用情報 お問い合わせ
- 1年近く、ほかの仕事を一切ストップして『無極』にかかりきりでした
Q この映画に参加された経緯は?
正子 2003年4月に、僕の師匠である寺沢武一先生の事務所から「チェン・カイゲ(編者注:チェン・カイコー/陳凱歌の英文表記はChen Kaigeとなる)という監督が正子公也を探しているというファックスが来た」と連絡がきました。もしや、あのチェン・カイコー監督のことでは? と確認したところ、やはりそうです。驚きました。
 連絡先を知らせると、日本まで会いに来るというのです。ちょうど僕は非常に忙しくて、半月ほど待って下さいと。このあたりなら時間がとれますという日程を伝えると、それに合わせて本当に監督がやって来た。6月のことでした。
 最終的に僕は4通りのシナリオを見ているんですが、最初にお会いしたときはまだ脚本が上がっていなくて、10枚くらいのシノプシスをもらいました。タイトルも俳優も具体的なことはまだ何も決まっていなくて、監督の頭の中に混沌としたイメージがある段階でした。分かったことは、過去でも未来でもなく、舞台はアジアのどこかということだけでした。
Q 衣装だけでなく、作品の美術全般にかかわっていますね
正子 その年の8月に監督と本格的な打ち合わせをしたのですが、そのときは4カ月で30点の衣装をデザインし、5カ月目に現地入りして制作を監修する予定だったんです。ところが始まってみると次々とデザインの依頼が来て……クランクインしてもまだ終わらない(笑)。結果的に1年近く、ほかの仕事を一切ストップしてこの映画にかかりきりでした。
 もともとは小道具やセットのデザインは中国サイドで全部用意するはずでした。それを、監督がすべてダメ出しをした。そして、監督から電話が来るのです。「先生、助けてください」と。そしていつの間にか馬具や武器、旗などの小道具、はてはセットデザインまで僕に依頼が来るようになりました。描きあがるとA3ノビのサイズにプリントアウトしては国際宅急便で送るという日々でした。時には、明日までにほしいと言われて、縮小したデータをメールで送ったこともあります。
Q その後、クランクイン直前に美術のティン・イップが参加したそうですが、あらためて打ち合わせなどはしたのですか。
正子 共同作業は一度もしていませんが、現地に行ったときお会いしました。物腰のていねいな、すごくいい人でした。
 ティン・イップさんが加わると決まったとき、中国の報道で僕がクビになったと書かれてましたけど(笑)、そのあと、監督と陳紅監督夫人から丁寧な手紙をいただきました。「貴方がこれまで、また今現在やってくださっている事すべてに対し、感謝と敬意を持って貴方を支持しております」と書かれていました。わずかでもその誤報を信じた自分が、恥ずかしかったです。
>>NEXT
Copyright(c) 2005 Kinema-Junpo,Co.,Ltd. All rights reserved.