問題作批評:日活ロマンポルノ「白い指の戯れ」【後編】

問題作批評:日活ロマンポルノ「白い指の戯れ」【後編】

来る2021年に、日活ロマンポルノは生誕50年の節目の年をむかえます。それを記念して、ロマンポルノの魅力を様々な角度から掘り下げる定期連載記事を、キネマ旬報WEBとロマンポルノ公式サイトにて同時配信いたします。「キネマ旬報」に過去掲載された、よりすぐりの記事を「キネマ旬報WEB」にて連載していく特別企画「あの頃のロマンポルノ」。

連載第1弾は、斎藤正昭氏と飯島哲夫氏によるコラムを「キネマ旬報」1972年9月上旬号より、前編、後編の二部構成にて、転載いたします。

ロマンポルノ作品として1972年第46回「キネマ旬報ベスト・テン」の第10位に選ばれ、脚本賞を神代辰巳、主演女優賞を伊佐山ひろ子が獲得した『白い指の戯れ』をピックアップ。飯島哲夫氏による映画評(後編)をお届けいたします。(※脚本賞と主演女優賞は第6位の『一条さゆり 濡れた欲情』とあわせて受賞)。

1919年に創刊され100年以上の歴史を持つ「キネマ旬報」の過去の記事を読める貴重なこの機会をお見逃しなく!

ポルノを否定するポルノ

三回見た。

ヒロインゆき(伊佐山ひろ子)が、鳩の群れにたたずむショット。ヒーロー拓(荒木一郎)が、おもむろに空を見上げ横向きざまペェッと吐き捨てる、タイミングはずしたようなストップモーションに、新人・村川透の秀れた映画感覚があった。

あるいは、「彼にとって女はあなた一人じゃないの、女のところを転々と泊り歩いているのよ、所帯もってそっから出勤するスリなんて考えられる?」というスリの洋子(石堂洋子)のセリフにさえ、脚本・神代辰巳の存在をありありと感じ、妙な親しみを覚えるのである。

渋谷の、とある喫茶店の片隅、レッカー車に涙ぐんでいたゆきと、なにげなく話しかけた二郎(谷本一)との出合いは、ボーイ・ミーツ・ガールなのだろう。さらに、ゆきと拓の出会い、看板の字を逆さに読みながら歩くあたりも、そんなふんいきだが、村川透はゆきの初体験を、ゆきへのあくまでキョトンとした表情を通して見事に描いた。

「初めてじゃないけど本当はよく知らないのよ」とケタケタ笑いく〈一つ、一人でするのをセンズリ何とか……〉なる春歌をつぶやいていたのは「濡れた唇」(神代辰巳)のコールガール洋子である。

「濡れた唇」はこの洋子とフーテン金男(谷本一)の話であるが、「白い指の戯れ」の二郎は、金男そっくりに現われながら、映画の三分の一ほどで、あっさり消えてしまう。もしかすると、この風変りな構成は「濡れた唇」の続きを意識した、さりげない企らみかもしれぬ。二郎の愛人もまた洋子である。洋子は、ゆきに悪魔のささやきを吹き込む重要な役割りになって、ついに、最後まで存在するのだ。

▲「白い指の戯れ」より

四人の男女が刑事の追跡をのがれ、ままごと遊びのようなフリーセックスを進行させながら、「うまくやっていけるよ」と気ままに思い描く性共同体幻想、「濡れた唇」の全裸で刑事にひかれゆくヒロインと、クシャミするヒーローの寒々とした姿に対し、村川透は、コソドロ・スリ集団を、まぎれもない現実の性共同体として描き、権力との緊張関係を持ちこたえようとした。彼らは、絶えず刑事の目を意識する。その恐怖の入り混じったスリリングな感性と、性の回路の微妙な交錯。

八王子駅で襲った直後、ゆきは拓によって、初めて性の快楽を知り、張り込み中の刑事にくちびるをぐっとかみしめる。拓に燃えながらスリ仲間の山本(五条博)に身をまかせたあと、ゆきは初めてひとり、万引きのスリルを味わう。ゆきと拓のセックスのあとには、必ず刑事が登場する。従って、バッカジャナカロカ・ルンバを歌い、阿波踊りのリズムに興じる、あっけらかんとした、嬉々とした場面が、解放の瞬間として、生きてくるのだ。

春歌・秋田音頭からバッカジャナカロカ・ルンバに至るシークェンスの、何という見事さ。自らの性体験をはるかにエスカレートさせてきたゆきが、ここで何だか恐くなったと告白すれば、それは「仲間になった証拠よ」と洋子が言い聞かせる。村川透は、ゆきにおける大いなる転生の契機をあくまでおおらかな春歌・秋田音頭に託したのである。

 

ひとの嬶すりゃ忙しもんだ
湯文字ひも解くふンどしこはずす
挿入(いれ)る持ちゃげる気を遣る抜ぐ拭ぐ
下駄めっけるやら逃げるやら

 

拓やゆきたちがめざしたのは東北の旅だったが、村川透のふるさとは山形だという。何故、東北へ行くか。ディスカバー・東北、七十年代資本の論理……

悲劇のヒロイン(小川節子)、挑発的セックス(白川和子)、そのいずれでもない「濡れた唇」や「白い指の戯れ」は、〈ポルノ〉にあって〈ポルノ〉を否定する世界かもしれない。セックス場面に株式市況が入る謎!

文・飯島哲夫
「キネマ旬報」1972年9月上旬号より転載

前編はこちらから

「白い指の戯れ」【Blu-ray】監督:村川透 脚本:神代辰巳・村川透

価格:4,200円+消費税

発売:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング.

日活ロマンポルノ

日活ロマンポルノとは、1971~88年に日活により製作・配給された成人映画で17年間の間に約1,100本もの作品が公開された。一定のルールさえ守れば比較的自由に映画を作ることができたため、クリエイターたちは限られた製作費の中で新しい映画作りを模索。あらゆる知恵と技術で「性」に立ち向い、「女性」を美しく描くことを極めていった。そして、成人映画という枠組みを超え、キネマ旬報ベスト・テンをはじめとする映画賞に選出される作品も多く生み出されていった。

オフィシャルHPはこちらから

日活ロマンポルノ50周年×キネマ旬報100周年カテゴリの最新記事