渋谷に生きる女子の夢と苦悩を描いた映画「転がるビー玉」。 宇賀那監督が“逆ロードムービー”を語る。

渋谷に生きる女子の夢と苦悩を描いた映画「転がるビー玉」。 宇賀那監督が“逆ロードムービー”を語る。

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目まぐるしく変わる渋谷に生きる女の子たちの夢と苦悩。

宇賀那健一監督が描いた“逆ロードムービー”とは。

映画「転がるビー玉

 

渋谷という変わりゆく街の姿

宇賀那:「夢を追う若者たちの話を撮りたい。それが、この映画を作った一番の理由です」

宇賀那健一監督がこう語る「転がるビー玉」は、東京・渋谷の片隅で共同生活を送る愛(吉川愛)、瑞穂(萩原みのり)、恵梨香(今泉佑唯)の日常を描いた青春映画だ。それぞれモデル、雑誌編集者、ミュージシャンを目指す彼女たちは、思い通りにならない日々に悩み、迷いながらも、互いに支え合って暮らしている。

宇賀那:「これまで、演技のワークショップを通じてたくさんの魅力的な方と出会いましたが、みんな一様に悩んでいる。でも僕は、悩んでいるその姿や、夢を摑もうとしてもがいている姿こそが美しいと思っています。甲子園を目指す高校球児が全員、プロになれるわけではありません。だからといって、その時期が無駄なわけではなく、必ず何らかの形で役立っているはず。そんな姿を肯定的に捉え、『君のままで大丈夫』と言ってあげたいと。主人公を3人にしたのも、その方が様々な形の悩みを描けると考えたからです」

―さらに、宇賀那監督が本作を制作したもう一つの理由が、舞台となる渋谷の再開発だった。

宇賀那:「僕自身、学生時代から長い間、渋谷のカルチャーに親しんできました。そんな渋谷が変わろうとしている2019年の風景を映像に残しておきたかった。しかもそれが、この物語のテーマにも合っている。主人公の3人は、夢を追いながらも、なかなか一歩を踏み出せずにいます。でも、そんなふうにもがいているうち、いつの間にか周囲の景色や出会う人が変わっていき、それによって例え小さな半歩でも、前に進むことができる。その舞台として、変わりゆく渋谷はぴったりだろうと」
この言葉通り、揺れ動く彼女たちの姿に、変化を続ける街の風景がシンクロし、物語は輝きを増す。

宇賀那:「コンビニなど一部を除き、ほぼすべて渋谷で撮影しています。恵梨香が路上ライブをするのは、宮下公園前の歩道橋ですが、今はすっかり風景が変わりました。また、パーティ場面の撮影には、僕のこだわりで有名なクラブ“VISION”を使わせてもらいました。ただし、渋谷を知らない人も楽しめるように、地理に関係なく物語を成立させています」

 

 

―このほか、創刊15周年記念プロジェクトとして製作に協力した雑誌『NYLON JAPAN』編集部も登場。変わりゆく都市と最先端カルチャーの発信地。渋谷の両面を捉えた映像の中で繰り広げられる3人の物語は、再開発による家の取り壊しと共に終わりを迎える。

宇賀那:「言ってみれば、僕が目指したのは“逆ロードムービー”です。ロードムービーでは、主人公が目的地に向かって旅する中、様々な経験を重ねて成長していきます。しかし、この映画では3人が旅をするのではなく、周囲の環境が変わることで、彼女たちにささやかな変化が訪れるわけです」
―その“逆ロードムービー”にリアリティを与えるのが、随所に施された仕掛けだ。

 

実生活から得たセリフの数々

宇賀那:「セリフの大半は、僕が実際に周囲で耳にした言葉です。ある意味、この映画には沢山の僕の友人や知人の思いが詰まっています。さらに、主人公3人に共感してもらうには瑞々しさが大事だと考え、スイカ割りやコンビニでの買い物など、即興の場面を4つほど作りました。演じた吉川さん、萩原さん、今泉さんは、即興も含めて期待以上の結果を出してくれました」

―こうして完成した本作に対する思いは、印象的なタイトルにも込められた。

宇賀那:「タイトルは、“Like a Rolling Stone”がヒントになっています。『自分は石ころでいい』と割り切ることができず、かといって宝石にもなれない。その間にいる“欠けたビー玉のような人たち”の話にしたい。そんな思いからつけたものです。だから、そういう人たちに届いてくれたら嬉しいですね」

 

 

前作「魔法少年☆ワイルドバージン」が導いた本作の誕生

―一方、宇賀那監督が「これを撮っていなかったら、『転がるビー玉』はなかった」と語るのが、前作「魔法少年☆ワイルドバージン」。29歳童貞の冴えない会社員・星村幹夫(前野朋哉)が突如、スーパーヒーローに変身。恋する女性・秋山雪乃(佐野ひなこ)のために奮闘するハチャメチャなコメディだ。
「転がるビー玉」とはかけ離れた内容に驚くばかりだが、宇賀那監督によると、「『ワイルドバージン』でファンタジーなことをやり切った感覚があり、その反動で『転がるビー玉』が生まれた」とのこと。

―また、宇賀那監督の過去作を振り返ると、地方のガングロギャルがパラパラダンスに挑む「黒い暴動♥」(16)、娯楽が禁じられた世界で音楽に目覚めた若者を描く「サラバ静寂」(18)と、振れ幅が大きい反面、主人公のひたむきな姿勢は一貫。その点を踏まえると、「熱い物語が好き」という自己分析の通り、「転がるビー玉」も「ワイルドバージン」も、紛れもない宇賀那作品と言える。

「常に新しいことに挑戦したい」と語る宇賀那監督。来年公開予定の新作「異物」には、「新感覚エロティック不条理コメディ」という意味深な言葉が添えられている。その詳細は不明だが、「魔法少年☆ワイルドバージン」から「転がるビー玉」への大ジャンプを見ると、今度はどんな世界に挑むのか、期待せずにはいられない。

 

                                                 写真=宇賀那健一監督

 

 

 

宇賀那健一

うがな・けんいち1984年生まれ、神奈川県出身。青山学院大学卒業。俳優からキャリアをスタートし、「黒い暴動♥」(16)で長篇映画初監督。以後、「サラバ静寂」(18)、「魔法少年☆ワイルドバージン」(19)と継続してオリジナリティ溢れる作品を発表。新作は2021年公開予定の異色の短篇映画「異物」で、本作は既にナッシュヴィル映画祭で入選を果たすなど、国際的な評価も得ている。

 

文=井上健一/制作:キネマ旬報社(キネマ旬報11月上旬号より転載)

 

 

転がるビー玉

●11月6日発売
●DVD 3800円+税 /ブルーレイ 4800円+税
●監督・脚本/宇賀那健一
●出演/吉川愛萩原みのり今泉佑唯笠松将大野いと冨手麻妙大下ヒロト日南響子田辺桃子神尾楓珠中島歩徳永えり

●2020年・日本・カラー・16:9LB(スコープサイズ)・音声1・日本語(ドルビーデジタル5.1chサラウンド)・音声2・オーディオ・コメンタリー(ドルビーデジタル 2.0chステレオ)・本篇94分

●音声&映像特典/オーディオ・コメンタリー(吉川愛×萩原みのり×今泉佑唯×宇賀那健一監督)/メイキング/劇場予告篇
●発売・販売元/ギャガ
(C)映画『転がるビー玉』製作委員会 2020

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