“日本映画は暗くてダサい” を変えた衝撃!80年代の若者たちを興奮させた「私をスキーに連れてって」が初BD化

“日本映画は暗くてダサい” を変えた衝撃!80年代の若者たちを興奮させた「私をスキーに連れてって」が初BD化

“日本映画は暗くてダサい” を変えた衝撃!80年代の若者たちを興奮させた「私をスキーに連れてって」が初BD化

バブル景気に日本中が沸き上がる前夜であった1987年の秋、誰も成功を予想できなかった1本の映画が、普段はまったく日本映画に見向きもしなかった多くの若者たちを、映画館へと集めた。

映画界に突如現れた“ホイチョイ・ムービー”

「私をスキーに連れてって」を監督した馬場康夫は、80年代初頭から『見栄講座』『気まぐれコンセプト』などの著作やテレビバラエティーの企画・制作などを手がけていた創作集団“ホイチョイ・プロダクション”の代表で、サラリーマンとして在籍していた日立製作所を退社して臨んだ映画監督デビューだった。出版業界やテレビメディアなどのエンタメシーンにおいて“ホイチョイ”の名はすでに知れ渡っていたが、少なくとも当時の日本映画界ではまったくのノーマーク。根岸吉太郎監督の「永遠の1/2」との二本立てで公開されたこの映画は、フジテレビと小学館が製作し東宝が配給する堂々たる邦画メジャー作品ではあったが、公開前には、それまでの所属事務所を離れた原田知世の独立後初主演作としてくらいしか認識されていなかった。

物語は、高校時代からのスキー仲間とゲレンデに向かった商社マンの主人公・矢野文男(三上博史)が、そこで偶然出会った同じ会社に勤めるOL・池上優(原田知世)に一目惚れし、スキーを通して次第に心の距離を縮めていくという、突き詰めればシンプルな“ボーイ・ミーツ・ガール”のラブストーリー。それがいざ蓋を開けてみると、最新のゲレンデ事情などのトレンド情報を随所に盛り込んだドラマ作り、スキー場面の臨場感と爽快感、全編を彩る松任谷由実のヒット曲など、従来の日本映画にはなかった軽快なタッチの恋愛群像劇が展開され、多くの若者が劇場に押し寄せるスマッシュヒットとなった。

そもそもホイチョイ・プロダクションの面々は、映画を含む“遊び”が大好きな高校時代の仲間が集まったもので、自主映画の制作経験もあり、「私をスキーに連れてって」はまさに彼らの長年の夢を実現させた企画だった。同時に、高校時代の仲間が社会に出てからも一緒になって趣味に没頭しているという、彼ら自身を投影させた物語でもある。脚本を手がけたのは、本作をきっかけに一躍スター脚本家となり、今も活躍を続ける一色伸幸。撮影の長谷川元吉をはじめスタッフには映画畑の実力者たちが揃っていたことも、成功の大きな要因となったのは間違いない。

「日本映画は暗くてダサい」を変えた衝撃

この時代、今と違ってシネコンの文化はまだ日本に入ってきておらず、国内の映画産業は縮小の一途をたどっていた。特に深刻だったのは、若年層の一般観客がほとんど日本映画を見ない状態にあったことで、“デートムービー”という言葉はまだ一般化していなかったが、若者たちがデートや余暇の目的地として映画館を選択すること自体が減る一方だった。仮に映画館に行くとしても、若者たちが見るのはハリウッド製エンターテインメント映画が大半で、映画ファンの間で徐々に広まりつつあったミニシアターブームもヨーロッパのアート系映画の秀作が中心。日本映画は市場の隙間のような場所にひっそり咲いているだけの扱いだった。今の若い観客にはピンとこないかもしれないが、この頃、日本映画とは、暗くて、重たくて、ジメジメしているダサい存在で、およそデートで見る代物ではないと蔑まれていたのだ(もちろんこの当時も優れた日本映画は山のようにあったのだが!)。

そんな日本映画界に突如現れた「私をスキーに連れてって」はこうした観客層を掘り起こし、すでにブレイクの兆しを見せていたスキーブームの起爆剤にもなった。さらには、劇中に登場したスキーギア、スキーテクニックはもちろんのこと、登場人物たちのゲレンデでのファッションや行動、スキーとは直接関係のない小道具、登場した乗用車、ロケ地に至るまで、あらゆるディテールが見た人たちの話題にのぼり、流行の発信源として“ホイチョイ・ムービー”そのものが新たなトレンドとなっていったのである。

折しもテレビドラマの世界では、この前年の『男女7人夏物語』のヒットを契機に“集団恋愛もの”ブームが起きており、「私をスキーに連れてって」で原田知世の相手役をつとめ一躍ブレイクした三上博史が、この後沸き起こるトレンディドラマブームの中心俳優のひとりとして活躍を続けたのも、本作のヒットを象徴する現象と言える。

批評家たちは、若者を中心とした観客の興奮に戸惑いつつも、その新感覚と企画力を評価する声と、空虚なトレンド礼賛だと酷評する声に二分された。それでも本作の登場が映画界に与えたインパクトは想像以上に大きく、膨らんでいったバブル景気とも相まって、映画製作への異業種参入、若者にアピールする企画開発、“異業種監督”と呼ばれる他分野からの監督デビューをはじめとする新人監督の誕生ラッシュが加速していった。フジテレビの映画製作もそれまでの大作路線から若者向けにシフトし、岩井俊二、三谷幸喜らの才能発掘を経て、98年の「踊る大捜査線 THE MOVIE」のメガヒットにより、日本映画界の興行地図を大きく塗り替えることになる。今や観客の外国映画離れが深刻に語られる時代で隔世の感があるが、「日本映画は暗くてダサい」と敬遠されていた状況を180度変えた最初のきっかけこそが、「私をスキーに連れてって」だったのだ。

トレンドを取り入れるのではなく、流行をリードした映画

今、改めて見直してみても、本作が日本映画界に吹き込んだ新しい風とは、若者の間で流行っている物や事象を“いち早く映画に取り入れた”ことではなく、これから流行りそうなもの、流行らせたいものを、観客の“半歩先からプレゼンしてみせた”ことだったのだと、強く感じる。スキーブームだから週末スキーヤーの映画を作ったのではなく、来たるべきスキーブームの先鞭として映画が流行をリードする姿勢を見せつけたのが、この映画だった。

松任谷由実の名曲『恋人がサンタクロース』にのせて、主人公たちがさまざまなスキーテクニックや雪山での遊び、新しいスキーギアやガジェットを次々と披露するシークエンスは、当時も新鮮な驚きと感動を覚えた記憶があるが、今見てもその鮮烈さは色褪せていない。映像と音楽の力が正面から拮抗して相乗効果を生んだ、日本映画のエポックメイキングのひとつだ。

そして、モラトリアム期の若者たちが大人へと成長していく青春の最後の輝きが、この映画には余すところなく描かれている。スキー以外まったく不器用な青年の一途な想いと情熱、傷つくのが怖いヒロインの小さな一歩、二人を見守る仲間たちの友情と信頼。そんな普遍的な青春像こそが本作の最大の魅力であり、馬場監督や脚本の一色がこの映画に込めた一番の思いだったろう。

「私をスキーに連れてって」には、熱く、幼く、自由で、ひたむきな、そしてほろ苦い、青春のすべてが詰まっている。

文=進藤良彦/制作=キネマ旬報社

「私をスキーに連れてって

●2月16日初Blu-rayリリース(DVDリリース中)
Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray:¥4,180(税込)DVD:¥3,300(税込)
●日本/カラー/本編98分
●監督:馬場康夫
●出演:原田知世、三上博史、原田貴和子、沖田浩之、高橋ひとみ、布施博、鳥越マリ、飛田ゆき乃、竹中直人、田中邦衛
●発売元::フジテレビジョン・小学館・ポニーキャニオン 販売元:ポニーキャニオン
©1987 フジテレビ・小学館

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