精神科医・名越康文先生が感情労働者に贈る、“心のモヤモヤ”を解消するヒントとは?

精神科医・名越康文先生が感情労働者に贈る、“心のモヤモヤ”を解消するヒントとは?

韓国エッセイ『僕だって、大丈夫じゃない』に見る感情労働者の苦悩

精神科医・名越康文先生が贈る、“心のモヤモヤ”を解消するヒントとは?

テレビやラジオでのコメンテーター、映画評論、マンガ・ゲーム分析など様々な分野での心理分析と悩める人々にアドバイスを発信し続ける精神科医の名越康文氏。

キネマ旬報社から刊行された韓国エッセイ『僕だって、大丈夫じゃない~それでも互いに生かし生かされる、僕とあなたの平凡な日々~』の医師に見る現代労働者のモヤモヤに対してどのように向き合っていくべきか、本書を翻訳した岡崎暢子氏との対談を通して名越先生にヒントを伺った。

 

キム・シヨン医師の疲弊した心が蘇っていく日々を温かなタッチで綴る韓国エッセイ『僕だって、大丈夫じゃない~それでも互いに生かし生かされる、僕とあなたの平凡な日々~』キネマ旬報社刊

 

頑張りすぎる人に、実は言ってはいけない「頑張らなくていい」という言葉

 

―今回、『僕だって、大丈夫じゃない』を翻訳した岡崎さんは以前、編集者として力尽きてしまった経験もあるとのことですが。 

岡崎氏:「編集者として仕事を抱えていた時に、膨大な仕事量でさすがに脳が疲れてしまい、ストレスから満員電車に乗れなくなったりと、辛いことはたくさんありましたね。頑張ることで生きていると実感するタイプなので、実際手を抜くことの方が難しいんですよね」

 

名越氏:「今まで頑張りすぎている人に、“頑張らなくていい”、という言葉は実は当事者には響かないセリフであることも多いんです。そもそも頑張る人というのは、それで達成感を得て心のバランスをとっている面がある。ですから本当にヘトヘトになっている自覚がある場合を除いては、「休みなさい」だけでは不十分なんです。つまり違うことで頑張らせないといけない。ライフスタイルを変えるということですね。そのシフトチェンジが疲れた心を豊かにしたり、細胞を活性化させたりするんですよ」

 

岡崎氏:「本当にそうですよね。私も会社で頑張りすぎた後少し止まって、トライアスロンに情熱を向けて自分を持ち直しましたから。体を動かすことも必要ですよね」

 

名越氏:「トライアスロンはすさまじいパワーがいると思いますが(笑)。岡崎さんは好きなことをやって自身をコントロールできるようになったのですね。僕も“頑張りすぎる前に、自分の頑張りをシフトすることが大切”、と40歳くらいの自分に会ったら言いたいですね。自分自身は朝から20回ほどプッシュアップしますが、体を動かすことは大切です。心身のバランスをとることができます。45歳以降は1日に必ず体を動かすことを習慣にする。うつ病回避にもなります。トライアスロンは荒療治かもしれませんが、自身の情熱をシフトしたということは正解だったのでしょうね」

 

 

燃え尽き症候群になる前に45歳までに出来る準備とは

 

―本書『僕だって、大丈夫じゃない』の医師は、終始緊迫した状態のERで働いた後、田舎町の診療所に移りますが、環境の落差もあり、燃え尽き症候群のような症状に陥りますね。

『僕だって、大丈夫じゃない』の中でおばあさんとやりとりされる医師の決まり文句「大丈夫、死なないから」は、実は本書の原題でもあるという。ER時代の緊迫感とは程遠い環境で患者をなだめる、医師の多少身勝手な幕引きワードとして使われていた印象的な言葉だ。

 

岡崎氏:「患者さんが来てもどこか冷たい言葉を発してしまうなど、明らかに心が止まってしまっていて。著者のキム・シヨン医師は40代ですが、その世代でこうしたバーンアウトを恐れる人も多いですよね」

 

名越氏:バーンアウトが40歳後半で起こるようであれば、やっぱりライフスタイルをシフトする必要があると思います。ここでいうライフスタイルには二つの意味があります。一つは24時間の生活習慣をちょっと変える。具体的には食事内容や、朝からの運動習慣。それに睡眠時間の確保ですね。もう一つは、趣味を見つけるとか読書の習慣とか、つまり人生の価値観をシフトしてゆくわけです。45歳以降でのバーンアウトからの回復は経験的には1、2年かかってしまうから、そうならないための準備を30代のうちにすることも大切かも知れません。まずは、自分の仕事に感じるストレスの度合いをイメージしてみる。自分のしんどさを水位でイメージするんです。海の水が自分のくるぶしくらいか、ひざか、それとも鎖骨まで来ているか。それが膝以下の場合はまだ少し準備の時間が持てると思うんです。 

 

あと秘訣としては、45歳までに半分は好きな仕事で埋めるというのがあると思います。半分は人の都合に合わせたり興味のないものでもいい、でも半分は自分のやりたい仕事にしていく。45歳までは、体力的にも無理が効く年齢なんです。あなたが今30代であれば、今からやりたいことを口に出して周りにアピールして、45歳までの長い時間をかけて、ベクトルを向けていく。そういうこともできるんじゃないかなと思うんです。

 

感情労働の代表格、クレーム対応という仕事

 

―自身の本心と切り離して職務を遂行しなければばらない労働を、近頃では“感情労働”といい、そんな仕事に従事する人たちのことを‟感情労働者”と呼ぶ、と著者はエピローグで自身の労働の苦悩について言及しています。

『僕だって、大丈夫じゃない』の中で、患者のおばあさんとの予測不可能な対話に四苦八苦するキム・シヨン医師の様子。

 

岡崎氏:「本書の医師も、自分を処方箋発行機と思われて処方箋だけ一方的に求められるなど、患者さんとの間での対応に苦戦するシーンがありますが、そんなクレーム対応でストレスをためてしまう場合は、どうしたらよいのでしょうか。」

 

名越氏:「正直本当に大変な仕事ですよ、クレーム対応は。たとえば別の人格を作るくらいの感じで、相手の言うことを体の中心で受けたらダメージがあるという気がします。ある意味ちゃんと演技ができる自分を作り上げることができる才能と、修練が必要なのではないでしょうか。たとえば人の話をマジに聞いてしまう誠実タイプ、そういう不器用な人は向いていない気がします。といっても僕はクレーム対応の専門家ではありませんが、向き不向きがとてもある職種だと思います。自分がもしやるなら、期間とその目的を決めてからやると思います。」

 

岡崎氏:「私もコールセンターでバイトしていた時に、マニュアル通りに対応しても、家に帰ってから気持ちがずーんと重くなってしまって……」

 

名越氏:「そう、人の思念ほど“被ってしまう”ものはないんです。思念を受けて同調してしまうのが人間です。それを受けすぎるとボキッと折れてしまうのが人間の心ですからね。そうならないように、向かない人は気をつけるべきだと思います。」

 

リカバリー(回復)に時間がかかる日本の労働環境は問題

 

―本書のキム・シヨン医師は、ERで疲弊した心を引きずってしまい、移った先の診療所でも胃を痛めるなど体調にも異変をきたしてしまいます。

 

岡崎氏:「私も編集していた時、大プロジェクトを終えた後1ヵ月くらいは鬱っぽくなってしまっていました」

名越氏:「それはね、実はリカバリーできていないのではと思います。薄皮1枚つながっただけ、という状況なんです」

岡崎氏:「確かに、気分転換で何日か休んだとしても、(元に)戻らないというか。そういう人って今多いと思います。労働環境において、睡眠時間も足りていないのが大きいですよね」

名越氏:「韓国と日本は、睡眠不足でいつも世界的に1位2位を争っています。イタリアなんて昼休みが2時間はたっぷりあるわけで。国による常識があって良いわけですけれど、睡眠不足の日本はメンタル的にはやはりまずいです。アンチエイジングにも悪いし。それと夜寝つけない人は、コーヒーの飲みすぎなど、カフェインを取りすぎていないかどうかチェックして欲しい。あとは朝から運動をしていないことが多い。朝運動すればメラトニンというホルモンが就眠時に出て、深く眠れます。朝の運動、夜はコーヒーを避ける、夜中スマホを見ない、たとえばこの3つをライフスタイルにおいて見直してみてください。

 

岡崎氏:「朝の運動はどんなものがいいですか?」

名越氏:「ストレッチよりは、少し汗ばむような軽い筋トレがおすすめです。水分を摂取してから。あとは朝日を浴びること。朝から光を浴びて運動すると確実に寝つきがよくなります。」

 

自分への攻撃と感じる他者の言動、そう思うことは実は健康なこと

 

―本書の医師は、「爆発寸前のイライラや不満、怒りを抑え込み、人間に対する最低限の期待すら、すっかりあきらめて心を空っぽにして耐え抜かなければならない日も少なくない。」とエピローグで吐露しますが、周囲と無意識に隔絶することで自分自身を守ろうとしているように見えます。

 

岡崎氏:「それでも、時に周囲からの言葉が自分を責めているように感じる、そんな時はどうしたらよいでしょうか?」

 

名越氏:「わかるなぁ。そう感じてしまうのは、たぶん自分の調子が悪い時なんです。嫌われていないかな、自分が迷惑をかけていないかな。そう振り返ること自体は良いことですよね。でも2週間に1度そう思えたらよいのかなと。それが頻繁になって、習慣になってしまうとまずいということです。しんどければ、一度その現場を知っている人に、客観的判断を委ねるのも良いかも。別のケースだと、実は特定の人との関係性が悪くなっていることも考えられる。それが全体の人間関係の見え方に波及している、という場合もあるのです。客観的に状況をとらえるために、自分を否定しない人に聞いてみること。利害関係がない人に聞いてもらって見えてくることがありますから。僕も昔、自分が過剰適応していたことに周囲の人と話すことで気付けたことがあったので」

 

                               制作=キネマ旬報社

                                         

※本記事は、本屋B&B(東京都世田谷区)にて、7月5日に開催した下記イベント内容より抜粋しています。

 

岡崎暢子×名越康文「モヤモヤを抱えて働くあなたへ贈るーー精神科医に聞く!“感情労働者”の心のモヤモヤとの付き合い方」韓国翻訳エッセイ『僕だって、大丈夫じゃない』(キネマ旬報社)刊行記念

 

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 名越康文(なこし やすふみ)精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。

1960年奈良県生まれ。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、マンガ分析などさまざまな分野で活躍中。『SOLOTIME(ソロタイム)「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』(夜間飛行)他多数。最新著書は『仕事で折れない心のつくり方』(アルファポリス)が発売中。会員制動画チャンネル「名越康文TVシークレットトーク」も好評配信中。

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 岡崎暢子 (おかざき・のぶこ) 韓日翻訳・編集者。

(C)Mina Soma
1973年生まれ。女子美術大学芸術学部デザイン科卒業。在学中より韓国語に興味を持ち、高麗大学などで学ぶ。帰国後、韓国人留学生向けフリーペーパーや韓国語学習誌、韓流ムック、翻訳書籍などの編集を手掛けながら翻訳に携わる。訳書に『あやうく一生懸命生きるところだった』『今日も言い訳しながら生きてます』『どうかご自愛ください――精神科医が教える「自尊感情」回復レッスン』(ダイヤモンド社)、『頑張りすぎずに、気楽に』『クソ女の美学』(以上、ワニブックス)、『1cmダイビング 自分だけの小さな幸せの見つけ方』(宝島社)などがある。
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『僕だって、大丈夫じゃない~それでも互いに生かし生かされる、僕とあなたの平凡な日々~』

キム・シヨン=著/岡崎暢子=訳 1,650円(税込)キネマ旬報社刊

「大家さんと僕」シリーズの著者・矢部太郎さんが絶賛!
「第18 回ハンミ随筆文学賞」優秀賞受賞、今最も翻訳が期待される話題のヒーリング・エッセイ。

長い間ERと霊安室の間で緊迫した日常に追われていた韓国の医師・キム・シヨン氏が、「もう少し違う生き方があるのではないか」と考えて移った田舎町の診療所で出会う人々との対話を通して、自分自身が癒されていく様を綴った38の温かい物語。

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