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専門家レビューREVIEW

DOGMAN ドッグマン

公開: 2024年3月8日
  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    情報ゼロの状態で観始めて、ベタとキッチュが混ざった雰囲気に困惑しつつ観ていたら、監督がリュック・ベッソンだと最後にわかってなぜか納得。異常な成育環境のなかで犬と特殊な関係を結ぶだけでなく、演劇に魅せられたり、異性装の歌姫として人気を博したりしつつ、一貫して神の存在に憑かれている主人公の物語は盛りこみすぎな気もするが、はぐれ者や異常性格の役でいまや地位を確立した感のある(?)C・L・ジョーンズに不思議な魅力がある。あと、わんこ好きは観るといいのかも。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    父親から虐待を受けて犬小屋で育った男がドッグトレーナーとなり、女装してドラァグクィーンとしての活動と訓練された犬を使った盗みを生業とする中で、犯罪組織に目をつけられてしまう。リュック・ベッソンの脚本・監督によるこの犯罪映画は、彼の持つ美学性とバイオレンス性が久々に幸福な結婚をした快作。主演ケイレブ・ランドリー・ジョーンズのブチ切れた怪演も相まって、「ああ、ベッソンが帰ってきた」と嬉しくなる。ただ、悪役があまりに弱く、それほどハラハラしないのが玉にキズ。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    黒人の精神科医が聞き手となり、10数匹もの犬と生活するダグラスの半生を辿る。犬小屋に数年間閉じ込められ、下半身不随となった虐待サバイバーであるダグラスの生い立ちがあまりに壮絶。後半、犬を使って犯罪に手を染めるナンセンスな飛躍に戸惑いつつも、賢い犬たちを愛でながらの鑑賞は私のような愛犬家にはたまらない。犬やドラァグクイーンなど、出てくるモチーフすべてがビジュアル先行に思えて、深みを感じられず。気怠く熱演するケイレブの色気が作品に重厚感を与えている。

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PLAY!  勝つとか負けるとかは、どーでもよくて

公開: 2024年3月8日
  • 文筆家  和泉萌香

    今回のレビュー4作品はどれも都心部から離れた土地が舞台で、本作は徳島の港町を舞台に、自転車に乗った高校生たちが爽やかに海のそばを駆け抜ける。勝ち負けではなく、得手不得手、できるできない、自分の力ではどうにもならないことがたくさん溢れている世界に生きる少年たちが、互いには干渉しすぎることなくたった一つのことに取り組む姿の描写に加え、eスポーツ会社の大人たちが語るメッセージは、子ども時代を子どもとして過ごさせる優しさに溢れている。

  • フランス文学者  谷昌親

    観る前は、eスポーツがテーマで映画としてどれだけ成り立つのかと不安視していたが、なかなか見ごたえのある作品になっている。青春映画で力を発揮する古厩監督の演出のたまものであることはまちがいないが、実話の映画化というこの作品で、主要な人物となる高専生3人の絶妙のバランス、そしてなによりも彼らが生活の場としている徳島の風景が魅力的だ。少年たちがそれぞれに問題を抱えながら過ごす日々が、海辺にある小さな町の風景のなかでこそ生き生きとしたものになっていく。

  • 映画評論家  吉田広明

    優秀だがいつも一人で行動する三年生と、金髪で一見チャラ男だが心優しい二年生を中心に、「仲間」となった彼らがeスポーツに臨む。部活ものの定番ではあるが、個性がバラバラな三人がまとまってゆく過程の背後に、容易に片付かないそれぞれの家庭が抱える問題や、外国人、障害者など多様な参加者たちの描写をさりげなく挟んで世界に奥行きを与え、決して説明的にならず、しかし紋切り型の友情物語、スポーツ物語の多幸的終局を控える慎ましさが好ましい。さすがベテラン監督。

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ゴールド・ボーイ

公開: 2024年3月8日
  • ライター、編集  岡本敦史

    本来なら「岡田将生のとんでもない悪人ぶりに目を見張る犯罪映画の快作」ぐらいの最小限の予備知識で劇場に走ってほしい映画である。10代のキャスト陣からもプロフェッショナルな芝居を引き出す手腕はさすが金子修介監督で、特に羽村仁成が不敵でイイ。完全犯罪にどんでん返しも盛り込んだ欲張りな内容ゆえ、多少強引な部分もあるが、「このためだったか!」と思わせるラストはやっぱり気持ちいい。金子監督がこういう意欲的な娯楽作をどしどし撮れるのが健全な映画界の姿であろう。

  • 映画評論家  北川れい子

    気色悪さを楽しむ映画と言えるかも。ルーツはさしずめ、アメリカの傑作サイコスリラー「悪い種子」(56年)? 一見愛らしい少女が、冷酷で狡知に長けた殺人鬼だったという話。本作では数字が得意の優等生少年がそのキャラで、仲間と殺人事件を目撃、その犯人を脅迫しようとして逆にさらなる犯罪に加担、その上、仲間を裏切っての二転三転。何やら韓国のこってりしたクライム・サスペンスの雰囲気も。童顔の羽村仁成の何食わぬ顔がスリリングで北村一輝も江口洋介もまったく形無し 。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    ここ10年は金子修介の手腕を生かすには映画のスケール不足を感じることが多かったが、犯罪ジュブナイルの本作で久々に本領発揮。大人たちの大きな物語を片方で描きつつ、少年少女の描写に魅せられる。殊に羽村と星乃が手を繋いで走る瞬間が忘れ難く、金子映画のヒロインベストを星乃が更新する姿を好ましく眺める。岡田の悪辣な存在も見事に映えさせるが、一方で残虐描写は韓国映画と言わないまでも、ヒリヒリする痛みが欲しい。微温的にとどまるため終盤の展開は物足りなくなる。

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映画 マイホームヒーロー

公開: 2024年3月8日
  • ライター、編集  岡本敦史

    ごく普通の小市民が悪の才能に目覚めたり、壮絶な代償を払いながら人間的に解放されたりする(まあ要するに「ブレイキング・バッド」的な)話に、いきそうでいかない状態がこんなにツラいとは。終始「まとも」な主人公のドラマがとにかく退屈。本来のポテンシャルを発揮することのない佐々木蔵之介を黙って眺め続けるフラストレーションは、静かに、ボディブローのように効いてくる。その空白を埋めるかのような津田健次郎の怪演も、演出側がただ漫然と放任するだけでは生きようがない。

  • 映画評論家  北川れい子

    家族のためなら殺しまで! ドラマ版は知らずに観たが、冒頭でそのいきさつをザックリ語っているので、フムフム。とはいえ、オモチャ会社のサラリーマンでミステリーを書いている主人公が、その過去の殺人が原因で半グレ相手にピンチの連続という本作、まるで他人がムキになっているゲームを遠くから眺めているようで痛くも痒くもない。気を持たせるのが狙いらしい間延びした演出も手の内がミエミエ。主人公の妻が、あなたも家族の一人、私も何か、という台詞には同感したが。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    TVシリーズは未見ながら、そこから7年後に設定されていることもあり、戸惑うことなく入り込める。かつての殺人が露見しかけた佐々木が、敵からの復讐と刑事となった娘との関係を軸に描く古典的な作劇も飽きさせない。善悪双方の役が似合う佐々木の個性が生かされ、ご都合主義やわかりやすい伏線回収も不満にならず。問題は津田健次郎の敵キャラで、新しい学校のリーダーズみたいに首をクネクネ動かしながら悪態をつく芝居が成立するような作りではないだけに、いささか悪目立ち。

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リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング

公開: 2024年3月1日
  • 映画監督  清原惟

    恥ずかしながら、リトル・リチャードのことを何も知らなかった。自分が聴いてきた音楽たちの礎を築いた人物と知って、本当に驚いた。知らなかったことを知れるというのは、事実を基にした映画のいいところだと思う。文化の盗用、クィア、人種差別など、重要な議論につながる問題提起があって、今この題材の映画を作ることの必然性を感じる。ただし、映画としての構成、映像のあり方には少し違和感もあり、宇宙的なイメージをCGで表現するところなどは、なんだか余計に感じてしまった。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    ジョン・ウォーターズ曰く「リトル・リチャードは私のアイデンティティの一部だ。私の口髭は彼の真似、オマージュなんだ」には笑った。F・タシュリンの「女はそれを我慢できない」で主題曲を歌う彼にウォーターズや無名時代のビートルズが熱狂したのもむべなるかな。豊饒な映像フッテージを駆使して1950年代初頭、すでにクィアであることを宣言し、差別の壁を破壊し、異形でありつつロックンロールの正統なる創始者としての栄光と悲惨を丁寧に跡付けた出色のドキュメンタリーである。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    ジョージア州の公会堂で若きリトル・リチャードがシスター・ロゼッタ・サープの前で歌い、褒められ、舞い上がった彼は早く故郷を出たくなった—「輝く準備はできてたんだ」。ロックンロールの創造者にして設計者は、後続の白人のように讃えられることなく、自分はプレゼンター役。革命的でパワフル、陽気で孤独、そして黒人でクィアの彼が涙を流す。涙は涙でも喜びの涙。これくらいアーカイヴが残されていると、ほとんど“劇映画的”にドラマティックな“ドキュメンタリー”をつくれてしまう。

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愛のゆくえ

公開: 2024年3月1日
  • ライター、編集  岡本敦史

    雪国のシビアな思春期ドラマとして始まったかと思えば、大島弓子の漫画『快速帆船』を思わせる展開になり、映画の質感が変幻していくところは面白い。少女の彷徨を幻想的に描く手つきは相米慎二っぽくもある。ただ、一つひとつのセグメントが撫でる程度で通りすぎていくので(特に後半以降)、漠然とした印象が終盤にかけて膨らみがち。監督の自伝的要素が色濃いそうだが、内省を突破する力強さも示してほしかった。主演の長澤樹のインパクトに対し、作品自体の力がもう少し届かない。

  • 映画評論家  北川れい子

    重量感のある北海道の雪深い風景が、大都会で自ら迷子になった少女の支えになっている。自分はまだやっと片足が生えたばかりのおたまじゃくしだ、と呟くもどかしい14歳。雪国生まれの彼女が、母親の死で東京に住む父親に引きとられ、そこから逃げ出してのリアルな体験。その体験には、聖と俗、死、悪意と優しさ、アートに歴史とてんこ盛り、さらに故郷まで続く三途の川?まで登場する。いくつかパターン通りの場面もあるが、幻想をリアル化する宮嶋監督のセンスは素晴らしい。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    新人監督らしい直情的でひたむきな作りには惹かれるが、類型的な設定や台詞に没入を阻害される。悪意の描写も図式的すぎる。監督自身の実体験が多く反映されているようだが、それを客観視する力があれば爆発的な傑作になっていた予感が漂う。終盤の非現実的な飛躍は魅せるものがあるだけに、そこへ至るまでの北海道の雪の冷たさや都会の孤独感の描写にこそ注力してほしかった。長澤樹の無表情は映画を象徴させる力があるだけに、もっと生かせるはず。魅力的な細部が零れ落ちている。

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コットンテール

公開: 2024年3月1日
  • 文筆業  奈々村久生

    「ぐるりのこと。」の夫婦コンビふたたび。イギリス出身の監督が日本的な家族関係や精神性を再現する試みかと思いきや、物語や登場人物像そのものが監督自身を形成した実体験に深く基づいており、自分の世界観を追求することで必然的に日本的な描写も強化される。その意味で日本映画といっても遜色ない完成度には達している。同時に、リリー・フランキーが体現するある種の日本的な男性像は、当然のごとく女性を美化しすぎているが、それを破壊する木村多江の変貌が見事だった。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    奇妙な味わいの映画。その奇妙さが監督の持ち味か、英語で書かれたセリフを日本語に訳して日本人の俳優が演じるからなのか、日本人が演じる日本の家族を東京と英国の田舎でのロケで英国人が演出してるからなのかはわからないが、いやな奇妙さではない。万国共通〈愛する相手が本当に欲しいものを言葉にしてるのに、そのままの意味で聴きとることができない男が勝手に感じてる孤独〉の問題。しかしこの問題はなんで万国共通なんだろうな。と万国の男性が自分をかえりみて頭をかかえる。

  • 映画評論家  真魚八重子

    この映画は“家族再生を描いた”と銘打たれているが、逆に家族間のぎくしゃくとした不仲が明瞭になる作品という印象だ。リリー・フランキーが妻を深く愛していることの表現として、彼の頑固で融通の利かない性格が前面に出される。妻の遺灰をイギリスへ撒きにいく旅も、用意周到な息子にたてついて、フランキーは路線図も読めぬ土地で猪突猛進していく。それが愛ゆえというのは独りよがりで、結局誰にとっても徒労となる。筆者の父も同類だったので、生前の振り回された疲労を思い出してしまった。

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FEAST 狂宴

公開: 2024年3月1日
  • 映画監督  清原惟

    交通事故で夫を亡くした女性が、事故を起こした相手の家族が経営するレストランで働く物語。交通事故で轢いてしまっただけならともかく、その場で助けずひき逃げをしてしまう男たちが、数年の服役(しかも父が肩代わり)によって許されることをハッピーエンドとして描くのは、文化の違いによる倫理観の違いはあるにしても、さすがに理解が難しいものだった。罪の意識が描かれるが、それも教会で懺悔して終わりというお気楽さで、夫をひき逃げした人の店で働く心情も全然わからない。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    メキシコ時代のブニュエルのメロドラマに似た感触がある。交通事故を起こした大富豪の加害者と貧しい被害者という非対称的な構図、さらに父親は息子の身代わりで刑務所に入り、被害者一家は加害者の大邸宅で使用人として働き、事なきを得る。罪過ではなく赦しという絵に描いた善意が瀰漫する日常の水面下で残忍な復讐劇が勃発するという予見(期待?)は裏切られる。クリシェと化してしまった因果律的なドラマツルギーへの異議申し立て、確信犯的な結末というべきか。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    交通事故で男が死に、その妻と加害側の妻の交流が始まる。「フィリピンの鬼才」のことはよく知らないのだが、無意識にカンヌ監督賞作を含む4本を見ていた。政治、セックス、暴力に絡む内容が多いが、ここでは封印されている。代わりにご馳走の映像がくどいくらい挿入されており、家族たちはセックスのごとく恍惚として食べる。キリスト教の強調があり、霊性を帯びたカメラが人の営みを覗いていく。主演のココ・マーティンも初めて知ったが、フィリピンでは「究極のスター」なのだという。不思議な映画だ。

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水平線(2023)

公開: 2024年3月1日
  • 文筆家  和泉萌香

    冒頭、ラジオが流れる走行シーンに思わず佐向大「夜を走る」を想起。撮影も同じ渡邉寿岳によるもので、夜から朝にかけての船上からの眺め、暗闇に揺らめく青い灯りなどをとらえるカメラが凜として素晴らしい。「夜を走る」は死体を出発点に男たちの物語が動き出すが、本作は不在を中心に男の車が悲しくもぐるぐるとさまよう。が、悪徳ジャーナリストやスナックに通う父親=主人公と台詞含め男性登場人物たちが、肝心の不在以上の虚しさと共に紋切り型かつ簡略化されているようにも。

  • フランス文学者  谷昌親

    散骨業を営む真吾という男の物語で、彼は福島の海辺の町に住む元漁師であり、身近な存在を津波で海にさらわれている。これだけでも充分に複雑な境遇だが、その真吾のそれなりに穏やかな日々を乱すような事件が起きるのだ。なかなか重厚なテーマを、これが初メガホンの小林且弥監督が力強く演出し、俳優陣もそれに応えている。それぞれのシーンは観客の胸に迫るものがあるはずだ。しかし、個々のシーンが突出しすぎるのか、シーンとシーンが有機的に結びついていかないのが惜しまれる。

  • 映画評論家  吉田広明

    なぜ主人公が散骨業を営んでいるのか、通り魔殺人犯の遺骨を巡ってのジャーナリスト、娘らとの確執からその理由が明らかになってゆく。何より、ごく普通のおっさんが倫理的問題にいかに処するか、その決意を淡々と描写を積み重ねて説得的に描いており、おっさんがカッコよく見えてくる。散骨に至る理由は、残された者(殺人犯遺族のみならず自分たち父娘含め)の未来のためではあるが、誰であれ鎮魂はされるべきではという観点まで突き詰めれば宗教的次元まで行けたのだがとは思う。

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52ヘルツのクジラたち

公開: 2024年3月1日
  • 文筆家  和泉萌香

    原作は未読。義父と母親からの虐待を受けていた女性が主人公だが、彼女を世界の中心に次から次へと人物が登場。最低最悪の素顔に皮をかぶったボンボンのキャラクターはさておき、児童虐待の被害者である少年と出会ってからも、それをしちゃダメだろうという彼女の行動が気になりひとりよがりにも思えてしまう。彼女に手をさしのべる彼に対しての物語の仕打ちも酷すぎるもので(女友だちも優しすぎない?)きれいな海が広がるなか、感動的に集束していくさまを見てもまったく納得できず。

  • フランス文学者  谷昌親

    虐待の被害者で、しかもヤングケアラーだったというヒロインをはじめとして、社会に自分らしい居場所を見つけられない人物が何人も出てくる。だからこそ感動的な物語でもあるのだし、ヒロインの貴湖を演じた杉咲花にとって代表作にもなるだろう。すでに大ベテランと言ってもいい成島出監督の演出も手堅い。だが、これでもかこれでもかと続いていく、重たく、それだけに人の心を打たずにはおかないエピソードの積み重ねが、逆に作品を薄っぺらなものにしていると感じさせるのが皮肉だ。

  • 映画評論家  吉田広明

    児童虐待にヤングケアラー、ネグレクトにトランスジェンダーと、どれ一つとってもまともに扱えば血の出る家族や性を巡る問題を次から次と渡り歩いて、その一つとして掘り下げることなく、大映テレビドラマ顔負けのエゲツなく不自然極まる展開で見る者の感情を引きずり回すことにばかり腐心している。これで感動作の積もりだから恐れ入る。マイノリティ問題を飯の種にするなとは言わない。しかしこれは共感の皮を被った搾取であり、真摯にそれに取り組む人へのほとんど侮辱である。

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マリア 怒りの娘

公開: 2024年2月24日
  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    貧困の惨状、そのなかでの(ときに争いながらの)母娘の絆、少女の怒りと成長をリアルに描きながら、現実と地続きの幻想へと唐突に横滑りしては戻ってくる魅惑的な作品世界。監督が映像の力をとことん信じて撮っていること、および、主演の少女が役柄を深く理解しているさまにまず感嘆させられる。しかもこの少女自身もまた役柄と同様、映画の進行と歩を合わせてめきめきと成長しているようなのだ。ニカラグアの自然の景観も、人間たちの運命への無関心を表現しているかのようで圧倒的。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    中米ニカラグアのゴミ集積場を舞台に、そこに生きる母と娘の物語。二人はその環境から抜け出そうとするが、娘マリアの犯した過ちがより困難な状況を巻き起こす。ニカラグア出身の女性監督による長篇作で、貧困、環境問題、女性の権利、人権など、現在のポリティカル・イシュー満載の作品。ゆえに海外映画祭で高い評価を得ているのだろうが、劇映画としては退屈の極み。内容のポリティカル・コレクトネスを映画作品の出来よりも重視する今の批評の風潮に「怒りの娘」ならぬ「怒りの観客」の気持ちになる。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    冒頭、カラスが飛び交い、子供たちがたむろする広大なゴミ捨て場の引きのショットからして力強い。母親を探し求めるマリアの旅をドキュメンタリーの如くカメラは追い、芝居もカメラワークもリアリズムに徹している。母親との再会で突如マジックリアリズム的世界観が立ち現れるところでは、ラテンアメリカの監督らしい表現だなと胸が高なった。画力に頼りすぎな感はあるものの、少女の怒り、悲しみ、諦念がニカラグアへの監督の想いと重なるようで、強かな意志を感じる貴重な映像詩。

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落下の解剖学

公開: 2024年2月23日
  • 映画監督  清原惟

    人間同士の関係性はとても複雑だということに、真正面から向き合った作品。裁判ものなので、最終的な勝ち負けは存在している。だけれども、人生において何が正しく間違っているかということは、本当の意味では判断できないということを思う。主人公である小説家の女性も、目の不自由なその息子も、弁護士も、みな忘れがたい顔をしている。素晴らしい演技を刻みつけられる場面があった。2時間半という時間が短く感じるほど、彼女たちの過ごしてきた人生の時間を想像させられる。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    かつてのシャーロット・ランプリングを思わせるザンドラ・ヒュラーの沈着な、しかし微妙に千変万化する表情に魅せられる。傲慢さ、悲嘆、諦念、幻滅、その内面で生起している感情を容易には看取させない貌と身振りを見つめているだけで飽くことがない。現場に唯一、居合わせた視覚障がいの息子の怯えと繊細さを際立たせる音響設計、緩慢に〈夫婦の崩壊〉の内実を浮かび上がらせる作劇も見事だ。ショパンのプレリュードがこれほど哀切かつメランコリックに響く映画も稀有ではないだろうか。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    フランスで夫殺害の罪に問われたドイツ人の妻を巡る法廷劇。フラッシュバックではなく、言葉で語られる事件の“解剖”に重点が置かれる。しかも舞台劇的ではなく映画的なのだ。夫妻はドイツ人とフランス人で、共通言語は英語。言語の目隠しが感情の目隠しとなって、関係の力学に軋みが生じる。夫婦喧嘩の感情的な暴発は「イン・ザ・ベッドルーム」「マリッジ・ストーリー」以来のリアリティ。ドイツ女優ザンドラ・ヒュラーが圧巻で、スワン・アルローら男優陣も卓越している。隅々まで緩みない映画表現。

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コヴェナント 約束の救出

公開: 2024年2月23日
  • 映画監督  清原惟

    はじめはアメリカの視点に立ちすぎていると思い、ゲーム的な戦闘シーンや、タリバンの人々を動物扱いする米兵にうんざりしながら観ていたが、最後には米兵と米軍に雇われた数多くのアフガン人通訳の絆の話だったとわかる。しかし、彼らと米兵の話は決して美談で終わるものではない。与えられるはずの永住権ももらえず、米軍撤退後に、彼らは殺されたり逃げ隠れたりすることとなった事実が明かされる。米軍が正義の名のもとに行ったことへの批評的な目線があったのはよかった。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    「捜索者」を嚆矢とする数多の〈seek & sight〉のドラマにはどれも抗しがたい神話的な魅力がある。アフガニスタンを舞台にタリバンの武器倉庫を破壊する特命を帯びた米軍兵士とアフガン人通訳の抜き差しならぬ友情と自己犠牲の美徳を謳いあげた本作もその系譜にある。荒唐無稽スレスレの大胆で巧みに構築された手に汗握る奪還劇はカタルシスを与えるに十分だが、ラスト、米軍の撤退後、タリバンが実権を握ったアフガニスタンで起こった光景に思いを馳せると暗澹とならざる得ない。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    ガイ・リッチーが新境地の開拓に挑んだ佳作。“Guy Ritchie's The Covenant”の原題からその意気込みは伝わる。2018年のアフガニスタン。米国への移住ビザを約束された地元通訳と、彼に命を救われた米軍曹長。国家と政治を排除しきれない題材ではあるが、リッチーが語りたいのは立場を越えて個になる男同士の恩義の物語。もっとも、リッチーには新機軸でも、観客にもそうとは限らないが……。ジェイク・ギレンホールはやはり上手だが、寡黙な通訳のダール・サリムも印象に残る。

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マッチング

公開: 2024年2月23日
  • ライター、編集  岡本敦史

    マッチングアプリ利用者を標的とした連続殺人事件をめぐるサスペンスミステリーというアイデアは秀逸。ブライダル業界で働きながら私生活では恋愛への興味が薄い主人公を、土屋太鳳が現代に即したリアリティをもって演じ、非常に好感が持てる。だが、物語が進むにつれて紋切り型でない場面を探すほうが難しくなり、しかも途中から別の因縁話がメインになって、マッチングアプリも関係なくなる。ちゃんとタイトル通りに主題と四つに組み合えば、企画も主演俳優も生きたのに。

  • 映画評論家  北川れい子

    内田英治監督の、観客を驚かせ、引っ張り回そうとする魂胆がミエミエのホラー系ミステリーで、ここまでエグいと逆に笑いたくなる。俳優陣も乱暴な脚本と演出に闇雲に役を演じているかのよう。マッチングアプリでの出会いが転がって、親の因果が子に及び、という新派悲劇寄りの血腥い復讐劇。マッチングアプリはあくまでも復讐の火種なのが意外と言えば意外か。冒頭の「アプリ婚連続殺人事件」が恐怖の賑やかし的なのも、内田監督ならではの観客サービスってわけ。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    角川ホラーとしてはVHSや携帯に較べるとマッチングアプリでは普遍性に欠ける。運営会社が個人情報を覗き見しているなら意図的に結びつけたりしそうだが。アプリ婚連続猟奇殺人も見た目の派手さと裏腹に、それをどう仕立てたかは描かれず。この監督は前作「サイレントラブ」と同じく安易にフラッシュバックを多用しすぎで、そこで帳尻を合わせようとする。土屋太鳳は善戦。普通のドラマよりも異常な状況へ生真面目に立ち向かう演技の方が映える。佐久間は役の難易度が高すぎた。

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ネクスト・ゴール・ウィンズ

公開: 2024年2月23日
  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    序盤、監督招聘の話を聞いた選手のひとりが「白人の救世主はごめんだ」と言う。実際この映画はその後、「白人の救世主」の話にはならないよう細心の注意を払うだろう。救われるのはサモアの人々ではなく、白人監督のほうなのだ。サモアの自然と文化、サッカー協会会長らと並び、彼の心をとりわけ解きほぐすのが「第三の性」を持つ選手。男女間だけでなく、白人文化と現地文化のあいだも往来して垣根を取り払う。星の数は抑え気味にしてますが、楽しくて愛らしくてとても励まされる映画。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    「ジョジョ・ラビット」のタイカ・ワイティティ監督による、サモアの世界最弱サッカーチームがW杯予選で起こした奇跡の実話の映画化。設定としては「がんばれ!ベアーズ」と同じ熱血コーチによる弱小チーム成功話だが、南の島ならではの脱力したムードで描く。「ジョジョ?」でそのギミック力を誇ったワイティティはカメラと編集のアンサンブルで観客を引っ張ろうとするのだが、どうもあざとさとギャグのベタさが鼻につく。スポーツ系ギャグなら「アメトーーク!」運動神経悪い芸人の方が面白い。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    米領サモアの最弱サッカーチームの実話で爽快な逆転劇。新コーチ役、ファスベンダーのシリアスな佇まいとチームメンバーのおおらかな芝居にギャップがあり、名優ファスベンダーが浮いていて演出の狙いだとしても違和感。ジョークの数々や初めと終わりにカメオ出演する監督のコメディアンぶりに、笑いを強要されているような感覚に陥ってしまった。勝ち負けよりも大切なのは楽しむことという天真爛漫なテーマをそのまま体現した作風に、軽快さと軽薄さを行き来する危うさも感じた。

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ボーはおそれている

公開: 2024年2月16日
  • 文筆業  奈々村久生

    「ヘレディタリー/継承」から連綿と受け継がれる母性神話と生殖への徹底した懐疑。それこそがアリ・アスターの哲学であり、本作はその結実の一つを提示する。主人公ボーが直面するカオスは、映像から得られる情報以外には一切の説明を欠いており、これがドッキリだとすれば観る者はネタバラシをされないまま不安と焦燥を延々抱え続けることになる。だが理性を凌駕する圧倒的なイメージの力によって、家族というものの本質に逆説からたどり着いた結末が悲劇であるとは思わない。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    星10個。いまどき、こんな精神分析的な喜劇映画を作っていいのか。いいのです。母を愛しすぎてたり、親からひどい目にあって今でも親を憎んでいたり、親のせいで人を愛することも適切な距離をとることもできなくなって人生が滞ってる、すべての人のための映画だから。「へレディタリー/継承」の答え合わせでもあり、「へレディタリー」より怖い。往年の筒井康隆ファンも必見。ラース・フォン・トリアーのファンも必見。日本のSNS上の冗談概念〈全裸中年男性〉をホアキンが演じてるのにも感動。

  • 映画評論家  真魚八重子

    非常に難物だが、基本の型は「ヘレディタリー/継承」と同じで、家族が下の代に災難をもたらす物語である。アスターは本作をブラックジョークと言い、確かにそうではあるものの、母親が息子を心身ともに破壊する話を笑うのは難しい。世界は暴力に溢れ荒涼としており、劇団の映画内演劇にしか落ち着ける場所はない。確かに我々も内心、この世界を生きづらいと思っていても、アスターの家族観の極端さは死に至るので、さすがに戸惑いを覚える。ただ家族が災厄というのは、恐ろしいが真実ではある。

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Firebird ファイアバード

公開: 2024年2月9日
  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    主演俳優に合わせて(?)全員英語を話しているという謎事態だがそれはさておき、宣伝ヴィジュアルを見ると軍隊内での禁断の愛の物語みたいだけど、実はプロットの中間点で主人公は除隊するのであり、映画がよくなるのはむしろここから。画面に変化がつくほか、どこまでリアルかはわからないけどモスクワの演劇学校の場面など興味深い。残念ながら展開は既視感だらけで掘り下げが欲しいが、ラストはそれなり胸を打つ。二人の外見の組合せが「君の名前で僕を呼んで」っぽいのは意図的?

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    冷戦時代ソ連占領下エストニアの空軍基地を舞台に、2人の青年の秘められた愛を実話に基づいて描いた物語。エストニア出身MV監督で知られるペーテル・レバネが監督しただけに映像は美しく、二人の主演男優は日本のBL(ボーイズ・ラブ)漫画のキャラのように美しい。しかし、それらの環境と美形キャストに酔っているような仕上がりで、シナリオに唸ることも新たな美意識や世界観の提案があるわけでもない。ジェンダー題材の映画はその題材力に寄りかかり過ぎている悪しき実例。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    美青年二人の視線の交わりと繊細な戯れに陶然とし続ける100分だった。何度か出てくる性的なシーンでの、炎を連想させるオレンジと青の使い分けが印象的。海でのキスシーン後、二台の戦闘機が高速で飛行するショットは二人の関係と行く末を暗示するようで心がざわついた。男二人に翻弄されるルイーザの思い違いから絶望までを丁寧に描いているのも良い。本作のヒットで、エストニアでは同性婚が承認されることになったという。ストレートで誠実な映画がもたらす力に勇気づけられる。

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カラーパープル(2023)

公開: 2024年2月9日
  • 文筆業  奈々村久生

    シスターフッドと女性たちの連帯。1985年版のリメイクだが驚くほど昨今の時流に乗っている。この40年間は一体何だったのか。ヒロインの義理の娘ソフィアが男性陣に強烈な皮肉を浴びせるシーンで、鑑賞時に男性の笑い声が聞こえたが、出所後である彼女がどんな思いで自分を取り戻そうとしているかを考えたらとても笑えなかった。その痛みがわかることをよかったと思える日がいつか来ればいい。ミュージシャンのH.E.R.がこんな顔だったっけ?と思うほどのあどけなさで新鮮。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    太った黒人女性たちの、その太りかたの美しさ。舞台版では寄りで見れない肌の美しさ、そして力強い歌声とリズム。僕にはミュージカルを味わう感性がないのだが、すばらしかった。スピルバーグ×ウーピーのストレートプレイ版は悲惨で暗かった。おなじ重い物語を、軽くではなく明るく伝えられるのが歌だ。黒人女性に生まれてしまった人生は過酷だという話が、すべての女は支配してくる男(暴力に限らず、経済、愛情搾取など)に対してもっと素直に怒っていいんだぜという話に再生した。

  • 映画評論家  真魚八重子

    個人的にミュージカルは得手ではなく、サブスクから映画の歌曲を敢えて落とすことはない。そのため本作も歌が秀逸なのはわかるが、その間、物語の停滞を感じる人間なので、同類の方はしんどいと思う。また強烈なDVとモラハラが描かれ、黒人と信仰の結びつきの強さも前面に出される。妻をずっと侮辱し暴力を振るった男性を、妻が贖罪を認めてあっという間に赦すのは釈然としない。現代的なのはシスターフッドが重視され、肉体的な関係も仄めかされることで、全体に女同士のシーンは魅力的だ。

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風よ あらしよ 劇場版

公開: 2024年2月9日
  • 文筆家  和泉萌香

    男女格差、セックス、愛、家庭、自由恋愛の果て、論じ描いた社会生活の姿、そして国家の犬に殺されるまで、伊藤野枝の短くもすさまじい人生はテーマひとつ、ある期間ひとつを切り取り描いてもむせ返りそうな濃密な映画になると思うが、「風よ、あらしよ」の言葉には追いつかない、単調な人物紹介ドラマの枠にとどまってしまっている。神近市子の刺傷事件も、ホラーめいた演出なのが残念だ。だが、彼女の叫びと言葉に一片でも触れる機会、多くの人に見てもらいたいと思う。

  • フランス文学者  谷昌親

    伊藤野枝の人生がいかに苛烈なものであったかは伝わってくるし、胸を打たれもする。それは、物語が持つ力の証でもあるだろう。しかし、映画として見た場合、俳優たちの熱演にもかかわらず、どうしてもダイジェスト版のように感じられてしまう。テレビで3回にわたって放映したドラマの劇場版になるわけだが、劇場用に再編集するのであれば、もっと思い切った編集の仕方もあったのではないか。そうすれば、この作品に欠けている、映画そのもののダイナミズムが出てきたかもしれない。

  • 映画評論家  吉田広明

    大杉栄は十代の頃に著作も読み、その思想は現在においても自分の根底を支えているが、伊藤野枝は吉田喜重の映画を通じてその重要性は知りながら親しい存在とは言えず、ゆえに彼女がその無垢、純真なセンチメンタリズムによって却って大杉のうちに潜む無意識な男性性を撃ち、彼を鼓舞したその重要性は不覚にしてほぼ初めて知った。とは言えそれ以上の映画的感興があったかと言えば疑問で、元がNHKのドラマだと言われればなるほどそうだなと言うしかなかったことは確かだ。

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瞳をとじて(2023)

公開: 2024年2月9日
  • 映画監督  清原惟

    31年ぶりのビクトル・エリセの新作は、映画をとりまく状況の変化と、映画というメディアについて描く映画だった。はじめは、どこに向かっていくのか全くわからない、長い旅に出ているような感覚だったのが、最後で急に腑に落ち、深く感動した。「ミツバチのささやき」の小さなアナ・トレントが、大人の女性になっている。それでも、すぐに彼女だとわかった。人物たちの顔がすべてを物語っている。この映画をフィルムではなくデジタルで撮影したことに、監督がもつ未来への希望を感じた。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    かつてビクトル・エリセは「ミツバチのささやき」のドキュメントの中で6歳のアナ・トレントが怪奇映画を見ながら思わず声を上げたときの表情、まなざしをとらえ「私が映画を発見した最高の瞬間だった」と語った。「瞳をとじて」に半世紀ぶりにアナに出演を乞うたのは、エリセがそんな奇蹟にも似たエピファニーの瞬間を再び見出したかったからにほかなるまい。50代後半のアナは目尻の小皺さえ美しい。父と再会した際「ソイ・アナ(私はアナよ)」と呟くアナ・トレントを観ていて私は崩壊した。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    エリセの老境を偲ばせる私的な瞑想。映画表現は常に時間と場所に帰属するが、今ここにある我々の現在もまた個々の記憶=過去の集合体にほかならないからこそ、人はスクリーンの幻に現実の似姿を見出すことができるのだろう。その意味でこの映画が比喩するのは人生の旅、それも終点にほど近い者が見た夢としての映画であり、一種ミステリ的な興味とともに上映時間は過ぎていく。その様は美しく悲しい。しかし“My Rifle, My Pony and Me”の歌詞がこんなに沁みるとは思わなかった。

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夜明けのすべて

公開: 2024年2月9日
  • 文筆家  和泉萌香

    PMSの言葉を知ってどこかほっとした人、薬で改善した人もいれば一向に良くならない人もいて。それでも向き合っていかなければならないと思い悩む女性はたくさんいるし、私もそのひとり。自分の症状により現職を辞めざるを得なかったある2人が勤めることになった同じ職場。彼らが紡ぎ出すシンプルで小さな答えは、これから最も尊ぶべきことの一つだろう。その答えの実践者である、脇を固める人々の温かさもわざとらしさがなく、都会の灯りと手作りの星空に重なる。

  • フランス文学者  谷昌親

    PMS(月経症候群)に苦しむ女とパニック障害を抱えるようになった男の物語、などと書くと、障害者への偏見をなくすように促す作品だとか、社会のなかに居場所のない男女の恋愛模様を想像してしまうかもしれない。しかし、2人は職場の同僚にすぎず、むしろ違う方向を見ている。それでも互いの障害を理解し、助け合うようになる過程が、淡々と静かに描かれる映画なのである。原作はあるが、映画で付け加えられた要素によって、「夜」がより印象的なものになっている点も魅力的だ。

  • 映画評論家  吉田広明

    弱者同士の連帯という主題の作品が多くなってきているのは、それだけ社会が疲弊しているということなのか、我々の視点が細密化して、これまで見ようとされなかった差異が可視化されてきたということなのか、ともあれ本作もその流れの中にあって、しかしこの種の主題にありがちな殊更な劇化の道を取ることなく、静かに日常を生き延びてゆく同志たちの姿をほのかなユーモアを交えながら淡々と捉えており、映画の姿が上品である。過去から届く光と声が現在を息づかせる辺りにも感動する。

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身代わり忠臣蔵

公開: 2024年2月9日
  • ライター、編集  岡本敦史

    ムロツヨシの芝居を楽しみたい人には満足度の高い内容だろう。最大の見どころは柄本明との共演シーン。かつて劇団東京乾電池の研究生時代に柄本の厳しい指導を受けたというムロが、今度は主演俳優として対峙する場面には愉しい緊張と興奮が走る。映画自体は「忠臣蔵」の大胆な脚色に見えて、武士道は特に否定しない保守系コメディ。仇討後の赤穂浪士たちの末路も含めて本来ひどい話だと思うので、もっと主人公の生臭坊主の視点から「美談」を派手にひっくり返してほしかった。

  • 映画評論家  北川れい子

    忠臣蔵も世につれ、作者につれ。今回は敵役・吉良上野介の実弟である生臭坊主が、金に釣られて床に伏した吉良の影武者になってのドタバタ忠臣蔵で、影武者役のムロツヨシも、大石内蔵助の永山瑛太も、重厚、風格とは一切無縁のカジュアル演技。二人が以前、出会っているというのが、いざ討ち入りのネックに。とはいえ幕府の非情さや家臣の動きなどは最低限描いていて、忠臣蔵に馴染みのない若い世代の入門書にもなるかも。四十七士の数もしっかり抜かりなく、オチも悪くない。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    近年に限らず、90年代に市川崑と深作欣二が競作した頃から忠臣蔵映画は外伝傾向が強くなっていったが、本作は最も跳ねた内容かつ、笑える。忠臣蔵に「影武者」を混在させるアイデアが良く、偽物の吉良が大石と討ち入りを共謀したりするが、史実との駆け引きもうまい。ムロツヨシが往年の日本の喜劇人的存在感を増し、出てくるだけで面白くなる。終盤は北野武の「首」を観た後では物足りなくなり、吉良と大石の衆道まで描けたのではないかと思えてくる。東映京都の美術が際立つ。

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ダム・マネー ウォール街を狙え!

公開: 2024年2月2日
  • 映画監督  清原惟

    実際にあった株取引に関する事件を基にした作品。個人の物語としてだけではなく、社会そのものを描こうとしている姿勢に胸が熱くなる。コロナ禍での事件ということもあり、当時の雰囲気を色濃く捉えていて、自分自身の感じていた感覚も思い出してしまった。たくさんの名もなき個人投資家たちを、映像で実際に見せていく手法も印象的だったし、何人かの投資家たちのそれぞれのエピソードにも、短いながら引き込まれる。もちろん、数々の名演をしてきたポール・ダノ演じる主人公も最高。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    コロナの最中に起きた実話の映画化。一人の会社員のドン・キホーテ的な旗振りでSNSに集結した数多の小投資家が倒産寸前のゲーム会社の株を買いまくり、ウォール街を牛耳る悪辣な大手ヘッジファンドに一泡吹かせる痛快篇だ。テーマはイマ風だが、マス・ヒステリアの恐怖もたっぷりと盛り込まれ、往年のフランク・キャプラが撮っても全くおかしくない。絶えざる幻滅と貧困に喘ぐ大衆にとっての敗者復活戦はSNS上の狂騒的なマネー・ゲームにしかない。そんな諦念も感じられる。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    2020〜21年。ヘッジファンドの空売り勢に一泡吹かせた小口個人投資家たちの反撃騒動の映画化。2009年の金融危機に大学を卒業した主人公の呼びかけに賭けたその他大勢の労働者のマスク姿。彼らとは対照的にマスクしない既得権益層たちへの階級闘争が閉塞感を打破する。映画らしい視覚的な感慨もあった。ステイホーム下の心細げな光景の数々が、将来に不安を抱える人々の心象風景になっていたからだ。好感触の役者陣と理性的な演出に貫かれたエンタテインメント。

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熱のあとに

公開: 2024年2月2日
  • 文筆家  和泉萌香

    その事件が起こった当時「一度は私たちも考えてもやらなかったことを、彼女は“やった”」というつぶやきを見た。映画は、どうであれその行為をやったという驚愕のあと、愛のあり方を問う女と、彼女の檻となった男の姿を描き、若いふたりの愛の問答は少々おかしくなってしまうほどに痛切なもので、絶対的なものを求める女の、仮死状態の生へのひとつの決着の物語としても成立している。妻のキャラクターは蛇足な気も。山本監督は本作が商業デビュー作とのことで次作も楽しみ。

  • フランス文学者  谷昌親

    かなり衝撃的なシーンから始まるだけに、そこで描かれる事件へと至る過程に遡るかと思いきや、逆に、「六年後」の字幕が出て驚かされた。つまり、タイトルにあるとおり、「熱のあと」が描かれるのであり、「まえ」ではない。そしてだからこそ、不可解とも思えるような展開もそれなりに成り立ってくる。不条理劇的なエピソードやせりふ回しにはやや辟易させられるものの、随所にユーモアもふりまきながら、階段、霧の湖、刃物、猟銃といった映画的装置を始動させる作品なのである。

  • 映画評論家  吉田広明

    主演の橋本、木竜二人を狂わせ、登場人物の全員がその人を中心に回っているホストをほとんど出さず、ブラックボックス化しているために、愛とは何なのかという映画の主題に対する作り手の結論が不明瞭になってしまっている。描かないことによって映画の世界が深まるわけでは決してなく、単に逃げているように見える。これだけの役者を使っていても、彼らの存在感だけでその欠を埋められるものではない。新人であればこそ、雰囲気で逃げずに核心部分に真っ向から臨んでもらいたかった。

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コット、はじまりの夏

公開: 2024年1月26日
  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    愛された実感を持ったことのない9歳の少女が、遠い親戚にあたる夫妻の家でひと夏を過ごすうちに、生きる喜びを見出していく、となると類似作品はこれまでたくさんある気がするけれど、口数の少ない彼女を見守るうちに、彼女が何を感じているのか、内側で何が起きているのかがひしひしと伝わる丁寧な演出。夫妻のうち、温かい妻との交流もいいが、最初コットにどう接したらいいのかわからずにいた夫が、やがて打ち解けていく過程が心にしみる。コットの疾走は、感情の覚醒そのもの。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    アイルランドの田舎町を舞台に、9歳の少女が夏休みを遠い親戚夫婦に預けられ、そこで自分の居場所を見つけていく。アイルランド語映画として歴代最高の興行収入を記録した本作は、現代の都市生活者にとって一服の清涼剤となるような大自然と少女のピュアな生活を丁寧に描く。しかし私のようなひねくれ者にはあまりにもひねりのない展開に逆にイライラ。誰もが好感を持つ「少女、動物、大自然」は映画作家としては禁じ手なのではと思う自分は都会とダークな作家映画に毒されすぎか?

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    コットが草に覆われているファーストショットでまず胸を鷲掴みにされた。単調にもなりかねないシンプルでミニマルな物語だが、コットと親戚夫婦が心を通わしてゆくひとつひとつの描写が丁寧に紡がれており、繊細な刺繍のような趣き。草花の囁き、木漏れ日、波紋、日々の生活で何気なく目にする自然の美しさを掬い上げ、五感に訴えかけてくる。互いが真にかけがえのない存在であると示唆するラストシーンが格別に素晴らしい。「わたしの叔父さん」にも通じる北欧系オーガニックフィルム。

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サウンド・オブ・サイレンス(2023)

公開: 2024年1月26日
  • 文筆業  奈々村久生

    「クワイエット・プレイス」(18)の設定に「透明人間」(20)の要素を取り入れたような一本。ホラー的な映像表現に関しては脅かしに徹した感があり、ヒロインやその家族の物語を生かしたプレーになっているとは言い難く、両者を連動させる演出の腕が望ましい。ただ、最後のエピローグ的なくだりにはジャンル映画やシリーズものにつながる可能性を持った展開があり、描写の新しさも見られたため、そのシークエンスだけを追求して発展させても面白かったのではないかと思う。 

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    怖い場面は生理的には怖かったけど、なんかよくわかんなかったな……。主人公は事件に巻き込まれる前からある問題を抱えてて、怪異現象との対決でそれと向きあわざるをえなくなる王道パターン。呪いの正体も非常に今日的で、それはいいんだけど、どうにも展開が雑でトラウマの治癒もあっさりしすぎ。ラストには過去の亡霊より現実のほうが怖かった的なドンデン返しを期待したが、それはなく、新しい〇〇が妙に長い尺かけて〇〇したのは完全に蛇足なのでは。それとも続篇の序章だったのか。

  • 映画評論家  真魚八重子

    壊れたラジオの中にいる幽霊の話である。勝手に出てくることはなく、壊れたラジオを修理して電流が通ったら現れるという、非常に稀有な霊だ。普通、そんな幽霊は廃品回収とともに消えそうだが、たまたま修理好きの父親が直したから、霊が出てきてしまうという、突飛な条件の霊だった。だったら、また壊して焼くなりすればいいだけじゃないだろうか。幽霊の見せ方の怖さは「回転」や「ヘレディタリー/継承」で学べるのに、編集が粗くぷつっと急に物質的な霊が登場するシーンも興醒め。

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サイレントラブ

公開: 2024年1月26日
  • ライター、編集  岡本敦史

    キャストもスタッフも一流どころが揃っているが、中身は度肝を抜くほど古くさい。洗脳かと思うほど何度も繰り返される「住む世界が違う」というセリフも含め、いまどき格差社会をこんな類型的に描くことに驚く。かといって古典的メロドラマを突き詰めるかと思いきや、過剰な暴力シーンがアンバランスに盛り込まれたりするのは、やはり北野武オマージュ? これだけ確信犯なら何を言っても馬耳東風かもしれないが、いろいろかなぐり捨てた代わりに何を達成したのかさっぱり理解できない。

  • 映画評論家  北川れい子

    メロドラマやラブストーリーにはルールなし。とは言えここまで嘘っぽいといささかゲンナリしてくる。喉の怪我で声をなくし、今は音大で雑用をしている若者が、交通事故で視力を失った音大生のために「街の灯」のチャップリンのように、あるいは何度も映画化されている谷崎潤一郎の「春琴抄」の丁稚のように、自分を無にして尽くしましたとさ。さすが周辺のエピソードには今風な要素を盛り込んでいるが、少女漫画だって扱わないような話を臆面もなくやっている内田監督、いい度胸。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    目の不自由な浜辺を、声を失くした山田が密かに助けていたという設定は良いが、ステレオタイプな障がい者描写を忌避した結果、見えない・喋れないという部分がおざなりに。山田が声を失くした理由は安易なフラッシュバックではなく、浜辺がある段階で知るべきではなかったか。音楽が久石譲ということもあり、描写面でも北野武の影がチラついてしまうが、「アナログ」がどの時点で謎を明かすか計算されていたことを思えば、本作の後半の展開は台詞で説明してばかりで釈然とせず。

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哀れなるものたち

公開: 2024年1月26日
  • 文筆業  奈々村久生

    作家性というのは世相にとらわれないからこそ作家性たりえるのであり、その意味で伝統芸能に近い。本作では女性の自立が寓話的に描かれているが、この題材が寓話で描かれることで最も説得力を持てたのは、おそらく少し前の時代になる。そういう意味ではランティモスの作家性を最優先に楽しむのがベストな見方と言えるだろう。ただそれは、先日SNLで全裸ニューヨーク清掃コントまで披露したエマ・ストーンの思い切った献身なしに成立しなかったのは間違いない。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    いろんな映画や漫画にいろんなフランケンシュタインの女怪物や、いろんなエマニエル夫人の旅やいろんなフェミニズムが登場したけど、こんな生まれかたのセックスモンスターやこんなフェミニストは見たことない。ランティモス作品でいちばんわかりやすかったが、驚くべきことにわかりやすさが面白さをそこなってない。哀れなる者とは誕生して科学医療のお世話になりセックスしたりしなかったり愛されたり愛されなかったりしつつ死ぬ我々のことだ。エマ・ストーンは市川実日子そっくりだ。

  • 映画評論家  真魚八重子

    製作にも名を連ねるエマ・ストーンが、本作で企図したことの明瞭さ、強い意志を考えると胸が打たれる。女性は男性の「俺が教えてやる」という姿勢が嫌いだ。政治的にも、性的にも、知的にも女性は主体性を持って学習し、判断力を身につけていく。そういった女性に恋した男たちは、彼女が思い通りに動かず苛々する。原作と違い、主人公のベラが社会主義をシスターフッド的な関係の女性から学ぶのも、今の時勢に合わせての変更だろう。撮影、音楽、美術のすべてが抜かりなく独創的。

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海街奇譚

公開: 2024年1月20日
  • 映画監督  清原惟

    ノスタルジックかつSF感のある不思議な島に、俳優である主人公の男が訪れる。そこで起こる現実なのか非現実なのかわからない出来事と、彼の過去が交錯していく。細部へのこだわりを感じる映像表現、街に流れている時間に美しさも感じつつ、映画のために切り取られた世界に少し息苦しさと、どこか既視感を覚えてしまう。女性と男性の間にある不和や、街にいる異邦人としての彼の心境が次々重なっていき、夢を見ているような感覚に陥り、気がつくと現実の世界とは切り離されていた。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    失踪した妻を探し求めて、彼女の故郷である辺境の離島を訪れた男の彷徨譚。キザすれすれのネオ・ハードボイルド小説のような趣向、近過去と現在を行きつ戻りつしながら時制はいつしか攪乱されてしまう。極端に人工性が強調された、けばけばしいダンスホールの空間とセット。そこに深海魚のように生息する女たちと水槽で浮遊するクラゲを等価にとらえる強烈なメタフォアへの意志が垣間見える。時折、瞑想に誘う審美的なショットにハッとするが、すべては〈一炊の夢〉のようでもある。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    上海から船で1時間ほどの島の物語。かつて開発で繁栄したらしきこの島の景観は、しかし終末的なまでに閑散としている。袋小路的であり、島民は気だるく無気力。誰もが過去の思い出を彷徨っている。新鋭チャン・チーの監督デビュー作は、60年代の個人的、観念的な芸術映画風情だ。アントニオーニの如く“事件”を蒸発させ、70年代のニコラス・ローグ、80年代のニール・ジョーダンも連想させたが、“意味”を敷き詰めたスタイルのキザが堅苦しい。が、際どく吸引力を維持し続ける意欲作。

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僕らの世界が交わるまで

公開: 2024年1月19日
  • 映画監督  清原惟

    「まったく価値観の違う大切な人たちと仲良くやっていくにはどうしたらよいのか、そのような考察をしたかった」と監督が語っていた。まさに今の世の中の問題の多くがそこに帰結するような気がするが、この映画は、それでも対話をやめない、というような積極的な関わりでなくとも、相手を拒絶したり否定しなければ共有できる瞬間がいつか訪れるかも、というような希望を描いている。多くは語らない脚本だけれども、芝居の素晴らしさで多くがわかる。みんな悪い人でもいい人でもないのもいい。

  • 編集者、映画批評家  高崎俊夫

    DV被害者のシェルターを運営する活動家で対抗文化世代の残滓を引きずる母親とSNSのインフルエンサーとして肥大した幼稚な自己愛を持て余す息子という構図が面白い。当初、対極的に見えた歪な母子関係が夫々〈他者〉の出現によって意外な相似性が浮かび上がるカリカチュア抜きの語り口は上質な短篇小説を読むようである。かつてのアルトマン映画のヒロインを思わせる裡に無意識の権力性と静かに沸騰する狂気を抱えたジュリアン・ムーアの佇まいはまさに圧巻というほかない。

  • 映画批評・編集  渡部幻

    DVシェルターで働く社会貢献意識の高い母親はよく出来た他人の息子に、人の成功をフォロワー数と投げ銭の金額ではかる息子は政治意識の高い同級の女子に引かれている。親子関係の不満を他者で埋めようと不毛な努力をするふたり。監督・原作・脚本のジェシー・アイゼンバーグ。彼は、理屈で動く現代人の混乱を理知で相対化できる役者でもあるが、この監督デビュー作ではそれが上っ面で終わっている。人への洞察、風刺の質が表層的で、本物にするための誠実さが希薄と思えた。

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サン・セバスチャンへ、ようこそ

公開: 2024年1月19日
  • 文筆業  奈々村久生

    あるとき以降、自分の自由意志でアレンの映画を観ることは選択しておらず、疑惑が晴れない限りはこれからもない予定である。是非はともかく、法的に裁かれようと裁かれまいと、作り手自身にまつわる情報は作品の見方にバイアスをかける。特に自画像的な登場人物や自伝的要素を多く盛り込んできたアレンの作風の場合はなおさらで、老年の主人公が漂わせる諦念を笑うこともできず、どんな作品でも人が作っている以上、「芸術に罪はない」を実践することの難しさを実感する経験となった。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    古い名作映画のカットを再現して喜んでるウディ・アレンにつきあわされる映画。映画と女が好きで嫉妬深いじいさんの話。ただし主人公はウディ・アレン当人ほか現実の老いた映画好きたちよりはナルシシズムがまだ薄い。くそじじいが監督した「映画の話をしてる映画」はだいたい面白くない。という感想を女が書けば面白い気がするが、これを書いてる僕は女好きな59歳のナルシストな男で、同族嫌悪というのはしてみてもあまり面白くない。というのがラストカットの主人公の問いへの僕の答え。

  • 映画評論家  真魚八重子

    #MeToo運動以前から、アレンが少女時代の養女の裸を撮影し、のちに結婚したという、倫理観が問われる問題は知っていた。しかし#MeToo以降に改めて向き合うと、こうした出来事を無視して、映画評を書くことは気が咎める。もはや大人の女性である養女スン・イーの、意思を重んじることも考え得るが。映画自体は近年のアレンの軽妙に人が入り乱れ、ひとまず愛が収まるべき所に落ち着く大人のドラマ。#MeToo以前のロリータ臭は払拭されている分、今の女優に興味はなさそう。

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緑の夜

公開: 2024年1月19日
  • 文筆業  奈々村久生

    これが実質的な復帰作となるファン・ビンビンが、きっちりくたびれた女で帰ってきているところにぐっとくる。さらに『梨泰院クラス』のトランスジェンダー役が好フックとして機能しているイ・ジュヨンとのコラボは、世代や国籍を超えた二人が刹那的に接近するワンナイトの熱さと儚さがエモーショナル。港の荷物検査シーンで、女性が女性の体のラインに沿って金属探知機を滑らせる、出会ったばかりの二人が無言で交わる艶かしい距離感。女性監督がシスターフッドで描くその関係性が美しい。

  • アダルトビデオ監督  二村ヒトシ

    中韓ベテラン若手の二大女優W主演で、男の暴力支配に反逆するぎこちないシスターフッドを女性監督が撮る。男が撮った「テルマ&ルイーズ」、性別適合前のMtF監督が撮った「バウンド」(どっちも男である僕には面白かった。えっ、どっちももう30年くらい前なの?)と比べて痛快さはまったくなく、乾いていて重い。いま撮ったら、そりゃそうなる。そこがいい。虐待を受けてる側が陥る依存も描かれてる。母なるものを失ったままの女の物語でもあるのだろう。それでも女と女は出遭って、別れる。

  • 映画評論家  真魚八重子

    ジン・シャを演じるファン・ビンビンの変わらぬ美しさに陶然としながらも、行き当たりばったりの物語に困惑する。彼女は保安検査場での仕事中に、緑色の髪をしたエキセントリックな少女と出会う。職業柄、本能的に危ういものを感じつつ、その少女に惹かれて一寸先は闇の世界に踏み込んでいく。しかし緑色の少女にもっと飛躍する世界観があれば良かったが、ただ単につまらぬ運び屋で無駄な時間だった。何よりラストが許せない。可愛いチワワを巻き添えにする意味が理解できない。

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ゴールデンカムイ

公開: 2024年1月19日
  • ライター、編集  岡本敦史

    大変な意気込みで作られていることはわかる。アクションシーンは目を見張る出来映えだし、雪景色のロケ撮影がもたらす映像的説得力も大きい。アシリパ役の山田杏奈も最良の配役だし、矢本悠馬のなりきりぶりにも感心。ゆえに、全篇漂う「なりきれてない」上っ面感、山粼賢人のミスキャスト感(不死身に見えない、「キングダム」と区別がつかない等)がどんどん雪だるま式に見過ごせなくなってくる。大事な「オソマ」のくだりで、ユーモラスとギャグを履き違えた演出も残念だった。

  • 映画評論家  北川れい子

    キャラクターは出揃った。各自、それぞれの野心と目的で、北海道のどこかに隠されているに違いないアイヌの埋蔵金を巡り、三つ巴、いや四つ巴の争奪戦。ではあるが本作、まだホンのプロローグにすぎず、えっここで終わっちゃうの? 主人公である“不死身の杉元”の行動が、いささか成り行きまかせなのは、障害物競走仕立てなので当然だが、キャラの顔見せ篇にしてはいずれの人物も人騒がせなだけに見え、「キングダム」シリーズにおける大沢たかお級の大物が不在なのが物足りない。

  • 映画評論家  吉田伊知郎

    原作未読につき実写化への不安も期待もなかったが、まるで70年代の牧口雄二が撮ったかのような荒唐無稽さとアクションの混在を愉しむ。ヒグマ襲撃から脱獄犯とのくだりを経て終盤のチェイスまで、丹念にアクションを積み重ねていきながら活劇と笑いで見せきることに徹した作りも好感。山粼がベストアクトを見せ、アイヌを演じることの可能性を示した山田も良い。最近は終盤になると次回作へ全フリする大作が多いが、きちんとオチをつけて次へとブリッジをつける本作は良心的。

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燈火(ネオン)は消えず

公開: 2024年1月12日
  • 翻訳者、映画批評  篠儀直子

    香港を離れようとする娘と、香港にとどまって夫の工房を守ろうとする母。工房もネオンも香港の換喩だ。そして一人ひとりの個人史が、香港の歩みと重ね合わされる。—という図式がいったん見えてしまうと、もうそれ以外の見方ができなくなってしまいそうになるのだが、実は事態は最初に思われたほど単純ではない。各人物が互いに負い目や秘密を抱えていたことが明らかになるにつれ、映画はみるみる血がかよいはじめる。光の映画にふさわしく、丹念に工夫された各場面の光の色が美しい。

  • 編集者/東北芸術工科大学教授  菅付雅信

    香港のネオン職人の夫を亡くした妻が、彼の弟子と共に夫がやり残した最後のネオンを完成させようとする。香港を象徴するネオンの9割が法改正でなくなった現在の香港にて「古き良き日」を回想し甦らせようという設定は、最近の昭和ブームに沸く日本も近いものがある。かつてのアクションやコメディで一世風靡した香港映画ではなく、落日を慈しむ香港映画。この映画のネオンに託されたものは、現在の香港人にとって、ノスタルジーだけでなく静かな抗議活動であることを感じさせる。

  • 俳優、映画監督、プロデューサー  杉野希妃

    消えゆくものへの哀悼というありがちなテーマゆえに凡作になりそうなところを、レトロ感と近未来感を併せ持つネオンの異様な輝きが作品に視覚的なオリジナリティを与えている。監督デビュー作とは思えない安定した手堅い演出に驚きつつも、感傷的すぎる箇所にはやや白けてしまった。娘の反抗的な態度や弟子の葛藤の要因が見えづらく、物語をドライブさせるための都合上の設定に思える。それでも香港の現状と重なる物語には心打たれるし、終盤のシルヴィア・チャンの顔に痺れる。

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スケジュールSCHEDULE

映画公開スケジュール

2024年3月1日 公開予定

愛のゆくえ

孤独な少年少女の心の成長を綴る、宮嶋風花監督による半自伝的長編デビュー作。母親が心の病を抱える14歳の宗介は、幼馴染の愛、そして愛の母・由美と北海道で暮らしている。だが突然由美が帰らぬ人となってしまい、愛は父親に連れられ東京へ転居することになる。出演は「ちひろさん」の長澤樹、「少女は卒業しない」の窪塚愛流、「福田村事件」の田中麗奈。

明けまして、おめでたい人

俳優の山脇辰哉が原案・企画・脚本・主演を務め、自らが経験した年末の出来事を描いた舞台劇を映画化。仕事も恋も上り調子の山脇は、帰省する“彼女みたいな人”を送り出し、地元の友だちと毎年恒例の年越し。その後は家族とおばあちゃんの家へ向かうが……。共演は「海の夜明けから真昼まで」の羽音、「17歳は止まらない」の片田陽依。監督は劇団ミルズズの主宰を務め、本作が長編映画監督デビューとなるウトユウマ。

あとがき

「僕とぼくとカノジョ」でさぬき映画際2021グランプリに輝いた新鋭・玉木慧が友人をモデルに、路上で一人芝居する役者と吃音のアーティストの8年の交流を描いた青春映画。役者志望の染井春太はある日、下北沢のバーで吃音のアーティスト、レオと出会う。出演は「ラーゲリより愛をこめて」の猪征大、「甲州街道から愛を込めて」の遠藤史也。

TV放映スケジュール(映画)

2024年2月28日放送
18:00〜19:55 BS12 トゥエルビ

日本侠客伝 白刃の盃

20:00〜22:21 BS松竹東急

遙かなる山の呼び声

20:00〜21:50 BS12 トゥエルビ

現代やくざ 与太者の掟

2024年2月29日放送
13:00〜15:24 NHK BSプレミアム

敦煌

13:40〜15:40 テレビ東京

デンジャラス・ラン

19:00〜20:30 BS12 トゥエルビ

日本統一38

20:00〜22:11 BS松竹東急

ホタル(2001)