池松壮亮、平成の暗い時代に俳優をやる意味を問い続けた

2018年11月28日

撮影=柏田テツヲ

池松壮亮、平成の暗い時代に俳優をやる意味を問い続けた

池松壮亮が撮影現場で感じたことが、私たち観客にはっきりと見えるようになってきた。たとえば2016年、東陽一監督に自らアプローチをし、『だれかの木琴』という映画に出演した。また今年は、フランスのフランソワ・オゾン監督とNHKの番組で対談し、日本の映画作りについての提言を正直に披露した。

「20代前半は、映画そのものだけで勝負しようとしていたし、それで観客に伝わると信じていたし、映画が全てだと思っていた。大学を卒業し、映画俳優に絞って何とかやっていこうとしたとき、タイミングよくというか、むしろ滑り込む形で、自分が学生時代に映画というものを教えてくれた是枝裕和監督や、西川美和監督ら才能ある新しい方々とご一緒できました。ところが年々、自分があるべき姿や本来こうありたいという形と真逆に行っている気がしてならない。何がそうさせているのかわからなくて、個人的な問題というより、時代的なものがそういう方向に向かわせているような気もします。そういう感情が蓄積して抑えきれなくなり、今、塚本晋也という人に会わなきゃいけないと思いがあふれ出てしまったんです」

一日でも早く世に出さなくてはという思い

(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

それが昨年の春ごろ。当時のマネージャーを通して思いを伝えると、かねてから「一本の刀を過剰に見つめる浪人」というモチーフを池松壮亮のイメージで抱えていた塚本監督からすぐに会いたいと返事が来た。とはいえ、売れっ子の池松のこと、年内スケジュールは埋まっていた。ところが昨年8月のスケジュールが奇跡的に空き、そこから監督は怒濤の勢いで脚本を完成させ、山形県の撮影へと話が進んだ。

「撮影は昨年9月でしたが、その時、僕は20数年間生きてきて初めて北朝鮮からのミサイル発射の警報を聞いたんです。自分は世界の片隅で映画を作っていて、幕末の浪人の扮装で、刀にものすごく執着を持った青年を演じていて、その刀と同じ鉄が空を飛んでいる。その状況にいつも以上に思うことがありました。僕は平成2年生まれで、物心ついたときから、平成の時代にはネガティブな事件や負の出来事が多く、そういう時代の中で俳優をやる意味を考えてきた。ようやく、自分がずっと考えてきたものを吐き出せる作品にここにきて出会えたわけですが、今が豊かな時代だったら、塚本監督も僕もこういう題材は選ばなかったでしょうね。でも、選ばざるを得なくなったというか、一日でも早く世に出さなくてはという思いがあったんですね」

時代劇であり、戦争ものであり、現代劇

(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

池松が演じた都築杢之進は浪人で、農家の手伝いをして、日々の食事を賄われている。250年続いた徳川幕府には大きな変化が訪れており、倒幕か佐幕か、杢之進のいる山間部もまた、否応なくその波に飲み込まれていく。製作ノートを見ると塚本監督は北辰一刀流玄武館の門戸をたたき、新撰組の近藤勇や土方歳三を参考にしたようだ。浪人や百姓の身分から京に上って一旗揚げようと目論む青年たちの姿には、幕末の赤報隊を重ねることもたやすい。だが、時代的な背景はあえて意識しなかったという。

「『斬、』は時代劇であり、戦争ものであり、現代劇だと思っているんです。今回、改めて塚本さんに教えてもらったのは、そもそも映画の時代設定やストーリーは何かを伝えるためのツールでしかないということ。中村達也さん演じる盗賊なんか髪型がドレッドですから(笑)」

このインタビューの続きは『キネマ旬報』12月上旬号に掲載。今号では映画『斬、』の特集をおこなった。池松壮亮、蒼井優、塚本晋也監督のインタビュー記事などを掲載。(敬称略)

取材・文=金原由佳/制作:キネマ旬報社

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