『呪怨』の監督が“脱帽”した巧みな演出術とは?『クワイエット・プレイス』

2018年9月27日


(C)2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

『呪怨』の監督が“脱帽”した巧みな演出術とは?『クワイエット・プレイス』

生き延びるため、静寂を守ることを強いられた一家(父、母、姉、弟)の恐怖。それを描くためにジョン・クラシンスキー監督が留意したのは、何気ない家族の描写だった。完全な虚構であるがゆえに必要とされるリアルさ。日本屈指のホラー・マイスター清水崇が「脱帽した」という、その巧みな演出術とは?

『クワイエット・プレイス』作品評=清水崇

何と心地好いシンプルさと緊迫感だろう! そのアイデアはもとより、構成、台詞、楽曲までもが“えっそれでいいの?”と感じるほどシンプル。しかし物語が進行するにつれて“まだそんな手があったか!?”と思わされ、途切れない恐怖と不安に酔い痴れながら、これまたシンプルなテーマに気付かされる。それも、決して押しつけがましく説教めいたものではない。「音を立てたら、即死。」のキャッチコピー通り、言葉や語りなど無いまま、緊張のなかの静かな描写であっさりとテーマの本質を表現してしまう。しかも映画のまだ前半……夫婦の何気ないやりとりだけで。

このシーンに至った時点で、僕はすっかりジョン・クラシンスキー監督の演出手腕に魅せられてしまった。ホラー系の映画で、ここまで自然にうっとりさせられるのは稀だ。

フィクションベースのドラマを描くときの基本


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本作はマイケル・ベイ監督が製作についているが、これまで彼が手掛けたどのホラー、スリラー作品とも少々毛色が違うように思える。確実にクラシンスキー監督の才気の成せる技だろう。彼は本作で脚本に主演まで兼ねている。何故こうもうっとりした演出を手掛けられるのか? 正直、脱帽だ……。

『クワイエット・プレイス』はホラー映画だ。冒頭では“いったい何が起こっている!?”とその世界への興味を摑ませ、休む暇なく怖がらせながら、しっかりエンタメしている。そして同時に、フィクションの背景で“自然の脅威”たる警告メッセージと“人間賛歌”のドラマを嫌味無くさらっと手土産に差し入れてくれる。本作はある一点のフィクション設定以外、全てがリアリティで描かれているため、その疲れるほどの緊張感のなかに、我々の何気無い日常の感情や感覚すらも無理なく溶け込んでいる。これはフィクションベースのドラマを描くときの基本だ。

虚構だからこそのリアルな表現


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「何で? ま、いっか……ホラーだし、何でもありなんでしょ?」との俳優やスタッフの態度に僕も幾度となく苛立った経験がある。なぜなら、虚構であるからこそのリアルな感情・感覚表現は必須だからだ。

別段、ホラー畑ではない監督・主演の目線とスタンスが融合・結実して見事なバランスを生み出す。親からの子どもへの愛情、夫婦間の思いやり…日頃誰もが抱える心配や偏見、恐れや痛み、新たに息づく生命への不安すら、エンタメに昇華させている。

『キネマ旬報』10月上旬号では、『クワイエット・プレイス』の特集をおこなった。清水崇の作品評の続きをはじめ、風間賢二の論考なども掲載している。(敬称略)

制作:キネマ旬報社

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