大自然の中へ冒険の旅に出る少年を描く「エム 絶望の世界」は感動の成長物語と、驚くべき展開が待っている!

鬱蒼とした森の奥で粗末な小屋に暮らす父と息子。父は少年に「森の外には悪党がいる。森から出てはいけない」と厳しく言いきかせる。オープニングを見て、これは大自然の美しさと厳しさを称え、文明社会を批判するファミリー映画かと思うかもしれない。だがそれは違う。劇場公開時に物議を醸した斬新な視点のディスピア・サバイバル「エム 絶望の世界」が2月19日(水)からレンタルリリースされる。

深い森で暮らす父と息子の絆。そして初めての旅立ち

 
父は常に猟銃を手放さず何かに怯えている。眠る前には自分に手錠をかける。好奇心旺盛で、広い世界への興味を抑えきれない息子のマルコ(マテイ・シヴァコフ)は父の言いつけを破り、森の奥へ奥へと進む。そこで妖精となった母と出逢えるかもしれないからだ。

ある日、マルコは森の奥にトレーラーハウスを発見して、自分と同じ年頃の少年ミコと出会う。すぐに打ち解け、子供だけの楽しい時間を過ごす。ミコの母も友人との出会いを喜んでくれた。だがある日、マルコは残酷な父の姿を目撃してしまう。なぜ父はそんな酷いことを。孤独になったミコを連れ、父と決別したマルコは森の外へ向かう。そこにあったものは……。

本作の第一の魅力は、少年の成長だ。観客は最初にマルコを演ずる子役・マテイ・シヴァコフの美しさと演技の巧みさに驚くだろう。森の外へ向かう旅の中で、マルコの好奇心や勇気、障害のあるミコへの思いやりが、少しずつ膨らんでいく様子が観客にも嬉しくたのもしい。親と離れた少年たちは、どこへ向かうのか。

 
少年たちが目にする「絶望の世界」の秘密

父が言っていた「森の外には悪党がいる」とは、未知のウイルスに感染した人間が溢れていることを意味する。森の外はまるで『ウォーキング・デッド』に描かれるような、ウイルスに侵された“生きる屍”が跋扈する世界だったのだ。だから森から出たマルコとミコもすぐ感染者に襲撃される。それでも二人は遠くをめざす。マルコは、どこかにきっと母の姿をした妖精が待っていると信じるから。しかし、外の世界は彼ら少年が想像するよりもずっと残酷で非情な世界だった──。

本作はずっと少年マルコの視点で進行する。マルコが恐怖し、逃亡し、安らぎ、戦う姿を映し続ける。驚くほど巧みなマルコ役のマテイ・シヴァコフの演技は、どのように演出されたものか秘密を知りたくなるほどだ。

少年の視点だから、彼らには眼の前に現れる大人が人間の意識のない存在と分からないし、敵か味方かもわからない。変わり果てた世界の姿も、彼らの視線からすれば恐怖の世界であると同時に、胸を高鳴らせる冒険空間でもある。

ゾンビ映画の一変種でありながら、本作が単なる文明批判に陥っていないのは、自分の眼の前に映る世界のすべてに、希望を見出す子どもたちの無垢な視点があるからだ。現代文明のおかげで彼も生き延びた。ただ、それも残酷な人生の前触れだと本作は描く。
 

監督が映画に込めた北マケドニアの困難の歴史

 
監督のヴァルダン・トジヤは1981年、北マケドニアの首都スコピエに生まれ、長編デビュー作「AMOK」(16)は世界中の多くの映画祭に出品され評価された。日本では本作が最初に公開される映画になるが、とても豊かな才能を感じさせる。本作の描かれる大自然の荘厳さ、そしてその映像に重なる音楽も新鮮で意味深い。少年たちの自然な演技には目をみはるが、監督は彼らに残酷な行為も演じさせる。その背景には、出身国の現代史の影響が間違いなくあるだろう。

バルカン半島の中部にあり、ギリシャのほか5カ国に周囲を囲まれた内陸国・北マケドニアには2000年代初頭、コソボ内戦の影響でアルバニア系住民が押し寄せ紛争が起きた。またギリシャ経由で西ヨーロパ先進国をめざす中等や北アフリカからの難民が大量に流入した経験もある。劇中終盤に現れるタカ派政治家の難民排斥演説の残像は、そうした北マケドニア固有の国内事情を反映している。本作に描かれるウイルス感染者は〈外部の人間〉のメタファーなのだ。

 


 
本作の完成度の高さに感心した方は、「ハニーランド 永遠の谷」(19)や「スマグラー /不法出国請負人」(15)など近年、目にする機会が増えた北マケドニア映画の秀作を見てみることをお勧めする。そこには内陸の小国独特の政治問題点が巧みに埋め込まれている。それらのあとで再び本作を見返すと、本作が単なるポストパンデミック映画でないことが理解できるはずだ。
「エム 絶望の世界」は単なるホラーではなく、世界の現実を映した映画なのだ。

文=藤木TDC 制作=キネマ旬報社

 

 

「エム 絶望の世界」
●2月19日(水)レンタルリリース

●2023年/北マケドニア、クロアチア、フランス、コソボ、ルクセンブルク
●監督・脚本:ヴァルダン・トジヤ
●脚本:ダリヤン・ペヨフスキ
●出演:マテイ・シヴァコフ 、サスコ・コチェフ、アレクサンダル・ニコフスキー、カムカ・トシノフスキー、ボヤナ・グレゴリック・ヴェイゾヴィッチ 、ヴェリカ・ネデスカ

●発売・販売元:プルーク
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