〈東京ドキュメンタリー映画祭2022〉より「アダミアニ 祈りの谷」竹岡寛俊監督インタビュー公開

〈東京ドキュメンタリー映画祭2022〉より「アダミアニ 祈りの谷」竹岡寛俊監督インタビュー公開
Advertisement

 

今年で5回目となる〈東京ドキュメンタリー映画祭〉が12月10日(土)〜12月23(金)に新宿K’s cinemaで開催。「短編」「長編」「人類学・民俗映像」の各コンペティション部門に選ばれた作品ほか、暗黒舞踏などを「特別上映」として、さらに独自の文化が色濃く残るパプアニューギニア関連の作品を「特集」として上映する。

このたび、クラクフ映画祭で国際批評家連盟賞に輝き、東京ドキュメンタリー映画祭でコンペティション部門にノミネートされている「アダミアニ 祈りの谷」の竹岡寛俊監督のインタビューが届いた。

 

 

「アダミアニ 祈りの谷」の舞台は、チェチェン紛争で “テロリストの巣窟” と汚名を着せられたパンキシ渓谷。そこにはキストと呼ばれるチェチェン系ジョージア人が暮らしている。紛争を機に2人の息子を失ったレイラ、いとこで元戦士のアボを中心に、故郷を変えようとする人々を監督は3年間にわたり記録した。美しいコーカサスの山々を背景に、彼らは戦争の記憶や宗教・民族問題を抱えながらも、力強く生きている。人間(アダミアニ)として生きるために──(映画祭での上映は、12月11日10:00〜と12月22日16:10〜)。

 

インタビューは以下。

──制作の理由をお教えください。

竹岡監督(以下、竹岡):彼ら(ジョージア東部・パンキシ渓谷で暮らす、キストと呼ばれるイスラム教徒たち)がどんな歴史を持って、どういった暮らしをして、何に向かって立ちあがろうとしているのかということを映画として残したいと思いました。キストの人たちに初めて出会った時、彼らはテロリストというレッテルを貼られて、何を言っても「テロリストでしょ?」と言われてしまう状況でした。彼ら自身に豊かな物語があっても、発信する術がなかったんです。そういう彼らの姿を届けたいというのが最初にありました。

──レイラは紛争を機に2人の息子を失っていて、娘のマリアムはこの谷で唯一のキリスト教徒で、すごくしっかりしていて、レイラのいとこで元戦士のアボは自分もシリアに行きたかったけれど残ったことで、「アラーが全てを裁くだろう」と負い目を感じているという、キストの中でも、ドラマのある彼らが撮影に協力してくれたのは本当にラッキーだったと思いますが、取材対象はどうやって選定していったんですか?

竹岡:当初、レイラには、紛争を機に2人の息子を失った自分の物語を、他者と共有したいという思いがありました。なので、彼女をメインキャラクターにしようという構想を最初に持ちました。レイラの家はゲストハウスなので、自然とそこに人が集まってきます。僕も彼女の家に泊まりながら撮影や取材をしていて、バルバラやアボと出会いました。

──レイラたち女性は、「パンキシ渓谷はテロリストの温床」というステレオタイプを変えようとパンキシ観光協会を始めるところで、アボも、前述のポーランド人女性のバルバラと関係を深めていくタイミングで、2人の人生の中でも変化のある、映画として面白いタイミングでの撮影になりましたが、それは偶然ですか?

竹岡:全て偶然でした。変化の動きが大きい年は、1ヶ月滞在して帰国して翌週にはもう一度渡航するようなことが続きました。谷で何かやろうとする人をこれまで何回か見てきたんですけど、あんまり長続きしないんです。彼ら(観光協会やバルバラ)はお金のためじゃなくやり始めたので、モチベーションが高いまま続いたのだと思います。

──レイラは息子さんを亡くしているので、涙もろくなるのは当たり前のことですが、日本以上に男女の格差があるイスラム教の、いつも体を鍛えているアボが弱さを見せるところは、よく撮らせてもらえたなと思ったんですが、取材対象者とはどのように信頼関係を構築していったんですか?

竹岡:私たちのチームは常にレイラのゲストハウスに滞在し、撮影以外でも彼女の家族と多くの時間を過ごしました。だから、レイラとの壁は早い段階から自然になくなっていきました。逆にアボは、撮影当初はカメラが嫌いで、私が撮影している間、後ろでじっと見ていました。アボが撮影を許可してくれたのは、バルバラとの出会いがきっかけでした。彼女はアボが抱いていた外国人や自分とは異なる背景を持つ人に対する見方を大きく変えました。キストの間では、メディアに出ることに批判的な意見がありますが、アボは撮影後、“俺はキストの未来のために、男が渡らない橋を渡った” と言ってくれました。辛い過去を話し、共有してくれた彼らには感謝しかありません。

──竹岡監督や通訳の方の声は入っておらず、取材対象者は独り言が多いように思いましたが、どのようなスタイルで撮影していったんですか?

竹岡:基本的には一人で機材を持ってジョージアに行って、現地の通訳と2人で行動し撮影していました。少人数である分、その場の空気のような存在になるように。言葉は単語だけ徐々にわかってきて、最終的には「こういうテーマのことを話しているのかな?」というのは分かるくらいになりました。逆に向こうも「ヒロはどうせわからないだろうから」と好きにしゃべってくれているところもあったかもしれないです。私が言葉をしゃべれていたら、もっと警戒感を持たれていたかもしれないですね。

──クライマックスのパンキシ祭り当日のシーンも、まるでドラマかと思うくらい、レイラは板挟みになりますが、あのようなことが起こるとは予期していたのでしょうか?

竹岡:まったく予想外の出来事でした。反対派も賛成派もこれまで撮影してきた人物たちで、どちらにもそれぞれの正義がありました。正直撮影をやめようかと思った瞬間もありました。ですが、結果的にもっとも人間の苦悩が映るシーンになったと思います。

──「男は戦争で死ねば英雄になる。私たちのように生きて子供を教育し養うより、戦争で死ぬ方が簡単だと思う」という言葉がずしりときました。レイラ以外の女性たちのバックグラウンドはあまり描かれていないですが、家族を亡くした方もいらっしゃるのでしょうか?

竹岡:チェチェンやシリアで親族を亡くしている方はたくさんいます。アボの友人の多くも戦争で亡くなり、谷全体が戦争の記憶を共有しています。

──イスラム教のレイラがキリスト教の教会を訪問するシーンや、娘のマリアムがキスト以外の子供たちもいるキャンプで交流するシーンや、イスラム教のアボとキリスト教のポーランド人のバルバラとの関係など、宗教やステレオタイプを超えて、一人の人間として受け入れていく様子が見られて、希望を感じましたが、撮影していていかがでしたか?

竹岡:パンキシ渓谷は世界の縮図のような場所です。戦争や宗教、難民や移民の問題があちこちにあって、多種多様な人間の視点が混在しています。ヨーロッパに移住して結婚して子供ができたのに、シリアに戦いに行ってしまったレイラの息子のように、戦争という負のパワーを断ち切るのはすごく大変なんだろうなと思ったし、そういう状況の中でアボとバルバラのように人間同士で付き合って新たな道を切り開く者もいる。キャンプに来ていた子どもたちが色んなしがらみを捨てて、友人として語り合う姿は強く記憶に残っていて、将来への希望を感じました。

──出演者は完成した作品を観てどういう反応でしたか?

竹岡:今年の6月にバルバラの故郷、ポーランドのクラクフ映画祭でプレミア上映をしました。幸い国際批評家連盟賞を頂き、バルバラの家族と共に劇場で映画を見ることができました。その後、パンキシ渓谷へも行き、レイラとアボや、関係者にも見てもらいました。アボはとても恥ずかしがっていましたが、映画に出たことを喜んでくれ、レイラも「キストの文化や私の歴史を丁寧に映画にしてくれてありがとう」と感想をくれました。やっと映画を作って良かったなと実感できました。

──東京ドキュメンタリー映画祭2022で上映されることについてはどう思いますか?

竹岡:すごく嬉しいです。キストの観光を盛り上げたい、彼らの物語を共に伝えたいという思いだけで作っていて、日本で上映することを考えていなかったんです。日本の人が観てくれて、パンキシ渓谷に行って実際に自分の目で谷を見てくれると嬉しいです。

──本作の見どころはどこだと思いますか?

竹岡:2016年にプロジェクトがスタートして、完成まで6年かかりました。登場人物たちが信頼してくれたからこそ撮れた、はっとさせられる瞬間がたくさん詰まっていると思います。色んな背景がある人が、その壁を乗り越えられたり、乗り越えられなかったり、それも含めて生きないといけないという人間の力強さを感じてもらいたいです。素晴らしい楽曲を作ってくれたフランスの作曲家、Julien Marchalの音楽にも注目していただきたいです。

──読者の方にメッセージをお願いします。

竹岡:この映画が完成してすぐにウクライナで戦争が始まりました。ジョージアやキストの人々も、今のウクライナと同じようにロシアとの戦争を経験しています。戦争がいかに人の人生に不条理な影響を与え、その傷を背負いながらも人は生き続けるか。遠い国の話ですが、この映画を通して少しでも思いを馳せていただけたらと思います。

 

竹岡寛俊監督プロフィール
1984年、大阪出身。2010年、パンキシ渓谷の人々に出会いドキュメンタリー制作を始める。紛争から再生する人々を描いた『チェチェン人の心と暮らし』でATP優秀新人賞。近年はNHKで『no art, no life』『映像の世紀』などを制作。「アダミアニ 祈りの谷」はクラクフ映画祭で国際批評家連盟賞を受賞した。

 

【東京ドキュメンタリー映画祭2022事務局】
プログラマー:金子遊、佐藤寛朗、澤山恵次、若林良、吉田悠樹彦、津留崎麻子、田淵絵美、井河澤智子
顧問:矢田部吉彦
人類学・民俗映像部門予備審査員:山上亜紀、遠藤協、金子遊
メインヴィジュアル、フライヤーデザイン:三好遥 フライヤー編集協力:菊井崇史
WEBデザイン:古谷里美
主催:東京ドキュメンタリー映画祭事務局(neoneo編集室)
後援:一般財団法人 宮本記念財団
協賛:アジアンドキュメンタリーズ、エトノスシネマ
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、芸術文化振興基金
協力:いせフィルム、グリーンイメージ国際環境映像祭
公式サイト:tdff-neoneo.com

 

最新映画記事カテゴリの最新記事