【あの頃のロマンポルノ】沢田幸弘監督の『濡れた荒野を走れ』

【あの頃のロマンポルノ】沢田幸弘監督の『濡れた荒野を走れ』

 2021年に、日活ロマンポルノは生誕50年の節目の年をむかえました。それを記念して、「キネマ旬報」に過去掲載された記事の中から、ロマンポルノの魅力を様々な角度から掘り下げていく特別企画「あの頃のロマンポルノ」。キネマ旬報WEBとロマンポルノ公式サイトにて同時連載していきます。(これまでの掲載記事はコチラから)

 今回は、「キネマ旬報」1973年8月下旬号より、松田政男氏による「沢田幸弘監督の『濡れた荒野を走れ』」の記事を転載いたします。

 1919年に創刊され100年以上の歴史を持つ「キネマ旬報」の過去の記事を読める貴重なこの機会をお見逃しなく!

日活は、いま、誰に住み良いのか?

反ポリ公映画の快適な画面

 サングラスをかけているので眼付きが悪いかどうかは不分明であるとしても、とにかく一癖も二癖もありげなタフな男 –必ずしも若くはなく、さりとて中年というわけでもない– が二人、街を歩いている。とある私鉄の小さな駅頭。それまで付かず離れずの感じだった二人組は、ここで肩を寄せ合い、物蔭から駅前の小広場を眺め上げる。ベトナムの戦災復興(!?)への救援カンパ募集の風景。けっこうゼニを投じる人が多い。二人組はうなずき合う。シーンかわって、教会の内部、数百万ほどにまでなったカンパを牧師の父親と清純な娘が集計中、方々へ電話をかけてお礼を言ったりし、ゼニは金庫の中へ。突如、ストッキングで覆面した五人組の男たちが乱入し、あとはお定まりの神もおそれぬ強盗・強姦の一大オルギア。哀しげなキリスト像をあとに、男たちは戸外へ。車の傍で覆面をとり、黒装束を脱ぎ……
なんと彼らは、と思う間もなく、カー無線が闇をつんざく。こちら本署、県警三号、応答願いますー。

 つまり強盗・強姦の一味は、現職の警察官、指揮をとる者はあのタフな二人組のデカ。強盗発生を告げる本署からの指示に従って、彼らは今度は捜査官として件の教会に引返す。むろん他のパトカーを引離して断然一番乗りだ。彼らの入念な捜査風景ー証拠収集ならぬ証拠煙滅のための。

 かくも鮮やかにポリ公どもをコケにするとなると、冒頭の、例によって例のごとき、この映画における物語および人物の設定はすべてフィクションである、というタイトルさえもが、かえって逆の意味に化し去って、リアリティを増幅させる仕掛けとなるのだから、これは、もう、沢田幸弘は、なかなかヤッてくれるのである。しかし私は、沢田のロマンポルノ第二作なる『濡れた荒野を走れ』の快適な導入部に堪能しながら、オヤッ、これは前に一回、確かどこかで見たことがあるな、と一瞬思い、そして直ちに、いや、前に見たことがあるとしても、それはスクリーンならぬ紙の上においてであったのだと再び思い返さざるをえなかったのである。そう、沢田幸弘はほぼ一年前の本誌586号所載のシナリオ通りの画面をば、一年後において撮り上げたのだ。むろん、シナリオの「ビアフラ救援カンパ」が「ベトナム救援かんぱ」となる等々、多少の手直しはある。しかし厳密に照合するまでもなく、沢田は、細部にいたるまで –たとえば後段のアングラ芝居のシーンを私は即興演出だと思い込んでいたが、シナリオを読み返してみると必ずしもそうではなく、長谷川和彦脚本は実に細かく書き込まれている一 、一年前のシナリオに忠実であったのだ。何故か? 本誌586号における沢田自身の言葉を聞こう。「このシナリオの形で撮るのでなければ、意味がないのではないか。もしそれが満たされぬのであったら、撮れない」!

 周知のように、一年前の7月、『濡れた荒野を走れ』は、クランクイン直前で、突如、製作延期となった。沢田自身によれば「政治的情況への配慮から」だそうで、では誰が「配慮」したのかと言うと、酒井良雄によれば「日活労組が直接クレームをつけ」「ポリの鼻息を伺った」(映画批評72・9)ということであるようだ。7月、9月、12月と延期はさらに重ねられ、しかし沢田は粘りに粘り、ほぼ一年後、この反ポリ公映画を原型通りに撮り上げてしまったのである。この点、「さそり」の第三作めを、やはり粘りに粘って原型通りに完成した東映の伊藤俊也と沢田は、その執念深さにおいてまさに双壁であると言っていい。しかし、変転きわまりないこの一年の経緯は、私に対して、作家個人の資質もしくは性癖を云々することではなく、むしろ、一本のプログラム・ピクチュアでさえも–いや、プログラム・ピクチュアだからこそ、映画 –内– 情勢のみならず全情勢との相関においてとらえ返さなければならぬことを強いるのだ。かつて私は、沢田が『セックス・ハンター 濡れた標的』を作った時点において、本誌593号で、大島渚の言葉を引きつつ、沢田が「おのれの内部から発する歌のみをうたう詩人」という栄光の道ではなく、「眼前に現われる事象を素材として映画と化してしまうその魔法」の術者としての悲惨の道にあえて出立しつづける営為をば讃えたことがあった。しかし今や、栄光と悲惨は、単純な二分法では測定しえぬほどまでに混沌としている。一本のプログラム・ピクチュアの完成に確執しようとする作家は、「魔法」の術者ならぬ「詩人」の道をこそ歩まなければならないのだ。今や情勢は、とりわけ、プログラム・ピクチュアの作家たちに困難を強いているのではないか?

一切の擬制に抗する戦いを

 なるほど、本誌586号で沢田自身が「ロマンポルノ路線の製作条件をふまえれば、昔と違って現在の日活は、かなり作る側が主体性をもった形での映画作りが出来る状勢」にあると言い、またつい最近も神代辰巳が本誌605号で語った「今までの映画界の常識から言ってはるかに好きなことができる革命的な」そして「これまで撮りたくても撮れなかったものがどんどんできる……すごい」情勢なるものが、日活には未だ存在しているのでもあろう。沢田の『濡れた荒野を走れ』を挾んで、神代の『女地獄 森は濡れた』、西村昭五郎の『淫獣の宿』、曽根中生の『昭和おんなみち 裸性門』、田中登の『真夜中の妖精』と、日活のエンターテイナーたちは、依然として、頑張りつづけているかに見える。大朝日シンブンの名言を借りるならば「驚くべき集中度」によって「秀作」が誕生しつつある活況がなおつづいているのかもしれぬ。しかし、にもかかわらず、日活はいま、本当に「好きなことができる」場所であるのか?

 私は、ここで活況の裏側を鋭く衝く山口清一郎の告発を聞かなければならない。足立正生のインタビューに答えつつ、山口は、映画による審査ならぬ再審査–「一度映倫マークをつけたものをチェックし直す」という、「公安と映倫と資本のなれあい」によるポルノ表現への大規制の実情をアバきつつ、「チェックされた連中はこのまま看過するのか。本来一番敏感であるはずの監督会の反応も、現在ない。同業者がこれでは何とも心もとない。表現まで権力の恣意性にゆだねたら、『作品』=『オノレ』という意識的なモメントはどう屈折させると言うのか」(映画批評73・6)と怒りをぶちまけている。山口によれば、再審査問題で「映倫に抗議した」のは「どうも…俺だけらしい」!住み心地の良さを謳歌している過程で、特に、『女地獄 森は濡れた』等の再審査以降、先述した「秀作」群も含めて、ポルノシーンは規制に次ぐ規制を受け、映倫の基準は大改悪、今や黒い霧が画面に立ち籠め、男女が絡み合うや否や何も見えなくなるという惨状を呈している。山口は言う、「存在べったりのおめでたムードのメッキは脆くも剥がれた」と。国家権力に抗すべく「どんどんポルノをつくる。つくること即回答」というエセ「主体」的な発想そのものに、日活ロマンポルノ大後退の根拠を見る山口の告発に、かくて、私たちは耳を傾けなければならないのだ。住み心地の良さの代償として、確かに何かが喪われてしまったのである。

「どんどんポルノをつくる」のではなく、何をいかにつくるのかがまさに問われる時、一年前、沢田は挫折の苦汁を嘗めた。一年後、今度は、山口清一郎の「恋の狩人・淫殺」がタブーとしての天皇制に触れているという理由で、クランクイン直前はおろか、企画そのものから抹殺されようとしている。突出した主題、突出した表現を追求する者にとって、いま、日活は住み良いのか?沢田は一年前にいみじくも言った、「抗議するための映画を作る、などという皮相な形ではなく、それを、フィルム自体の力として打ち出したい」と。しかし沢田が一年後に『濡れた荒野を走れ』を完成するためには、さらに、「映倫マークのついたポルノ映画は、もう、ポルノでなくなったポルノ映画である」(本誌593号)という醒めた認識をも併せ持つことが必要となったのだ。沢田幸弘の一年間にわたる粘り強い戦いは、「おのれの内部から発する歌」のためのみならず「存在べったりのおめでたムードのメッキ」をも剥ぎ取るべき醒めた戦いでもあった。山口清一郎は沢田幸弘のの身を賭しての教訓に学ばなければならない。あらゆる擬制に抗して戦う者、戦いつづける者にとって、果して、日活は住み良いのであろうか?

文・松田政男

「キネマ旬報」1973年8月下旬号より転載

 

『濡れた荒野を走れ』 【DVD】

監督: 沢田幸弘 脚本:長谷川和彦

価格:2,200円(消費税込み)

発売:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング

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