「アンテナ」というのは他人の体験していることや思いに同調する超常的な能力(というより、意識的に制御できるわけではないらしいので、むしろ機能)のことなのだと思います。そしてそうした体験や感覚は、SMの女王が実家にいた主人公の情念を受信したと発言しているところを見ると、送電線の鉄塔を通すことで増幅され遠方からも受信出来るようになるもののようです。
冒頭、下校途中に行方不明になっていた女の子が9年ぶりに発見されたというニュースに接した主人公の母親は、それは同時期に失踪した自分の娘であり、その子がやっと帰ってくることになったと強く思い込む。
その思いは次男に受信され、自分がその姉になり替わって母の思いを満たさずにはいられないという心理状態に追い込まれる。
一方主人公は、妹が失踪した晩に受信していた彼女を連れ出して殺した叔父の体験を、彼の自殺を目撃したことによって忘却し封印していたのだが、SMプレイによって感覚的な極限状態に追い込まれることで思い出し、無意識のうちに叔父になり替わってその晩の彼の行動を再現する。
といった話なんだろうなと解釈しました。
でも本当のところはよくわかりません。
それは作品の中ではっきりわかるように説明されていないからですが、「アンテナ」で受信される内容は、そもそも五感や言語におけるもののように明確ではないことから、その描写や説明においても意図的にそれと同様にあいまいなままに投げ出されていると理解できなくもありません。
とはいえ、以下の三点は私にとってまったく不可解なまま残ってしまいました。
1.冒頭のみに登場した主人公に好意を持ち、SMの女王を紹介した同じ哲学専攻の女子学生の、作品における存在意義(SMの女王を主人公に引き合わせるだけなら他にもっと合理的な方法があるのでは?)。主人公にふられた彼女のその後が大変気になります。
2.映像プロデューサーの、たばこを買いに出たわずかな間に妻が忽然と姿を消したというエピソードが物語に対して持つ意味(彼が女の子の失踪事件に入れ込む動機の説明?)。それまでの夫婦仲とその後の彼の対応が大変気になります。
3.結末での、兄弟で家の外壁を金づちで壊すという行動の現実的な意味(象徴的には娘の失踪によって引き起こされていた家族の不安定な状況が払しょくされたことを表しているのでしょうが)。壁がなくなって吹き曝しになった家のその後が大変気になります。
以上のように物語としてみれば完結しているとみなすことは難しいのですが、その世界観はたいへん完成度が高いのではないかと思います。
とりわけ主人公が一旦実家に戻り、再度大学に出てくるまでの前半部分でのリアリティ。とりわけ彼の実家の、いかにも自分が育った家といった違和感のない馴染み具合。近くの沼の、いかにも子供のころに妹と一緒によく遊びに行った場所という佇まい。脇役に至るまでほとんどの登場人物の演技や発声に見られる力みのない自然な感じ。そして主人公の感情が高まった際の迫真の演技。
それらの要素が相まっていかにも実際にありそうな空間や人物が生み出されているように思います。
また、物語の内容とは別に、特に前半では、子供の頃に感じた覚えのある古い家の中や沼を取り巻く濡れた草むらや土のにおいを思い出し、しっとりとリラックスした懐かしさを感じていました。