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専門家レビューREVIEW

わたしの物語

公開: 2024年6月22日
  • 文筆業  奈々村久生

    差別や偏見が生まれる一因として「見慣れていない」ことは強く作用する。監督かつ被写体であるエラの下半身が短い容姿は多くの人にとって「きわめて稀」だと思われるが、約1時間半の上映中にエラの姿に触れ続けるだけでも認識は劇的に変わる。要は「慣れる」。四肢延長と再建手術の権威である医師との対面はハイライトで、誰かを否定したとて自分を肯定できるわけではない複雑さをエラの表情が物語る。エラの夫の視点がないことは、彼女たちの関係にとって障がいが絶対的ではない証だろうか。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    エラ監督は美人だ(とジャッジしてるんだからこの短評はルッキズムという差別である)が映画ではそこは言及されない。若い美女でありつつ障がい者でもあることはそれはそれで大変だろう。ところでメガネをかけなければ外出できない我々は障がい者だが、メガネやコンタクトという補助具が普及しまくったから生きることができてる。治療したほうが幸せだという医療モデルと、矯正するのではなく当人の自己受容の尊厳を大切にするべきとの考えの、人生を賭けた対立が凄い。いい映画でした。

  • 映画評論家  真魚八重子

    生まれつき、両足に障がいがあるエラ・グレンディニング監督。特徴的な障がいの中でも、片足だけの症状が多く、両足という例は他に会ったことがないという。障がいが世界でも自分だけというのはなんと不安なことか。その合間に映るエラの私生活は、恋人と生活をエンジョイする積極性が印象深い。手術による治療も進んでいるが、幼児期から何度も手術をし、部分的な切断なども余儀なくされる。自身で判断がつかぬ年齢からの治療や、健常者と同じが良いことなのかを問いかける映画だ。

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アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家

公開: 2024年6月21日
  • 映画監督  清原惟

    アンゼルム・キーファーの作品を紹介するためにヴェンダースがとった手法は、言葉を削ぎ落として、高精細で抽象的なイメージを使うということ。少年時代のシーンなどはノスタルジーを感じてしまわなくもないが、同世代の作家として世界観に共鳴して撮っているのも窺える。制作風景の場面では、80歳近い作家自身が熱々の液体を絵にぶちまけていてスリリングで良かった。ヨーロッパの負の歴史に向き合う作家が、現代社会とどのように向き合っているのか、もっと知りたい気持ちが芽生えた。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    ヴェンダースは敗戦の前後に生まれ、同時代としての戦後を生きたアンゼルム・キーファーの膨大な作品を俯瞰する際、注釈としてハイデガーとパウル・ツェランを引用する。ナチズムの〈凡庸な悪〉を告発したハンナ・アーレントの愛人・師でありナチスに加担した大哲学者と虐殺から生き残ったユダヤ詩人の対比が印象に残る。とりわけツェランの肉声による詩の朗読が延々と流れる件が忘れがたい。ホロコーストの呪縛を抱えた母国へのアンビヴァレントな想念が本作の純粋心棒といえよう。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    ドイツの芸術家アンゼルム・キーファーのドキュメンタリー。冒頭にドレスの彫刻群が現れる。頭がなく、代わりに本や石が乗せられ、ガラスの破片が刺さったものもある。女性の声——「私たちは名もなく忘れられし者。でも私たちは忘れない」——空間を時間が浮遊している。ドイツ降伏の1945年に生まれたアンゼルムは、自国の過去と対峙し、その忘却に抗う壮大な絵画と彫刻を連作。同年生まれのヴェンダースは「ベルリン」を撮った。3Dを2Dで観た。が、それでもここには紛れもない“映画の感動”があった。

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ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ

公開: 2024年6月21日
  • 映画監督  清原惟

    人間は自分以外の誰かのために自分の人生をつかうことができる。そのことを信じさせてくれる素晴らしい作品だった。初めは気軽な学園コメディだと思い観ていたが、少年が一人取り残されるあたりから、クリスマスの神聖な空気も相まって映画全体が神秘的な空気で包まれた。出てくる人たちは、別にみんな善人というわけでもない。それでも、たとえ人生の中の一瞬の出来事であっても、人間と人間の儚く強い結びつきが存在できたことに心震える。クリスマス映画の定番になってほしい!

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    1970年という映画の時代背景はアメリカン・ニューシネマの全盛期にあたるが、既成のヒットポップスを一見、無造作に垂れ流すような手法はまるで「卒業」のようである(映画館でD・ホフマンの「小さな巨人」を見るシーンあり)。無論下敷きになっているのはハル・アシュビーの「さらば冬のかもめ」だろう。互いに反撥しあう師弟関係が繊細な感情教育によって変容を遂げてゆく。こんな深い味わいをもったロードムービーは本当に久しぶりだ。ポール・ジアマッティの新たな代表作である。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    アレクサンダー・ペインは今もロードムービー作家であり続けていて、世がどうであろうとも人間主義を手放さない。名優ポール・ジアマッティも同様だ。例えば同じペインとの「サイドウェイ」、あるいはクローネンバーグの「コズモポリス」終盤で映画全体をさらったあの人間臭さ。1970年のクリスマスが舞台の教師と生徒の物語。冬の映画であり、70年代のハル・アシュビー好きは気に入るのではないか。我が道をゆくアメリカ監督による小さな宝石。ぼくならオスカーはジアマッティに投票しただろう。

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HOW TO BLOW UP

公開: 2024年6月14日
  • 文筆業  奈々村久生

    過激な環境テロで加害企業に一矢を報いようとする者たち。緊迫感を煽るように延々と流れ続ける音楽がかえって集中力を疲弊させる。メンバーの動機は全員の個人的な怒りや悲しみに基づき、社会活動と言うには甘く、組織的な犯行としての周到さにも欠け、未熟な寄せ集め集団の幼稚な犯罪劇になっているのが悲哀を誘う。犯人が何らかの被害者である場合、首謀者が英雄になってしまうと本質がロマンチシズムにすり替わってしまうため、リーダーのドヤ顔が散らつくラストは極めて後味がよくない。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    スーパー戦隊み、と言って不謹慎なら「七人の侍」みがあった。脚本に凝りすぎずバババッと書いちゃって撮った感じも、低予算だから撮りかたをいろいろ工夫してるのも、終わりかたも、めちゃめちゃ良い。こんな話をこんな面白い映画にされては国家権力や大企業は困っちゃうねえ。こっちとしてはアジア人を一人入れといてくれると(金持ち坊ちゃんを中国か韓国か台湾か日本からの留学生にするとか?)さらにもっと楽しめたかもと思ったけど、そこまでやらんでもいいか。とにかく面白かった!

  • 映画評論家  真魚八重子

    破片のような個々の人々が、ある時点で集合し力が結実して何かが起こる。それがテロリズムであることが、この計画に携わる者たちと、石油会社による環境汚染の関係性で明らかになっていく。計画はスマートで、若者たちは危険だが練りに練った計画が展開する。不毛に終わらず、過激すぎない目的を掲げた正義感に基づくテロリズム。こういったテロを描いた映画が少ないと気づかされ、個々の若者たちの役割分担が鮮やかな脚本に唸る。率先した自己犠牲など身を切る思いに揺さぶられた。

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蛇の道(2024)

公開: 2024年6月14日
  • 映画監督  清原惟

    1998年の原作映画は男性同士の二人組だったが、今回は男と女に設定が変わっていたのが、印象を大きく変えていた。前作を観たのがかなり前なのでぼんやりとした記憶だが、残酷でありながらもその過剰さに少し笑いを覚えた気がする。しかし、今作は笑いが微塵もないシリアスな映画になっていた。人を拷問するシーンがフィクションに見えず、世界で今も起きている現実として見えてしまう自分の受け取り方の変化かもしれないが……。柴咲コウの本心が分からない魅惑的な声に惹きこまれた。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    「勝手にしやがれ」シリーズを連打していた頃に見た「蛇の道」はその酷たらしいまでの暗さに驚いたが、いっぽうで、スラップスティックすれすれのガンアクションには黒沢清の真骨頂が窺えた。リメイク版もパリの市街を柴咲コウが律儀に自転車で移動する場面や廃屋のような寂れた工場での拷問シーンまでもが前作同様の低予算感覚に貫かれ妙に感心してしまった。ただし住宅街を車で周回するだけで〈不気味なもの〉を醸成させた不可知論的な恐怖をめぐっては前作に軍配が上がるのではないか。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    セルフリメイクといえば、ヒッチコックや市川崑らを例に出すまでもないが、黒沢清も挑戦した。しかも最も過激だった頃の異色作を、それもフランスで。哀川翔が演じた役を柴咲コウが演じたことによって“復讐の冷酷さ”に新しいニュアンスが加わっている。が、それ以前に驚いたのは、画面構成がオリジナルからあまり変わらないことで、しかも緊張感と恐怖感が減退していたこと。そして何よりも残念なのは、マチュー・アマルリックを含むフランスの俳優が揃って精彩を欠いており、退屈な存在に思えたことだ。

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オールド・フォックス 11 歳の選択

公開: 2024年6月14日
  • 俳優  小川あん

    数多くの傑作が生まれている台湾。独特の風習と生活が撮影に大きな影響をもたらすはずが……本作にはその魅力が感じられない。生と死、男と女、経済格差などの要素を扱っているが、表面から掘り下げられていない。その上、俳優の芝居もポーズになってしまっていて伝わらない。長い時間をかけてゆっくりと抉っていく人間の性を見たかった。少年の将来像がチープな演出になっていたのもがっかり。チェン・クンホウ「少年」を想う。侯孝賢は脚本に言及しなかったのかしら?

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    ファーストショットのあまりの見事さにいきなり度肝を抜かれ、美しい画面のテキパキした連鎖にドキドキし、帰宅したリウ・グァンティンがサックスで〈恋に落ちた時〉をしっとりと演奏しはじめるに至ってはもう身もだえしそうにたまらない。この導入部分で興奮しすぎたせいか、いまいち加速していかないかのように感じてしまったけれど、その後も充実した画面が頻出、ノスタルジックなスコアも素晴らしい。ある種のふてぶてしさをたたえた子役俳優の演技を含め、全方面において立派な仕事の映画。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    バブル期の台北の少年の成長を描くドラマ。レストランで働きながらお金を貯めて理髪店を開こうとする父を尊敬する純朴な少年が、バブル崩壊の中で「腹黒いキツネ(オールド・フォックス)」と呼ばれる地主のタフな人生哲学に惹かれていく。清貧潔白な父を支えるか、強烈な拝金主義に身を委ねるか。少年の成長譚として普遍のテーマを台湾ならではのウォームな質感で包み、丁寧なリアリズムで描く。共感する物語だが映像的面白みに欠けるのが惜しい。

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ディア・ファミリー

公開: 2024年6月14日
  • ライター、編集  岡本敦史

    「実話ベースのお涙頂戴もの」というイメージで甘く見てはいけない良作。日本人好みの『下町ロケット』的な熱血技術開発秘話と、常に哀歓を湛えた家族の年代記が並行して描かれる物語は、現実の悲劇に対して不謹慎な物言いだが、秀逸な構造である。それに対してオーソドックスに徹する演出の賢明さも好ましい。ただ、IABPバルーンカテーテルという名称を劇中であれだけ連呼するなら、もっと専門的ディテールを見せてもよかった。観客の知識欲も満たすことが作品の厚みになるのだから。

  • 映画評論家  北川れい子

    かつてのNHKの看板ドキュメンタリー『プロジェクトX 挑戦者たち』が、『新プロジェクトX〜』としてこの4月から復活したが、本作はさしずめ“プロジェクトX“の個人版。町工場の経営者が、心臓に疾患のある娘のために、自ら時間と資金を注ぎこんで医療器具の開発に挑み、やがて多くの命を救う器具を完成するまで。むろんその過程で大学の研究者や専門家なども関わり、具体的な器具がいくつも作られる。主人公の飽くなき探究心と家族愛には頭が下がるが、大泉洋の見え見えの熱演が煩くも。ごめん。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    冒頭でカテーテル開発をめぐる映画であることが明かされるので、人工心臓の開発に四苦八苦する前半に、いつカテーテル開発に切り替わるのかとやきもき。しかし、大泉の軽やかさが猪突猛進型のキャラを暑苦しくさせない。川栄、福本ら姉妹の関係性もさり気なく描かれ、押しつけがましい感動映画にならないよう慎重に計算されている。菅野美穂の吐息芝居が妙に引っかかった点を除けば流石は月川翔。70年代から現代へと時代性を程よく表出させた見せ方も大味にならず好感。

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風の奏の君へ

公開: 2024年6月7日
  • 文筆家  和泉萌香

    異性の浴場に向かって声かけし騒ぐノリなど、高校生にも失礼では? 100歩ゆずって男同士「素直になれよ」系の大喧嘩も、「お姉さんがいうこと聞いてあげる」的台詞も、コミカルな学園ものなら微笑ましいが、こちらは“余命もの”だし、大の大人たちばかりでくすぐったいどころではない。原作は部活を引退したばかりの「空っぽ」な受験生が主人公とのことで、年上の女性への憧ればかりでなく、その喪失感や焦燥にもう少し重点を傾ければ、青春映画の味わいがあったかもしれないが……。

  • フランス文学者  谷昌親

    冒頭の橋の上の出会いとそこで吹く風が魅力的に感じられないのがまずは致命的だが、その後の展開においても画面には力が感じられず、物語も陳腐なエピソードの羅列にとどまっている。主人公と高校時代の友人たちとの関係をもっと描けば、少しは違ったかもしれないが、それ以前にキャスティングに違和感があり、演出にも冴えがない。同じように女性ピアニストが主人公だった昨年のテレビドラマは、大谷監督らしいセンスを感じさせる出来になっていただけに、残念としか言いようがない。

  • 映画評論家  吉田広明

    地元を振興したいという善意があればどんな映画であっても良いわけではなかろう。映画としてユルユルであれば、むしろその善意は見る者の反感さえ招く。地場産業に関わる兄弟、元カレであるその兄の方を訪ねて訪れたピアニストが死病を得ていたというメロドラマ。物語の通俗性は措き、その通俗性をただの一瞬すらも超え出ることのない演技、ピアニストが書く楽譜に一枚一枚彼女の「想い」が記される説明臭さ、彼女の演奏にフラッシュバックされる過去演出の凡庸にほとほと閉口する。

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チャレンジャーズ

公開: 2024年6月7日
  • 俳優  小川あん

    前作「ボーンズ アンド オール」に続き、主演俳優がプロデューサーも兼任する製作スタイル。なにかと注目・期待されているルカ・グァダニーノ、主演はゼンデイヤ。いろんな意味で絶対的に面白くないわけではないんだけど、問題は捻くれた視点で作品を見てしまうこと。汗が滴るスローモーション。両脇に男を抱え、もみくちゃになるタシ。会場が吹っ飛ぶほど激しすぎる台風。決闘を睨むタシ。そう、少しスクリーンから距離をとりたくなるほど圧が強い。ゼンデイヤが歩くと、嵐すらも避けそうだ。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    同じ女を二人の男が同時に愛する映画といえば、男たちこそが愛し合っているように見えることが多いのだが、その最もあからさまな例かも。対戦する二人はやがて完璧な相互理解へと至る。では女の立場はと言いたくなるけれど、この映画のゼンデイヤはこれぞ本領発揮で最高で、コートの中のゲームも外のゲームも彼女が支配しているのだった。テニスボールの主観ショットまで登場する、技巧満載のクライマックスの愉快さ。映画が進むにつれどんどんなじむ、レズナー&ロスのテクノ風電子音楽もよき。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    ルカ・グァダニーノ監督作で今や時代のファッション・アイコンであるゼンデイヤ主演。3人の男女のテニス選手の十数年にわたる複雑な三角関係を描く。物語はノンリニアな時間の流れをモザイク状に組み合わせ、最後の男二人のテニス対決という山場を迎える。ハイスピードカメラを含むカメラワークが秀逸で凝った編集も加わり映像力としては傑出した出来。グァダニーノ映画としては面白すぎる仕上がりだが、グァダニーノ映画にエンタメ以上のものを求める者には物足りない。

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罪深き少年たち

公開: 2024年6月7日
  • 映画監督  清原惟

    街の小さな商店で起きた強盗事件を発端に、警察の不正に立ち向かおうとした警察官と、裁かれることのなかった真犯人たちの話。権力に刃向かい干されてしまった警察官と共に、冤罪を着せられた可哀想な少年たちが立ち上がるというストーリーは、定番の流れや演出でありながら応援したくなる。映画としては少しご都合主義に感じられる部分もあったが、この映画を観た日にちょうど袴田事件の再審のニュースが流れたというタイミングもあって、主題としても考えさせられるものがあった。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    ソル・ギョングの風貌は質朴で愚直なまでのヒューマニズムゆえに孤立し苦悩する人物像がすぐさま想起される。実話ベースの冤罪事件の真相を探る本作でも〈狂犬〉という異名をもつ敏腕刑事という触れ込みとは裏腹に、滲むように表出される優しさを隠蔽することはむずかしい。15年という歳月を行きつ戻りつしながら、刑期を終えた少年たちの現在と事件当時を交錯させる語り口もあまりに古色蒼然というべきだろう。とはいえ往年の〈警視庁物語〉シリーズを彷彿させる妙な安定感は捨てがたい。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    冒頭に「実話に基づいたフィクション」と字幕が出る。時代背景は1999年から2016年。冤罪に青春を台無しにされた少年たちの物語で、熱血刑事が杜撰な捜査の真相に迫る。しかしこれは臆面もなくお涙頂戴的な脚色を施した作品であった。絵に描いたような正義漢、卑劣漢、臆病者が彩る感情のドラマは古めかしく、過去と現在を行き来する構成も効果的とは言えない。要点から要点に飛躍できる便利さがあったにしても、余程の趣向を凝らさなければ、肝心要の人の心に太く繊細な筋を通すことはできないのだ。

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ドライブアウェイ・ドールズ

公開: 2024年6月7日
  • 俳優  小川あん

    B級映画のオマージュをベテランの映画監督が全力で作ったらどうなるか? それはもう、楽しいが炸裂。謎の男が狙われる最初のシークエンスで、カメラアングルとポジション、カット割り、編集の諸々で、イーサン最高だね! 突然現れるサイケな世界観もイケイケGOGO! そんな無茶苦茶なロード・ムービーはきちんと二人が結ばれる道のりであった。愛を育んだキスシーンは色っぽくドキドキした。ラブシーンは小ネタで笑わせられる。クィアのパートナーを偏向しない描き方が気持ちいい。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    追いかけてくるギャングたちの描き方や、彼らと主人公ふたりが出くわしてからの展開にもうひと工夫ほしいけど、どこまでもくだらないたわいなさが最高なロードムービー。でも芯にあるのはロマンティック・コメディのエバーグリーンなフォーマット。「メリーに首ったけ」をみんなでニコニコしながら観ていた記憶が思い出される。マーガレット・クアリーとジェラルディン・ヴィスワナサンがふたりともすごく魅力的で、今後の活躍にますます期待大。クアリーがお母さんそっくりなのにもしみじみ。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    コーエン兄弟のイーサンの初単独監督作。レズビアンの女性二人がアメリカ縦断ドライブする中で犯罪に巻き込まれるコメディ。ちょい役のマット・デイモン以外はスターキャストはなく、徹底的にB級路線でコーエン兄弟映画から芸術性を引いてくだらなさを倍増した仕上がり。「それを意図してるんだよ!」という監督の声が聞こえそうだが、どこかしらインテリのB級ごっこ感がプンプン漂ってくるので、本気のB級映画のほうがずっと楽しめる。兄弟監督は単独では成功しないというジンクスがここにも。

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かくしごと

公開: 2024年6月7日
  • 文筆家  和泉萌香

    「母性観」をめぐっては女性同士も異なるさまざまな意見があるし、個人的にも母性なるものには懐疑的。「母親でありたい」という願いも、大人のある種のエゴには違いない。本作は嘘を重ねてしまった「母親」に同情するでも突き放すでもなく、キャメラは出来事を静かに追い続けるが、「虐待被害者の児童を安全な場所で護りたい」という(社会で広く共有されるべき)彼女の揺るがない心を、なかば強引だが感動的なかたちで尊び通すのには、涙が出る。杏の素晴らしさはここで書き尽くせない。

  • フランス文学者  谷昌親

    認知症の父親、虐待を受け、記憶をなくした少年、この2人が主人公の千紗子を軸にして絡み合い、さらには、山里の風景や古い日本家屋での生活、造形作品の制作といったエピソードが散りばめられた映画は、すべてが丁寧に準備され、撮影され、編集されたという印象をあたえる。だが、その丁寧さがそれぞれの要素をかえって引き離してしまった。しかも、最後に少年が重大な発言をした瞬間、物語のすべてがその言葉に収斂していき、作品にむしろ亀裂が入ってしまったように感じられる。

  • 映画評論家  吉田広明

    道端で拾った虐待を疑われる少年が記憶喪失という設定、また性格が妙に素直なのも胡散臭いと思っていると案の定。また奥田が彼に渡すナイフも唐突で、何か伏線なのだろうと思うと案の定。ミステリと謳うならばこれら伏線の分かりやすさは難点だろう。また最大の難は、奥田に対する杏の態度の変化が、認知症がどういう病なのかの医者による説明を聞いて起こったり、また少年が自身の口で真相を語るために、さほど必要と思えない裁判劇が最後に設定されたり、総じて言葉に依存している点だ。

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違国日記

公開: 2024年6月7日
  • 文筆家  和泉萌香

    両親を失った少女の、世界に一人ぼっちになってしまったような感覚、足湯の暖かさや食事の美味しそうなこと、朝日の美しさなど、視覚と聴覚をくすぐる魅力は実写映像化ならでは。ただ、エピソードや、登場人物たちが紡ぐたくさんの言葉、心の移り変わりとがじっくりと積み重ねられていく原作漫画を思うと、作中での台詞も切り貼り、すべてを短く縮めたことにより(仕方がないことだが)テーマが不明瞭なのも否めない。槙生の複雑さと、愛に対する葛藤にもう少し注力してほしかった。

  • フランス文学者  谷昌親

    他人またはそれに近い関係の2人が同居することになるという物語は珍しくはないが、この映画の場合、徐々に変化する2人の関係性が丹念に描かれていて心地よい。新垣結衣が槙生役かと当初はやや疑問を感じたが、引きこもり気味でぶっきらぼうでありながらも誠実な小説家をうまく演じているし、朝役の早瀬憩は、その初々しさが槙生といいバランスを生み、高校でのミニライブのシーンにも活かされている。スタッフやキャストの充実した仕事ぶりがそのまま画面に反映しているかのようだ。

  • 映画評論家  吉田広明

    新垣と早瀬の二人が一緒に暮らすことで共に変化するドラマ。ただ、死んだ母=姉がどういう人物かが不明瞭なため、二人が迎える変化の違いが明確な像を結ばない。新垣から見れば、姉は彼女を抑圧した「世間一般」=仮想敵ゆえ、姉との和解とは世間を知り大人になることを意味する。そんな変化は必要だったかの疑問は措き、理解は可能。一方早瀬の視点からすれば母への屈託はない以上、母を嫌った新垣=叔母の視点を通じて母を見ることがもたらした変化がどんなものなのか今一つ判然とせず。

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あんのこと

公開: 2024年6月7日
  • ライター、編集  岡本敦史

    こういう悲惨な現実があること、負の構造から抜け出せない人間の痛みを伝えたいという意欲はこれでもかと伝わる入魂の力作である。ただ、もはや時代的に、問題提起だけでは足りない気もする。ソーシャルワーカー的な視点が作り手自身にもっとほしい。社会を変えたいという思いより、悲惨な現実を見せつけたいという熱量が上回っている感もある。また、不祥事を起こした人間の悔悛を描くより、週刊誌報道のケア不足に物申すのが先立ってしまうのは、まさに業界の問題点そのものでは。

  • 映画評論家  北川れい子

    コロナ禍での実話をべースにしたそうだが、主人公・杏の生活環境が、昨年の秀作「市子」とかなり類似しているのはあくまでも偶然だろう。団地住まい。無職で男出入りの激しい母親。寝たきりの家族。市子は巧みにそんな環境から逃げ出して自分の人生を生きようとしていたが、杏はそこまで強くない。家族の生活費は杏が売春で稼ぎ、しかも杏はシャブ中。そんな杏がある警官に出会い自立の道を歩み出すのだが。入江監督のリアルに徹した演出と、河合優実の心身を投げ出したような演技は痛ましくも力強い。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    コロナ禍に埋もれた実際の事件を掘り起こすのは良いとしても、現実の事件に対して虚構が追随するだけになっている。今や竹中直人と同枠の佐藤二朗のシリアスかつふざけた演技は虚構ならではの存在を持つはずだが、作者がどう捉えているのかわからず。河合優実が隣人の早見あかりから幼児を押し付けられる後半のフィクション部分は、早見の身勝手さと作者のご都合主義に呆れるのみ。好調の河合にしても、彼女ならこれくらいは演じられるだろうと思えてしまい、驚きがない。

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情熱の王国

公開: 2024年6月1日
  • 俳優  小川あん

    劇の舞台裏を描く映画の世界線は面白い。舞台装置を覗くことができるのが見どころの一つだ。本作品の出発点、事故車がステージ中央に置かれている。運転席に倒れている有望なダンサーの女性は、半身不随になる。破壊からはじまるミュージカル。そして、演出家と情熱的な若者たちによって、エモーションを蓄積していく。人物描写には多少テンプレート感があるけれど、そこに表現は求めない。自国を代表する個々の責務が情熱をもった身体を激しく揺らし、全体で一つのアクセルを踏む。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    ストラーロのデジタル画面にどうもなじめないのだがそれはさておき、どこまでが舞台内の(虚構の)出来事なのかを曖昧にし、虚実の境を問う趣向のバックステージ物映画。動きを積み上げていくミュージカル的カタルシスを、まるで志向していない群舞の撮り方はさながらドキュメンタリー。サウラにはバルセロナ五輪公式記録映画「マラソン」という作品があって、坂本龍一も登場する開会式のパートが特にいいのだが、そこに見られるドキュメンタリー感覚と音楽センスが、この作品にも通じるように思う。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    スペインのカルロス・サウラ監督作でメキシコを舞台にミュージカルを作る過程を描いたミュージカルを映画に。現在のメキシコの治安の悪さと歴史の複雑さを背景にした劇中劇ならぬミュージカル中ミュージカルという入れ子構造をさらに映画にし、映画のカメラも中に映り込むという三重入れ子構成。撮影の名手ヴィットリオ・ストラーロによる頭脳的なカメラも相まって、芝居と舞台裏の線引きが曖昧で迷宮に迷うような映画体験。試みは実験的で面白いが、軸となる男女の物語は極めて紋切り型で落胆。

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ライド・オン

公開: 2024年5月31日
  • 文筆業  奈々村久生

    時代遅れのスタントマン精神にこだわる男が、愛馬チートウと自らの老いに直面しながら、ひたすら葛藤する。大規模な合戦シーン撮影の舞台裏が垣間見られるのは面白い。ところが彼の進退を左右する肝心の場面で、風を切って駆ける馬のたてがみは、チートウのそれと色も違えばそよりともなびかない。騎乗するジャッキーを正面からとらえたそのカットがこれでもかとリピートされる。ダミーを使った合成だと言わんばかりに。皮肉でないとしたら、なぜこんな杜撰な仕事をしたのか理解できない。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    僕はジャッキー・チェン映画をまったく履修せずに来てしまった人間なので、試写で観させてもらって申し訳ないという気持ち。きっとジャッキーとともに青春があってジャッキーとともに歳をとったマニアの皆さんにはたまらん作品なのでしょう。なので僕には楽しみポイントがわからなかったのですが、これは重大なネタバレですけどラストちょっと前の老いたるジャッキーがした判断は、今後のアクション映画の作りかたの変質と重ねられており、その部分にはさすがに感慨をもたざるをえない。

  • 映画評論家  真魚八重子

    薄情なようだが、あまりジャッキーに思い入れを持たずに来てしまったので、怪我が原因で一線を退いた、スタントマンの主人公という哀れな姿は冷静に観てしまった。本作のジャッキー本人を髣髴とさせる、高齢化の憐憫をベースに立ち上げたような企画も受け止めきれない。人間は老いを避け難く、ユーモアも時代とともに変遷を辿っていくので、馬の器用な動きで笑いを取ろうとされても困る。以前にドキュメンタリー映画があったが、怪我を負ったスタントマンの実話のほうが興味を覚える。

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美しき仕事

公開: 2024年5月31日
  • 俳優  小川あん

    見る人を選ぶ。クレール・ドゥニかドニ・ラヴァンのファンか、もしくはフランス映画史を愛する人など。そうでなければ、まずこの大胆さと繊細さを楽しむことができないと思う。軍隊を中心に置く作品を「集団映画」と勝手に呼んでいるが、(例えば「フルメタル・ジャケット」とか) 総体的な意味での整列から個の乱れを描く。本作は肉体的な反応に目が向けられ、理解よりも先に生々しい感覚を獲得できる。あらすじから決して想像できないように魅せ、一筋縄ではいかないのがクレール・ドゥニ。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    いまごろわたしごときが褒めてもかえって作品に失礼なんじゃないかと思えて申し訳ないのだけれど、やっぱり褒めないわけにはいかない。故郷を離れた男たちの特殊な場に監督が向ける視線や、嫉妬の研究といった面も重要だが、それ以上に、一つひとつのショットの美しさと生々しさ、およびそのつながりが生み出す生々しさ、画面から独立して機能するナレーションなど、すべてが思考と感覚を触発する。あと、すでにネットミームになってるらしいけどやっぱりドニ・ラヴァンの突然のダンスは必見。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    仏クレール・ドゥニ監督の未公開作で、アフリカのジブチにおける外人部隊の訓練の日々を描く。主人公の指揮官をカラックス作品で知られるドニ・ラヴァンが演じ、新入りの兵士との複雑な愛憎が物語の軸になる。アフリカ、外人部隊、ラヴァンといい材料が揃っているのだが、映画は極めて単調に展開する。ラヴァンならではのシーンが随所にあるが、エンディングを含めて彼の役者力に頼りすぎで脚本の詰めが甘い。退屈なポエムのような脚本を作家主義と見なすフランス作家主義映画病の典型。

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告白 コンフェッション

公開: 2024年5月31日
  • 文筆家  和泉萌香

    後味が最悪な(素晴らしい)原作でのキャラクターは日本人男性二人だったが、今回最初に「告白」をするのは韓国人男性に。あのオチがあるにしても、人外生物のような執拗なアクションに「シャイニング」的シーンなどなど、漫画ならば良いが実写だとキツいし、バタバタ動き回るせいで、せっかくの山小屋=密室という舞台も生かされていない。生田斗真とヤン・イクチュンならば、がなったり(「うるせえよ」と本人に言わせてしまっているし!)しなくとも凄みたっぷりだったはず!

  • フランス文学者  谷昌親

    中盤からはホラーの色合いが強くなるが、サスペンスやミステリーの要素も盛り込んであり、山小屋の空間の使い方にも工夫が見てとれ、映画的な感興をそそる仕掛けは充分にある。ただ、おそらく密室劇にすることにこだわったからだろうが、既視感のある状況設定と人間関係があまりにも寸劇的に描かれる結果になってしまった。雪山での登山、山小屋で過ごす夜の時間の経過、そうしたなかで徐々に変化する人間関係、それらが描かれていれば、作品としての味わいが増したかもしれない。

  • 映画評論家  吉田広明

    山小屋での密室劇、二人しか登場人物がいないのでこれだけの上映時間になったのではあろうが、しかし掘り下げはすべきだったのでは。取り分け奈緒の人物像は通り一遍のものでしかなく、決定的な難である。この造形の浅さが、どんでん返しによる事件の真相開示を白々しいものにしている。人物造形の難は二人の一方を韓国人にした点にも現れており、韓国人だから日本人に対しコンプレックスを持っているという設定には不快なものを感じるし、そもそも現在もはや成立しないだろう。

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マッドマックス フュリオサ

公開: 2024年5月31日
  • 文筆業  奈々村久生

    チンピラグループ同士の抗争を規格外の装備とチームで繰り広げるドリーム。改造車もフル出動。馬力の大きいボス車に果敢に追従し、案の定砂壁を滑り落ちていく取り巻きのバイクが痛快。男性集団の異常性と狂気、マチズモの愚かさに対して、女性一人で立ち向かう個人の闘いを体現したアニャの眼力が圧巻。白熱の走行シーンからマンパワーあふれる基地の描写まで圧倒的なカロリーの高さで、御年79歳のジョージ・ミラーが実際に現場の指揮を執り続けているとしたら、想像を絶するタフネスだ。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    見たかったものは見れたけど、見たかったもの以上のものは見れなかった(こっちのハードルが上がりすぎてしまってるのだ)。世界観がもう完成してて、次に何がおこるか最後はどうなるか、わかってるといえばわかってて、異様に魅力的な新キャラは現れない2時間半は長かった。フェミニズムも更新されていなかった。アニャ・テイラー=ジョイの目つきだけが異様で、すばらしかった。異様なものがあちこちで鈍く輝いてないとマッドマックスじゃない。9年前に仰天させられたくらい驚きたかった。

  • 映画評論家  真魚八重子

    端的に言うと、前作のフェミニズムに的を絞った構成と、シャーリーズ・セロンが完璧すぎて、それを超えられていない。前日譚はまだ幼女のフュリオサがただ籠に囚われ、男たちの決戦の枠外に置かれてしまう。アニャ・テイラー=ジョイは若手俳優では実力派だが、線が細くさすがにフュリオサの強靭さの再現には至っていない。ジョーの部隊の血沸き肉躍る太鼓隊なども、まだこの時期は派手さが足りない。しかしバイカー集団のディメンタス将軍を演じたクリス・ヘムズワースは儲け役。

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映画『からかい上手の高木さん』

公開: 2024年5月31日
  • ライター、編集  岡本敦史

    基本的に「からかう」という行為はたやすく暴力になると思っているので、原作はあまり好きではない。そこに愛情やフェティシズムが存在するかのように描くファンタジーとしての巧妙さを、別媒体に置換するのは極めて難しく、そんな企画に監督もキャストも納得ずくで参加したのかどうか。漫画『高木さん』『(元)高木さん』の間に位置するオリジナルストーリーという発想は良いが、自由度にも想像力にも欠け、ヒロインの「からかい上手感」が伝わってこないのも、企画に乗りきれていない証左か。

  • 映画評論家  北川れい子

    気になる相手の気を引くために、わざとからかったり、たわいないちょっかいを出したり。幼稚園児にもたまに見かける。そんな高木さんと、ターゲットにされたボクの10年越しのラブコメディ(?)で、舞台となる小豆島の穏やかな風景もボクの居場所にピッタリ。けれども似たような場面の似たようなやりとりが、中学時代を含めて何度も何度も繰り返され、すでに先が見えているだけに途中でダレてくる。主役の二人が、彼らが教える中学校の生徒たちとあまり違いを感じさせないのは、わざとなのかしらん。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    原作もアニメも未読につき、10年後を描いた脚色の妙を実感できなかったのは残念だが、〈からかう〉は〈弄る〉ではないことを示す作劇は悪くない。終盤の長回しなどに今泉力哉らしさは感じるものの、人工甘味料のような味わいになってしまうのは、オリジナルと原作ものとの違いか、あるいは口を出す者の多寡かとも思うが、そうでなければ性を排したプラトニックな描写で引っ張ることはできまい。しかし、江口洋介みたいに教え子が同僚になっても生徒扱いを続ける学校は嫌だ。

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わたくしどもは。

公開: 2024年5月31日
  • 文筆家  和泉萌香

    ヒロインの「わたくし」は現実感を抑制するためにあえて用いたとのことだが、彼女のいでたちからしても、他の言葉づかいからしてもその一人称には疑問が残り、<不自然さ>が逆効果に。佐渡島のロケーションはずっと眺めていたくなるほどに圧巻。だが、その島でカップルが心中した、ということ以外に背景が描かれず、形而上的な言葉の応酬ばかりで肝心の「生まれ変わったら一緒になろうね」も響かない。あの世でもこの世でもない場所における<ある種の現実>には精密さが必要だ。

  • フランス文学者  谷昌親

    なんだか能のようだと思いながら観ていたら、途中で実際に能役者が出てきて、なるほどと思わされた。要するに、歌舞伎や浄瑠璃によくある男女の道行を現代風の能として描いた映画だと言えるだろうか。作中人物たちがいるのは死後の世界であり、それでいて、佐渡島という現実の土地で物語が展開するため、幻想的でありながら、存在感の伝わる作品になっている。前半はフィックスの画面中心で、後半になるとオートバイが登場してカメラも動き、一種の高揚感が生じてくるのも魅力的だ。

  • 映画評論家  吉田広明

    今は博物館になっている金鉱跡に、ふと出現する記憶を欠いた人々。色の名を自身の名とする彼らがその地で過ごす時間を淡々と描くのだが、SF的な設定なのかと思いきや、彼らがそこにいられるのは四十九日という設定で底が割れる。佐渡島での風景、建築は見事であり、出演者も贅沢なのだが、しかしそれは土台となる説話の「部分」に過ぎまい。部分の豪華さに気を取られ、全体のデザインが疎かになっている。「私たちは誰だったのでしょうね」と主人公は最後に言うが、それはこっちの台詞である。

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お終活 再春!人生ラプソディ

公開: 2024年5月31日
  • ライター、編集  岡本敦史

    まるで折り込みチラシや企業パンフのまとめ動画を眺めているようだった(せめて観ながらポイ活できる仕様ならよかったのに)。別にその情報自体が悪いとは言わないが、何もかも売らんかな精神で凝り固められているので、たとえば橋爪功演じる旦那がいくら口が悪くても「死ぬ間際にそんなムダ金ばっかり使えるかい!」とは絶対言わない。いまの日本人の「怒らなさ」に乗っかったような作りに、暗い未来を見た。豪華出演陣の健在ぶりを眺めていれば、ファンはいくらか安心できようが……。

  • 映画評論家  北川れい子

    生きていれば人は誰でも歳をとる。「終活」に“お”をつけて軽みを持たせたこのシリーズ、今回も生前整理、葬儀の段取り、認知症の認定テストなど、シニア世代向きの実用的な情報を盛り込んでいるが、どの人物のどのエピソードにも笑いを忍ばせた脚本・演出はノリもよく、深刻にはならない。特に痛快なのは、前回同様、行動的で好奇心いっぱいの専業主婦役・高畑淳子と、彼女の掌でムダにぶつくさ言っている夫・橋爪功とのやりとり。実にお似合いだ。高畑淳子が歌うシャンソンも様になっている。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    慌てて前作も観た不勉強な観客としては、続篇を期待する観客に水を差す気はないが、これだけのキャストを揃えて、こんなに緩くて良いのかと呆気に取られ続けた2時間を過ごす。後期伊丹映画が顔の知られたタレントを入れつつ、ハウツー映画の極北へ向かったことを思えば、そうした貪欲さは皆無と言って良い。こんなに芸達者なベテランを揃えれば、「九十歳。何がめでたい」を蹴散らす内容になったと思うだけに、大村崑のライザップぶりと、宮下順子の登場に喜んだのみでは寂しい。

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バティモン5 望まれざる者

公開: 2024年5月24日
  • 文筆業  奈々村久生

    移民が暮らす集合住宅の一室で人が亡くなり、大勢の手に担がれた棺が、狭い通路や階段に阻まれながら外に運び出される。その過程でこの居住区の状況や問題が一目瞭然になるだけでなく、ここに生きる人々の息づかいまで顕にしてしまう描写が素晴らしい。声をあげて行動する住人たちの力を体感させる音の使い方も効いている。これが日本だったら成り立たない絵面だと思いつつ、彼らの闘いが成功しているとも言えず、武力の応酬では誰も救われないという現実の再生産に虚しさを突きつけられる。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    同月公開の「ミセス・クルナスvsジョージ・W・ブッシュ」と同じく、人種や経済格差の前でまったく公平ではない「民主」政治や無関心な世間から、排除され、軽くあつかわれて侮辱される人々がテーマだが、こちらはそれを極めてシリアスに描く。生活に余裕のある側の(とは本当は限らないのだが)まじめな人が、自分はより良い人間であろうとして結果的に弱い人たちを傷つけるどころか、生活まで奪うことになる現実。これは資本主義が、というか人類が背負ったバグなのだろうか。

  • 映画評論家  真魚八重子

    団地の取り壊しの場面から始まるのは象徴的だ。そして新市長が移民や貧困層の切り捨てに急進的な姿勢を見せるのが、日本と似ている。ラジ・リは前作の「レ・ミゼラブル」ではほぼ男だけの世界を描いたが、団地に暮らすのは老若問わず女性もいる。しかし女性のアビーが指導者になるのは難しい。貧困地区が犯罪多発地域と重なる傾向があり、団地の温存もひとつの生き延びる術にすぎない。問題の解決は複数の人間で対処しなければ難しいのに、女性のアビーは一人で立ち上がるしかない。

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関心領域

公開: 2024年5月24日
  • 映画監督  清原惟

    強制収容所のすぐ隣に住む、ナチスの幹部の家族が主人公。とてもグロテスクな設定だが、知らずに関心を払わないというわけではなく、収容所内で何が起きているか理解していてなお、受け入れている家族の様子がおぞましい。塀の中の世界が映されることが一度もないまま、人々の様子や会話、家の中にいても届く音響によって収容所の異常さを描いている。広角レンズで捉えられた家の中や、唐突なネガのような色調のシーン、黒や赤一色の画面で音だけになるシーンなどの映像表現も面白い。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    アウシュヴィッツに隣接する収容所長ルドルフ・ヘス一家の作庭記のような平穏な日常。妻は“アウシュヴィッツの女王”とうそぶく一方、夫は“荷”と称してユダヤ人が灰と化する総量の胸算用をする。すべてのショットは塀の背後に拡がるおぞましき世界とこちら側の牧歌的な光景を非対称的に際立たせるために機能している。その冷徹な定点観測の手法に瞳が慣れ親しんだ頃合いに突如“現在”が介入してくる衝撃はいかばかりか。ナボコフに心酔したポストモダン作家M・エイミスの原作も読んでみたい。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    焼却炉の煙、地鳴り、銃声や叫び声の傍らで完璧な生活を築くルドルフ・へスと妻ヘートヴィヒ(比類なきザンドラ・ヒュラー)の無関心と無感覚。アシュケナジム系ユダヤ人の子孫たるグレイザーは迫害と虐殺の歴史を意識しながら、芸術家として憎むべき相手を“人間”として認める作業から始める。非日常と隣接する日常風景の異常を細密に観察し、私たちに彼らとの共通性を気付かせる。壁一枚の隔たりは距離感の問題なのであって、国境や海にも例えられる。誰かの楽園は誰かの地獄の上に築かれるのだ。

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おいしい給食 Road to イカメシ

公開: 2024年5月24日
  • ライター、編集  岡本敦史

    市原隼人扮する教師の「お前は最後まで手を抜かなかった」というセリフに、あんたに言いたいよ、と思った瞬間、落涙。『孤独のグルメ』の松重豊とは異なる独自の食事芝居を編み出したのは偉業である。血管の切れそうな熱演は頭の回転の速さ、身体能力の高さにも裏打ちされ、見応えがすごい。そして当たり役を得るとはすなわち全スタッフの職人技を味方につけることだとも痛感。80年代という時代設定はややあざといが、きちんと現代的テーマも盛り込み、娯楽作の在り方として優秀である。

  • 映画評論家  北川れい子

    そういえば昨今の急激な物価高で、給食会社の休業や給食費の値上がりがニュースになっているが、北海道の中学校が舞台の本作の時代は、バブルが崩壊するちょっと前。格別豪華な給食が出てくるわけではないが、給食を生き甲斐にしている主人公の教師が、暴走的妄想を発揮しながら食べはじめるとどれも美味しそうで、演じる市原隼人、給食のためなら見栄も外聞もなし。人は美味しく食べることを発明した唯一の生きものだ、という台詞もなるほどね。気楽に楽しめる消化のいい娯楽作。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    恥ずかしながらTVシリーズも劇場版も未見につき、未知との遭遇だったが、市原隼人のアクションに瞠目する。1コマたりともノーマルな人間の動きを見せることを拒絶し、人力VFXともいうべき体技と表情を全篇にわたってやってのける。生徒を威圧しまくる直情的な教師像も時代設定を踏まえれば違和感はない。給食が町長選に利用される話だが、大谷グローブを私物化する非常識な市長もいる現代からすれば、本作で給食に介入する町長は、程よくスパイシーな味付けとして作用する。

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帰ってきた あぶない刑事

公開: 2024年5月24日
  • ライター、編集  岡本敦史

    自分たちが老いぼれたとはまるで思っていない主役コンビの活躍を描くというコンセプト自体は圧倒的に正しい。舘ひろしと柴田恭兵の(言い方はヘンだが)鋼鉄のように軽い芝居も、もはや至芸。問題は周囲のリアクションをどう描くかで、その相対化の欠如は今の娯楽映画とは思えない。旧キャスト陣が振り撒く不自然さを周囲の若手がほとんど指摘しない状態は、政界の忖度を見るかのようで不気味だ。とはいえ若々しさと分かりやすいオマージュで、前作の枯れた味わいとは一線を画した。

  • 映画評論家  北川れい子

    スタートから約40年。近年このシリーズになると館ひろしも柴田恭平もどこかタガが緩むのか、もうほとんど趣味と遊びで演じているようなノリ。シリーズ初期から二人を見ているこちらも、そんな彼らにいつしか寛大になり、ふざけ合いと、そこだけ真面目(!)なアクションが楽しめれば、わざとらしい設定やムリムリのエピソードも、勝手にどうぞのノリ。若い観客層をまったく意識しない二人の言動も、逆に潔いとも言えなくもないし。ただ演出のキレがいまいちで、途中で何度かイライラ。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    黒澤満も仙元誠三もいなくなったが、スタッフの世代交代を成功させた理想的一篇。かぶき者タカ&ユージの華麗なる老いが、BL寄りの初老ブロマンスを成立させる。銃を持てない枷を、どう潜り抜けてあぶデカになり得るかを硬軟織り交ぜた趣向で成立させたのも良い。過去のフィルムを自在に挿入してシームレスに繋げた芸当は「男はつらいよ お帰り 寅さん」と双璧。早乙女太一以外の若手は総じて影が薄いが、探偵バディものへのリブートは予想以上にうまくいっており、毎年観たくなる。

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PS1 黄金の河

公開: 2024年5月17日
  • 映画監督  清原惟

    私の知るこの世とは違う論理で動いているような映画。あまりインド映画を観たことがなく、参照もないなかで個人的な視点でしかなく申し訳ないけれど、私が映画に対して苦手だなと思うところが集合していた。アクションは肝心な部分がカット割りで処理されていておもちゃみたいな感じだし、音楽が終始鳴り続けているせいで全体として単調さが否めない。ギャグなのか真剣なのかもわからない。時代背景的に仕方ないのかもしれないけれど、女性がもの扱いされている感じもしんどさがある。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    延々と読み終えることのない大河小説を一気読みさせられているような奇妙に倒錯した感覚にとらわれる。一瞬たりとも退屈させてはならぬという至上命題を遵守する語り口にあっけにとられ、ようやく3時間弱で前篇が終了。改めて作り手たちの膨大なるエネルギーに呆然となる。ふと1940年代に栄華をきわめたアレクサンダー・コルダが量産したエキゾチシズム溢れる華麗な歴史絵巻の伝統は、今や歌&ダンス&肉弾戦を繰り広げるボリウッドの大作群にしっかりと転生したのだなと実感する。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    原作小説は70年間にもわたる国民的ベストセラーなのだという。タミル語による冒険映画で、ベテラン監督の職人芸で3時間近くは瞬く間に過ぎていく。歌と踊りは勿論、インディ・ジョーンズ的なアクションには、どこまでも陽気なヒーローと、非現実めいた美女が登場。運命の恋あり、友情もあるが、王位継承をめぐる各人の思惑が入り乱れる歴史の物語は複雑。しかし小説が全5巻2200ページに及ぶと知れば、映画の地面に足を着けた監督の腕を感じさせる。実は第一部で、続篇に続くとは知らずに見ていた。

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ありふれた教室

公開: 2024年5月17日
  • 文筆業  奈々村久生

    真実は我々が思うより強くない。何らかの情報をめぐって特定の人物や対象がダメージを受ける可能性のある場合、その話が本当かどうかよりも、疑惑が立ち上がった時点で負けなのだ。それは新撰組でも不穏分子の排除に用いられた手法だったし、SNSのゴシップやフェイクニュースでも同じことが言える。そして学校という社会の縮小版においても。日に日に緊張感を増す空気を作り上げた子供たちとの連携と、このゲームに勝者がいるとしたら誰なのかを問うラストカットに目を奪われる。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    ヨーロッパでも学校教員のなり手がいない問題は深刻なのかしら。どこの国でもそうなのだとしたら、それはなぜなのか。同月公開の「胸騒ぎ」では他人は何を考えているかわからずホラーなのかどうかしばらく判断に迷わされたが、こちらは「これはホラー映画ではない、というそのことが恐ろしい」じつに社会的な映画だった。観客にも主人公にも、他の登場人物が何を考えているのか、わかりすぎてしまうのが恐ろしい。結末もホラーの終わりかたではなかった。希望はほんのちょっとだけあった。

  • 映画評論家  真魚八重子

    流行の厭な映画の一種だ。教室や職員室で起こる盗難騒ぎ。犯人は職員の可能性も高く、主人公の女性教師カーラはPCの録画モードで犯人の腕だけを捉える。映画は意図的に建設的な方向に議論を進めない。同僚はカーラの行動に対し、他人を疑う行為が不快だと言う。特定の誰かを疑わずに犯人を捜す方法を提案するのではなく、だが問題を放置する気でないのなら、どうしても付随してくることだ。生徒たちも流され、視野狭窄的に人権問題を訴える。ラストの玉座のような演出も意図が不明。

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碁盤斬り

公開: 2024年5月17日
  • 文筆家  和泉萌香

    確かな四季のうつろいを感じさせるライティングに夜の雨の描写に音楽、もちろん、終盤に向けて(前号でのインタビューの言葉を借りるならば)「汚く」なっていく草なぎ剛はじめ役者陣の演技の、スタイリッシュに映画を支える見事なアンサンブル。終始健気な娘に用意される最終的な場所といい、やや美しくまとまりすぎているような印象の中、クライマックスのアクションシーンからの血飛沫は鮮烈。<正しいこと>の曖昧さに揺れる主人公同様、悪役の複雑な表情ももう少し見たかった。

  • フランス文学者  谷昌親

    落語『柳田格之進』を基にして、格之進が浪々の身となった背景に武士同士の確執を盛り込み、時代劇らしい展開をうまく作り出している。全体に、初の時代劇に挑んだ白石和彌監督の意気込みが伝わってくるのだが、ダッチアングルや移動撮影を多用せず、もう少し腰を据えて取り組んでもよかったのではないか。さらに、草なぎ剛が演じる格之進は、囲碁の打ち方にもその実直な人柄をにじませてみごとであるものの、実直さゆえの悲劇を感じさせる人物造形にまで至っていないのがやや残念だ。

  • 映画評論家  吉田広明

    古典落語の題目だけあって、話は磨き込まれて堅牢、美術もしっかりした作りで、場面が変わるごとに感心させられる。俳優たちも素晴らしい。ただ、例えば居酒屋の場面で、会話している主人公たちからカメラが後退し、手前の卓の二人を舐めながら回り込んで再び主人公たちに回帰する意味のない長回し、清原が吉原の大門をくぐる場面での妙な画面効果など、小細工が目について五月蠅い。主人公をストイックに作り過ぎていささか堅苦しく、人間としての幅、魅力が感じられないのも難。

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湖の女たち

公開: 2024年5月17日
  • 文筆家  和泉萌香

    同時期に鑑賞した他作品にもあったが、他人を好きになることを半ば「決める」、周囲は理解し難い二人だけの倒錯的な関係に身を投じてみるのは現代において一番──本作の台詞を借りるなら頭がおかしい、おかしくなれる、ような──体験であるかもしれないし結構なこと。施設での殺人事件と関係者の愛欲関係という場所から出発し、戦時中の日本軍の残虐さにも話は触れるも深まりはなく、バランスを崩したまま、突如発せられる「世界は美しいか否か」の問いにはひたすら違和感があった。

  • フランス文学者  谷昌親

    介護療養施設での殺人と強引な捜査があり、男女のインモラルな関係があり、それらが最終的には戦時中の731部隊にまでつながっていくという、深さと広がりのある物語が、ぎくしゃくしながらもなんとか映画に仕立てられている。逆に言うと、ぎくしゃくしているからこそ成り立つ作品なのかもしれない。集落のなかをめぐる水路を生活用水として使い、介護の合間に琵琶湖の夜明けを眺め、その琵琶湖に最後は身を投じるヒロインの佳代が、なんとも不可思議な潤いを画面にもたらしている。

  • 映画評論家  吉田広明

    731から相模原を経て、名を記すも筆の穢れ杉田某に至る、生産性なき者死すべし論の系譜と、これも731につながる薬害捜査を権力で握りつぶされて精神が歪んだ刑事の部下へのパワハラ、その部下の事件関係者への性強要という権力の負の連鎖。この二つの系譜の接合がいささか強引な印象はあるが、作り手の怒りはひしひしと伝わる。ただ、弱者への卑劣な性強要にしか見えない福士と松本の関係を、生産性から外れるオルタナな愛の形を提示しているとするのはかなり強弁な気がする。

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ボブ・マーリー:ONE LOVE

公開: 2024年5月17日
  • 俳優  小川あん

    レゲエとソウルが体に染みている私にとって最高の映画。偉大なミュージシャンの魂を描くときに必要とされるのは、その生き様を限られた時間のなかでどう映すか。本作ではボブ・マーリーの“笑顔”が印象付けられている。その瞬間を見逃していなかった。それだけで涙できるのだから、充分だ。ドキュメンタリー含むボブ・マーリー関連の作品はすべて良い。そう、何があろうとも世界は"one love"だから。エンドロール、彼の鼓動に合わせたリズムに自然とからだが動いてしまった。ラスタファリ!

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    音楽伝記映画として飛びぬけた出来というわけではないし、演奏されるマーリーの曲がほぼすべて彼本人の音源から取られている(つまり口パク)のが、「ボヘミアン・ラプソディ」あたりと違って正直上手くいっていないように見えたりするのだが、ラスタファリズムをごまかさないでちゃんと描いているあたり誠実な作りだと思う。バックステージもの好きとしては、楽曲が生まれるプロセスを描いたシーンががぜん面白い。マーリー夫妻を演じるふたりに魅力があり、ボブ以上に妻のリタに興味がわく。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    レゲエの巨人ボブ・マーリーの絶頂期を描いた音楽映画。いわばレゲエ版「ボヘミアン・ラプソディ」を狙ったと言えるが、残念なことに肝心のライブの描写が、楽曲に当て振りしているだけなので全然盛り上がらない。また群衆CG技術を多用しており、これまたCG感が強くて醒めてくる。「ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド」という傑作ドキュメンタリーが既に存在しているだけに悲しい。それでもマーリーの楽曲には突き動かされるものがあるので、楽曲力に星ひとつ追加。

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ミッシング(2024)

公開: 2024年5月17日
  • ライター、編集  岡本敦史

    今や希少な「信頼できる映画作家」吉田恵輔らしい問題意識が凝縮された秀作。前作「空白」で描かれなかった部分から着想したという脚本は、ぜひその形でも観てみたかったが、それでも芯は力強く残っている。深刻な状況に巧まざる笑いを生じさせるクセも、今回ほど私憤に満ちた骨太な内容なら、もはや必要ない感も。華がありすぎることは重々承知の上で、地方在住のイマドキの母親像を演じた石原さとみの意気込みも映画の確かな熱源だ。と思ったら、森優作が見事に全部かっさらった。

  • 映画評論家  北川れい子

    1に石原さとみ、2に石原さとみ、3、4がなくて5も石原さとみ。という、彼女の取り憑かれたような演技が先行するヒューマンミステリーで、女優魂というと大袈裟だが、この作品の石原さとみ、ちょっとただごとではない。幼いひとり娘が突然、行方不明になってしまった母親役。吉田監督はさまざまな事件をヒントにして自らオリジナル脚本を書いているが、あくまでも母親に焦点を当てつつ、事件に群がるマスコミやネットによる誹謗中傷にも触れ、見応えがある。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    終盤まで脇目もふらずに見た。傑作の声もあろう。被害者家族と報道、ワイドショー化するマスコミを冷徹に描いた点は評価したいが、東海テレビの『さよならテレビ』を劇映画化したような、というより置き換えた感が強い。後半はフィクションへ昇華できる場だったはずだが消化不良。石原は熱演だが、ケレン味のある演出でこそ映えるタイプなので本作のようなスタイルでは一人浮いてしまう。低温の中村倫也が印象深い。着想と演出力は抜きんでているが、はぐらかされるのは「空白」同様。

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クイーン・オブ・ダイヤモンド

公開: 2024年5月10日
  • 映画監督  清原惟

    淡々とした時間の流れに身を任せているうちに、他人の人生に乗り込んでいるような感覚になった。カジノのシーンでのお金を入れていく身振りや、部屋でだらだら話している女たち、ヤシの木が燃えているところをずっと見ている時間、印象的な場面がいくつも残る。一つひとつのカットがとても長いけれど、必然を感じられるし、現実の退屈な時間ってこんな感じかも。物語の網目が張り巡らされていなくても、引きのカットばかりでも、静かに破滅的な彼女の日々の実感がここにはあると思えた。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    ニナ・メンケスの新作「ブレインウォッシュ」を見ると“映画における男性の眼差し”を俎上に載せる痛烈なるフェミニストという印象を抱く。だが、ラスベガスで孤高に生きる女性ディーラーの淀んだ日常をとらえた本作は、一見ぶっきらぼうでまったくとりとめがない。極端な長回しやズームによって浮かび上がるのはヒロインの内面ですらない。たとえて言えばゲイリー・ウィノグランドが傑作写真集『女は美しい』で抽出してみせた、荒涼たるアメリカの時代精神が鮮やかに透し彫りされているのだ。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    アメリカの異端児ニナ・メンケス、91年の代表作。極私的なアヴァンギャルド・スタイルで知られる女性作家の白眉は、果てしなく続く台詞なしのカジノ場面に表れる。日光を遮断した屋内に響き渡るゲームマシーンの効果音による包囲……あの麻痺感覚と人間疎外をこれほど生々しく伝えた映画もなく、終末後のような砂漠を彷徨う女性ディーラーの無表情と孤立感が言外の説得力をもって迫ってくる。アケルマンと比較できるが、やはりアメリカ、それもユダヤ系のアウトサイダーから生まれた不条理性の映像美学。

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ジョン・レノン 失われた週末

公開: 2024年5月10日
  • 俳優  小川あん

    世界的スーパースターにはさまざまな事情がある。マスメディアはそれを暴くことを試みるが、切り取ることのできない一面が存在する。恋愛事情を追いかけようとするも、愛の具体的なかたちや中身は知ることはできないのだ。メイとジョンの間に確かな愛があったことを明らかにし、失われた時間はやはり存在したことを再確認するために、一つ一つの記憶から手繰り寄せて制作したように見えた。それにしては(あえてかもしれないが)、観客と共有できる具合にポップに再構築されている。

  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    ジョンとヨーコが別居していた期間は「失われた週末」と呼ばれているそうだが、いったい誰にとって「失われ」ていたというのか。この時期を彼と過ごした女性がみずから口を開き、さまざまな誤解を解く。ジョンの先妻も現妻もからむ複雑怪奇な関係もさることながら、ビートルズの元メンバーからM・ジャガー、D・ボウイまで登場する活気ある日々はまぶしいばかり。ジョンの人物像と愛の物語が、豊富な映像資料でテンポよく語られる。でも、悪役にされてしまったヨーコにも言い分はあるよね。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    ジョン・レノンがオノ・ヨーコと別居していた18カ月間の時期にレノンと同居していた中国系アメリカ人メイ・パンの証言で描く新たなレノン像のドキュメンタリー。彼女の赤裸々な証言で語られるレノン、マッカートニーから多くのアーティストの私生活が新鮮で、ロック史が少し塗り替えられるインパクト。貴重な証言映像、プライベート写真に加え、アニメを効果的に使った映像編集も見事。ただし、あくまでパンの視点であり彼女に都合よくまとまりすぎではと。オノ・ヨーコがこれを見たら怒り狂う予感が。

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スケジュールSCHEDULE

映画公開スケジュール

2024年6月21日 公開予定

大室家 dear friends

三姉妹が織り成す、ゆるくておかしな日々を描くアニメーション第2弾。「ゆるゆり」のスピンオフ。原作はなもり。

映画「おいハンサム!!」

伊藤理佐による漫画を原作とした“恋”と“家族”と“ゴハン”をめぐる深夜TVドラマを映画化。どこにでもいる家族・伊藤家の源太郎と妻・千鶴。だが由香・里香・美香の三姉妹は、恋や仕事に悩み、人生に迷ってばかり。幸せを見失いながら、もがき続けていた……。TV版に続き、吉田鋼太郎、木南晴夏、佐久間由衣、武田玲奈、MEGUMIが伊藤家の家族を演じるほか、「恋わずらいのエリー」の宮世琉弥、「ALIVEHOON アライブフーン」の野村周平といった新キャストも登場。監督は「闇金ウシジマくん」シリーズの山口雅俊。

METライブビューイング2023-24 プッチーニ「蝶々夫人」

ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(=MET)で上演される世界最高峰のオペラを、日本全国の映画館で上映するシリーズの2023~2024年版。プッチーニの愛の名作を、アンソニー・ミンゲラによる東洋美を極めた演出と注目のキャストで上演する。出演はウィーン国立歌劇場や英国ロイヤル・オペラでも活躍するアスミック・グリゴリアン、「METライブビューイング2023-2024「プッチーニ《つばめ》」のジョナサン・テテルマン。

TV放映スケジュール(映画)

2024年6月21日放送
13:00〜14:42 NHK BSプレミアム

マーベリックの黄金

13:40〜15:40 テレビ東京

続・荒野の七人

20:00〜22:18 BS松竹東急

極道の妻たち 最後の戦い

20:00〜21:55 BS12 トゥエルビ

ドランクモンキー 酔拳

21:00〜23:29 日本テレビ

M:i-III

2024年6月22日放送
18:30〜20:54 BSジャパン

釣りバカ日誌8

19:00〜21:00 BS12 トゥエルビ

ガンズ・アンド・キラーズ