強い女性を演じさせたら、戸田恵梨香は抜群の威力を発揮する。オフの時に見せるきりりとした眼差しや、はっきりとした物言いも関係しているが、演技に関して言えば、表に見せていた強さを維持できず、その端正な表情が綻んだときの内なる弱さをきちんと演じられるから、強い女の陰影が深まるのだと思う。2018年は日本映画の興行収入第一位となった『劇場版 コード・ブルー ―ドクターヘリ緊急救命―』での緋山美帆子役、そして若年性アルツハイマーの医師を演じたテレビドラマ『大恋愛〜僕を忘れる君と』での演技で社会的な反響を呼んだ。その彼女が昨年、悩んだ末に使命感に駆られて引き受けたというのが平松恵美子監督の『あの日のオルガン』である。
この作品は、1944年11月、全国に先駆け、保育園の集団疎開を実現させた20代の若い保母たちの奮闘を描いたものである。
戦争を題材にした映画は避けてきた
戸田が演じた板倉楓は熱血漢の保母で、戦況の悪化を見据え、上層部や保護者の理解を求めて、東京から埼玉県蓮田にある無人寺に、3歳から6歳までの53人の園児を預かり、いつ終わりが来るとはわからない24時間保育の生活を始める。楓はいちばんの年上、他の保母も20歳前後で、実話を基にした話である。映画の資料には、楓役に戸田を熱望した平松監督が、出演を交渉しに直接赴き、それは強くプレゼンをしたと書いてある。「熱意は凄かったですか?」と聞くと、
「私も猛烈に質問攻めにしましたよ」と笑う。
聞けば、元々戦争を題材にした映画は「作り手側が、こういう風に見てほしい、戦争とはこういうことなのではないかと、観客に対して何かしらの押し付けがあるのではないか、そこが怖いと避けてきたんです」と語る。
出演を決断した二つの経験
戸田恵梨香:「『あの日のオルガン』は平穏な暮らしがいかに大切なのか、そして人は一人で生きていけないということを描いていて、そこに光を見出したんです。ただ、実話の映画化ですから、やはり責任が大きい。その恐怖もあって、平松監督にお会いして、この作品にかける想いと愛情を聞く中で、私が今まで経験してきたことが生かせるんじゃないかと過去の記憶がフラッシュバックしたんです。ひとつは子どものときに阪神淡路大震災で被災した経験、もうひとつが、2013年にNHKのドキュメンタリー番組『輝く女』でミャンマーのヤンゴンで日本人医師が運営する孤児院の活動に参加したときのことです。私は孤児院のボランティアに参加したのですが、そこで、自分で育てたいけれど、病気や経済状態で育てられない現実で苦しむ親御さんの姿を見ました。時代と状況は違えども、通じるものがあるなと思ったときに、これはやれると決断することができたんです」
原作を読まずに挑んだ役作り
久保つぎこによる原作『あの日のオルガン 疎開保育園物語』を読むと、楓先生はモデルとなった複数の保母のキャラクターを掛け合わせた人物像であることがわかる。
戸田恵梨香:「脚本から見えて来る楓像に集中したかったので敢えて原作は読みませんでした。私のイメージとしては原節子さん。いくつかの作品を見ていて、その時、原さんから、表面上は静かなのだけど、腹の中でふつふつと感情が燃えている印象を受け、精神的な部分で原節子さんのイメージを浮かべました。脚本を読むと、楓に対する信頼が子どものみならず、周囲の大人の方たちも強いんですね。楓には、自分の家族への心配もあるんだけれど、それを犠牲にしてでも子どもたちを守らなくてはいけないというとんでもない責任と重圧が乗っかっている。それでも頑張れたのは、子どもたちには未来があるという希望と、未来を見据えていた人だったからじゃないか、弱さと愛情が大きいからこそ、彼女は怒り続けるしかなかったのかなと思いました」
インタビューの続きは『キネマ旬報』3月上旬特別号に掲載。今号では「今年の面白い映画って何?」に答えます!と題して、『キネマ旬報』が紹介する2019年ラインアップの巻頭特集をおこなった。戸田恵梨香のインタビューや毎年恒例となったアカデミー賞大予想!?などを掲載している。(敬称略)
取材・文:金原由佳/撮影:鈴木裕介/制作:キネマ旬報社