レビュー
1940年代から50年代にかけてハリウッドで作られた犯罪映画の総称、フィルム・ノワール。光と影のコントラストが極端に強調されたモノクロ映像、そこは勧善懲悪のモラルが破綻をきたし、男を誘惑して破滅へと追いやる悪女(ファム・ファタール)たちが跋扈する、甘美な倒錯が主導権をにぎる悪夢的な世界だ。その魅力を堪能できる三傑作が登場した。オットー・プレミンジャーの未公開作『歩道の終わる所』は、ギャングのボスを執拗に追う刑事(ダナ・アンドルーズ)が主人公だが、自らの手で殺めてしまったチンピラの妻(ジーン・ティアニー)への愛と、父親が泥棒だったオブセッションに苦悩する、引き裂かれた神経症的ともいえるキャラクター造型が凄い。『拳銃魔』で知られるジョゼフ・H.ルイスの『ビッグ・コンボ』(劇場公開題『暴力団』)も、やはり刑事(コーネル・ワイルド)が犯罪組織のボスの情婦に偏執的な愛を捧げ、果ては自分に好意を寄せる踊り子を死に追いやってしまう、一種の悪徳刑事ものである。気が滅入るような歪みきった人物造型と、とってつけたようなハッピー・エンドの不条理なまでの落差のうちに、このジャンルの形容し難い背徳的な魅惑が潜んでいる。そして、極め付けは『キッスで殺せ』。マッカーシーイズムが吹き荒れた50年代に圧倒的に読まれた反共パルプ作家ミッキー・スピレーンの扇情的なハードボイルド小説を換骨奪胎し、赤狩りの底知れぬ恐怖の暗喩として完璧に昇華させたロバート・アルドリッチの力業に溜め息が出そうだ。冒頭、深夜のハイウェイを裸にレインコートをまとって走るクロリス・リーチマンをとらえた伝説的なショットから、パンドラの箱が開けられ、海辺の別荘が燃え上がる黙示録的なラスト(『博士の異常な愛情』を想起させる)まで、まさに間然する所のない傑作だ。 (高崎俊夫) --- 2006年01月号 -- 内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)
[1]製作・監督: ロバート・オルドリッチ 脚本: A.I.ベゼリデス 撮影: アーネスト・ラズロ 音楽: フランク・デヴォル 出演: ラルフ・ミーカー/アルバート・デッカー/ポール・スチュワート[2]監督: ジョセフ・H.ルイス 脚本: フィリップ・ヨーダン 撮影: ジョン・アルトン 音楽: デヴィッド・ラクシン 出演: コーネル・ワイルド/リチャード・コンテ/ブライアン・ドンレヴィ/ジーン・ウォレス/ロバート・ミドルトン/リー・ヴァン・クリーフ/アール・ホリマン/ヘレン・ウォーカー/ジェイ・アドラー/ジョン・ホイト/テッド・ディ・コーシア/ヘレン・スタントン[3]製作・監督: オットー・プレミンジャー 原作: ウィリアム・L.スチュアート 脚本: ベン・ヘクト 撮影: ジョセフ・ラシェル 音楽: シリル・J.モックリッジ 出演: ダナ・アンドリュース/ジーン・ティアニー/ゲイリー・メリル/バート・フリード/トム・タリー/カール・マルデン/ルース・ドネリー/クレイグ・スティーヴンス
-- 内容(「CDジャーナル」データベースより)