「一度は閉館も考えた」豊岡劇場の挑戦。地方映画館の起死回生に向けた秘策とは

「一度は閉館も考えた」豊岡劇場の挑戦。地方映画館の起死回生に向けた秘策とは

「一度は閉館も考えた」豊岡劇場の挑戦。地方映画館の起死回生に向けた秘策とは

コロナ禍で入場客の激減に悩む地方の映画館が、起死回生の秘策に打って出た。兵庫県豊岡市に2つのスクリーンを有する豊岡劇場は、2021年11月からオンラインによる「ミニシアター映画配信サービス」をスタート。全国の映画ファンに向けて、同館独自のセレクトで作品を届けるという試みを始めた。急速に市場を広げている映画配信事業は、映画館の存立を脅かす存在ではなかったのか。新たな挑戦に臨む豊岡劇場の思いとは――。

コロナ禍で入場客が激減、閉館も視野に

新型コロナウイルスの感染拡大で最初の緊急事態宣言が出てから1年がたった今年4月、豊岡劇場の代表を務める石橋秀彦さんは、一向に戻ってこない客足を前に閉館もやむを得ないと考え始めていた。

「年間900万円の赤字を垂れ流す状態でしたからね。片や配信事業は月額1000円以下で何万本もの映画を見ることができる。このままだったら映画館をやめた方がいいのではないかと思っていました」と石橋さんは苦悩の日々を振り返る。

兵庫県北部、但馬地方唯一の映画館として人口8万人弱の豊岡市にたたずむ豊岡劇場が開館したのは、1927(昭和2)年のことだ。当初は芝居小屋として建てられたが、やがて映画の隆盛に伴って映画館になり、周辺地域の人々に愛されたものの、2012(平成24)年にいったんは閉館。だが存続を願う声が多く、建物をリノベーションして地域コミュニティー活動の核としてよみがえらせるプロジェクトが立ち上がり、クラウドファンディングで資金を調達して2014年12月、新生豊岡劇場として再出発した。

その中心になって活動したのが豊岡市内で不動産管理会社を経営する石橋さんで、再生後の劇場代表に就任。だが石橋さんによると、再開後の7年間、一度も黒字経営になったことはなかったという。見積もりでは、年間2万3000人の入場がないと収支がとんとんにはならない。2019年には何とか1万7000人を超えるまで伸ばしていたが、そこにコロナ禍が襲いかかった。緊急事態宣言が全国に拡大した2020年4月15日から5月28日まで休業を余儀なくされ、再開後も座席数を減らして感染防止に対応。「年間8300人と半分にまで落ちてしまったんです」と打ち明ける。

劇場を守るためのオンラインスクリーン

何とか閉館しないで済む手立てはないものか。頭を悩ませる中で思い浮かんだのが配信サービスだった。ミニシアター系の映画は地方によっては上映されない作品も多いが、配信だと住んでいる地域に関係なくどこでも一律に見ることができる。それってフェアだよね、と思い始めるようになった。

「配信って本当に敵なのか、と思い至ったんです。映画館が配信をするというコンセプトを広げれば、ミニシアターでもスクリーンをいっぱい持つことができる、シネコンになれる、ということです。映画館に代わる事業ではなく、映画館を守るために常設のオンラインスクリーンを持ってみようという考えに至りました」

全国のミニシアター仲間に話すと賛同する声も多く、具体的にどういうプラットフォームを使って配信するかといった研究に取りかかった。当初はサーバーを購入して自らシステムを開発することも考えたが、資金もノウハウもない。そこで2014年に豊岡劇場を再生するときにクラウドファンディングでお世話になったモーションギャラリーの大高健志代表に相談したところ、同社が開発したBASICというプラットフォームのことを教えてくれた。

BASICは文化芸術活動を支えるエコシステムとして機能するプラットフォームで、毎月の課金によってクリエイターが日々の活動を継続するのを支援する代わりに、出資者はクリエイターが提供するコミュニティーに参加できる。つまり映画館で言うと、入場料ならぬ視聴料を支払うことで、その劇場を持続させる力になり得るというわけだ。料金の見返りに配信サービスを受けるという市場原理だけの従来のサブスクリプションとは、コンセプトが根本的に異なっている

映画館がとっておきの作品を選ぶという価値

収益は配給会社と折半することにして、着想して半年後の11月5日、「ミニシアター映画配信サービス」を開始。スタート時点で契約を結んだ配給会社は4社で、各社が抱える作品の中から豊岡劇場が厳選したとっておきの2本を月ごとに用意し、1本の視聴だと1200円、2本では2400円で提供している。

「1200円は相場的には高いかもしれないが、映画館がこの作品を選んでいるという付加価値があると思うんです。僕らが売っているのは価値であって、それに対する1200円だと理解してほしい。なおかつその売り上げが実体のある映画館を守っていくんだということをうたわせてもらっています」と石橋さん。

第1弾の11月はパキスタンを舞台にした「娘よ」と、台湾のドキュメンタリー「私たちの青春、台湾」をそろえ、スタート1週間で11件の加入があった。「11人かよ、と言われるのは覚悟の上です。でもこれをやらないと、事が動かない」と石橋さんは決意のほどを口にする。

「映画って民主的だし、安価で最新の芸術、娯楽を味わえる。そのすてきさは変わらないし、映画館がなかったらこの町を出ていくと思う」と話しつつ、「ただ映画館がこれまでのように映画を供給するだけでいいという時代からは脱却しないといけない。時代に応じて変化すべきであり、配信もその一つだと思う。自分たちの価値をうたえるのなら最大にアピールして、その価値を買ってもらう。そんな社会にしていかないと面白くないですもんね」と言い切る。

先陣を切って始めた以上、苦境にあえぐ全国の映画館にも後に続いてほしいと願っている。だからあえて「ミニシアター映画配信サービス」と一般的な名称にして、システムもホームページで公にしている。

「映画館という一つの空間を赤の他人と共有することは価値のあるものだと思うんです。言葉を交わすわけではないけれど、そこには人間的なふれあいがあって、社会というものが成り立っている。そんな町の大事な一部である映画館がなくなってしまうのは本当に惜しい。各地のミニシアターに一つの提案ができたとは思うので、これから全国行脚に行こうかなと考えています。この動きが広がっていけばうれしいし、そのためには努力していかないとね」と石橋さんはしっかりと先を見据えていた。

取材・文=藤井克郎 制作=キネマ旬報社

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