あの歌を憶えているの映画専門家レビュー一覧

あの歌を憶えている

記憶に翻弄されるふたりが出会い、新たな人生と希望を見つける姿を静かに描くヒューマンドラマ。シングルマザーのシルヴィアは、若年性認知症による記憶障害を抱えるソールのケアをすることになり、次第に彼に惹かれてゆく。だが、彼女もまた過去の傷を秘めていた。出演は「女神の見えざる手」のジェシカ・チャステイン、本作で2023年・第80回ヴェネチア国際映画祭男優賞を受賞したピーター・サースガード、「マーウェン」のメリット・ウェヴァー。監督は「ニューオーダー」のミシェル・フランコ。
  • 映画監督

    清原惟

    失いたくないのに記憶を忘れてしまう男性と、忘れたい辛い記憶によって人生を変えられてしまった女性が出会い関係性を作り上げていく。痛みの共感によって男女が結びつく、紋切り型の心温まるストーリーかもしれない、とはじめ思って観ていたが、一人ひとりの丁寧な描き方に安心した。性加害が人の人生を傷つけ変形させてしまう恐ろしさをきちんと取り扱っていること、二人の関係性を単純な恋愛に押し込めない手つきが素晴らしいと思った。娘と母の物語としても観ることができる。

  • 編集者、映画批評家

    高崎俊夫

    原題はズバリ「記憶」。もともと映画自体が記憶に深くかかわるものであり、見る者の記憶によって千変万化するから、この主題は映画と極めて親和性が高い。若年性認知症の男とソーシャルワーカーのシングルマザーが高校の同窓会で最悪な出会いをする。まさにお互いにちぐはぐな記憶を修整し、繕うようにして二人は親密になる。その?末はほぼ予測がつく。むしろそのゆるいウェルメイドな味わい、記憶というオブセッシブな作用が孕む両義性を謳い上げていることこそが、この映画の美徳だろう。

  • リモートワーカー型物書き

    キシオカタカシ

    あえて俗っぽい言い方をすれば“胸糞映画の旗手”である監督がこれまでの過去作で直接描いてきた地獄が主人公シルヴィアの“記憶”としてオフスクリーンに存在する、“ミシェル・フランコ映画の後日談”的な趣がある本作。トラウマが白日の下に曝され心から鮮血が噴き出し、最悪な事態の予感に身構えてしまう悲痛な瞬間も確かにあるが、驚くほど親密で優しい視点が全篇貫かれている。フランコが脚本執筆時「ミニー&モスコウィッツ」を参照したと後から知り、空気感の正体に膝を打つ。

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