映画専門家レビュー一覧

  • 旅のおわり世界のはじまり

    • 評論家

      上野昻志

      ウズベキスタンで前田敦子が歩き、走る。まずは、バラエティ番組のリポーターとして、怪魚を探したり、二重に回転するブランコでぐるぐるしたりするが、独りになると、言葉も通じないウズベキスタンの街を歩き、バスに乗り、路地を駆け抜ける。タシケントで壮麗な建物に迷い込むかと思えば、カメラを抱え市場で迷子になる。そこに、これといった物語はない。他者とのすれ違いがあるだけだ。カメラは、そんな彼女を追い続ける。物語から遠く離れて、映画はその初発の息吹を甦らせる。

    • 映画評論家

      上島春彦

      いかにも愚かしいテレビ番組制作のため中央アジアの異国に送り込まれ、さまよう日本人スタッフの姿は、結局何を撮る旅なのかがどんどん分からなくなっていく、という点から見れば旅人というより人生そのもの。その中で最も途方に暮れていた前田敦子が最後に辿り着いた高みで、思いがけない事物に再会し再生する趣向が楽しい。クロサワ版「サウンド・オブ・ミュージック」なんて書くと「馬鹿にするな」と怒られそうだが、感動的だからいいではないか。〈愛の讃歌〉は日本語が一番ね。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      前田敦子を的確に映画へ定着させてきた黒沢清だけあって今回も見事に輝かせている。現地人とも日本人撮影クルーとも打ち解けぬまま孤独に見知らぬ国を彷徨う前田が不安を重ねるほど輝きが増す。夜の町の裏路地や地下道がどんどん不穏に見えてくる恐怖演出も良いが、洞口依子以来となる黒沢映画のミューズを射止めた前田が「ドレミファ娘の血は騒ぐ」の最後に洞口が歌ったように、本作では〈愛の讃歌〉を歌うのが素晴らしい。歌わずにいられない感情へ持っていく演出の段取りが見事。

  • ガラスの城の約束

    • 批評家、映像作家

      金子遊

      現政権が長々と続くなか、国内の年金や生活保護の給付額は減らされ、貧困率は上昇している。それに比べても、国民健康保険のないアメリカのプア・ホワイトの貧困生活と育児放棄は、ちょっとスケールの違いを感じる。アルコール中毒の父と自称画家の母、四人の子どもたちが借金と夜逃げをくり返す。最後にはNYでホームレスまでする父母には、時代的に何か思想的背景があったのか。ハワイ出身の沖縄系三世というデスティン・ダニエル・クレットン監督の、今後の作品にも期待したい。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      W・ハレルソンが出演していると知れば、条件反射的に不穏なドラマを想像する。と同時に、達者な演技に感心すること多々。今回の毒親ぶりは、嘘で親を美化する利発な子供のキャラとの相乗効果によって、同情はできないが、善悪を超えて哀れを誘う。子供は親を選べない。自伝が原作のこの映画を、苦境を克服して成長した娘の美談、あるいはケシカラン親に振り回された子供の悲劇と見るかはともかく、子供をめぐるむごい事件の報道に接することが多い現実に思いが至り、ヒリヒリ痛い。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      ウディ・ハレルソン&ナオミ・ワッツの両親がさすがの域。親としても人間としても問題だらけで、「憎めない」範疇はとうに超えているが、どこかチャーミングなものを感じてしまう。それは彼ら(特にハレルソン)が常に本気だからだ。経済的にも精神的にも子供が親に依存せざるを得ない幼少時の体験がそのベースとなっていることを考えると、チャーミングさを感じてしまうことが、ストックホルム症候群的な現象であるかもしれないうしろめたさも含めて。親子という関係の妙と罪深さ。

  • The Crossing ザ・クロッシング PartII

    • 翻訳家

      篠儀直子

      序盤は前篇と完全に重複?と最初びっくりするが、よく見ると付け足しがちょこちょこあって、その付け足し部分で丁寧な心理描写がされている。つまり、前篇で完全に欠落していた情感や葛藤が全部こちらにつぎこまれている格好で、個人的には前篇よりも感情移入できた。とはいえ船が沈没してからが長すぎるし、そもそも前後篇がこんなに不均衡なのはいいことではないし、多少長くなっても一本にまとめるべきだったのではないか。ジョン・ウーのどことなくシュールなセンスはさらに全開。

    • 映画監督

      内藤誠

      前作は戦闘場面に力が入っていたが、第2部は台湾へと逃亡移住する人たちの話が中心になり、期待感が増した。上海から台湾へ行く大型客船、大平輪号に乗り込む運賃がいかに高価だったかは、チャン・ツーイーの必死な演技で表現される。船は積載量オーバーで出港。規制を避けるために夜間も無灯火で航行。人間のエゴイズムむきだしのせいで他の貨物船と衝突してしまう。ジョン・ウー監督のタイタニック号事件と張り合う演出が展開し、日本に帰国した長澤まさみの物語が軽くなった。

    • ライター

      平田裕介

      大風呂敷を広げに広げてキャラクターを紹介するだけで終わった前篇。後半では題名通りに交差しては遠く離れてみたいのを繰り返すのかなと思いきや、前篇の場面を使ったダラダラとした復習を強いられ、ふと気づけばクライマックスの太平輪号にオール・アボード。そこでもキャラクターたちの人生模様が波瀾万丈に交差するわけでもなく、そのまま太平輪号は沈んでいきましたとさ……という感じ。沈没の描写はしっかりしているのに、話が締まらないのでどうしたって燃え上がらないのだ。

  • 月極オトコトモダチ

    • 評論家

      上野昻志

      世の中には、中老年男が、時間決めで少女と散歩や食事をしたりする、レンタル交際(?)はすでにあるが、正面切って「レンタル友達」として、女性が男をレンタルするというのが、設定上の工夫というべきか。要は、友達という一線を越えるか越えないかという話なんだけど、友達としての友情があるのかないのか、よくわからない。合わせて、画面作りが薄いのが気になる。室内にしても室外にしても、人物の背景になる空間に、奥行きや厚みが感じられないのだ。これもレンタルのせい?

    • 映画評論家

      上島春彦

      タイトルまんま。以上。ではあるが微妙なおかしさを感じさせるのは、恋愛じゃないのに三角関係、という不条理な展開のせいだ。あくまでジャーナリスティックな興味から「レンタル友達」契約に踏み込んだはずの主人公は、ところが部屋をシェアする女友達が契約一切なしに彼と友人になってしまうのが悔しくてならない。自分の打算を棚に上げて彼の計算を非難する彼女。相当色々コジらせてるのだが嫉妬の表現や発散のさせ方にアラサーならではの知的な屈折がある。音楽の入れ方も最高だ。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      レンタルなんもしない人に通じるタイムリーな題材かと思いきや、現実の方が先を行くだけに、恋愛に絡め取られていく本作が古めかしく感じてしまうのは致し方ない。室内の空間処理が突出し、ベッドと床の高低、台所とリビングを分けたやり取り、エレクトーンと椅子等の活用が見事。レンタル友達の橋本と、徳永の同居相手である芹那が、あれよあれよと意気投合するくだりを自然にではなく、作為性を堂々と用いる不敵さも良い。橋本は山内ケンジの舞台や映画の延長的なイメージで登場。

  • 99歳 母と暮らせば

      • 評論家

        上野昻志

        とにかく、この99歳の母、千江子さんが凄い。ハーモニカも上手なら歌もうまい。耳もよく聞こえるし、何よりも食欲が旺盛。そのうえ、シャツのボタン付けのような針仕事もちゃんとできる。唯一の悩みは、腰が痛むことで、その度に息子にマッサージをしてもらうが、この歳で、それぐらいしか支障がないこと自体が驚きだ。若いときはボウリングもやり、テキスタイル画なども作ったというから、心身共に豊かに生きてきた人だと思う。だから介護といっても、これはほんの入り口の風景。

      • 映画評論家

        上島春彦

        記録映画作家が描く母親の老々介護日記。介護といっても、もうすぐ百歳になる彼女は何と普通に歩く。下の粗相はあるにしてもこの齢なら身体の方は健康体。貯金通帳を家族に奪われたというのは多分被害妄想なのだが、その辺の説明がないのは不満かも。それにしても、耳は遠いが頭ははっきりしていて自分の幻視状況を詳細に息子に報告するのが貴重な症例になっている。意外と星が伸びないのは、もっと息子さんや医療スタッフのことを知りたいと思ってしまうせいだ。惜しいけど良作。

      • 映画評論家

        吉田伊知郎

        親族側からすれば、感じの悪い映画かもしれない。高齢の母への威圧的な発言があったとか、名を挙げて金を持ち去られたと母が言うのをそのまま映しているのだから(事実無根とテロップは出るが)。 それだけ二男である作者の優しさと母への愛情が滲んだ作品になっており、声を荒げそうになる出来事が起きても、柔らかく母を包みこんで穏やかな生活を送らせようとする姿が印象深い。戦前に建てられた家に住む母が、不意に見えない人たちと会話を始める場面も寓話的な魅力がある。

    • 町田くんの世界

      • 映画評論家

        北川れい子

        星4つの内2つは、手のかかる主役カップルの成り行きにいちいち半畳を入れるスケバン系キャラの前田敦子の怪演(!?)に対して。ひねくれ者の応援団で、出番は多くないが、ジレッたがっての一言が話の軽い節目となり、実におかしい。善意の天使の町田くんと、人嫌いの女生徒との綱引きドラマはさして珍しくないが、緑と水辺のロケ地が新人コンビのまっすぐな演技をビジュアル的に支え、映画の余裕にもなっている。町田くんの影響で生き方をリセットする池松壮亮がウソっぽい。

      • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

        千浦僚

        まだ映画に寓話を演じる大胆さがあったかとそのピュアネスに唸る。いやそれはむしろ純粋さというよりムイシュキン公爵のような人物像にどんどん周囲のキャラの反応を乗っけた設定の、狡猾さに近い巧みさかもしれない。町田くんがお気に入りの川べりの場所でヒロインと追っかけあう遠景のカット、こういう画面としての遊びはかつてVシネ時代の黒沢清映画で無根拠な痛快さとしてしばしば目撃したが本作は根拠あるふうで上手い。それが邦画の進歩かどうかは判らぬが変化ではある。

      • 映画評論家

        松崎健夫

        町田くんを中心とした“限られた世界”を目撃するという印象を受けるのは、撮影に望遠を多用しているからである。被写界深度の浅い映像は、被写体の周囲のフォーカスがはっきりとしなくなる。つまり「周囲が見えない」感じを与えるのだ。心の代弁者で語り部的な役割をも担う前田敦子の蛮カラなキャラクターや、人物造形に深みを持たせた高畑充希の演技アプローチが秀逸。純粋でいることがこれほど困難な時代であるという事実に絶望させられるがゆえ、前田くんの姿は希望を抱かせる。

    • エリカ38

      • 映画評論家

        北川れい子

        せめて浅田美代子をもう少しキレイに撮ってほしかった。そして浅田本人ももう少し38歳を意識した“張り”のある演技をしてほしかった。2年前に実際に起きた詐欺事件がベースの“何が彼女をそうさせたか”。が、被害者ふう加害者という中途半端な主人公像が、浅田美代子の及び腰の演技で更に曖昧となり、ただ人騒がせな女を表面的になぞっているだけ。主人公の家庭環境や高校時代のエピソードも取ってつけたように薄っぺら。樹木希林さんの、贔屓の引き倒しのような企画作品だ。

      • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

        千浦僚

        本作自体がまるで一個の女系犯罪であることがすごい。聞けば本作中でも一徹な演技者の遺言としてその姿を刻む樹木希林が根本のアイディアを出したという。それは内田裕也が主演や企画者としていくつかの男でしかないものがやらかす犯罪の映画を遺したことへの絶妙な一発の後出しジャンケンだ。樹木希林の期待に充分応えて熱演した主演浅田美代子とともに裕也的ワールドに、あたしらはこんなふう、と返した。それは自称38歳の女詐欺師60歳のファックのようにド迫力で美しい。

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