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専門家レビューREVIEW

福田村事件

公開: 2023年9月1日
  • 文筆家  和泉萌香

    村の人々、新聞記者たち、行商人の一行、各集まりの中での人間の差──男と女の差であったり、着物を着る者と軍服の者、上司と部下、だったり──そして自分たちよりも下の人間がいるという強烈な意識が、大きなキャンバスの中で同じ質量で描かれ、カメラは惨劇を凝視することを求める。田中麗奈演じる、お嬢様のキャラクターが印象的。本人にとっては非常に切実な夫婦仲の悩み、情事という逃避……欲望を持つことは素晴らしいことだが、気づいたときにはもう社会で第三者ではいられない。

  • フランス文学者  谷昌親

    関東大震災から100年目の年に向けて、こうした映画が撮られたことに対し、心からの敬意を送りたいし、ひとりでも多くの人に観てもらいたい作品だと思う。事実を丹念に調べたうえで緊迫した物語に仕上げてあり、福田村の人びとの日々と徐々にその福田村に近づく行商団の歩みとが並行して描かれるなかで、緊張が高まる。9月1日以降の展開は圧巻だ。それだけに、福田村にももっとのどかな日常があったのではないかと想像してしまう。日常から狂気への急転こそが恐ろしいのだから。

  • 映画評論家  吉田広明

    確認を待て、日本人だったら人殺しになってしまうという村長に瑛太が言う「鮮人なら人殺しにならないのか」という台詞が肝である。良識派の中にもある無意識的な差別意識。とすれば、韓国で独立運動家の虐殺を見てきた井浦には、それをも撃つ批判が可能だったろうに、慎重派対虐殺派の分かりやすい対決の中で前者の一員に埋没してしまい生かし切れていない。各人物の造形が丁寧だけに惜しい。韓国朝鮮人虐殺をなかったことにしようとしている東京都への抗議も込めて観賞を推奨する。

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アステロイド・シティ

公開: 2023年9月1日
  • 文筆業  奈々村久生

    W・アンダーソンの映画が「笑える」かどうかというと正直よくわからない。ユーモアありげなルックを伴いつつも、緻密な作為や膨大な情報量が、素直な笑いを許さないことも。ただ、今回はそのいかさまっぽさこそが圧倒的にリアルだった。コロナ禍の隔離生活を彷彿とさせる封鎖地域で、ステロタイプとして擦られすぎた宇宙人像が、人を小馬鹿にしたようにポーズさえとる事態を、荒唐無稽と言えるだろうか? 未知のウイルスで全世界がロックダウンしたのはたった3年前のことなのに?

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    かつてテレビの中と荒野のまんなかにあった古い未来の夢。遠いようで近い核実験のキノコ雲。ヌケがよすぎるウェス・アンダーソン色の青空と砂漠、シンメトリーで安定した広大な画面のまま豪勢にパンして、これCG使ってないというのがまず驚き。天才ちびっこ発明家たちが親たち(DV被害の精神状態を使って役作りをするスター女優も)が見てる前で軍から表彰されてるところにフニャっと訪れるエイリアン。皮肉で奇怪でほぼ無限な「アメリカ」のイメージ連打から見えてくる、家族の寂しさ。

  • 映画評論家  真魚八重子

    ウェスの隅々まで作りこんだ箱庭的世界は変わらず。今回は白黒のテレビ番組で映画撮影の裏側を紹介する二重構造もある。トム・ハンクスすらビル・マーレーとすげ替えて変化がない状態で、TV司会者役のブライアン・クランストンは「犬ヶ島」の声の出演に続き、渋くてウェスの箱庭に負けていない。もはやウェスはドラマもないほうが自然という結論に達したように見える。これまでの軽々しい生死は感情の抑揚への抵抗であり、もはや無理にエモーショナルな設定を入れた初期のほうが違和感すら覚える。

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こんにちは、母さん

公開: 2023年9月1日
  • ライター、編集  岡本敦史

    山田洋次脚本のリメイク版ドラマ「あにいもうと」では、まるで寅さんの予行演習のようだった大泉洋。今回は彼自身の性質を生かして……つまり、いつの間にか国民的俳優扱いされているが、むしろ好感度など到底抱けない役柄にこそ惹かれていく志向性を生かし、現代的な「いけすかない奴」をクラシカルな山田演出に合わせた力加減で巧みに演じている。そして相対する吉永小百合は、つまらない恋愛から解放された途端、最高に美しい表情を見せる。その作劇・演出にベテランの技を見た。

  • 映画評論家  北川れい子

    デニムのエプロン姿の吉永小百合が実に新鮮だ。しかもよく似合う。東京・下町の足袋屋さん。お客さんの中にはお相撲さんも。この気張らない設定が観ていて心地よく、山田監督の演出も、吉永小百合の演技も、過去2作の「母」映画よりも断然、軽やかでしなやか。むろん母親の置かれた立場で演出、演技が違ってくるのは当然だが、今回は母親としてではなく、自分の人生を生きようとする女性の話なので晴れ晴れしい。仕事や家庭の問題で悩む息子の話も今日的で無理がない。 

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    小津安二郎原作「限りなき前進」を反転させた如きサラリーマンの悲哀は、いかにも松竹映画らしい。大泉洋に渥美清を重ねたのは小林信彦だが、期待ほどにはおかしさが出ない。相手役のクドカンが精彩を欠き、大泉の演技が受けに終始するせいか。全篇へそ出しの永野も現代的な娘として描かれつつ、古式ゆかしい女性像となって誰もが程よく山田作品らしい演技に収まる中、田中泯と吉永小百合の異物感は際立つ。小百合映画における高齢者恋愛描写問題は、流石に今回は違和感ない仕上がり。

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夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく

公開: 2023年9月1日
  • 文筆家  和泉萌香

    アンティーク調の家具やステンドグラスと、できすぎなくらいに可愛い主人公の部屋に始まり、白を溶かしたように優しく、カラフルな画がある種のお伽噺としての青春の舞台にぴったり。後半は「王子様」の過去や夢にフォーカスされ、ヒロイン自身の意思、これからの道が深掘りされないのが残念だったが(原作は未読)、流行りの病に関係なく、主人公と同様高校時代に手放せなかった方も多いであろうアイテム、マスクを大勢がいる学校という場所で無理に取ってしまわないのがいい。

  • フランス文学者  谷昌親

    映画は、おもはゆいほど少女マンガ的に物語を彩り、マンガ史において少女マンガが果たしてきた役割がそうであったように、おそらく原作の小説よりも作中人物に心理的な深みをもたらしている。もちろんそれはモノローグなどでもたらされるものではない。街、空、校舎、級友たち、主人公である茜と青磁の周囲の世界を描くことで、ふたりにとっての世界を描いているからだ。他愛ない物語でありながら、校舎の屋上や廃園となった遊園地ともども、映画が色鮮やかに染め上げられる。

  • 映画評論家  吉田広明

    冒頭でいきなりお前のことが嫌いだと言う男子、その台詞のインパクト演出に、彼の目や口のクロースアップ=モンタージュするのは映像に逃げているので、新鋭ならこういうのを使わずに印象に残らせる術を考えるべきだと思う。人物の造形も演技もキャラの域を超え出ていない。それは原作の底の浅さとキャストの力量故だが、それでも、彼らの名前の由来となった夕焼けや朝焼けの空の色を、屋上や廃遊園地という非日常空間で見せるロケセット撮影の美術は頑張っているのではないか。

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あしたの少女

公開: 2023年8月25日
  • 文筆業  奈々村久生

    ペ・ドゥナ本人からうかがえる、人としての潔癖さのようなものを、最も顕著に引き出しているのがチョン・ジュリ監督だ。「私の少女」(14)の姉妹篇ともいえる本作では、他者の無理解とどこまでも弱者を食いものにするべくがんじがらめになっている社会の仕組みが追及される。清濁併せ飲むのが賢い生き方とされる中、自分にも他人にもそれをよしとできない不器用な人たちの孤独な闘いは、正義として肯定されたりしない。誠実であることは絶望と真正面から向き合うことなのだ。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    被害者の死から映画を始めて刑事が過去を追ってくような常套手段の構成を裏切っていて、だから前半の主人公が「なぜ自分が死ななきゃいけないのか、よくわからない。でも死ぬしかない」と追いこまれていく過程がリアルすぎて、観てるほうも「えっ、そんな会社、早く辞めればいいのに」と、わかってない友人の役に立たない冷たいアドバイスみたいな感想をもってしまい、マジで後半、いたたまれなくなります。新自由主義の下で心を削られていく社会のキモチワルさは日本も他人事じゃない。

  • 映画評論家  真魚八重子

    チョン・ジュリ監督の前作「私の少女」は、同性間の愛と魔性を捉えた傑作だった。本作は打って変わり、人間の尊厳を破壊し感情を殺す、ブラックなコールセンターの実態を描く。企業だけでなく、電話をかける側も客の立場を利用し口汚く罵倒する。企業内の労働基準問題は日本でも行き届かず、駐車場で抗議としか思えぬ焼身自殺を図った男性の、あの企業はその後改善されたかに思いを馳せずにいられない。刑事のペ・ドゥナ一人で解決できる問題ではなく、歯車として壊れた女性に涙を零すのがやっとだ。

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エリザベート 1878

公開: 2023年8月25日
  • 映画監督  清原惟

    すべてのシーンに細やかさが行き届いている。派手なことはしないけど、一つひとつに含みを持った丁寧な脚本。女性として生きることの苦しみや寂しさが伝わってきて息が詰まりそうになる一方で、ひとりの人間として自分自身として生きようとする彼女のものだけの時間が輝いていた。お風呂で息を止める記録を更新したり、真夜中の湖でいとこと泳いだり、さまざまな水のシーンの描写が印象的。突如ストーンズの曲がハープの演奏で流れてくるのも、不思議と違和感がなくて面白かった。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    ロミー・シュナイダーの出世作「プリンセス・シシー」で人口に膾炙した皇妃エリザベートの生涯を気鋭の女性監督が現代的なフェミニズムの視点で脱=神話化した大胆不敵な試みだ。冒頭から頻出するコルセットを締めるシーンがある種の拷問として描かれるのが印象的。時代考証も無視してあり得たかもしれない歴史的な真実を幻視する語り口には、数多の抑圧と禁制によって拘束されたヒロインを「舞踏会の手帖」よろしき幻滅に満ちた流浪の遍歴から救抜しようとする作り手の意思が垣間見える。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    皇妃“シシー”といえば、まだ幼さの残るロミー・シュナイダーが演じた2つのシシー、おてんば娘の絵本の如し「3部作」とヴィスコンティの重厚な「ルートヴィヒ」をまず思い出すが、この新作は全く異なる物語を提出する。40歳迎えてなお身長172cmにウエスト51センチ、体重40キロ台を維持して「美貌が衰えて暗い雲のようになる」ことをおそれる不安と性の寂しさ。惨めに描いているのではない。クリープスは新たな解釈を加えてエリザベート像を解き放った。それだけに助演者の魅力不足が残念。

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MEG ザ・モンスターズ2

公開: 2023年8月25日
  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    米中合作で巨大ザメのパニック映画第2弾。前回と同じジェイソン・ステイサムが主演で今回の共演は中国アクション・スターのウー・ジン。そしてサメも巨大海中生物もパワーアップ。この情報で心躍る人にはたまらないジェットコースター・ムーヴィーだろうが、この情報でげんなりする人にはまさにジェットコースターに悪酔いするような仕上がり。映画鑑賞というより遊園地のアトラクション体験に近い。スピルバーグの出世作「ジョーズ」を口直しに見返したくなった。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    深海から現れた巨大サメと闘うパニックアクション映画なのだから、観客をいかに驚かすかがこの映画の最大の目的であるはずなのに、緊急時に驚くほど緊迫感がない瞬間がある。14歳のメイインの中華風ヘアスタイルが、ずぶ濡れになっても整いすぎているのに興醒め。髪よ、少しは乱れてくれ。少女×最強男のバディムーヴィー的な雰囲気も中途半端な印象。誰が生き残るかは一目瞭然で、決められた結末に向かうだけの出来レースは虚しい。それでもサメはすごく怖いし海底は美しかった。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    夏休みの最後の最後になって、最も夏休み向けの映画が登場。安手のホラー映画みたいな驚かし方にはやや閉口するのだけど、脱出に次ぐ脱出のあと、島に上陸してからはやりたい放題、やけに笑える感じになってバカみたいに面白くなる。どこかで観た感じの展開や細部が連続するのは、お約束をあえて意図的に並べてみせる、風刺的な意図があってのことかもしれない。トム・スターンが見事な画面を作っていた前作とはだいぶ感触が違うのであらかじめご承知を。でもあの犬はまた出てきます。

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君は行く先を知らない

公開: 2023年8月25日
  • 文筆業  奈々村久生

    狭い車内でひたすらはしゃぎ続ける幼い次男。だが同乗する父親も母親も長男もうるさいとは思っていないようだ。異常なほどの騒音が背景音のごとく馴染んでくる頃、この一家が直面している事態とそれぞれの反応から見えてくる、イラン社会の現状。ロングショットを効果的に使い、遠回しの会話や音で匂わせる演出の奥ゆかしさは、抑圧のメタファーでもある。長男が握っていたハンドルを繰って帰る母親の姿は、家族というものから独立した、一人の女性としての出発のようにも見えた。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    笑わせどころは笑えたし俳優もみんな良かったし風景はとにかく綺麗だったけど、なにかもうひとつ……。両親がもっと本当のひどい人間だって設定にしたほうが、長男の動機や次男のキャラが理解しやすくなったんじゃないだろうか。そんなことしたら全然ちがう映画になっちゃうか。僕は「国家と家庭は、同じような毒をもってる」と考えてるんだけど、そんな観念的でのんきなこと言ってられるのは日本が今のところ平和で安全で、僕がこの映画の家族みたいな目には遭っていないからなのだとも思う。

  • 映画評論家  真魚八重子

    本作を鑑賞後、父のジャファル・パナヒの新作「熊は、いない」も観たが、傑作で圧倒的に格が違った。息子のパナーの作品は4人家族が車で旅をする設定だ。どうやら長男を国外に逃がす目的らしいが、理由は語られない。まだ幼い次男は、別れも知らず車内ではしゃいでいる。母が音楽に合わせて踊ることが、女性として戒律に触れる要素もあるようだが、そもそもなぜ長男は国を脱出するのか。もし監督に訴えたいメッセージがあるならば、それが映画製作の初期動機のはずで、曖昧にする意図がわからない。

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ファルコン・レイク

公開: 2023年8月25日
  • 映画監督  清原惟

    その匂いも感じるくらいの風が吹き水面が揺れて、名付けられない関係性がふたりの間に生まれる瞬間を見た。幼さの残る少年少女は言うまでもなくうつくしい。青春映画のまばゆい瞬間は、それが思い出になったときの色褪せや幻滅を想像させるけど、この映画はそうではない。立ち尽くす枯れ木、風に揺れる葉っぱ、移動する陽の光、透ける髪の毛、嵐の夜の寝室、自転車で走り抜ける姿。フィルムという素材の中で自然と人間の営みが溶け合って、一つの音楽のような感触を残していった。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    〈年上の女〉ものというジャンルがあり、思春期の青少年が女性に翻弄され、通過儀礼を経て大人へと成長を遂げるパターンが遵守される。だが、この映画は微妙に違う。13歳の少年と16歳の少女の間に介在するのはイノセントでありたいという志向、淡い欲望の疼きといった相反する感情である。16ミリフィルムでとらえた湖畔の景観は薄暮や明け方ばかりで、いつしか〈死の気配〉が漂い出す。そして虚言の応酬の果てに悲劇が起こる。たぶんこの映画の霊感源はレイ・ブラッドベリの『みずうみ』である。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    宣伝が想像させるよりも遙かに特異な思春期映画。冒頭、ほの暗い湖畔に死体みたいな影が浮かんでいる。夏のホラー的な幕開けだが、間もなく“その影”は泳ぎ出して水辺に波紋を拡げる……「悪魔のいけにえ」風の16mm撮影によるざらついた夏の映像美が、詩的に謎めいて、奇妙に生理的。14歳になる少年が16歳の少女(すばらしく粗野な眉のかたち!)に惹かれるが、思春期とは時に一種の“ホラー”に他ならない。ゆえに監督は水底に足のつかぬような不安定さを敷き詰めているのだ。

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春に散る

公開: 2023年8月25日
  • 文筆家  和泉萌香

    広大な空や川、長く伸びる道、舞い散る桜がゆったりと捉えられ、無常の世でそれぞれの葛藤を抱え生きる人間の営みを描き出す。「ファイト・クラブ」のエンジェル・フェイスがちょっぴり粗暴さを身につけて、スカジャン羽織って再登場、のような生気眩しい横浜流星! 擬似的父と息子、ぶつかり合いながら旅を始める二人のヒーロー。生の実感と「守りたい」の理由に拳は必要なものかという疑問が少々拭いきれず、<男たちの>映画という印象が。敗者となった、その彼の顔にはぐっとくる。

  • フランス文学者  谷昌親

    試合のシーン、とくに世界タイトルマッチのシーンはすばらしい。これまでのボクシング映画を凌駕する激しさと、それゆえの闘う者どうしの交流を感じさせる。映画館に足を運んで観る価値はまちがいなくある。ただ、試合のシーンの密度が濃い分、人間ドラマの部分が見劣りしてしまうのは否めない。もちろん、俳優陣は熱演し、瀬々監督もいつも以上に被写体寄りの構図で撮影しているのだが……。主人公・広岡の姪であり、彼の過去につながる佳菜子をもう少し活かせていたらと思ってしまう。

  • 映画評論家  吉田広明

    肩に載った花びらに始まり、夏秋冬とテロップが出るので、タイトルの春に佐藤が死ぬのだろうと予測はつく。もう後がないと感じる「二」人の主人公の同型性と対称性、考えるボクシングとやられても立ち上がるボクシングの対比など、形式上きれいに構築されているし、老いを演じた佐藤も素晴らしいのだが、しかしそんな形式を突き破る映画的瞬間が現れるのかというとそうでもないのが残念だ。試合のクライマックスでのわざとらしいスローも、今どきこんなのを使うのかとびっくりした。

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海辺の恋人

公開: 2023年8月25日
  • 文筆家  和泉萌香

    最初の一口は美味しいのに飲んでいると途中でぬるくなって金属の味もして甘味料の甘さがべったり口に残ってしまう500ミリリットル缶チューハイの恋。なのにやめられず飲んでしまう。青春の典型的景色とじゃれあい、だけれども大切な思い出と心は未熟でも行えるセックス。自分では「多少のセクハラ」ぐらいに思っているであろう、「昔は良かった」と抜かす男の行為がいくら物語内で成敗されようともあまりに酷く、画面に映っているのが女性だけになるのを待ちながら見てしまった。

  • フランス文学者  谷昌親

    カメラマンをめざす女と売れない大道芸人が出会い、一緒に暮らし、すれ違いから別れ、数年後、ともに自分の道を歩きつつひとときの再会を果たす……。既視感のある物語だが、海辺の風景と前向きなヒロインの姿が心地よい。そのヒロインの姿勢をなぞるかのように映画そのものも軽やかなフットワークで撮られている。それだけに、個展で目玉となる写真が他の展示作品と違いすぎることや海外で修行したはずの大道芸の進歩のなさが気になる。細部こそが映画という嘘を成立させるのだから。

  • 映画評論家  吉田広明

    「ダメ男と、そういう男に惹かれるヒロインというキャラ」以上のものではない。なぜダメ男なのに惹かれるのか、それが掘り下げられないと、別れる辛さも葛藤も分かるまい。その苦闘を描くことこそが、キャラを人物へと変貌させるはずなのに、「十年後」に飛ばして、ご想像にお任せしますは戦闘放棄である。それで十年後すれ違い、お互い成功している姿見て、良かったね、って目配せ。何だそれ。ヒロインが写真家だからか、ラストで過去映像が回想風に流れるのもかなりダサい。

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Gメン(2022)

公開: 2023年8月25日
  • ライター、編集  岡本敦史

    これまた東映の伝統を感じさせるヤンキーバイオレンスコメディの最新形態。若い頃の大泉滉(言っておくがすごいハンサムだった)を思わせる主演の岸優太をはじめ、元気いっぱいの若手キャスト陣と、それをサポートする高良健吾、田中圭、吉岡里帆といった実力ある先輩たちのアンサンブルが楽しい。バラエティ番組感の強いコメディ演出は賛否あるだろうが、スベることを恐れずなんでもかんでも投入する精神にも懐かしさを感じた。カッティングのセンスも鍛えれば、本当にモノになるかも。

  • 映画評論家  北川れい子

    “Gメン”という言葉で、ついアメリカ映画やドラマに登場する特別捜査官を連想してしまったが、ナント、高校の問題児ばかりのクラス“G組”を指すとは。ヤンキーなど人騒がせな連中。そんなG組に転校してきた主人公が、持ち前の屈託のなさで、バラバラだったクラスに愛と友情の打ち上げ花火。普通の生徒たちは青ネクタイなのに、G組は偏見と差別の赤ネクタイ。主人公が言う、俺たち這い上がってやろうぜ、が頼もしい。大マジメな演出と演技が逆に笑いを誘い、吉岡里帆も負けずに怪演。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    ボンクラ高校生がヤンキークラスに転校して恋と喧嘩に明け暮れる王道の作りながら、岸優太がひたむきさと愛嬌を併せ持つ演技で突出。なぜ今まで主演映画が作られなかったのか。急速なズームやパンを挟む編集が多用されすぎていたり、笑いが不発という不満はあれど、この手の作品につきまとうルッキズムと童貞への画一的視点から踏み出し、ある人物がゲイであることを告げる場面の処理も良い。実年齢を意に介さない無茶な配役によって演技層に幅が生まれ、破天荒な設定を成立させる。

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クライムズ・オブ・ザ・フューチャー

公開: 2023年8月18日
  • 映画監督  清原惟

    クローネンバーグの狂気が静かに爆発していた。痛みがエロティシズムであるというのであればわかりやすいが、そうでなく痛みのない世界で身体を傷つけ合うことの快感は、一体どんな感覚なのか。観た後もずっと考えている。奇抜な前提の世界を成り立たせているのは、俳優たちの演技のとてつもない強度だった。一体どんな演出をしたらあんなことになるんだろうか。人類の未来への鋭い示唆によって、生き物であることの絶望と希望を同時に恐ろしいまでに見せつけられた。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    「クラッシュ」の車体同士の衝突による痙攣的な快楽を筆頭にクローネンバーグのメタリックなものへの偏愛は止まるところを知らない。〈人類の進化についての瞑想〉なるお題目を掲げた本作もヴィゴ・モーテンセンの胸部にメスが入り、内臓器が蠢くさまを見つめるレア・セドゥが身悶えし、喘ぐ光景にこそエクスタシーを感じてしまう。手術を性行為そのものと捉え、パフォーミング・アートとして喧伝し、冷え冷えとした官能性を画面に塗りこめてしまう力業に感嘆する。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    肉体と精神、医学とアートのサブカルチュア、アンダーワールドの陰謀世界は老奇才の“旅の集大成”といってよいが、同時に環境問題、産業廃棄物と摂食障害、不明な臓器の成長とその摘出をめぐる、より2020年代的もしくは未来的な“肉体と精神の現実”が練り込まれている。官能と死も欠かせないが、ヴィゴとレアの関係が「老化と介護」のメタファーとして機能している点が最もエロティック。「ザ・フライ」で先取りしたテーマだが、2人の選択に老監督の覚悟と境地を想像してみたくなった。

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ソウルに帰る

公開: 2023年8月11日
  • 映画監督  清原惟

    冒頭、主人公フレディとゲストハウスの女性のささやかなやりとりのカットバックで、すぐにこの映画のリズムに惹き込まれた。生まれた国である韓国を異邦人として旅するフレディと、旅に同行し彼女をサポートするゲストハウスの女性のシスターフッドに着目していたのに、唐突に終わりがきてそこから全然違う映画のようになって戸惑う。しかしそれは突然自分の立つ場所がわからなくなり、直感を頼りにそのときそのときの判断を持って人生に立ち向かう彼女の感覚でもあったのかもしれない。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    国際養子縁組をめぐるドラマは、畢竟、自分はどこに帰属するのかというアイデンティティの探求に帰着する。風貌は典型的な韓国人でありながら韓国語は碌に話せず、中身はフランス人であるフレディは肉親を探す旅に出る。その過程で彼女は否応なく自己同一性の激しい揺らぎに直面し、プライドは打ち破られ深く傷つく。冒頭、彼女が初見で楽譜を見て演奏することの醍醐味を得々と語る場面がある。そんな彼女の地獄めぐりの果てに、バッハの旋律が流れてくるラストには不思議な感銘を覚える。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    カンボジア人の両親とフランスで育った監督は、韓国からフランスに養子に出された知人女性の経験に触発されたという。まずこの前提の個人性が現代的である。映画はフランス育ちの若く自由で大胆な韓国系女性を登場させる。彼女は今、韓国にいる。なぜなら、この国に「生物学的な母親」がいるはずだからだ。異なる言語と文化の翻訳、自己同一性の問題を通して普遍性をもったが、演出は生熟れである。時折、別の映画のイメージ(ソフィア・コッポラ等)を借りてきてしまい、他の誰でもない作品独自の力を弱めてしまうのだ。

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ミンナのウタ(2023)

公開: 2023年8月11日
  • ライター、編集  岡本敦史

    GENERATIONSファンに心霊ホラーの洗礼を受けてもらうという企画自体がまず秀逸。メンバーそれぞれに個性や特性を持たせたキャラ作りも気が利いていて、その他の登場人物や舞台設定は極力シンプルに削ぎ落す作りも効果的(ちなみに怖がり顔は関口メンディーがベスト)。巧みな視線誘導を駆使した清水崇監督の恐怖演出も冴えており、「呪怨」シリーズを思わせる要素や「ザ・ショック」の名場面再現まで盛り込む豊富な手数に、若い世代へのホラー文化の継承意欲も感じられた。

  • 映画評論家  北川れい子

    清水監督の前作「忌怪島」はくたびれ儲けのホラー映画だったが、この作品は脚本に仕掛けがあり、映像にもドキッとする。やはり恐怖は理屈ではなく、得体の知れない不条理さが不可欠なんだと納得したり。そういえばイーストウッドの監督デビュー作は自ら主演したサイコサスペンス「恐怖のメロディ」。あの作品とは設定も感触も違うが、ウタを恐怖の小道具にした展開ということで、つい連想を。実名で登場するGENERATIONSの面々の演技も各々見せ場があり、演出も思い切りがいい。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    GENERATIONSが本人役で出演する古典的なアイドル映画風味に、清水崇のホラー演出技倆が程よく混在することで絶妙の均衡を見せる。映画における恐怖が〈声〉にあることは、「呪怨」のエッジボイスを発案した監督だけに当然熟知しており、かぐや姫解散コンサートの有名な心霊テープをモチーフにとり入れ、カセットテープと録音を効果的に活用。死の瞬間を鮮明な映像で残す自殺配信が増えた今、声によって死を想起させる本作は、想像する余地を残すことで恐怖を増幅させる。

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アウシュヴィッツの生還者

公開: 2023年8月11日
  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    アウシュヴィッツ収容所にて賭けボクシングで勝ち続けることで生き延びたユダヤ人青年が戦後もある目的のためにボクシングを続けた実話という題材は極めて魅力的なのだが、ボクシング映画は名作の宝庫。他のボクシングものと比較すると、本作は肝心のボクシング・シーンの描写が凡庸。ユダヤ人収容所映画もこれまた傑作が多いため、本作の収容所シーンも際立つものがない。悲劇的な実話をいかに映画的にツイストするか、そのクリエイティヴな跳躍が足りない。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    無数の死闘を乗り越えてホロコーストを生き延びたハリー・ハフトの実話を映画化。影、のぞき穴、花火、浴槽……至る所にトリガーが潜み、次々とフラッシュバックする過去があまりに凄惨で言葉を失う。言葉では何も伝えられないと嘆いていた彼が、息子に過去を語るラストに目頭が熱くなった。そこで終わるかと思いきや、移民を受け入れたアメリカへの賛美で締めくくられるのがもどかしい。語り継ぐことの難しさを骨身に染みて感じるからこそ、もう少し親子の対話が聞きたかった。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    強制収容所での主人公の体験は、生き延びた者の罪悪感を強烈に凝縮して表現するための創作のようにすら見えかねないけれど、恐ろしいことにこれは実話なのだ。主人公にボクシングを教えるナチ将校はもちろんのこと、すべての登場人物に厚みがある。非常にシリアスな題材である一方、B・レヴィンソンの演出は、たとえば湖畔の合宿など、何気ないシーンにしみじみとした味わいがあり、彼の80年代の代表作群がそうであったように、いいアメリカ映画を観たなあという気持ちにもさせられる。

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バービー(2023)

公開: 2023年8月11日
  • 文筆業  奈々村久生

    「フランシス・ハ」(12)でガーウィグを観たとき、監督としてハリウッドの第一線に躍り出るとは思いもしなかったが、インディーズシーン出身かつ女性である彼女が、“理想の女性像”を世に刷り込んできたバービーのフォーマットを使って、#MeTooの先にある女性のあり方を提示する試みは、それ自体が変革だ。新しい価値観を語るには説明が不可欠だが、それらを「言語化することで洗脳を解く」というメタ的な演出に重ね、男性の生きづらさにまで言及した手腕はさすがの一言。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    「トイ・ストーリー」じゃなく、この物語のパターンで「トランスフォーマー」や「G.I.ジョー」も撮って欲しい(あ、よく考えたら、それ「レゴ・ムービー」か……)。マーゴット・ロビーって自分の顔や体型がキモいってわかってる人なんだな。ライアン・ゴズリングって、ものすごい芸人なんだな。バービー人形の発売ってパラダイムシフトだったんだな。多様性のことを言えば、すべての女児が人形を好むわけではないとは思うが、まあいいか。理屈で作られた映画だけど、僕は理屈が好きなので気に入りました。

  • 映画評論家  真魚八重子

    フェミニズム問題の最前線にいるマーゴット。本作でのバービーランドも、すべての職業をバービーたちが担っている。しかし人間界からの負の逆流が、完璧なはずのバービーを侵食し始め、解決法を見出すためにバービーは人間界へ向かう。しかし勝手に同伴したケンが、現実の「男らしさ」に憧れを見出し、バービーランドは人間界に汚染されてしまう。中絶反対が起こる世で少女らが赤ん坊人形を叩き壊し、バービーを手にする描写も必然であろう。だが全般に騒々しい演出のみが続くため逆に平坦に感じる。

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リボルバー・リリー

公開: 2023年8月11日
  • ライター、編集  岡本敦史

    企画はいいし、大掛かりな美術とVFXを駆使した大正13年のビジュアル、自然美を捉えたロケーションもいい。だが、行定勲監督の活劇ジャンルへの戸惑いは最後まで払拭できず、文字どおり五里霧中のクライマックスまで「手に汗握らなさ」に全篇貫かれてしまったように思う。台湾帰りの凄腕アサシン美女が少年同伴で帝国陸軍の包囲網を突破する「グロリア」+「ガントレット」な見せ場でも、満身創痍でも息切れひとつせず決め台詞を放つ綾瀬はるかは無敵のサイボーグに見えた。

  • 映画評論家  北川れい子

    ずいぶんと話が強引、乱暴、いや荒唐無稽な設定のアクションサスペンスだが、それでも楽しめるのは、リリー役・綾瀬はるかの素早いガンさばきと、ブルース・リー張り!の、殴る蹴る、投げてぶつかり、倒して取っ組み合い、といったアクションが、しっかりサマになっているからだ。しかも彼女はどこでもリボルバーをぶっぱなし、誰が相手でも、退かない、諦めない。二丁拳銃で敵に立ち向かう場面も。大正時代のファッション、風俗も話の種になる、綾瀬はるか限界超えの娯楽活劇。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    綾瀬、長谷川ら虚構性に耐えうる俳優陣に加え、セットとVFXを織り交ぜて大正を再現した美術の見事さも相まって最後まで飽きさせず。埼玉→東京で進行する無理のない移動距離も良い(やっと玉の井まで連れてきた少年から目を離し、直ぐに拉致されるのは無警戒すぎるが)。アクションをドラマになじませて悪目立ちさせない趣旨は良いとしても、形を演じている感が強く、肉体の痛みは伝わらず。濃霧の銃撃戦も距離感が喪失。映画的なカタルシスよりも、非戦を少年に貫かせたのは見識。

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炎上する君

公開: 2023年8月4日
  • ライター、編集  岡本敦史

    主人公の女性2人が腋毛を見せながら踊り狂う冒頭、韓国の女性活動家団体を追ったドキュメンタリー「バウンダリー:火花フェミ・アクション」を思い出すが、あそこまでのパワーや鋭さは感じられない中篇コメディ。世にはびこる性的蔑視や偏見、抑圧に対する怒りをパフォーマンスとして表明する親友コンビが、高潔な思想とわびしい現実の狭間でもがくドラマには、確かに胸を打つ場面もある。が、悪ふざけのような演出、粗いコント風の芝居づけが、真に迫る瞬間をたびたびフイにする。

  • 映画評論家  北川れい子

    42分、いささか食い足りないのは否めないが、世間の風潮にたいする二人の女性の不満と落とし前のセンスの良さに拍手を送りたい。現実が変えられないなら、現実など無視して自分たちは好きに生きよう。説明を極力排した演出も痛快で、何よりキャスティングが大金星。親友同士役のうらじぬのとファーストサマーウイカの表情と演技と妙ちきりんなダンスは、いつまでも観ていたくなる。足下が燃えている“炎上男”については突っ込みを入れたくなるが、ふくだ監督、この作品の続篇を!

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    たどたどしさを残しつつ、それが独自の魅力だった長篇第1作「おいしい家族」から瞬く間に間然するところがない商業映画の担い手となった監督が、原点回帰を見せる。「極私的エロス」の武田美由紀的な雰囲気を持つ主演の2人はウーマンリブの時代からやって来たかのようだが、高円寺で撮影されたことで時空間を超越した寓話的な世界が生まれ、抑圧された女性たちへの憤りも炎上男も包み込む。予想外のウイカのハマりぶりにも瞠目。中篇だけに問題の提起に留まったが、賽は投げられた。

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カタオモイ

公開: 2023年8月4日
  • 文筆家  和泉萌香

    家出理由の中身だけはマルチバースのごとくの主婦。見始めてすぐ、ここまで大事故大犯罪に巻き込まれることなくやってこれたのが不思議な(知らない人から、ものをもらっちゃいけません!)ふわふわお姉さんキャラに少々びっくりするも、渾身のタックルなどは我慢できずに笑ってしまう。アルコール漬けの判断力、あなたに夢中!ほどの熱さには至らない、勘違いを楽しむ気楽な恋は、誰へでもなく、既に失われたものへの片想いだったりして。彼らの隣をのっぺり流れる川が静かに物語る。

  • フランス文学者  谷昌親

    女性のほうがかなり年上とはいえ、失意の男女がたまたま出会うボーイ・ミーツ・ガールであり、ロマンチック・コメディ的な物語を期待させる。そしてほぼ予想どおりの展開なのだが、終わってみると、いまおかしんじならではのツイストが効いていたと気づくことになる。大向こうを唸らせようとするような映画ではないが、だからこそ、川べりの町という設定をもっと生かすとか、重要な要素となるネギなどの細部にこだわったりすると、それこそ愛すべき小品になったかもしれない。

  • 映画評論家  吉田広明

    ヒロインのブリっ子が最初は鼻につくが慣れるとその臭みがむしろ良い、と思えてくるわけでもなく、それは最後までキツいのだが、男の元カノになりすましてのライン交換で、それぞれが幻想の相手とカタオモイ、男と女のことだから、それがなし崩し的に本物になってゆくだらしなさも、それが年の差なのでちょっとイタい感じも、あれ、この二人ほんとにヤっちゃうのか、とこっちが狼狽えてしまう感じも、決して悪くはなく、しかしすべてが成立するのはあの女優の肉体ゆえだと最後に気づく。

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トランスフォーマー ビースト覚醒

公開: 2023年8月4日
  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    「トランスフォーマー」最新作はスタッフ&キャストを一新。マイケル・ベイ、マーク・ウォールバーグのような高額ギャラの監督&スターがいない分、以前よりもダウンサイジングした印象。話は相変わらずの変形ロボットプロレス状態。VFXは変わらず見事だが、もはや驚きはない。そしてプロレスのような終わり方とプロレス興行のような継続の匂わせ方。いかんせん俳優陣と脚本が弱すぎて、映画というよりロボット玩具の長尺PR映像と捉えたほうがいいのかも。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    変形ロボットにあまり興味を持てず、スルーし続けてきたトランスフォーマーシリーズ。初見でもその変形ぶりに目を奪われたが、ロボットが多すぎて各々の活躍があまり目立たず、誰がどこにいるのか分かりにくい。予定調和の展開に、前時代的な善悪の対立構造。なぞることが正義だとしてもビジュアル以外で新しい何かを感じ取りたかった。ヒロイン・エレーナが怖がりの考古学オタクという魅力的なキャラなのに、深掘りされないので彼女の後日談にいまいち盛り上がれないのも残念。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    このシリーズを観るのが久しぶりすぎて設定をかなり忘れてしまっていたが、「クリード 炎の宿敵」を手掛けたスティーヴン・ケイブル・Jrは、各キャラ(オートボットとビーストも含む)の個性を立てながら、インディ・ジョーンズっぽいくだりまで交えて軽快に話を展開。立体的なアクションのスペクタクルに息をのむ。エンドクレジット除いて2時間足らずで話が終わるのと、人死にがないのがファミリー映画として優秀。この映画を入り口に映画好きになるお子さんがいてもいいなと思う。

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658km、陽子の旅

公開: 2023年7月28日
  • 文筆家  和泉萌香

    ティッシュの代わりに使うトイレットペーパーのリアルさが妙にこびりつく。荒療治みたいなヒッチハイク(自主的に臨んだわけではなく、ある意味捨てられたような、と言っても大間違いではない)はちょっと気の毒に思えてしまうのだが、親切心をもノイズと思っていそうな陽子(菊地凛子)の表情に釘付け。向こう側に見えない他人が溢れかえる、我々も見慣れた小さなパソコンの画面から変わりゆく北への景色は、身の皮を?がすかのように寒々しくも厳かで、孤独な女の背中をそっと押す。

  • フランス文学者  谷昌親

    誰もが楽しめる映画ではないので、「必見」と言うつもりはない。そもそも設定に無理があるという見方もあるだろうし、菊地凛子の熱演にむしろ辟易する観客もいるかもしれない。しかし、もう若くはない引きこもりという、どうにもロード・ムーヴィー向きではない女がヒッチハイクをするはめになり、彼女の移動とともにエピソードがバトンタッチのように受け継がれ、次々と風景が流れていき、彼女のなかから少しずつ言葉が生まれてくる過程を見つめることができるのは、ひとつの至福だ。

  • 映画評論家  吉田広明

    コミュ症の人がいきなり一人で外界に放り出されたらどういう感覚なのか、当人の視点から描かなければ意味がない。彼女にとっての現実の肌触りまで感じさせての映画ではないか。父の幻影程度で彼女の内面を描いた気になっては困る。コミュ症だけどさまざまな人に出会って現実に向き合えてハッピーなんて、コミュ症に寄り添っているようで実は健常者の視点であり、コミュ症なんて所詮逃避、強引に現実に直面させればいい、にいつでもひっくり返りそうだ。その意味ではむしろ酷薄な映画。

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キングダム 運命の炎

公開: 2023年7月28日
  • ライター、編集  岡本敦史

    紀元前中国の春秋戦国時代を日本人キャストで描く違和感、実写になるとより際立つ主人公のヤンキー漫画的メンタリティなどは、今さら言及しても詮ないこと。作る側も観る側も、その壁を乗り越えて作品世界に没入するスキルを要する異貌の超大作であり、そんな間口の広さとニッチな特殊性の融合こそが本作の醍醐味だろう。原作の「紫夏編」「馬陽の戦い」という見せ場を橋渡し的に組んだ異色の構成、それで一本作り切ってしまうところにもドル箱シリーズの勢いが感じられる。

  • 映画評論家  北川れい子

    スペクタクルな戦闘絵巻が見せ場の映画だけに今回もそれなりに期待は裏切らない。特にスリリングだったのは、趙国で虫ケラ扱いされていた若き日の?政を、女闇商人の紫夏が連れ出す西部劇さながらの場面。砂漠の大地を疾走する荷馬車と追っ手たちとの攻防で、紫夏役・杏の冷静なアクションが素晴らしい。前作の終盤で圧倒的な存在感を見せた王騎役・大沢たかおの含み笑いは今回も効果的で、王騎の戦術の見せ方も小気味いい。俳優陣の豪華さも見どころの一つだが、無駄遣いの人も?

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    もはや大沢たかおが最大の目当てと言って良いシリーズだが、今回は怪演にいっそう磨きがかかり、美川憲一と見紛うばかり。吉沢亮の回想で水増しされているものの(荷馬車による脱出シーンは柴夏役の杏もアクションも不調)、小隊を率いる山﨑賢人が大軍の只中にいる敵将をどう討つかというB級戦争映画的な作戦が主軸となるため大味にならず。後方に控える大沢の呵々大笑が映画を締める。なお、同名題のラース・フォン・トリアーの新作が同日公開につき、勘違いの発生を期待させる。

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PLASTIC

公開: 2023年7月21日
  • 文筆家  和泉萌香

    可愛い二人のデートシーンで現れるキリンに「ハチミツとクローバー」をふと思い出す。「恐竜とかってもし目の前にいたらこんなだったのかな」。太古の昔に遙か彼方の宇宙と、巨大なイメージを夢想し、包まれつつも、じんわりと息苦しくなった小さな世界で「幻」を中心にぐるぐる回る若い心。現実ならば続いていく時間を切断し、まだ青春の場でさまようことを許すのは映画の優しさか。「プラスチック」の乾いた響きと、散りばめられたまだ悩み知らずの色彩が、カラッとした余韻を残す。

  • フランス文学者  谷昌親

    ドキュメンタリー的な冒頭に意表を突かれつつも、青春映画なのだとうっかり納得しているうちに、時間が飛び、人物の関係性も変化し、コロナ禍のなかの世相まで描かれる。半世紀前―ザ・ストゥージズが解散したのと同じ1974年―に消息を絶った幻のミュージシャンがからんでいるという設定が効いていて、男女が別々に同じ歌を口ずさむあたりはミュージカル的でもある。ドライヤーや青山真治の映画をさりげなく引用しつつ、静寂を切り裂くエレキギターのように鳴り響く快作。

  • 映画評論家  吉田広明

    時間錯誤の物語。七十年代に解散したバンドの音を、今聞き届けてしまったために出会った高校生二人が、別れ、また出会い直す。冒頭で言及される、宇宙に向けて発せられ、二万年かけて目的地に届く通信もそうだが、メッセージの宛先は不確定だ。誤配も受け取り損ねもメッセージの本質であり、そのことは同じバンドに遅ればせにイかれた同級生が示している。それも含めて何なら群像劇にしてほしかったが望蜀だろうか。コロナ下の廃墟めいた時間の生々しいドキュメントとしても見れた。

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ナチスに仕掛けたチェスゲーム

公開: 2023年7月21日
  • 文筆業  奈々村久生

    政治が個人の内面に与える負の影響を、限られたシチュエイションで最大限に描く。注目すべきは被害者であるところのヨーゼフ自身のパーソナリティだ。上流社会の優雅な生活を謳歌する気配、危機感の欠如、シニカルな性格などが、単なる「被害者」として彼を見ることを拒み、生身の人間の物語であることが際立つ。監視の目を盗んでチェスを習得する描写はいささか具体性を欠くが、全世界がコロナ禍での隔離生活を体験した今、彼の物語は一定の普遍性とリアリティを獲得している。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    ファシズムは、ほんとうに世の中からなくなってほしいよ。主人公は平和な時代には数字を職業にして趣味でことばや物語を愛した。ことばだけがあればいい人だったのかもしれない。しかし拷問でことばと物語を奪われ、偶然みつけたチェスの精神世界に逃げるしかなく、海上で「ここはどこ?」と苦しみつつ、チェスでしか世界とつながることができない男と対戦することに。この異能の世界チャンピオンがナチスの男と同じ顔だったのを、どう解釈したらいいのか……。希望のない話だけど力作。

  • 映画評論家  真魚八重子

    ツヴァイクの小説の映画化で、実話のようなナチス的非人道性に溢れている。主人公は高額を扱う会計士のため、強制収容所ではなく、口座を聞き出すため監禁によって、精神的虐待で錯乱に追い込まれる。主人公役のオリヴァー・マスッチの役作りは凄絶で、当初の自信に満ちた姿と戦後の痛ましい佇まいは同一人物と思えず息を飲む。現在進行形の船旅と、ナチスによる監禁を時間軸が往来し、そこからチェスとの関わりが見える。錯乱した記憶がともに旅をする演出も、悲哀を際立たせる。

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ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE

公開: 2023年7月21日
  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    「M:I」最新作は、世界の命運を握るとするひとつの鍵の争奪戦。しかもその鍵が何なのか誰もよくわからないまま、鍵を巡る追いかけっこを地球規模で繰り広げる。よって物語はほとんどなく場面展開だけがある。でもトム・クルーズはそれでいいと覚悟しているハズ。これは映画から活劇への原点回帰であり、バスター・キートンに最も近い役者はクルーズなのだ。クルーズ同様に観客もアクションのオーバードーズ(過剰摂取)状態になる。この馬鹿馬鹿しいまでの活劇精神を讃えたい。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    トム・クルーズが命懸けで崖からジャンプする。我が身を挺して限界を超える。その姿を拝むだけで胸アツ。これは映画史の伝説になるだろう。あらゆるアクションを最もクールなやり方で最も刺激的な見せ方で魅せている。カーチェイスといい暴走列車といい息を呑むシーンの連続。ふっと笑える瞬間も随所にあり、3時間弱があっという間に過ぎた。その上女性キャラも全員猛烈にかっこいい。特にグレースの、敵味方どちらに転ぶか分からない危うさに痺れる。 正真正銘の超大作に狂喜!

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    ローマ市街を車で逃げまわるシークエンスだけで料金の元が取れそうな面白さ。なのにこんなものでは済まないお楽しみがまだまだ待ち受けているのだった。誰も信用せずに生きてきたグレースが、ついに人を信じるに至るというサブプロットにもグッとくる。PART ONEだけでもカタルシスが得られる作りなのも優秀。ところで「運命のダイヤル」も「ビースト覚醒」もこれも、全部同じ話だと気づいて愕然としたのだが、こういう物語を同時多発的に構想させる何かが、現代にはあるということかしら?

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DASHCAM ダッシュカム

公開: 2023年7月14日
  • 文筆業  奈々村久生

    およそヒロインらしからぬ、救いようのない迷惑極まるクソ女。うるさくて下品で野蛮で俗物でエゴ?き出し。ヒールの美学などもってのほか。徹底した下衆ぶりはむしろ清々しく、演じるアニー・ハーディの芝居心に驚嘆するやら呆れるやら。それは誰もが少なからず持つ野卑な側面の究極系でもある。奇想天外で荒唐無稽な展開も、破壊的なまでに臨場感を突きつめたカメラワークと、下ネタからスプラッタまで体液祭りの質量で、ツッコむ隙を与えない。白石晃士監督が嫉妬しそうな一本。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    人を食べたり殺しまくったりしながら追ってくるものから主人公の女が逃げたり反撃したりする映画の最近の奴や定点カメラや主観映像の怖い映画を僕は観ていなくて(定点カメラや主観映像のエロ動画は好きです)この映画がそういうのの定番をどのくらい引用してるのかがわからんし英語のラップもわからんのだけど配信のコメントがツッコミになってるので退屈しなかった。それとひどい話なのにイヤな気分にならなかったのはなんでだろう。意外とセンスいい映画だったのかな。楽しかった。

  • 映画評論家  真魚八重子

    動体視力の限界に挑戦するPOV。迷惑系の配信をしているアニーは、反リベラルと書かれた帽子やシャツ姿で、確実に人が不快になる言動をする。ラップは器用だがゾッとするほど全篇にわたって下品だ。アニー本人もミュージシャンで、映画とのキャラの境目がわからず、あまりにしたたかで悪びれない態度は少し好感が持ててしまう。ただし印象的な前フリの回収や、不気味な現象や演出の意図の説明がないため、映画として消化不良。汚物恐怖症にはきつい作品だが、エンドロールのスタッフ愛は感心した。

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ランガスタラム

公開: 2023年7月14日
  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    「RRR」のラーム・チャラン主演。インドの封建的村社会での民衆一揆を題材としたインド版「レ・ミゼラブル」。典型的インド映画で、大衆演劇的喜怒哀楽が激しい演出に加え、主人公が難聴のため会話がよく聞こえない設定ゆえ、周囲がやたらと大声かつ身振り手振りで説明する、過剰なまでのわかりやすいヴィジュアル・ランゲージで満たされる。インド十八番の高速ダンスは随所に展開されるが、話のシリアスさとの乖離が甚だしい。大仰な演出、わめく出演者たちと唐突なダンスで、観客が文化的難聴になりそう。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    村の搾取風景や一目惚れの曲、大仰なジェスチャーなど既視感満載で前半は若干食傷気味だったが、中盤から社会派の側面が強まり、目が離せなくなる。難聴という設定が主人公の滑稽さと陽気さを際立たせつつ、それによる誤解や聞き漏らしが鍵となり、物語をスリリングにしている。煮えたぎった情念を歌と踊りで昇華させていく様はインド映画ならではで爽快。音楽もアクションもロケーションもとにかくダイナミックだが、いかんせん尺が長すぎる。てんこ盛りすぎると味がぼやけてしまう。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    いまどきここまで明確な善悪の対立が見られるのはインド映画だけかもしれない。それにしても殺しすぎではないかと思う一方、主人公一家はカースト下位という設定であり、このあたりのニュアンスを肌でわかっていないと、プロットに表れる対立や葛藤をほんとうの意味で理解するのは難しいのかも。ときに大胆に動き回るカメラが映画を活気づける。そして「RRR」でその上手さが周知となったラーム・チャランのダンスには、やはり圧倒的な華があり、いつまでも見ていたい気持ちになる。

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君たちはどう生きるか

公開: 2023年7月14日
  • ライター、編集  岡本敦史

    自分がこんな人生を歩んできたのは、子どもの頃にこんな夢を見たせいかもしれない……という宮﨑駿監督の「約束の夢」を眺めているかのような不思議な映画体験。非常に面白く観たが、それは「おこぼれ」のようなものだ。題名どおり、これは子どもたちに向けた最後のメッセージであって、大人のことなど眼中にないと思う。夢、または異世界の情景が大部分を占める映画のなかで、最も重い現実……病院火災の場面をとてつもない超現実的映像美で描く演出と作画にも圧倒された。

  • 映画評論家  北川れい子

    隅々まで描き込まれたカラフル画面に、擬人化されたいきものたち。戦時下、母を亡くした少年が疎開先で体験する謎めいた冒険は、まさに宮﨑アニメの真骨頂。が、都会っ子の少年が地元の学校に通わなくなる理由や、軍事産業に関わっている父親のエピソードが気になってどうしてもファンタジーに没入できない。勤労奉仕に駆り出される地元の子どもたちや、出征兵を見送る人々の軽い扱い。戦時下をただの背景にしての異世界での冒険が、都会っ子の特権的な逃避のような印象もする。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    宮﨑作品で初めて老いを感じる。母の実家へ疎開し、広大な屋敷で不可思議な体験をする前半は細部の充実ぶりに瞠目するが、異世界へ向かうことは早々に察しがつくものの停滞。行き当たりばったりな構成は、近作では珍しくないものの本作は極まった感。異世界に入ってからは総集篇の趣で、自己模倣が繰り返される。終盤では東映動画時代へと回帰したかのように、「長靴をはいた猫」「どうぶつ宝島」を想起させ、自分の興味関心の趣くままに好き放題に作るための自主制作かとも思う。

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サントメール ある被告

公開: 2023年7月14日
  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    仏セネガル移民女性が高齢の白人男性との間に生まれた生後15カ月の子供の殺人罪に問われた裁判の法廷劇という、これぞ今のポリティカル・コレクトネスを代表する映画。台詞も実際の法廷記録から取られているというリアリズム。予想どおり映画は終始淡々かつ重苦しく進む。ドキュメンタリーなら娯楽性の欠如は良しとするが、劇映画に映像と音のマジックを求める者としてこれは辛い。村上春樹の言葉を本作に送りたい。「深刻になることは必ずしも真実に近づくことではない」

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    子殺しの犯人であるロランスと、その事件をモチーフに本の執筆を企てているラマ。妊娠中であるラマはロランスと自分を重ね合わせながら、母子のつながり、矛盾に満ちた母性に向き合う。「恥辱を受けた女性が言葉の力でヒロインとなる」この冒頭の言葉がラストで見事に昇華される。それを女性の連帯という流行りの言葉で片付けたくない。監督は抑制の効いた冷静なまなざしで、普遍的な問題を導き出そうとしている。終始厳しい横顔を見せるロランスの一瞬の微笑みが胸に深く刻まれる。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    「Pearl パール」とは真逆で、いくら台詞が積み上げられても真相を知る助けにはまったくならない。だが何という重層的な物語。法廷シーンはもちろん視線劇だが、通常なら切り返しショットが来るはずの、あるいはショットが切り替えられるはずのタイミングが、ことごとく外されていく。常にわずかに遅れるカットつなぎが、先を急がずとどまって思考を続けるよう促しているかのようだ。そしてそれは同時に、われわれが無意識に依拠している定型の解体、既存の思考枠組みの問い直しでもある。

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Pearl パール

公開: 2023年7月7日
  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    シネフィルの心をくすぐったホラー「X エックス」の前日譚。前作が「悪魔のいけにえ」へのオマージュであるなら、これは「オズの魔法使」へのホラーなオマージュ。ミュージカルの要素や往年のテクニカラー映画の極彩色を用いて、キュートなホラーに仕上げている。ウェス・アンダーソン的ホラーと言ってもいいか。そのひねったコンセプトは評価したいのだが、いかんせん全然怖くなくドキドキしない。シネフィル系映画監督が陥りがちな、頭デッカチで活劇的昂揚感のないジャンル映画。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    ハリウッド黄金期を彷彿させるオープニングに期待が高まる。映画スターを夢見るパールが、スクリーンではなく農場で暴れる殺人鬼としてスポットライトを浴びる構造はパールの夢を暗に叶えていて皮肉が効いている。主人公の異常さを肯定するかのようなメロドラマ調の音楽はそのミスマッチ加減が笑いを誘うが、全体的にあざとさが目に付く。話自体凡庸だしキャラクターも記号的。ミア・ゴスの凄まじいエネルギーが映画を牽引している。ラストの笑顔の狂気たるや。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    古典映画風のタイトルデザインに、過剰にゴージャスな音楽がかぶさるオープニングからしてもう、ねらいがはまりすぎて笑ってしまう。象徴的な構図もよく考えられていて、ミュージカル風シーンの撮り方も、すごく「わかってる人」が作った感じ。全部毒母のせいという話かと思っていたら、母がぶち切れるシーンに至って突然母にシンパシーがわき、かつ、娘は母の反復だったとわかるのだった。ミア・ゴスの長台詞も圧巻。これらを台詞以外で表現する工夫があってもよかったかもだけれど。

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交換ウソ日記

公開: 2023年7月7日
  • ライター、編集  岡本敦史

    多少無理のある設定ほど青春ラブコメは盛り上がるものだが、この作品はだいぶ語りの難易度が高い。イケメン男子の人違いにそのまま乗っかり、他人のふりをして交換日記を続けてしまう自己肯定感の低いヒロインには、危なっかしさを通り越して狂気すら感じる。ひょっとして「ニーナの情事」的なツイストが?と思うと、あながち間違っておらず、きちんと面白くなるところがエライ。アニメ版『チェンソーマン』のファンとしては“あの曲”がこんな大々的に使われるのも想定外だった(しかも2回も!)。

  • 映画評論家  北川れい子

    逆・R指定、つまり18歳以上の人が観るには18歳未満の女子同伴に限る、なんて。むろん冗談だが、この作品のチラシには、全女子共感の青春小説の映画化とあり、実際、移動教室の机に残されていた宛先不明のメモふうのラブレターをめぐる思い込みは、演出はかなり丁寧だが大人が付き合うには忍耐を要する。しかもメモを残したのは学校イチの人気男子で、手にしたのは放送部員なのに口下手という女子。ただネットとスマホの時代にあえて交換日記を使うのはほほえましく、ま、いいか。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    交換日記が世間を騒がした時期に観てしまったのは兎も角、手紙から日記、なりすましと、映画らしさに満ちた設定が活用される。放送室を充実した空間へと作り上げ、自宅で親を出すような愚を犯すことなく、世界観を崩さない(遊園地のWデートは嘘が露見しかねない最大の危機のはずがサスペンス皆無なのは不満だが)。満男の娘役で記憶されることになった桜田ひよりは、松竹撮影所制作の本作でも翳りと光を併せ持つ演技を見せ、松竹女優王国の復興には彼女の存在が不可欠と思わせる。

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1秒先の彼

公開: 2023年7月7日
  • 文筆家  和泉萌香

    早く振り向いて! 清原果耶がまっすぐこちらを向いたときから、映画はまったく別の貌をして輝き始めるよう。「蚊を殺す」なんていうアクションで、時の流れが変わる予感が甘美によぎるのはきっと彼女だから。生の時間と死の時間を自在に操る映画という場所を独り占めしてゆったりと逍遙するシーンが白眉。それにしても焦がれ、待ち続けた恋人は、人形のようにいつも眠っていたほうがよいものか。<案内人>と<放浪者>を体現する、荒川良々と加藤雅也も安心の存在感、チャーミングで素敵!

  • フランス文学者  谷昌親

    オリジナル版とは男女を入れ替え、「1秒先の彼女」でなく、「1秒先の彼」にしたことで、岡田将生のとぼけた味わいがうまく活かされているし、舞台が京都というのも魅力的だ。そのため、映画の前半はきわめて快調なのだが、後半の謎解きのパートになると失速してしまう。そもそも、動きが止まるというのは、アクションを描くことで成り立つはずの映画という表現形式には向いていないわけで、オリジナル版から受け継いだ設定ゆえに生じた難題は、残念ながら解決されないままだ。

  • 映画評論家  吉田広明

    普通に一本の映画として見て幸福な気分になれる娯楽作だが、原作からの変更の工夫を見比べるとより味わい深い最上のリメイク。男女逆転で原作にあった微妙な弱点をクリア。さらに主演二人(子役も)がこれ以上ない適役。なぜあれが起きたのかの説明も、京都を舞台にしたことと相まって絶妙。原作自体そうなのだが羅生門形式、その使い方が卑怯極まりない「怪物」は本作を見て慙愧するだろう。この二作、公開が一カ月しか違わないのはただの偶然だが、偶然という名の歴史の残酷を感じる。

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インディ・ジョーンズと運命のダイヤル

公開: 2023年6月30日
  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    考古学者インディ・ジョーンズが再び世界を駆け巡る新作は、娯楽映画とはタイムマシーンでありアームチェア・トラベリングであることを改めて思い起こさせてくれる。しかし新作はハリウッドが抱える今日的問題―キャスト&スタッフの高齢化とVFX過剰―も濃密に露呈しており、初期インディのような身体を張ったアクションのスリルは減少したが、それでもこの大作感と完成度は桁違い。賛否割れるだろうが、「歳をとったインディ・ジョーンズ」を味にした脚本と演出を評価したい。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    出だしからノンストップアトラクションに乗った気分。息もつかせぬ展開で、インディファンを喜ばせようとするサービス精神が炸裂。スピルバーグの精神を引き継いだマンゴールドの気合を存分に感じるが、ストーリーが上滑りしていく印象も。とはいえ、ナチスの軍服を着てニヤつくフォラーは敵役なのに妙にキュートで笑えるし、惚けたインディにパンチを食らわすヘレナは清々しい。歴史は変えられなくても、映画で時を超えられるということをフォードの若返りCG込みで証明してくれる。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    シリーズのおそらく最終作になって、初めて日本語題名に「と(and)」が訳出されたのはなぜかと思うがそれはさておき、こってりのチェイス・シーンがせわしないほど連続。冒頭シークエンス、不気味の谷におちいることなくH・フォードを自然に若返らせたCG技術に感心。でもシラクサのシーンのCGはあれでいいのだろうか。重要そうなキャラクターが次々あっさり死んじゃうのにもびっくり。とはいえマンゴールドの「LOGAN/ローガン」に連なるテーマには、それなりしんみり胸を打たれる。

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スケジュールSCHEDULE

映画公開スケジュール

2023年9月28日 公開予定

IU CONCERT THE GOLDEN HOUR

韓国のシンガーソングライター・IUが、2022年9月にソウルのオリンピックメインスタジアム行った2日間のコンサート『IU CONCERT: The Golden Hour』を、特別劇場版として公開。IUの歌唱パフォーマンスを楽しめるほか、熱気球、花火、ドローン・ショーなど、魅惑的なステージ演出がフィーチャーされた、圧巻のコンサート映像を体感できる。
2023年9月29日 公開予定

アイドルマスター ミリオンライブ!第3幕

バンダイナムコエンターテインメントのソーシャルゲームを原作とするTVアニメ『アイドルマスター ミリオンライブ!』全12話を、2023年10月の放送開始に先駆けて劇場公開する3部作の第3幕。自分の夢がまだわからない中学2年生の春日未来は、765PRO ALLSTARSのライブチケットを偶然もらい、会場で最上静香と出会う。声の出演は、TVアニメ『同居人はひざ、時々、頭のうえ。』の山崎はるか、「アイカツ!」シリーズの田所あずさ、「劇場版IDOL舞SHOW」のMachico。監督は、「フラ・フラダンス」の綿田慎也。

帰天図

「ホワイト・バッジ」で1993年第29回百想芸術大賞男子演技賞を獲得した俳優イ・ギョンヨンが監督デビューを果たしたファンタジーアクション。李氏朝鮮第22代国王・正祖は清淵との間に生まれる子が剣客に狙われると知り、王家の秘術で時間の扉を開き、護衛をつけ清淵を逃がす。イ・ギョンヨンも出演するほか、1996年に青龍映画賞人気スター賞を受賞した歌手・俳優のキム・ミンジョン、「アウトライブ」のチャン・ドンジクらが共演。特集『韓流映画祭2023』にて上映。

TV放映スケジュール(映画)

2023年9月27日放送
13:00〜14:53 NHK BSプレミアム

最強のふたり

13:40〜15:40 テレビ東京

スピード(1994)

2023年9月28日放送
13:00〜14:44 NHK BSプレミアム

カサブランカ

13:00〜15:40 テレビ東京

武士の献立

19:00〜20:30 BS12 トゥエルビ

日本統一19

2023年9月29日放送
13:00〜15:31 NHK BSプレミアム

白い巨塔(1966)