Original Broadway cast of Moulin Rouge! The Musical. Photo by Matthew Murphy.
かつてニコール・キッドマンとユアン・マクレガーが共演した映画「ムーラン・ルージュ」(01)。その映画を最大限にリスペクトし、かつマッシュアップした究極の“ミュージカル、『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』の魅力を徹底解説する第2回は、映画版の監督バズ・ラーマンの作品からミュージカルの親和性をひもといていく。
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イマーシブ=没入感を得られるラーマン作品
Karen Olivo as Satine , Aaron Tveit as Christian and the company of Moulin Rouge! The Musical
映画「ムーラン・ルージュ」(01)のミュージカル化の噂は、映画が公開された直後からあったようだ。物語の舞台がフランスのレビューの殿堂で、歌とダンスが満載の映画は大ヒットして知名度抜群。プロデューサーたちが舞台化にもってこいと考えるのは当然だ。しかしブロードウェイの劇場に上がるようなミュージカルの製作費は、億単位だと言われている。企画が立ち上がってからブロードウェイ開幕まで数年かかることはざらで、リーディングに始まり幾度ものワークショップ、地方でのトライアウトなどを通してブラッシュアップを重ねていく。『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』がボストンのワールドプレミア公演を経て、ブロードウェイでお目見えしたのは2019年6月28日。アル・ハーシュフェルド劇場に入った瞬間、度肝を抜かれた。赤に彩られた装飾、オブジェが目に飛び込んでくる空間は、通常の“劇場”とは明らかに違う。幕が上がると、踊り子たちがカンカンを踊る姿に、映画で見たシーンを思い出すとともに、生身の人間が演じるからこそのエネルギーに圧倒される。猥雑でありながらとてつもなくロマンティック、ゴージャスなのに洗練を感じさせる、あの映画に通じる世界が繰り広げられていく。
あらためて映画を見返すと、バズ・ラーマンの作品づくりは、近年のブロードウェイの先をゆくものだったと認識させられる。それは3つの言葉に集約されるのではないか。
「イマーシブ=没入感」「クラシック・モダン」、そして「既成音楽のマッシュアップ」である。
近年よく耳にする「イマーシブ」という言葉。演劇においては「イマーシブシアターあるいはエクスペリエンス」と呼ばれる演目が増えてきている。たとえばオフ・ブロードウェイでロングラン上演中の『Sleep No More』の会場は廃墟として放置されてきたホテルだ。いわゆる劇場ではない空間を移動しながら観客は物語を体験する。これは一例で、イマーシブシアターの形はさまざまなので定義付けは難しいが、物語(非日常)を体験、世界観を体感できることが、イマーシブと呼ばれるゆえん。バズ・ラーマン作品はその“没入感”が大きな魅力かつ特徴である。映画「ムーラン・ルージュ」のはじまり、退廃的なムードただようパリの風景からムーランルージュの中に入っていくまでの緩急行き交うカット、シームレスに流れる音楽。まるでアトラクションに乗っているような感覚になり、私たちは一瞬にして世界観に包まれ、物語に“没入”する。
既成曲のマッシュアップとクラシック・モダンの先取り
Karen Olivo as Satine and Aaron Tveit as Christian
もう一つ、バズ・ラーマンの作品で目立つのがミュージカル的手法だ。ミュージカルにとって音楽が何をもたらすのかといえば、物語を推し進めることにある。さらに音楽によって時空間を飛ばせることもミュージカルでは可能だ。恋に落ちた二人がその喜びとともに歌うデュエット。周りのセットが取り外され、二人だけにスポットライトが当たる、といったシーンは数々の名作ミュージカルの中に存在する。映画「ムーラン・ルージュ」の名シーン、クリスチャンがサティーンに歌う〈ユア・ソング〉ではエッフェル塔を背景に、雲の上で歌い、そこはまるで夢のよう。音楽が心を語り、その音楽にヴィジュアルが同期し、この上ない高揚感とエクスタシーを与えてくれる。それはまさしくミュージカルなのである。
バズ・ラーマンはつくづく音楽を愛し、音楽の力をよくわかっていると証明したシーンが「エルヴィス」(22)の中にある。少年エルヴィスが黒人音楽に初めて遭遇するところ、音楽と地面から湧き上がるリズム、映像が拮抗する。そこで彼が音楽に打たれたことが、鮮烈に見事に表現されている。
既成曲のマッシュアップはバズ・ラーマンの音楽センスが光る部分だ。「ロミオ&ジュリエット」では〈キッシング・ユー〉が流れ、美しい水槽のヴィジュアルと融合する中で、若いロミオとジュリエットは恋に落ちる。レディオヘッドなど多彩なアーティストがサントラに参加した作品だったが、「ムーラン・ルージュ」の映画では1970年代から90年代のヒット曲、ミュージカルでは2001年以降に生まれた曲を追加。ビヨンセ、レディー・ガガなど70曲以上を繋ぎ合わせた音楽は、それ自体が一つのオペラのよう。さらに特筆すべきは、古いものと新しいものの融合だ。オッフェンバックの〈天国と地獄〉が入っていたり、サティーンの登場には「紳士は金髪がお好き」のマリリン・モンローの楽曲をぶっ込んだと思いきや、マドンナにビヨンセと畳み掛け、サティーンがいかに男性たちから熱い視線を浴びる存在であるかを見せる。音楽にかぎらず、古いものと新しいものの融合「クラシック・モダン」な世界もまた、バズ・ラーマン映画の特徴だ。前述の「ロミオ&ジュリエット」では古典劇の舞台を現代に置き換えて独自の世界を構築。ブロードウェイでもクラシック・モダンの潮流は最近目立ってきており、代表するのが『ハミルトン』。アメリカ合衆国建国の父の一人アレクサンダー・ハミルトンの生涯をヒップホップで綴りつつ、衣裳はクラシック調に当時の服装をモチーフにしている。
こうして考えると、バズ・ラーマンは近年のブロードウェイに先んじて音楽映画を創作してきたわけであり、つまり、それがミュージカルに向いているのは自明のことだったのだ。
文=宇田夏苗 制作=キネマ旬報社
『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』
脚本:ジョン・ローガン
演出:アレックス・ティンバース
音楽監督・オーケストレーション・編曲:ジャスティン・レヴィーン
振付:ソニア・タイエ
出演:望海風斗/平原綾香(Wキャスト)、井上芳雄/甲斐翔真(Wキャスト)、橋本さとし/松村雄基(Wキャスト)、上野哲也/上川一哉(Wキャスト)、伊礼彼方/K(Wキャスト)、中井智彦/中河内雅貴(Wキャスト)、加賀楓/藤森蓮華(Wキャスト)ほか
◎公演期間/6月29日(木)〜8月31日(木) プレビュー公演 6月24日(土)〜28日(水)
◎一般前売り券発売開始/[6・7月公演]5月6日(土)[8月公演]5月20日(土)
©2023 Global Creatures. Moulin Rouge® is a registered trademark of Moulin Rouge.
〈STORY〉
1899年、パリ。作家を目指すアメリカ人の青年クリスチャンは、モンマルトルの丘にあって、絢爛豪華たるショーを見せるナイトクラブ「ムーラン・ルージュ」のスター、サティーンと恋に落ちる。しかし、経営難のムーラン・ルージュと女優を志すサティーンのパトロンになったデューク公爵が二人の仲を引き裂こうと画策する。クリスチャンとボヘミアンの友人たち──画家のロートレック、ダンサーのサンティアゴ──らは、窮地のムーラン・ルージュの復活と、サーティンの心を摑むべく新たなショーを作り上げようと奮闘するが……。