敵(2023)の映画専門家レビュー一覧

敵(2023)

日本文学界の巨匠・筒井康隆による同名小説を「騙し絵の牙」の吉田大八監督が映画化、人生の最期に向かって生きる人間をモノクロ映像で描く。妻に先立たれ20年間ひとり暮らしをしている元大学教授・渡辺儀助は、自ら定めたXデーに向けて淡々と暮らしていたが、ある日パソコンの画面に敵がやって来るというメッセージが流れ……。長塚京三が「ひまわり~沖縄は忘れない あの日の空を~」以来12年ぶりに映画主演。共演は、「由宇子の天秤」の瀧内公美、「あんのこと」の河合優実、「親密な他人」の黒沢あすかほか。2024年第37回東京国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。
  • 文筆家

    和泉萌香

    食欲も性欲もそれから排泄欲も、結局のところはすべて肉体からとおって出ていくだけといわんばかりのベタっとした闇に染められたモノクロ映像。美味しそうだか不味そうなんだかあいまいな食事(フードコーディネーターは飯島奈美さんとのことだが……)、そして人間のおかしみを体現する長塚京三。クライマックスはやや大味に思えるものの、これはブラックコメディなのだ!と笑う箇所から、気がついても醒めてはくれない連続する蟻地獄の感覚は素晴らしい悪夢だった。

  • フランス文学者

    谷昌親

    ここまで日常を、しかも老人の日常を淡々と描いた映画は珍しい。特に料理や食事のシーンが印象的だ。主人公を演じる長塚京三は、いったい何度、自分で料理した食事をおいしそうに口に運んだことだろう。日常を十二分に見せておいたことで、どこまでが現実でどこからが夢や幻想なのか判然としなくなる後半の展開が生きてくる。筒井康隆ならではのカオス的な狂乱を吉田大八監督はみごとに具現化してみせた。それをハイコントラストのモノクロ映像に定着させた撮影や照明もすばらしい。

  • 映画評論家

    吉田広明

    引退した仏文学教授の端正な老後生活の描写が淡々と積み重ねられる。時に友人と会話し、教え子と夕食を共にし、バーで酒をたしなむ。何の変哲もない日常だが、そこに時折違和が紛れ込む。生活資金や健康の不安、性欲、迷惑メール。これらの何が「敵」に変貌するのか、その微かな不安の持続こそがこの作品の身上だろう。しかし敵がイメージ化されてしまい、かつ現実と妄想が入り混じって来てからに驚きはない。折り目正しい老紳士の話だからモノクロ、の選択もうさんくさい。

1 - 3件表示/全3件