大人顔負けの表現力! 子供たちが想いを込めた「映画感想文」

大人顔負けの表現力! 子供たちが想いを込めた「映画感想文」
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大人顔負けの表現力! 子供たちが想いを込めた「映画感想文」

(C)2018 スタジオ地図

「映画感想文コンクール 2019」応募受付中!

映画館を出ると、映画を見終わった人々が「面白かったね」「泣いちゃったね」などと語り合っている光景をよく目にしますが、このように誰かと“楽しさを共有できる”喜びというのは、まさに映画の醍醐味だと思います。その喜びを言葉で綴ることで、作品の魅力をさらに深め、子供たちの表現力や文章力を養う糧としてほしい、と願いを込めて始まった「映画感想文コンクール」。

毎年、全国から子供たちの個性溢れる感想文が多く寄せられます。そして今回は、9月13日(金)に迫った応募〆切を前に、過去の応募作文の中から「沢山の人に読んでほしい!」と感じた作文をキネマ旬報社がピックアップ。その作文のどんなところが心に響いたのか、推薦者のコメントを添えてご紹介します。是非、子供たちが感じた映画の魅力に触れてみてください!
※各作文は原文のまま掲載しています

題名「まもりたいちきゅう」

発売元・販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン

鑑賞作品『風の谷のナウシカ
(小学2年生 女の子)

『風の谷のナウシカ』を見て、はじめわたしは、これはむかしのお話だと思いました。村にビルなどがないし、ひとびとがランプなどをつかっていたからです。

まい日、あつい日がつづいています。テレビを見ても、今日もあついというニュースばかりです。そういうニュースを見るたびに、おとうさんとおかあさんが「ちきゅうはどうなるの」と、しんぱいそうに話しています。わたしたちがまい日れいぼうをつかったりすることで、これからどんどん、ちきゅうがあつくなると、人間がちきゅうにすむことができなくなるそうです。わたしは、人間がすむことができない、「ふかい」がひろがっていく、ナウシカのお話に、にているなあと思いました。

『風の谷のナウシカ』は、むかしのお話なのではなく、みらいのお話なのかもしれないと思い、すこしこわくなりました。わたしたちのちきゅうをまもりたいです。

◆推薦者 コメント
子どもの頃に観た作品を大人になって改めて見て、やっとその作品のメッセージに気付くということがよくある。本作も私にとってそんな作品だっただけに、彼女が自分なりにしっかりそのメッセージを読み取り、かつ現代の環境問題に触れながら自身の考えを述べていることにとても感心した。そしてその考えを最終的に「ちきゅうをまもりたい」という意志としてアウトプットする思考も素晴らしい。この感想文から映画の見方や意義を再認識することができた。

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題名「未来から来た妹」

発売元・販売元:バップ

鑑賞作品『未来のミライ
(小学6年生 男の子)

ぼくはひとりっ子だ。だから、もしあの時ぼくにも兄弟が生まれていたら、こんな感じだったのかなと思いながら映画を見ていた。

「あの時」とは、ぼくがくんちゃんと同じ4才の時だ。ぼくにも兄弟ができるかもしれないという出来事があった。でも、残念ながらぼくの兄弟は、ぼく達に会いに来てくれる事はなかった。今でもその話をすると、母はさみしそうな悲しい顔をする。前に一度だけ、もしあの時ぼくに兄弟が生まれていたら、男の子と女の子のどちらだったと思うか母に聞いた事がある。母は迷わず「女の子だったと思う。」と言った。ぼくもそう思っていた。なぜなら、生まれて来る日が祖母の誕生日と全く同じだったからだ。

ぼくの祖母は、映画のくんちゃんとは性別も歳も違うけど、みんなから「くんちゃん」と呼ばれている。祖母は、ぼくが4才の時に突然倒れた。発見があと少し遅ければ助からなかったかもしれなかったが、奇跡的に助かった。まわりのみんなは、ぼくの兄弟が祖母を守ってくれたんだと言っていた。それは、祖母が倒れる数ヶ月前にぼくの兄弟が天国に行ってしまっていたからだ。祖母は倒れた時の後遺症で、右手足に麻痺が残り、施設に入っている。でも車イスで脱走しようとするほど今は元気にしている。そう、映画のくんちゃんと同じで、ぼくの祖母のくんちゃんもやんちゃなのである。

ぼくは、映画を見終わった後、母に「ねぇおばあちゃんて、もしかしたら未来から来たぼくの妹なんじゃないかな。」と言った。母は一瞬驚いたような顔をしたが、ぼくの手を取り、「そうね、じゃあ明日歳を取った妹に会いに行きますか。」と言ってにっこり笑った。

人の命は過去から未来へとつながっていくものだと思う。でもぼくは過去でも未来でもない今を生きている。だからこそ今を大切にそして楽しく生きて行こうと母の手を強くにぎりしめながら思った。

◆推薦者 コメント
この世に存在していたかもしれない自身の家族について、作品を通して現実と向き合う心の強さを冒頭から感じる。その妹と祖母の誕生日が奇跡的に同じことから、家族や血縁の連鎖は“尊い偶然”ですべて繋がっているという、その想像力の逞しさには拍手を送りたい。過去と未来が繋がるその永遠のループの中、前世と後世を通して鎖のように繋がった「個」が家族である、という本作のメッセージを十二分に理解した素晴らしい感想文だ。

題名「雨がはかせてくれた靴」

発売元:コミックス・ウェーブ・フィルム/販売元:東宝
期間限定サービスプライス版 DVD(2,300円+税)好評発売中

鑑賞作品『劇場アニメーション 言の葉の庭
(中学3年生 女の子)

「夢は逃げない。逃げるのは自分。」講演会で講師の先生が熱弁されていた言葉に号泣するクラスメートもいた。それなりに感動したもののどこか冷めた気持ちでその言葉を聞いていた自分がいた。そもそも夢を持っていない私は逃げる必要なんてない。元々抱いていた焦りと空虚感が更に大きくなった気がした。

母はその日もこの映画を見ていた。これで何回目なのだろう。いつものように聞こえてくる雨の音と若い男子の少しかすれた声。そして、エンディング曲に続く。

「♪どしゃぶりでもかまわないと、ずぶぬれでもかまわないと。」

母が若い時から聴き続けている「レイン」と言う曲。母は感動的なラストシーンとこの曲が大好きでこの映画を見ているんだと言っていた。「この曲を作った千ちゃんは、五十歳手前でジャズピアノの学校に行ってね、今は夢をかなえてジャズピアニストになってるよ。」この話も何回も聞いた。が、その日に限っては「夢」という言葉が耳にさわって、母の話をスルーしてしまった。すると何を思ったか母は、

「もう一回初めから見るから一緒に見ようよ。」

と言ってきた。別に断る理由もなく、言われるがままに隣りに座り、流れる映像を見つめた。ちゃんと見るのは初めてだ。

四十六分で終わる短い映画。靴職人になる夢を持ちそのために少しずつ前に進みながらも自分が今いる状況に違和感を抱くタカオ、一方夢であったであろう教職にいながらも学校に行くのが辛く歩みを止めてしまったユキノ。二人が東屋で過ごす時間は、なぜか私に安らぎを与えてくれた。タカオは夢への思いを吐露しユキノは止まっていた一歩を歩き出す練習をその東屋でしていた。

「そんな時間があっていいんだよ。」

この映画が私にそう話しかけた気がする。私の心の鉛が取り除かれ、少し先の道にほのかな光が射しているのが見えた。

いつまで続くかわからない、無意味なようでそうでは無い時間を私は過ごす。この映画が私にはかせてくれた靴をはいて一歩一歩、つま先を前にして夢さがしのために歩いていきたい。そんなことを考えながら見ていると、また聴こえてきた。

「♪どしゃぶりでもかまわないと、ずぶぬれでもかまわないと。」

◆推薦者 コメント
逃げるだけの夢さえ手にできずに、焦りと空虚感を抱いている少女が、本作を通じてある種の救いを得るという、映画のような話に引きつけられる。本作が彼女に与えた、いまの自分を肯定する力を靴に例え、これからの歩みがきっと明るいものになると想起させるところや、主題歌の歌詞で軽やかに締め括る表現。感想文としてだけでなく、ひとりの少女の成長譚としても読むことができる文章に、中学生の部でグランプリを受賞した双子の姉に負けない賞を贈りたい。

 

子供たちの感想文はいかがでしたでしょうか。
映画感想文とは、子供たちが映画を見て感じたことを、彼ら自身の言葉で自由に綴ることができる取り組みであり、子供たちの感性を活かし、養うものでもあります。そんな「映画」を題材にした学びの機会として、是非、多くの子供たちに映画感想文にチャレンジしてもらいたいと思っています。コンクールの応募方法など、詳しい情報は公式サイトに掲載していますのでご確認ください。皆さんのご参加を心よりお待ちしております!

制作:キネマ旬報社

今年の夏は、「映画感想文コンクール」に挑戦してみよう!
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