グレースの映画専門家レビュー一覧

グレース

息が詰まるような停滞感で覆われたロシア辺境を舞台にした、父と娘のロードムービー。移動映画館を営みながら日銭を稼ぎ、荒涼とした風景が続くロシア南西部の辺境の地を旅する寡黙な父と思春期の娘。母親の不在が二人の緊張した関係に影を落とし……。ドキュメンタリー出身の新鋭イリヤ・ポヴォロツキー監督が、東欧の民話を基に、先の見えない旅路を行く父と思春期の不安を抱える娘を描く。2023年第76回カンヌ国際映画祭監督週間部門にセレクトされ、同年のカンヌ国際映画祭で上映された唯一のロシア映画。ロシアによるウクライナ軍事侵攻が本格化する前の2021年秋に撮影された。
  • 文筆業

    奈々村久生

    一台の車で父親と生活を共にする年頃の少女。各地を転々とする日々では同世代や外部の誰かと安定した人間関係を築くことができない。自分で買った下着をトイレで身につけ、着替えも入浴もプライバシーはなく、夜は狭い車内に父親と並んで眠る。その歪さと貧困は今の日本社会でも容易に想像できてしまう。脱出を求めて頼った男性もまた救いにはならない。男性中心社会への絶望と限界。そして辿り着いた海。「大人は判ってくれない」の少年から半世紀以上、少女はようやく同じ場所に立つ。

  • アダルトビデオ監督

    二村ヒトシ

    こういう静かな、説明が少ない、監督が独自のことをやろうとしてるまじめな映画に、たいていセックスがでてくるのはなぜなのか。われわれ都市生活者はセックスにまったくありつけない(または求めない)か、やりすぎてセックスの意味を失ってるかで、映画(他人の、意味ある人生)とAV(僕が撮ったのも絶対入ってると思う)をかかえ荒野をゆく父と娘は野生動物のようにセックスとでくわすわけだが、セックスに縁のない人はこの映画をどう観ればいいのか。荒涼とした風景が、とてもよかった。

  • 映画評論家

    真魚八重子

    草も生えないゴツゴツとした暗い岩場から始まり、オンボロ車に寝泊まりする父と娘の侘しい日常を長回しで追っていく。二人旅が普段の生活となれば停滞も生まれ、移動で眺めが変わっても寂寥感が立ち込める。感情的になるのは男盛りの父の性的な問題で、娘は母への裏切りとして怒りを露わにする。娘の外泊は父を不安にさせるための同害報復だが、父の人肌恋しさも娘はどこかで理解していると思う。静謐な演出は些か退屈さも招きつつ、野外上映に向けて砂を巻き上げ疾走する車の群れのショットなど印象深い。

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