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VORTEX ヴォルテックス

公開: 2023年12月8日
  • 文筆業  奈々村久生

    同じ空間を共有しながら別々の時間を生きる夫婦。人生の終わりに向かう日々を、複数の監視カメラ映像をスイッチングしつつモニタリングするようにつないでいく構成は、悲劇と呼ぶにはあまりにも写実的で等身大。そこにあるのは否応なく流れる時間の静かな暴力性だ。しかしすべてが終わったと見えたとき、エンドロールからの始まりを思い出して、時系列を逆にした「アレックス」の「時はすべてを破壊する」という言葉にたどり着き、時間に抵抗するノエの執着を思い知るのである。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    とてもつらい映画。頭が曖昧になって、いろんなことが次第にわからなくなっていくのに体は達者なのは本当にさみしい。頭がハッキリしてるのに体の自由が利かなくなっていくのもさみしい。がんこになるのもさみしいし醜い。むこうも中年になった昔からの愛人に、相手にされなくなるのも実にみじめ。過去の偉そうな仕事の実績が老いた自分を救ってくれるわけじゃないのもみじめ。いずれ老いゆく者、つまり現代の我々全員にとって必見の映画だと思ったが、あまりにもつらすぎて星は2つ。

  • 映画評論家  真魚八重子

    ノエは時折ひどく切ない愛の映画を撮る。恋愛で相手を深く愛する者は、裏切られた時の心の痛みが尋常ではない。正気ではいられないくらいに傷を負う。本作はスプリットスクリーンで、夫のアルジェントがいまだに浮気をして、他の女性に依存している様子を写す。かたや妻のルブランは認知症が進行して徘徊や不始末を起こす。だが夫の大事な原稿を流すのは意図的だろう。彼女は憎悪するほどにまだ愛がある。ノエはまた、彼らの息子を麻薬の売人にし、愛の結晶も負け犬な人間に育つ現実的な苦みを描く。

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メンゲレと私

公開: 2023年12月3日
  • 映画監督  清原惟

    収容所生活を生き延びたダニエル・ハノッホさんの語りと、当時のニュースやプロパガンダ映像だけで構成された、シンプルな映画。終戦直後に食料よりもまず鉛筆と紙を求め、一晩中文字や絵を書いたという話に、彼の人間として生きていくことへの強い信念を感じた。迫害されたユダヤ人たちが船で、希望を背負ってパレスチナへと渡っていく話は、そこから今起きている戦争の出口のなさについて思い巡らすことになり、胸が痛い。メンゲレの話が中心ではなく、邦題に少しズレを感じた。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    「SHOAHショア」以後、ナチスによるユダヤ人強制収容とホロコーストの全貌を伝えるのは当事者によるインタビューだけであることが立証されたかにみえる。だが、その唯一真正なる語りはいかに継承され得るのか。91歳のダニエルには最後の生き証人としての決然たる覚悟が窺えるが、彼を寵愛したメンゲレ医師が1400組の双子を縫合する手術を施したという証言には言葉を失う。アドルノの箴言を俟つまでもなくアウシュヴィッツとは未来永劫に亘って失語症を強いるおぞましさの表象なのだ。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    ホロコーストを生き延びた者たちには当時の子どもたちもいる。だからぼく自身が幼い頃は、今は大人であろうかつての子どもたちの記憶に想像を巡らした。だが、そうしたチャイルドサバイバーの研究が加速したのは21世紀だという。「メンゲレと私」はそんなリトアニア人少年の一人たる「私」に取材したドキュメンタリー映画。解放時まだ13歳だった少年は地獄をどのように受け止め、分析し、生き抜いたか? 今は老人の「私」は語る—「カニバリズムを目撃した人間は、何を抱えていると思う?」。

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父は憶えている

公開: 2023年12月1日
  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    村中のごみを無言で回収してまわる父のなかには、もちろん彼なりの道理があるのだが、それが何なのかは決してわからない。代わりにはっきりと見えてくるのは、彼の帰還によって揺さぶられる周囲の人々の変化。失われた愛は、長い眠りから目覚めたかのように色づきはじめる。基本的に人物の動きに合わせて柔軟に動くキャメラが、まるで適度な距離を保ってその人物を見守りつづけているかのようであり、その結果わたしたちも、その人物に対して親密な感情を抱かずにはいられなくなる。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    キルギスのアクタン・アリム・クバト監督が監督・主演。23年ぶりにキルギスの村に戻ってきた老人が巻き起こす静かな騒動を描く。携帯電話が画面に出なかったら、とても21世紀の話とは思えないほど時間が止まったかのような村で、日本人とよく似た風貌ながらも、皆が敬虔なイスラム教徒であり、ロシアの強い影響下の中で生きている人たちの生活を丁寧に観るという文化人類学的な面白さ。私たちに似ているとても異なる人々の普遍的家族愛。いっそドキュメンタリーの方が向いている題材なのではないか。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    行方知らずだった男の23年間は一切語られない。記憶と言葉を失った理由も明確にわからない。家族や友人たちは記憶を取り戻そうと必死だが、男は動じず、ただ黙々とキルギスの村のゴミを拾い続ける。力強く根を張る木々、木立のざわめき、素朴で美しい歌声……感覚に訴えかけてくる演出ひとつひとつがゆったりどっしりとしていて、果てしない奥行きを感じる。生命の根源的な力が本作には宿っている。人間はただ生きているだけで尊い。そんなピュアな気持ちを呼び覚まされる稀有な作品。

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バッド・デイ・ドライブ

公開: 2023年12月1日
  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    オリジナル版と他言語版は残念ながら観ていないのだが、基本設定が確かに魅力的。残り3分の1になってから突然ツッコミどころが増えたり、動機づけを含めて急に展開が雑になる気がするけれど、短い上映時間でシンプルに語るべき題材である以上、欠点と断言するほどではないかもしれない。家庭人として完全に失格かと思いきや、危機に瀕した途端、この上なく頼もしい父親へと変貌するリーアム・ニーソン無双。役柄よりも歳上すぎるという難点を、身のこなしの若々しさで華麗にカバー。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    今年主演作が3本公開されるリーアム・ニーソン。本作は2015年のスペイン映画「暴走車 ランナウェイ・カー」のリメイク。金融マンが車に爆弾を仕掛けられ、犯人の指示でさまざまな困難に直面する。いつものニーソン映画同様、スピーディーでサスペンスフルかつ不死身。またニーソン映画同様に低予算短期間撮影ものでニーソン以外のキャストに華がない。同じような役柄で低予算アクション映画を連発するニーソンは低予算アクション映画の船越英一郎だ。大ヒットも芸術も狙ってないところが苛立たしい。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    リーアム・ニーソンが車という閉鎖的な空間で着座のまま闘い、犯人と対峙するまでの90分。彼の鬼気迫った渋い顔をアップで見続けるだけでも眼福だが、「スピード」や「フォーン・ブース」といった作品がチラついて既視感を拭えない。クライマックスはあらかじめ決めた結末からの逆算でアクションを組み立てているのが明白でやや物足りない。一番大切なものを強調したいがゆえのラストの回想三連発が作品をチープにしている。資本主義の弊害を量産型アクション映画で描くという皮肉。

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隣人X 疑惑の彼女

公開: 2023年12月1日
  • 文筆家  和泉萌香

    人間に擬態して暮らしているとの惑星難民X。記者の男を主人公にすえたことにより、謎に包まれたXへの偏見をふくめた大衆の態度よりも、どんなことをしてでも売上とPV数を稼ぎたいマスコミたちのあくどさ、醜悪さが全篇に現れている。ロマンスの始まり、ここぞ、というタイミングで雨が降るのは、人間を超えた何やら別の力が影響を及ぼしているのかと想像を掻き立てたり。だが、主人公の見当はずれの償いの発表に続くその着地点は、ふんわりしすぎているのではないか。

  • フランス文学者  谷昌親

    惑星難民Xが地球にやってくるというSF的な設定のもと、一種の他者論を展開する興味深い作品だ。ただ、Xのスクープを狙う週刊誌記者の笹が、取材対象の良子に惹かれていく過程でカメラの望遠レンズ越しに良子を見つめるだけに、そこでもっと映画的な表現はできなかったのかと考えたくなる。また、留学生のイレンをめぐる物語も一方で展開するのだが、そもそも移民や難民の問題を扱いたいのであれば、むしろイレンのような外国人の存在をこそ正面から描くべきだったのではないだろうか。

  • 映画評論家  吉田広明

    自分と異なる者を排除しようとする社会を糾弾するという骨格は「正欲」と同じ。無理筋が目立つのもよく似ている。異論の余地なく「ポリティカルにコレクト」な物語だからといって(奇矯な設定でもいいが)丁寧な人物設定と造形、自然で説得力のある心理描写と展開をおざなりにしていいはずがない。それを踏まえた上で真に異なる世界への飛躍をもたらすのが映画というものではないのか。「正欲」ともども、独りよがりの理想論振りかざして現実置き去りではどこかの条例案と変わらない。

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怪物の木こり

公開: 2023年12月1日
  • ライター、編集  岡本敦史

    亀梨和也の怜悧な人でなしぶり、睫毛の先まで神経が行き届いているかのような一挙手一投足にただ見惚れるばかり。美しく後手に回るプロファイラー役・菜々緒もキャリア最高の輝きを放っている。三池崇史監督の堂々たる職人的演出も快調だ。とはいえPG-12なのでR指定級の過激さは抑えられ、ストーリーも全国区向きだが、それでも日本のメジャー映画としては最上級の画作りが拝める快作。背広のくたびれ刑事たちが居並ぶ三池ノワール・ショットには久々にワクワクした。

  • 映画評論家  北川れい子

    劇中に登場する絵本『怪物の木こり』を、ティム・バートンが映画化! なんてヤラセの噂がサラッと流れる。そうか。気色悪い導入部はあくまでも恐怖の火種。演出のどこかに空気穴風な隙間を盛り込んで進行するのか、と思っていたら、三池監督、隙間どころか、妙にクールな演出で人物たちを煽り、話自体もとんでもないのだが、こちらもクールに成り行きを観ているだけ。それにしても本作の亀梨和也も「法廷遊戯」の永瀬廉も弁護士役で、いまや弁護士役はアイドルの専売特許?

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    この題材ならば三池崇史の名前に当然惹かれてしまうが、往年の過激さは影を潜め、サイコパスが王道を歩く本作では殺人描写も含めて常識的な範囲に収まっている。誘拐された子どもを使った行為はぞっとさせるだけに、せめて触覚的な感覚を見せてほしかった。プロファイラーの菜々緒が醸し出す雰囲気が良く、上手い演技というわけでは決してないところが逆に異物感を出して突出。「首」に続いて快演を見せる中村獅童が粗暴さの裏にフランケンシュタインの哀しみを抱えた姿で魅せる。

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ほかげ

公開: 2023年11月25日
  • 文筆家  和泉萌香

    ひとりの女と男たちとひとりの子供。焼け焦げになった街や生活が、戦争そのものが、文字通り家の中に強烈に横たわっている。登場人物たちの輪郭、魂はゆらゆらと揺れ動きながらも儚さを拒み、特定の時間帯を感じさせない橙色の灯りが、彼らはここにいると強く染め上げている。こちらも役者陣の顔にぐっと迫る作品で、塚尾桜雅くんの真っ黒な瞳はきっと劇場の暗闇をも圧倒することだろう。名前も呼ばれないまま、道に放り出される子どもたちを決して増やしてはいけないのに、現実はずっと……。

  • フランス文学者  谷昌親

    「野火」の一種の続篇とも、対になる作品とも言えそうだ。居酒屋の女と戦争孤児の少年に、若い復員兵、片腕の動かぬ男が絡んで物語は展開するが、逆に言えば、ほぼこの4人だけで構成された作品だ。特に前半は居酒屋から一切出ない室内劇の緊張感のなかで終戦直後の日常が描かれる。一転して戸外で展開する後半では、戦争のもたらす狂気が表現される。筭本晋也監督自身がカメラをまわした撮影がすばらしく、作品世界の質感までも感じさせつつ、彼ならではの世界観を表出させている。

  • 映画評論家  吉田広明

    夫と子供を戦争で亡くした女のバラック食堂で、疑似的な家族が成立する前半部と、片腕の利かない男との「仕事」を巡る後半部。共に戦争によって心が壊れてしまった二人、彼らをつなぐ存在たる少年がその生を見届け、それを教訓とも生きる縁ともしながら、新たな生に立ち向かうべく闇市の中に消える。過去に囚われた女と男、屋内と屋外、そして未来を担う少年と、きれいに対称的に構成されている分、その美的な形式はかえって戦争の体感を妨げ、心に棘がざっくり刺さる感触を失わせている。

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サムシング・イン・ザ・ダート

公開: 2023年11月24日
  • 映画監督  清原惟

    今私は何を観ているのか?と思うような、観たことのないタイプの映画だという感じがしたのだが、そのカテゴライズのできなさが謎であり、面白さだと思った。陰謀論めいた街の謎や、超常現象も、すべて冗談みたいだけれども、その謎を追う二人の主人公たちは妙に現実感がある。観た後に知ったことだが、監督二人が主演であり、現場を三人で回していたというから、この妙な感じにも納得した。やはり作り方というのは、否が応でも映画の画面にも現れるものだということに勇気をもらった。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    作り手曰く、LAという都市へのオマージュらしいが、残念ながらLAの魅力など画面から全く伝わってこないし、低予算のインディーズの弱点だけが露呈している。主人公二人がアパートの一室で遭遇する“超常現象”の陳腐さ、それをドキュメンタリー映画に仕立てるメタ映画風な発想にも既視感がある。土台、このワン・アイデアで2時間弱の尺を語りきるには無理があるのではないか。パンデミック下での企画らしく、全篇に漂う荒涼たるざらついた“幽閉感覚”だけが奇妙にリアルであった。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    社会から孤立したような二人の男が出会い、部屋で浮遊する結晶体の光に遭遇、常軌を逸したドキュメンタリー制作を開始するが……。奇才ベンソンとムーアヘッドの巧妙なDIYスタイルは、否応なくパンデミック下の終末感、閉塞感、無力感や倦怠感を思い起こさせる。「X-ファイル」的な怪現象の推測がみるみるうちに陰謀バラノイアへと発展していく様子はブラックコメディ的であり、同時に、むしろ「ナイトクローラー」「アンダー・ザ・シルバーレイク」に連なる現代人の危機をめぐる寓話とも取れるのだ。

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ロスト・フライト

公開: 2023年11月23日
  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    ただでさえ面白いナショジオチャンネルの『メーデー!』をさらに濃縮したかのような迫真の機内シーン。乗客全員特技を活かして危機を突破、みたいな展開になったら痛快娯楽作だが、その真逆を行く凄いリアリティで、ある意味シミュレーションドラマ的面白さ。航空会社の危機管理担当者が傭兵を雇うのだけファンタジーかと思ったらこれも現実にありうる話だとか。終わり方が示唆するとおりどうも続篇の予定があるらしく、個人的にはこれだけでいいんじゃないかと思うがさてどうだろう。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    ジェラルド・バトラーが製作・主演。被雷した旅客機がフィリピンの反政府ゲリラが支配する島に不時着するというサバイバル・サスペンス。被雷→不時着→ゲリラとの闘いと話は単線的に進み、シナリオに気の利いた工夫はない。また旅客機の描写の多くが安っぽいVFXで、ロケ撮影も画質の低いデジタル撮影のため、映像のテクスチャーを重視する者としてはかなり興醒め。メジャー・スタジオ製の作品ではなく、アクション俳優が製作・主演すると大抵低予算低画質ご都合主義の仕上がりになるという典型。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    大嵐と落雷によって制御不能となった飛行機が不時着した場所は、イスラム過激派がのさばる無法地帯だった。次から次へと降りかかる災難を、屈強な肉体と血走った瞳で生き抜くジェラルド・バトラーはやはり極限状態が似合う男。バトラー演じる機長のバディは移送中の殺人犯という設定が、緊張感を途切れさせない。フィリピンのホロ島が舞台ならば、もう少し踏み込んだドラマを見たかったが、本作はあくまでポップコーン片手に無心で楽しめるエンタメに徹していて、それはそれで良い。

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シチリア・サマー

公開: 2023年11月23日
  • 文筆業  奈々村久生

    同性愛者であると知られることは社会的な死に値した80年代シチリア島の時代劇。よくも悪くもクラシックな作劇と演出であり、眩しい太陽と美しくも儚い花火の光に彩られた少年たちの描写は、イノセンスへのロマンチシズムに溢れていて、若さゆえの刹那を含め、その?末は是枝裕和監督の「怪物」を想起させる。自分たちの価値観が正しいと信じて疑わない、ステレオタイプな父親や叔父の対応に反し、少年たちの双方の母親が示す葛藤とその発露に、当事者以上のきめ細かさが滲む。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    僕は美少年は大好物なんですけど、本作は無難に美少年と美少年が愛しあうのを小エロく描いといて最後に二人は差別に殺されて悲しくも美しかったですね、じゃ済まなかった。最初ゲイの子をいじめてた不良どものホモソーシャルは、ひどい差別をしながら同時に発情もしてることが描かれ、主人公を愛情で包んでいた家族や親戚たちが同性愛をマジで忌み嫌ってるのを終盤で目にした不良たちはドン引き。「正しさ」と世間の常識と普通の宗教と家族愛が地獄であるという、重い傑作。

  • 映画評論家  真魚八重子

    シチリアの風光明媚さがかき消されるほどの、同性愛者への差別。世界中で映画はLGBTQに対する嫌悪や差別を露わにする人々を描き続け、同性愛の映画の中でも〈迫害〉はもはや一ジャンルを成すだろう。同性愛嫌悪と女性差別はセットになっていることも多く、シチリアも男がのさばってきた歴史がある。本作も差別主義者とは断絶があり、同性愛者を毛嫌いする人を説得するのは難しいという諦念に囚われる。ただし映画の出来不出来はまた別の話で、銃声だけで処理したラストは端折りすぎではないか?

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首(2023)

公開: 2023年11月23日
  • ライター、編集  岡本敦史

    「いつの世も“天下人”などと呼ばれるヤツらは、ろくでなしばかり」という北野武監督らしい歴史観を、北野作品らしからぬ超大作ルックで見せるという大がかりな転倒に、まず面食らう。かつて「血と骨」で共闘した撮影の浜田毅が堂々たる仕事をしている。合戦シーンになると普通の映画に見えるきらいもあるが、「乱」を撮ったころの黒澤明とほぼ同年齢だと思えば、この大作志向と「昔ほど遊ばない感じ」にも納得がいく。欲を言えば、衆道の描写にはもっと繊細さと実感が欲しかった。

  • 映画評論家  北川れい子

    北野監督が戦国時代と戦国武将たちを好き勝手に切り刻んだ血まみれスプラッターホラーである。ビートたけしが演じている秀吉はただの生首フェチで、加荑亮の信長も気まぐれで残忍な変質者、人気俳優たちが勢揃いした武将役はどいつもこいつも裏ありの二枚舌野郎、まさに生首ゴロゴロ、血の量も半端ない。北野監督がどういう意図で脚本、編集まで手掛けたのかは不明だが、悪趣味な笑いを含めもう最悪! とはいえ、血まみれ狂気は世界の現実でもある。監督はそれを予感した!?

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    北野映画としては最長の空白期間を経たものの時代劇版「アウトレイジ」を期待するなら十分満足させる。方言を多用する残虐で狂的な信長(加瀬亮が絶品!)、狡猾かつ武士の格式ばった振る舞いを嘲笑う秀吉、とぼけた家康のキャラ付けも良く、史実との年齢差も気にならない。ウエットになりかけると瞬時に冷徹な裏切りや死が訪れるドライな視点が徹底されるのも良い。ただし、初期作に見られた色気のある同性愛描写に較べれば、今回の衆道描写は即物的すぎて取って付けたよう。

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モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン

公開: 2023年11月17日
  • 文筆業  奈々村久生

    「バーニング」でデビューしたチョン・ジョンソは、猟奇的な怪演で度肝を抜いた「ザ・コール」の監督との再タッグで「バレリーナ」(Netflix)を発表したが、私生活でもパートナーであるイ・チュンヒョン監督はジョンソのハードな面ばかりを強調。モナ・リザもその延長線上にあるが、アメリカに生きるアジア系女性がシングルマザーとその子供を巻き込む、弱き者たちのしたたかな共犯関係を描いたアナ・リリ・アミルプール監督の魔術的な演出がポップで痛快。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    口ずさみたくなるロックの歌詞をそのまま脚本にしたみたいな映画。「寡黙で神秘的な東洋娘」とか「よい黒人」とかは類型なんだが、新しいことは特に何もやってないんだが、とにかく人の顔がいい。チョン・ジョンソの顔を見てるだけで最高だし、脇役も子役も全員いい。お金かけてないのに画ヅラもいい。あと、いかにもなストーリーだったのに人が一人も死んでない。これはなにげにすばらしいことではなかろうか。こういうのでいいんだよ、こういうので。ていうか、こういうのがいいんだよ。

  • 映画評論家  真魚八重子

    韓国人俳優チョン・ジョンソが良い。気の強さと無垢であることが無言で同居し、クールな表情をしていてもチャーミング。「ハスラーズ」のような女同士の連帯は、私欲の前では吹き飛ぶが、母に代わる飛行場での子どものシークエンスは、チケットの名前から自己犠牲まですべていとおしく完璧。モナが何者かわからず、人を操る超能力ゆえに、精神病院に12年も入っていた経験は重い。だからこそTシャツ1枚の違いで楽しい。彼女の新たな人生の始まる赤い月夜のフライトはワクワクする。

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スラムドッグス

公開: 2023年11月17日
  • 文筆業  奈々村久生

    やさぐれわんこの逆襲をコミカルに綴ったブラックコメディだが、飼い主の虐待を愛情と信じて疑わない捨て犬の主張は、人間の児童におけるそれの構造と酷似しており、笑ってしまうほどに胸が痛んだりもする。アメリカ式のコテコテなユーモアのノリも、主体のビジュアルが犬であるからこそ見え方に変化がつき、人間を主語にしないことで語れるものがまだまだあるという可能性を実感する体験。欲を言えば小ネタ的に挿入される猟奇殺人鬼の飼い犬のアナザーストーリーも観たかった。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    可愛いワンちゃんたちが口を開けばオチンポ様とかウンチとか聞くに耐えない下ネタを言う。わざと言う犬もいるが、犬は他の犬の肛門の臭いや排泄物や吐瀉物が好物なので真顔でも言う(犬の真顔とは?)。人間もウンチまみれ、キノコ食ってラリった犬の視界もごきげんだが、飼い主との悲しい関係は人間同士の共依存のメタファー。こういう映画大好き。吹き替え日本語版で牝犬を演じたマギーの声もよかった。てっきり犬は全部CGだと思って観てたら、リアル犬による演技だったと知ってびっくり。

  • 映画評論家  真魚八重子

    想像以上に下品で気分が悪くなりそう。下ネタのオンパレードで、「テッド」の製作チームによるものというのもむべなるかな。自分が飼い主に嫌われていると気づいておらず、しかしそれがわかった途端、恐ろしい復讐に燃え立つ主人公の犬が可愛いが、原語のアテレコはウィル・フェレル。アメリカンコメディ界は人材がくすぶっていて、時が止まって感じる。実写とCGの技術が高く犬の表情がナチュラルで、その天然性によって観ていられるし、犬の感情が感じられる編集は良かった。

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きのう生まれたわけじゃない

公開: 2023年11月11日
  • 文筆家  和泉萌香

    空への道を駆け回る光が我々の視線を軽やかに奪っていく。時には、此処では流れてはいない時間のなかでひとり言葉を発しもする登場人物たち。あちらこちらに散りばめられた黄色が次々に目に飛び込んだあと、ぱっと広がった照葉には思わず星空のような、とつぶやきたくなるほど。詩人が辿り着く海や雲の形、それぞれ異なる色をして並ぶ木々といった自然の美しさに、大袈裟でなく驚き嬉しくなってしまう。てんとう虫は枝や指先に止まったら一番高いところまで上り、飛んでいくそうだ。

  • フランス文学者  谷昌親

    詩人でもある福間健二監督が少女と老人の交流を描いた作品。少女・七海と元船乗りの老人・寺田の関係を軸に、そこに他の人物たちのさまざまなエピソードがからむのだが、エピソードの積み重ね方、そして人物のとらえ方や演技はむしろドキュメンタリーを思わせ、結果として、独特の詩的な感触が生み出される。福間監督が慣れ親しんだ国立市の風景が魅力的だし、川べりの公園での飛翔シーンに心を動かされる。だが、残念なことに、詩と映画が理想的なかたちで融合できたとはいいがたい。

  • 映画評論家  吉田広明

    監督の評価したピンク映画は、断絶や軋みに満ちた社会の中で、性を通じてギリギリ結ばれる関係を通じて現在を炙り出すという意味で批評的なものでもあった。ここでは人間関係は軽やかに結ばれ、また解かれてゆく。人の心が分かる子どもと、死んだ妻と会話する老人。彼らは、心の中と外、生と死、その境界を自在に踏み越える。ユートピア的な境地であり、これが遺作となったことにいささかの感慨を覚える。ただ社会の周辺に置かれた存在のみにそれが託されるのは若干寂しい気はする。

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正欲

公開: 2023年11月10日
  • 文筆家  和泉萌香

    眉毛をべったり(!)描いて登場する新垣結衣が、ベッドに寝転んだ自分を発見して鏡を隠す。欲望を感じる自分自身の姿は、見たくない。新垣はじめ俳優たちが向かいあうごと、カメラは各々の顔をとらえ、彼らの瞳もまた拒絶、歩み寄り、興味、空洞、時に鏡のような表情を見せるのが素晴らしい。〈普通〉とは異なる欲望を抱く人々を描きながらも、物語は社会において最も守られるべき存在に対しての姿勢は徹底し、許してはならないそれへ引いた線は崩さない。原作も読まなければ。

  • フランス文学者  谷昌親

    物語やテーマは原作から受け継いだものではあるが、ここまで多様性について考えさせてくれる作品はあまりない。同時に、岸善幸監督がインタヴューで強調する「二面性」にも関係する作品になっていて、まさにそれが、「二重生活」以来の監督の関心事だと感じさせる。その二面性に最も苦しむのが、新垣結衣が演じた夏月だ。その夏月や彼女と秘密を共有する佳道に観客は共感するようになるのだが、もし別の性的指向を描いた場合でもそうなるのか、という疑問がどうしても残ってしまう。

  • 映画評論家  吉田広明

    人と違う嗜好を持つために生きづらい人々の連帯という主題自体は全くの正論、異論の余地もないが、しかしその嗜好が水フェチ程度で自分を宇宙人に感じるとかお前は社会のバグだと言われるとは大仰過ぎないか。それは異端性の一つの比喩に過ぎず入れ替え可能とは逃げ口上で、水だからこそ観客は安心しているし、それが静謐な映画のトーンを決定するのだから、唐突にそれを言語道断な性的暴力と一緒くたにして衝撃を与えるのは無理筋。為にする設定、安易な想像力の所産というほかない。

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花腐し

公開: 2023年11月10日
  • ライター、編集  岡本敦史

    作り手の狙いが完璧に達成されていれば、しかもそれが面白ければ、星の数を減らす理由がない。個人の好き嫌いとか、観る人を選ぶかもという心配とか、要らぬお世話に思えてくる。荒井晴彦作品に望む男女のドラマが濃密に描かれていて、綾野剛のいままでにない芝居が観られて、柄本佑が相変わらず荒井演出のもとで生き生きしていて、ピンク映画業界へのオマージュが重くも軽くも込められた、しかも近年最もモノクロ画面が冴えた作品であれば、やっぱり観ない理由は探せなかった。

  • 映画評論家  北川れい子

    寒々しい波打ち際に横たわる濡れそぼった男女の死体。男は新作を準備中のピンク映画の監督で、女はその作品で主役を演じるはずだった。という場面からスタートするが、話の軸は、死んだ女と時間差で深く関わった2人の男の、不甲斐ない傷の舐め合いで、現在をモノクロ、過去はカラーという演出もくすぐったい。さしずめ希望は過去にしかない? 新宿ゴールデン街でクダを巻く場面や、アダルト映画顔負けの場面も。後ろ向きでクセのある、死んだ女とピンク映画へのレクイエムか。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    前作は食と性を介して男女を描いた荒井監督が今回は著書『争議あり』を基に細部を形成したかのような固有名詞と自己言及をちりばめる。実名を連ねて時代を形成し、雨と歌と性を重ねていく。「新宿乱れ街」の30数年後を描いた後期高齢者の繰り言かと思いきや、劇中の同時代にシナリオ講座へ通い、国映の成人映画を観ながらピンク映画のシナリオを応募していた筆者などは自分を重ねてしまい、心が揺れる。「身も心も」の奥田瑛二&柄本明を凌駕していく綾野剛&柄本佑に見惚れる。

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法廷遊戯

公開: 2023年11月10日
  • ライター、編集  岡本敦史

    人は誰でも嘘をつくという作中世界のルールでもあるのか、「単刀直入に訊けばよかろう」と思わせる場面が続き、とにかく回りくどい。どんでん返しのお膳立てとして小説なら成立していたかもしれないが、2時間の映画では難しい。法廷ドラマとしても、現行の司法制度への批判と、裁判制度自体への揶揄がゴッチャになっていて、そもそも「裁判は犯人当ての場ではない」という大前提の理解すら怪しい。いちばん恐ろしいのは、このタイミングで「贖罪から逃れる物語」を映画化したことだ。

  • 映画評論家  北川れい子

    司法制度の改革とか、冤罪とはとか、頻出する法律関係の用語が話を惑わせるが、描かれるのはロースクールで学んだ3人の手の込んだ因縁話で、観終わっての後味はかなり消化不良! 少しずつ明らかになる彼らの重い過去が、無責任な大人や法律の不備にあるというのは分からないでもないが、回想というより後出しジャンケンふうな真相の出しかたもズルい。ミステリーではよくある手だが。後半の裁判場面が学生たちの模擬裁判と大差ないのは「法廷遊戯」というタイトルへの忠節?

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    ひたすら設定だけを説明され続けているかのようで、映画を観ている感覚にならず。ロースクールで暇つぶしに行われる〈無辜ゲーム〉や、生徒たちが揃って示す反抗のポーズなども、無国籍的な世界観が作られていれば良いが、日本とは思えず。「ソロモンの偽証」が前後篇使って学校内裁判を成立させていたことを思えば、この状況にすんなり入りきれず。過去の因縁話も説明に説明を重ねられて明かされるだけに、驚きが薄い。登場人物たちはゲームのコマのように動かされるのみ。

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スケジュールSCHEDULE

映画公開スケジュール

2023年12月6日 公開予定

NCT NATION:To The World in Cinemas

日本・韓国・アメリカ・カナダなど多国籍なメンバーで構成される韓国発の次世代グローバルグループNCTのコンサート映像を劇場上映。NCTの4枚目のフルアルバム『Golden Age』のリリースを記念して、2023年8月、韓国・仁川の文鶴競技場で行われたライブ『NCT NATION : To The World in Cinemas』の模様を収録。通常の2Dだけではなく、18台のカメラで撮影された息をのむような3面270度の視野で圧倒的没入感を感じられるScreenX、ライブコンサートの雰囲気を五感で体験する4DX、2つのフォーマットを結合した4DXScreenなどで、さらに臨場感を味わうことができる大画面コンサート・イベント。
2023年12月8日 公開予定

あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。

汐見夏衛の同名ベストセラー小説を映画化。母親と喧嘩して近所の防空壕跡に家出した高校生の百合。目覚めると、そこは戦時中の日本だった。その世界で日々を過ごすうち、百合は助けてくれた青年・彰に惹かれていく。だが彰は、出撃を控えた特攻隊員だった。出演は「かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~」の福原遥、「死刑にいたる病」の水上恒司。

市子

戸田彬弘率いる劇団チーズtheaterの舞台『川辺市子のために』を原作に、戸田自ら監督し映画化。恋人の長谷川からプロポーズを受けた翌日に、突然失踪した市子。長谷川が行方を追うなか、彼女と関わりのあった人々から証言を得ていくと、衝撃的な事実が浮かび上がる。出演は「青くて痛くて脆い」の杉咲花、「窓辺にて」の若葉竜也。

TV放映スケジュール(映画)

2023年12月4日放送
13:00〜14:56 NHK BSプレミアム

麗しのサブリナ

13:40〜15:40 テレビ東京

ドク・ハリウッド

19:00〜20:54 BSジャパン

シャーロック・ホームズ(2009)

20:00〜22:10 BS松竹東急

スパルタンX

2023年12月5日放送
13:00〜15:26 NHK BSプレミアム

日本沈没(1973)

13:40〜15:40 テレビ東京

スネーク・アイズ(1998)

20:00〜22:09 BS松竹東急

シンクロナイズドモンスター

今日は映画何の日?

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