世界に誇る日本の特撮映画を支えた匠「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」開幕

実装の人、井上の特撮技術を次世代へ

 

展覧会場入り口に掲げられた、樋口真嗣監督デザインの本展ロゴと井上デザインのヘドラ

 

 

日本映画史の中でも、重要かつ特異な位置を占める「特撮(特殊撮影技術の略称)」領域において、多大な功績を遺した井上泰幸は今年、生誕100年を迎える。

特撮のパイオニアとして知られる円谷英二特技監督のもと、「ゴジラ」(54)から特撮美術スタッフとしてキャリアを本格スタート。「空の大怪獣ラドン」(56)「地球防衛軍」(57)「モスラ」(61)など東宝特撮映画の黄金期を支え、71年に独立した後も、井上は「日本沈没」(73)「連合艦隊」(81)などで特撮美術監督を務めてきた。そんな井上の大々的な個展が東京都現代美術館にて、本日3月19日から6月19日までの3カ月にわたって開催される。

井上が逝去したのは2012年。同じく東京都現代美術館にて「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」展が開催されたのも2012年と、今年は“特撮映画史”にとって、ある意味、節目の年にあたる。10年前に「特撮博物館」の展示に携わり、今回の本展も担当した森山朋絵学芸員は井上を「実装の人」と称し、「日本の手作り特撮の技術はCGとは異なる実在感があり、次世代へ継承していきたいもの。展覧会ではぜひ若い方に見てもらい、その素晴らしさを感じてほしい」と語る。

地下会場へのエスカレーターを下りた場所、会場入り口前には、井上が生まれた1922年から2012年の没後から10年、100年の個人史を辿る「年譜」が掲げられている。井上が担当した作品から特撮美術に関連する出来事、社会史、映像文化・芸術史を加えた力作だ。

そして入り口には本展のポスター、チラシなどのキービジュアルを担当した樋口真嗣監督がデザインしたロゴと、井上の代表作「ゴジラ対ヘドラ」(71)の怪獣ヘドラのデザイン画が配され、来場者を迎えてくれる。

 

会場は井上のキャリアに合わせてコーナー分けされ、それぞれの時代に合わせた資料が展示

 

 

こだわりの徹底した仕事ぶりを体感する

 

会場は「特撮美術への道」(1922~1953)、「円谷英二との仕事」(1954~1965)、「特撮美術監督・井上泰幸」(1966~1971)、「アルファ企画から未来へ」(1971~2000)と、井上のキャリアに合わせたコーナーが設置。その時代に手掛けた井上のスケッチ、デザイン画、絵コンテ、記録写真や資料、完成映像、さらには撮影で使用したミニチュアやプロップ、台本など約500点が展示される。

 

井上の設計に合わせて制作された「妖星ゴラス」のミニチュアと、人気の高い「怪獣総進撃」のムーンライトSY-3のミニチュア複製

 

特撮映画のミニチュアに魅せられ特撮美術世界に入って40年近く、本展の監修者でもある三池敏夫特撮美術監督は生前の井上から多くを学んだ後継者の一人。「井上さんはこだわりの人、仕事に終わりがない人。円谷英二さんもその完成度に驚かれていたそう」と偲ぶ。井上のタフな仕事ぶりは、当時の特撮美術スタッフからも伝え聞くが、展示される資料からも、その綿密な調査から徹底して行われる再現力に驚かされる。

 

井上が設立した「アルファ企画」の看板。人物解説も掲示される
戦争映画など海の俯瞰シーンでは食用の寒天を煮て色を付けた「寒天の海」を制作。そこで使用された専用下駄
井上が手掛けた代表作「ゴジラ対ヘドラ」にはたくさんの資料が残されていて、展示も充実

 

圧巻は「空の大怪獣ラドン」の岩田屋ミニチュアセットを再現した「井上作品を体感する」コーナー。三池監督監修の下、背景画は井上とも協働した島倉二千六氏が描き、ミニチュアは美術制作会社の老舗マーブリングファインアーツが手掛けた。

看板、ショーウィンドウ、電線、岩田屋屋上の観覧車など、一つひとつの作り込みが緻密で完成度が高く、その仕事ぶりに驚嘆する。記念撮影を楽しみながら、当時の特撮現場が体感できることも来場者にとっては嬉しく、同展最大の売りになるだろう。

 

体感コーナーでは岩田屋のミニチュアセットが再現。撮影は自由なので、細部にわたってのショットも楽しめる

 

 

この岩田屋ミニチュアセットの再現と、5000点にも及ぶ資料の保存に尽力した遺族代表、特撮美術監督 井上泰幸実行委員会の東郷登代美氏は「ラドンのセットが叔父の原点なので、岩田屋と周辺の緻密なミニチュアをどうしても再現したくて。こんなすごいことをやってきた人なんだと、多くの人に知ってほしかった」と語る。そんな「とてつもない夢」がここに実現した。

また、本展にあわせ、「ゴジラ」(54)から「竹取物語」(87)以降まで、井上が手掛けた約70作品を紹介するとともに、多数のデザイン画や資料を収録した図録をキネマ旬報社より発売。当時の貴重なメイキング写真、セット設計図とそれを基に作られた模型、実際の風景と映画に映されたシーンを対比する写真など、過去に出ていない写真や図面も多数掲載している。本展とともに、日本の特撮を支えた名匠、井上泰幸の人生と仕事を俯瞰していただきたい。

 

体感コーナーの横には特設ショップが併設。図録も販売される

 

 

 

文=岡﨑優子 制作=キネマ旬報社

##展示会データ
生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展
会場:東京都現代美術館
会期:2022年3月19日(土)~6月19日(日)
開館時間:10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(3月21日は開館)、3月22日
観覧料:一般1,700円 大学・専門学校生・65歳以上1,200円 中高生600円 小学生以下無料
アクセス:東京メトロ半蔵門線清澄白河駅より徒歩9分、都営地下鉄大江戸線清澄白河駅より徒歩13分

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/yasuyuki-inoue/

 

 

 

##図録データ
生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」(キネマ旬報社刊/税込4950円)
B5横/352ページ

 

 

 

 

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