蝶の渡りの映画専門家レビュー一覧

蝶の渡り

「ロビンソナーダ 私の英国人の祖父」(1986年)にて第40回カンヌ国際映画祭カメラドールを受賞し、「金の糸」(2019年)で主演を務めた、ジョージアを代表する女性監督ナナ・ジョルジャゼによるヒューマン・コメディ。1991年にようやくソ連からの独立を果たし、希望に満ちた“どんちゃん騒ぎ”に明け暮れた若者たちの27年後を描く。原題は「蝶の強制移住」で、蝶は住む場所を移されると生きていけないが、生活の糧を失った芸術家たちはいかに戦後を生きたのか。ヨーロッパとアジアが交差するかつての幻惑都市、トビリシを舞台に、困難な中でも輝き続ける人生をユーモアたっぷりに描く。
  • 映画監督

    清原惟

    古い家の中に芸術家のコミュニティがあるという設定は面白いが、自分が土地の歴史的背景を知らないせいなのか、彼らの生活をあまりリアリティを持って受け取ることができなかった。主人公の画家コスタのかつての恋人が、コスタや他のメンバーよりも明らかに若い俳優なのにも、美しさを強調する演出だとしても違和感を感じてしまう。よく知りもしない外国人と結婚しようとするエピソードなどは痛々しく、切実さと喜劇のバランスの中で迷子になった気持ちだった。

  • 編集者、映画批評家

    高崎俊夫

    昔見た「ロビンソナーダ」の監督の新作と聞いて驚いた。ソ連から独立後の戦火にまみれた複雑なジョージアの現代史が迫真的なモノクロのニュース映像と親密でプライベートなビデオ映像を交錯させつつ綴られる。27年前の祝祭に満ちた日々と内閉した現在が対比される。画家のコスタの半地下の家は、離合集散を繰り返しながら、甘美で痛切な記憶を共有している芸術家たちにとってはかけがえのないアジールなのである。全篇に柔らかな官能が脈打っているのもこの映画の際立った美点である。

  • リモートワーカー型物書き

    キシオカタカシ

    月並みだが、映画鑑賞の醍醐味の一つは異文化を知ること……ソ連崩壊直後?コロナ禍直前までのジョージア人の想いと生き様を悲喜こもごもの90分間に優しく凝縮した物語に、このタイミングで触れることができたのは得難い体験であった。先月の「私の想う国」でも感じたが、各国の映画作家が希望の灯火を次世代に継承しようとしても逆風が吹き荒れているのが世界の潮流――。そんな中で本作もまた、映画を観終わった先に待つ“その後”の現実から目を逸らさせず、向き合わせる力を持つ。

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