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【訃報】映画業界 2020年8月~

映画界に多大なる貢献を頂きました皆様のご冥福をお祈りいたします。

ウィルフォード・ブリムリー氏(米/俳優)

8月1日、腎臓疾患のため死去。85歳。海兵隊を除隊後、ハワード・ヒューズのボディガードやスタントマンなど様々な職を経て、「勇気ある追跡」69で俳優デビュー。「スクープ・悪意の不在」81、「ザ・ファーム/法律事務所」93などシドニー・ポラック監督作品や、「チャイナ・シンドローム」79、「ナチュラル」84、「コクーン」85、「イン&アウト」97、「噂のモーガン夫妻」09など実力派俳優として活躍。息子亡き後、義娘と3人の孫と暮らす老人役で主演した『頑固じいさん孫3人』86‐88や、『となりのサインフェルド』89‐98、『ホミサイド/殺人捜査課』93‐99などTVドラマにも出演した。

トム・ポロック氏(米/映画プロデューサー)

8月1日、心臓発作のため死去。77歳。弁護士としてエンターテインメント界で始動。70年に自身の事務所を立ち上げ、最初のクライアントのジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」シリーズの権利にまつわる交渉なども担当。86年に退所後、ユニヴァーサル・ピクチャーズのトップに就き、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」3部作など数々のヒット作を生む傍ら、「ドゥ・ザ・ライト・シング」89など意欲作も支援。98年にアイヴァン・ライトマンと“Montecito Picture Company”を設立し、「マイレージ、マイライフ」09、「ドラフト・デイ」14、「ゴーストバスターズ」16などを手掛けた。

レニ・サントーニ氏(米/俳優)

8月1日、がんのため死去。81歳。舞台で始動。主演のクリント・イーストウッドとバディを組んだ「ダーティハリー」71や、「新荒野の七人 馬上の決闘」69、「バッド・ボーイズ」83、「コブラ」86や、『となりのサインフェルド』89‐98、『NYPD BLUE ~ニューヨーク市警15分署』93‐05、『CSI:科学捜査班』00‐15などTVドラマにも出演した。

立石涼子さん(たていし・りょうこ/本名=立石凉子/女優)

8月2日、肺がんのため死去。68歳。文学座研究所などを経て、76~14年まで演劇集団〈円〉に所属。『ヘンリー四世』『三人姉妹』『ガラスの仮面』など蜷川幸雄演出作品のほか、19年の三浦春馬主演の『罪と罰』まで舞台女優として活躍し、04年に『エレファント・バニッシュ』と『ビューティークイーン・オブ・リーナン』で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。教師役で主演した「四年三組のはた」76のほか、「居酒屋兆治」83、「噛む女」88、「遺体 明日への十日間」12、「チェリーボーイズ」18や、『あなただけ見えない』92、『GTO』98、『居酒屋ふじ』17、『下町ロケット』18などTVドラマや、海外作品の吹き替えなど声優としても活躍した。

轟二郎氏(とどろき・じろう/本名=三浦康一/タレント)

8月2日、大腸がんのため死去。65歳。殺陣師やスタントマンを経て、『金曜10時!うわさのチャンネル』73‐79で知名度を上げる。スポーツバラエティ『びっくり日本新記録』75‐85では、“チャレンジボーイ”として本名でレギュラー出演し、身体を張った企画に次々と挑み人気を博す。俳優としても、「ボキ(僕)はね」という台詞が流行語になった『翔んだカップル』80‐81の織田隼人役のほか、『あんみつ姫』83、『武田信玄』88などTVドラマや、「ミスターどん兵衛」80、「セーラー服と機関銃」81、本人に瓜二つの住職にふんした「トリガール!」17などに出演。12年に脳梗塞を患ってからは地元の静岡県を拠点に、ラジオ番組などで活躍した。

ビリー・ゴールデンバーグ氏(米/作曲家)

8月3日に死去。84歳。幼少よりピアノを学び、ピアニストやアレンジャーとして始動。60年代にユニヴァーサル・スタジオでスティーヴン・スピルバーグと出会い、『四次元への招待』70‐73、「激突!」71などスピルバーグ監督作品のほか、「朝やけの空」70、「ボギー!俺も男だ」72、「ドミノ・ターゲット」76、「奇跡の人」79などの音楽を作曲。エミー賞を受賞した『スターダストの女王』74や、『刑事コロンボ』シリーズ、『刑事コジャック』73‐78のテーマ曲などTVでも活躍した。

イザベル・ヴェンガルテンさん(仏/女優)

8月3日に死去。70歳。劇作家のロマン・ヴェンガルテンを父にもつ。モデルとして始動後、ロベール・ブレッソンに見出され、同監督の「白夜」71のヒロイン役でデビュー。「ママと娼婦」73、「壁戸棚の子供たち」77、「繻子の靴」85、「ライオンは今夜死ぬ」17などに出演したほか、近年は写真家としても活動。「私の好きな季節」93、「イルマ・ヴェップ」96などオリヴィエ・アサイヤス監督作品や、「夜の子供たち」96、「エステサロン/ヴィーナス・ビューティ」99、「トスカ」01などのスチールも手掛けた。80年代にヴィム・ヴェンダースと結婚していた時期もある。

玉木照芳氏(たまき・てるよし/映画・TVカメラマン)

8月6日に死去。90歳。大毎オリオンズから東映の社会人野球部を経て、50年代半ばに東映京都撮影所入り。撮影部として、「ひばり十八番 弁天小僧」60、「反逆児」61、「勢揃い東海道」63や、『素浪人月影兵庫』65‐66、『銭形平次』66‐84、『俺は用心棒』67、『燃えよ剣』70、『遠山の金さん捕物帳』70‐73など数々のTV時代劇に携わった。

カート・リュードック氏(米/脚本家)

8月9日に死去。80歳。新聞記者として始動。シドニー・ポラック監督の「スクープ・悪意の不在」81で脚本家デビューを果たし、アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞候補に。その後も、「愛と哀しみの果て」85、「ランダム・ハーツ」99などポラック監督作や、ポラックが監督予定だった「レインマン」88、「マディソン郡の橋」95の初期の脚本にも携わった。

フランカ・ヴァレリさん(伊/女優)

8月9日に死去。100歳。ユダヤ人の父をもち、ドイツ占領下のイタリアからスイスに逃れる。男性が主流の喜劇界で、数々の人気キャラクターを演じて喜劇女優の先駆者としてラジオやTV、舞台で活躍。脚本にも携わった「ヴィーナスのサイン」55や、「寄席の脚光」50、「史上最大の喜劇 地上最笑の作戦」63などにも出演した。

渡哲也氏(わたり・てつや/本名=渡瀬道彦/俳優)

8月10日、肺炎のため死去。78歳。青山学院大学在学中に、後に俳優となる弟・渡瀬恒彦らが「執炎」64の浅丘ルリ子の相手役に応募し日活撮影所でスカウトされ、65年に「あばれ騎士道」でデビュー。初主演した「青春の裁き」、石原裕次郎と共演した「泣かせるぜ」などで65年度の製作者協会新人賞を受賞。主題歌も唄った「東京流れ者」66、吉永小百合と共演した「愛と死の記録」66、「紅の流れ星」67など日活の新進スターとしてキャリアを重ね、舛田利雄監督の「『無賴』より 大幹部」68に始まる「無頼」シリーズ68‐69全6作で演じた孤高のやくざ“人斬り五郎”は当たり役となり、「大幹部」シリーズ68‐69、「前科」シリーズ69へと引き継がれる。「野獣を消せ」69、「斬り込み」「新宿アウトロー ぶっ飛ばせ」70など“日活ニューアクション”の主演を経て、71年、日活のロマンポルノ路線への転換に伴い石原プロモーションに入社。舛田監督の「さらば掟」71、「剣と花」72や、加藤泰監督の「人生劇場 青春・愛怒・残俠篇」72、「日本俠花伝」73、石原プロ製作の「ゴキブリ刑事」73など各社の配給作品に主演。74年に胸部疾患で大河ドラマ『勝海舟』を中途降板。深作欣二監督の「仁義の墓場」75で復帰するも再び病に倒れ、深作監督の「やくざの墓場 くちなしの花」76で再起し、ブルーリボン賞や毎日映画コンクールの主演賞を受賞。その後はTVに活動の場を移し、『大都会』シリーズ76‐78、『西部警察』シリーズ79‐84、『私鉄沿線97分署』84‐86など活躍。87年に石原死去に伴い、石原プロ社長に就任(~11)。「わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語」96ではキネマ旬報ベスト・テン助演男優賞など多数受賞。「誘拐」97、吉永と約30年ぶりに共演した「時雨の記」98、「レディ・ジョーカー」04、伊藤整一中将役を演じた「男たちの大和 YAMATO」05が遺作となった。05年に紫綬褒章を受章。

新藤孝衛氏(しんどう・こうえ/映画監督)

8月10日に死去。88歳。日本大学経済学部卒業後、大映東京撮影所を経てフリーに。63年に制作プロダクション“青年芸術映画協会”を設立し、「雪の涯て」65、「肌香の熱風」66、「泥だらけの制服」67、「女のしずく」69、「幼な妻 初夜のよろこび」72、「同棲時代 夜ごとのテクニック」74などの成人映画で手腕を発揮した。長男は自民党衆院議員の新藤義孝。

トリニ・ロペス氏(米/歌手、俳優)

8月11日、コロナウイルスの合併症のため死去。83歳。15歳でバンド活動を始め、程なくソロに。ロサンゼルスのナイトクラブでフランク・シナトラに見出され、彼が設立した“リプリーズ・レコード”と契約。63年のデビュー・アルバムがヒットし、シングルカットされた〈If I Had a Hammer〉は米国をはじめ世界的に大ヒットを記録。その後も、ピーター・ポール&マリーのカヴァー〈Lemon Tree〉など数々のヒットを飛ばす。主題歌も唄った「特攻大作戦」67では某作戦に加わる12人の囚人の一人を演じたほか、「結婚専科」65、TVドラマ『特捜隊アダム12』68‐75などに俳優として出演。ギブソンの2種類のギターのデザインも手掛けるなど多彩に活躍した。

桂千穂氏(かつら・ちほ/本名=島内三秀/脚本家)

8月13日に死去。90歳。白坂依志夫寺山修司に師事し、72年に「薔薇の標的」(白坂と共同)「白鳥の歌なんか聞えない」でデビュー。「暴行切り裂きジャック」76、「暴る!」78など長谷部安春、「希望ヶ丘夫婦戦争」79、「鏡の中の悦楽」82など西村昭五郎、「俗物図鑑」82、「スタア」86など内藤誠など多彩な監督と組んだほか、大林宣彦監督とは劇場映画デビュー作「HOUSE ハウス」78以降、「廃市」84、「ふたり」91、「花筐/HANAGATAMI」17まで数々の傑作をともに世に送り出した。他の主な作品に、「女王蜂」78、「蔵の中」81、「幻魔大戦」83、「菩提樹 リンデンバウム」88、「福沢諭吉」91など。日本シナリオ作家協会理事などを歴任したほか、映画評論家や作家、翻訳家としても活動した。

アッシュ・クリスチャン氏(米/映画・TVプロデューサー、俳優)

8月13日、就寝中に死去。35歳。14歳より短篇制作を始め、初長篇“Fat Girls”06で監督・脚本・主演を務め、トライベッカ映画祭でプレミア上映されるなど高評を得る。その後も、自身の製作会社“Cranium Entertainment”で数々のインディーズ映画の製作・開発を手掛けたほか、俳優としても「ドミノ」05、「最高の人生のはじめ方」12や、『ボストン・パブリック』00‐04、『LAW & ORDER』90‐10、『グッド・ワイフ』09‐16などTVドラマに出演した。

リンダ・マンズさん(米/女優)

8月14日、肺がんのため死去。58歳。「天国の日々」78の主人公の妹リンダ役で映画デビューし、当初の脚本にはなかった印象的なナレーションも担当。フィリップ・カウフマン監督が彼女のために役を書き下ろした「ワンダラーズ」79や、複雑な家庭環境で育つパンク好きなヒロインを熱演した「アウト・オブ・ブルー」80などに出演後、結婚や子育てで芸能界を退くも、彼女のファンだったハーモニー・コリン監督に招かれ「GUMMO ガンモ」97で久々にカムバックを果たした。

宮内敦氏(みやうち・じゅん/本名=宮内博史/俳優)

8月14日、直腸がんのため死去。70歳。文学座演劇研究所を経て、75年に『太陽にほえろ!』72‐86で俳優デビュー。新米刑事“ボン”こと田口良役で人気を博し、79年に殉職を迎えるまでレギュラー出演。『あさひが丘の大統領』79‐80では型破りな新任教師役で主演を務めたほか、『ここまでは他人』81、『あとは寝るだけ』83などTVドラマや、「悪魔が来りて笛を吹く」79、「おんな六丁目 蜜の味」82などに出演。その間、『リポビタンD』の“ファイト一発!”シリーズのCMに初代として77~80年まで勝野洋とコンビを組み、お茶の間に親しまれた。

岩本多代さん(いわもと・ますよ/女優)

8月17日、虚血性心疾患のため死去。80歳。62年に俳優座養成所を卒業し、劇団〈新人会〉にて舞台で活躍する傍ら、「あすの花嫁」62、「無宿人別帳」63、「紀ノ川」66などに出演。69年に解散後はフリーとして、数々の舞台のほか、『虹を織る』80‐81、『澪つくし』85、『大好き!五つ子』99‐04、ナギサさんの母親役で遺作となった『私の家政婦ナギサさん』20などTVドラマや、「遠き落日」「きらきらひかる」92、「半落ち」04など、清楚な美貌に凛々しさを秘める独特の個性を放ち生涯現役で活躍した。

ベン・クロス氏(英/俳優)

8月18日に死去。72歳。王立演劇学校で学び、舞台で始動。ミュージカル『シカゴ』の弁護士ビリー・フリン役で注目を浴び、79年のウエスト・エンド公演でローレンス・オリヴィエ賞候補に。この成功を機にキャスティングされた「炎のランナー」81では実在のユダヤ人ランナーのハロルド・エイブラムズ役で主演の一角を担う。その後も、「鏡の向う側」87、「トゥルーナイト」95、「乱気流/タービュランス」97、「エクソシスト ビギニング」04、スポックの父サレクにふんした「スター・トレック」09や、『海底20000マイル』97、『ニュルンベルク裁判』07、『Banshee/バンシー』13‐16などTVドラマでも活躍した。

山崎正和氏(やまざき・まさかず/劇作家、評論家)

8月19日、悪性中皮腫のため死去。86歳。京都大学大学院在学中より劇作を始め、63年に『世阿彌』で『新劇』岸田戯曲賞(現・岸田國士賞)を受賞し注目を浴びる。劇作家としての活動の傍ら評論活動にも励み、72年に『劇的なる日本人』で芸術選奨新人賞、73年に『鴎外 闘う家長』で読売文学賞、84年に『柔らかい個人主義』で吉野作造賞を受賞するなど活躍。阪神淡路大震災が起きた95年には、『GHETTO/ゲットー』の神戸市での上演を敢行し話題を集めた。99年に紫綬褒章、18年に文化勲章を受け、06年に文化功労者に選出。兵庫県立芸術文化センター芸術監督や東亜大学学長なども歴任した。

アラン・リッチ氏(米/俳優)

8月22日、アルツハイマー病の合併症のため死去。94歳。43年にブロードウェイにデビューするなど舞台で始動。50年代にマッカーシズムによる赤狩りでブラックリストに載り、一時期俳優業を離れ、自身のギャラリーを開くなど美術界で活動。60年代初めに復帰し、「セルピコ」73、「女優フランシス」82、「真実の瞬間」91、「ボディガード」92、「クイズ・ショウ」94、「アミスタッド」97や、『ヒル・ストリート・ブルース』81-87、『CSI : 科学捜査班』00‐15、『Dr. HOUSE』04‐12などTVドラマで活躍した。

内海桂子さん(うつみ・けいこ/本名=安藤良子/漫才師)

8月22日、多臓器不全のため死去。97歳。38年に初舞台。50年に音曲漫才コンビ“内海桂子・好江”を結成し、61年に文部省芸術祭奨励賞、82年に芸術選奨文部大臣賞を受賞するなど活躍。97年の好江の死去後も、漫才協団(後の漫才協会)5代目会長を務めるなど東京の演芸会を牽引。女優としても、「の・ようなもの」81、「せんせい」89、「長崎ぶらぶら節」00、「忘れられぬ人々」01、「能登の花ヨメ」08、「の・ようなもの のようなもの」15などに出演。横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)の専任講師を務めるなど後進の指導にもあたった。89年に紫綬褒章、95年に勲四等宝冠章を受けた。

ベニー・チャン氏(香/映画監督)

8月23日、上咽頭がんのため死去。58歳。19年末にクランクアップしたドニー・イェンニコラス・ツェー主演「怒火」21の撮影中に病が発覚し闘病していた。TV界で始動し、ジョニー・トーの助監督などを経てドラマの演出も手掛ける。「天若有情」90で映画監督デビュー。「WHO AM I?」99、「香港国際警察/NEW POLICE STORY」04、「プロジェクトBB」06などジャッキー・チェン主演作のほか、「ジェネックス・コップ」99、「ディバージェンス ‐運命の交差点‐」05、「インビジブル・ターゲット」07、「コネクテッド」08、「レクイエム 最後の銃弾」13など、スリリングなアクションやサスペンスの名手として一線で活躍した。

ロリ・ネルソンさん(米/女優)

8月23日に死去。87歳。アルツハイマー病で闘病していた。幼少より舞台で始動し、5歳で“Little Miss America”に選出。その後、モデルを経て「怒りの河」52で映画デビュー。「俺が犯人だ!」55でジャック・パランスの相手役を務めて注目され、3D映画「半魚人の逆襲」55では半魚人に惚れ込まれるヒロイン役に。「百万長者と結婚する方法」53をモチーフにしたTVドラマ『億万長者と結婚する方法』57‐59でも主人公のひとりを務めた。

梅野泰靖氏(うめの・やすきよ/俳優)

8月25日に死去。87歳。高校在学中に演出家の岡倉士朗に見出され、51年に民藝少年劇『山びこ学校』で主演を務め、54年に劇団〈民藝〉に入団。同劇団のほか外部公演にも多数出演し、79年に『亡命者』で紀伊國屋演劇賞を受賞するなど舞台俳優として活躍。「サンダカン八番娼館 望郷」74、「お吟さま」78、「天平の甍」80、「日本の黒い夏‐冤罪」01など熊井啓、「家族」70、「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」83など山田洋次、「ラヂオの時間」97、「ザ・マジックアワー」08など三谷幸喜監督作品のほか、「幕末太陽傳」57、「網走番外地」59、「反逆のメロディ」70、「アジアの瞳」97、「金融腐蝕列島‐呪縛‐」99、「県庁の星」05や、『天と地と』69、『やまとなでしこ』00、『篤姫』08などTVドラマにも出演した。

マックス・エヴァンス氏(米/作家)

8月26日に死去。95歳。テキサス出身。60年に発表した『ランダース』で注目を浴び、同作は65年に映画化。実体験に基づく62年の小説も、後に「ハイロー・カントリー」98として映画化。彼の作品の映画化を試みるも実現に至らなかったサム・ペキンパー監督と親交を深め、友情出演した「砂漠の流れ者」70の舞台裏を綴った“Sam Peckinpah, Master of Violence”72は、原田眞人監督の翻訳で『ケーブル・ホーグの男たち 遥かなるサム・ペキンパー』として日本でも出版された。

ジョー・ルビー氏(米/脚本家、プロデューサー)

8月26日に死去。87歳。ハンナ・バーベラ・プロダクションでケン・スピアーズと出会い、臆病なグレート・デーン犬と4人組が怪奇事件に挑む『スクービー・ドゥー』69‐76を共同製作し、後に多くのリブート作品や劇場版へと展開する人気アニメーションに。『珍犬探偵ダイナマット』76⁻77、『わんぱくジョーズ』76‐78などのTVアニメーションを手掛けた後、ふたりでスタジオを設立し、デイタイム・エミー賞で3度候補となった『アルビンとチップマンクス』83‐90など数々の人気作を放つ。脚本も手掛けた「ランペル/蘇る狂気」95や、「ランボー」や「ポリスアカデミー」などのアニメーション版の製作にも携わった。

カエサル・コルドヴァ氏(米/俳優)

8月26日に死去。84歳。アクターズ・スタジオで学ぶ。ブロードウェイ劇“Does Tiger Wear a Necktie?”69を皮切りに、「スカーフェイス」83、「カリートの道」93でアル・パチーノと共演したほか、「シャーク・トレジャー」75、「ナイトホークス」81や、『特攻野郎Aチーム』83‐87、『女刑事キャグニー&レイシー』81‐88などTVドラマに出演した。

ピーター・ソーヴァ氏(米/映画撮影監督)

8月27日に死去。75歳。チェコスロヴァキアに生まれ、60年代半ばに米国に移住。「ダイナー」82、「グッドモーニング,ベトナム」87などバリー・レヴィンソン監督作品や「フェイク」97、近年は、「ギャングスター・ナンバー1」00、「ラッキーナンバー7」06、「PUSH 光と闇の能力者」09などポール・マクギガン監督とのタッグで知られた。

チャドウィック・ボーズマン氏(米/俳優)

8月28日、大腸がんのため死去。43歳。16年より治療の合間に撮影を続けながら闘病していた。ハワード大学を卒業後、ロンドンのブリティッシュ・アメリカン・ドラマ・アカデミーで演技を学び、舞台で始動。『LAW & ORDER』90‐10、『ER 緊急救命室』94‐09などTVにも活躍の場を広げ、アフリカ系アメリカ人初の大リーガーのジャッキー・ロビンソンにふんした「42 世界を変えた男~」13、ソウルの帝王を熱演した「ジェームス・ブラウン ~最高の魂を持つ男~」14など実録もので脚光を浴びる。「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」16での初登場を経て、「ブラックパンサー」18では文明国ワカンダの王位を継ぐティ・チャラ役でマーベル初の黒人ヒーローを好演し、同作はアカデミー賞で作品賞を含む6部門で候補となり3部門を受賞し、全米映画歴代興収4位を記録するなど大ヒット。スパイク・リー監督の「ザ・ファイブ・ブラッズ」20でNY批評家協会賞助演男優賞、遺作となった「マ・レイニーのブラックボトム」20でゴールデン・グローブ賞とLA批評家協会賞の男優賞を受賞した。

岸部四郎氏(きしべ・しろう/俳優、タレント)

8月28日、拡張型心筋梗塞による急性心不全のため死去。71歳。69年、兄・岸部一徳がベーシストを務めていた“ザ・タイガース”に脱退した加橋かつみに代わり新メンバーとして加入。人気絶頂のグループでリズムギターやタンバリンを担当し、飄々とした個性も人気を博す。71年に解散後は俳優としても活動し、『西遊記』78‐79と翌年の続篇の沙悟浄役をはじめ、「虹をわたって」72、「喜劇 大誘拐」76、「えきすとら」82、「アイコ十六歳」83、「ハチ公物語」87、「アイデン&ティティ」03や、『電車男』05、『クロサギ』06などTVドラマに出演し、劇場版「あしたのジョー」80とその続篇のマンモス西役や、「耳をすませば」95などでは声優も務める。朝の情報番組『ルックルックこんにちは』79‐01では84~98年まで司会を務め、お茶の間でも親しまれた。

階戸瑠李さん(しなと・るり/女優)

8月28日、てんかんの持病のため死去。31歳。上智大学文学部卒業後、OLを経て、13年に『FLASH』誌主催のグラビアアイドル発掘オーディションのグランプリ受賞を機に芸能界入り。女優として、「ハダカの美奈子」13、「マンゴーと赤い車椅子」15、「新宿スワンⅡ」「君にあえたら 妻の恋人」17、「娼年」18、「性の劇薬」20や、『全裸監督』19、丸岡商工のやる気のない社員役で話題を集めた『半沢直樹』20などドラマ、『蒲田行進曲』17、『嫌われ松子の一生』19など舞台でも活躍した。

アレクサンダー・ゼイル氏(米/俳優)

8月28日、パーキンソン病の合併症のため死去。89歳。ユダヤ人の家庭でバグダッドに生まれる。41年にボンベイ(現・ムンバイ)に逃れ、18歳で米国に移住。59年に舞台で始動し、アンドレイ・シェルバン演出の『アガメムノン』77に主演するなど数々の公演で活躍。「ファイヤーフォックス」82、「地獄のコマンド」85、「ショーガール」95や、『超人ハルク』77‐82、『プロファイラー/犯罪心理分析官』96‐00、『24 TWENTY FOUR』01‐10などTVドラマにも出演した。

ウラジーミル・アンドレイエフ氏(露/俳優)

8月29日に死去。90歳。「サルタン王物語」66で主演を務めたほか、TV映画の監督としても活動した。

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