「死ぬまでにこれは観ろ!」 樋口真嗣(映画監督)×松崎健夫(映画評論家)【後編】
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- 2019年09月05日
「死ぬまでにこれは観ろ!」 樋口真嗣(映画監督)×松崎健夫(映画評論家)【後編】
前編に続き、キングレコードの「死ぬまでにこれは観ろ!」シリーズを樋口真嗣、松崎健夫の両氏に語っていただいた。特撮を手掛ける樋口監督ならではの作品チョイスや、松崎氏の人生を狂わせた映画の話も登場する。
※「死ぬまでにこれは観ろ!」シリーズとは・・・アクションやドラマ、ホラーなど多彩なバリエーションに富み、S級からZ級までを揃えた人気シリーズ。6年目を迎え、今年はブルーレイ93タイトル、DVD77タイトル、計170タイトルの洋画が揃う。
映画は人生を教えてくれる先生!?
松崎 このシリーズのマイベスト・テンに入る「恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」(89)はそもそも好きな映画。これを劇場で観た時はまだ大学生になったくらいの頃で、夜な夜なジャズバーに入り浸ってピアノを弾くような生活をしたいと、辞めていたピアノを再び習い始めました(笑)。
樋口 人生を狂わせた映画ですね。
松崎 映画ってそういう影響を与えるんですよ。人生の先生。本作もおじさんと若い女の子の話だと思っていたのに、気付いたら彼らより僕の方が年上になっていた。
樋口 「スローターハウス5」(72)は不朽の名作としてのベスト?
松崎 「メッセージ」(16)を観た時、基本的には同じ話だと思って。ジョージ・ロイ・ヒルは「明日に向って撃て!」(69)「スティング」(73)の監督ですが、後の「ガープの世界」(82)で死生観みたいなものを描いていて。本作でもこの死生観を特撮も使わず、ほぼ編集で見せている。
樋口 実際にあるものだけでやっていますよね。
松崎 そんな中、SFを成立させられるのって凄いと思うんですよ。ただヒル監督はその後あまり撮れなかった。身体の調子も悪かったらしいですが、もっと作れる環境があったらさらに良い作品が観られたんじゃないかと。
樋口 そういう命みたいなものを削って込めている感じがしますね。
松崎 「スローターハウス5」は「インターステラー」(14)の映画の元にもなっているんじゃないかって考えるには凄くいい作品です。
樋口 これを今のメジャー・スタジオが巨大な予算で作ろうとしたらこんな作品ができるっていうのをクリストファー・ノーランがやっている感じがしますね。時間軸の行程とか、ルールを破って新しく再構築する先駆けというか。映画の実験が許された時代なんですかね、あの頃って。確か本作は小説がある原作ですよね。
松崎 カート・ヴォネガット・.Jr.ですね。この頃は言ってもCGがない時代。アナログな手法しかないと考えた時、例えば「戦争のはらわた」のサム・ペキンパーはスローモーションを多用していますが、最初から想定して、編集時にスローになるように考えながらハイスピードで撮っている。樋口さんも特撮はやっぱりアナログの方がいいですか。
樋口 そういう限られた中でどう見せるか、みたいなものがあるわけですよ。自分が演出に入ったのも結局それなんですよね。自分でやった方が前後のカットはこうすべきだとか考えられるし、決められる。昔、10本ぐらいのテープから特撮部分を抜き出し1本のVHSにまとめたことがあるんですが、特撮部分は少ないんですよ。結局、そのリアクションを見せることで間の尺を稼ぎ、実は凄くそぎ落とされた中でやっている。「スター・ウォーズ」第1作も、見た感じの豊かさは物凄くある。その後、間の含めてのここが一つのシチュエーションだと気が付いた。
松崎 ワンシーンとかワンシチュエーションとか、その中で際立つカットがあればいい。
樋口 マネーショットとも言う。
松崎 マイケル・ジャクソンのムーンウォークも凄く観た気がするのに、1曲のうちの数秒。際立つショットのために前後のシーンがあるって考え方ですね。
2本立てに心躍った名画座ラインナップ
樋口 「L.A.大捜査線/狼たちの街」のパッケージは新しくなりました?
松崎 これも当時のチラシと同じだと思います。
樋口 「ロス爆発寸前」っていう煽り文句がいかにもその当時らしい。
松崎 場面写真をとって、コラージュしたような。
樋口 この頃「ブレードランナー」(82)ロスみたいなのがありましたね。ボロごけしたので名画座でもやらなくなった。その後しばらく、キービジュアルに銃を構えていたり、ロングコート着たりする画がよく使われた。むしろこの頃、ビデオのない時代は好きな映画が観られない枯渇感がある。その代償行為として他の映画を観ることで映画体験が広がっていく。そういう時の名画座の存在はありがたかった。しかも2本立て。
松崎 僕は「ストリート・オブ・ファイヤー」(84)を観ると、同時上映で「フラッシュダンス」(83)とか「フットルース」(84)がついてくるイメージがあります。
樋口 青春の香り。
松崎 「ストリート・オブ・ファイヤー」の映像も地面が濡れていて「ブレードランナー」っぽい。
樋口 そうなんです。地面が濡れていて逆光。あと望遠のショットでガシャガシャやるとか、シャープな編集とか。今度の字幕は凄くいいんですよ。歌詞まで字幕が付いていて、知っているくせにボロ泣きできる。今観るとリテラシー的にどうかっていうか、相当男尊女卑感が強いけど、女子と一緒に観にいったら、世代も違うけど大喜びしていました。この映画は不滅だなってくらい。
松崎 「刑事グラハム/凍りついた欲望」(86)のジャケットも「ブレードランナー」感ありますね。
樋口 こういう作品を入れるとお客さんが集まるんですよ。
松崎 まさにそう。東京国際ファンタスティック映画祭で上映されたんですが、映画雑誌に掲載されたスチール写真1枚で物凄く観たくなった。「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」(85)もそう。本当にみんなが観たかどうかは分からないけど、ミッキー・ロークとジョン・ローンは知っていた。そういう現象って今はあまりないですね。
樋口 「不思議惑星キン・ザ・ザ」(86)はミニシアター公開ができるようになった最初の頃の映画。そういった再評価の仕方みたいなものも含めて観るといいかも。
松崎 長らく観られなかったですしね。チープだって言われたらそれまでですが、最後は何度観ても感動しちゃう。最初に劇場で観た時は僕のリテラシーも高くなかったので、どのくらい長いんだって思いましたが、ずっと観ていったことで印象が変わりました。
あと、エロのパートで言うと、「エマニエル夫人」(74)のシルヴィア・クリステルが主演した「チャタレイ夫人の恋人」(82)が初廉価で入りました。当時、彼女が発禁された小説のチャタレイ夫人をやるという企画が斬新でよかった。
映画ファンに愛された作品とは?
樋口 松崎さんとかぶっていない作品で言うと、「ハワード・ザ・ダック 暗黒魔王の陰謀」(86)はマイベストに入りますね。ジョージ・ルーカスが迷走しまくって何をやってもダメだった時の作品。ちっともいい映画じゃないですが、いろんな意味で必要な映画というか。
松崎 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(85)の流れから、リー・トンプソン主演作ですもんね。
樋口 あと悪役のジェフリー・ジョーンズ。「フェリスはある朝突然に」(86)の校長先生。この頃、しょぼい悪役みたいなのを必ずやっていた。主人公のアヒルさえ目をつぶれば非常にいい映画です。
松崎 その後「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」(14)にハワード・ザ・ダッグは出ています。
樋口 標本のように(笑)。実はマーベル・キャラクター。マーベル・シネマティック・ユニバースの先駆けという見方もできる。あと「スペースバンパイア」は映画ファンに愛されていますね。音楽のヘンリー・マンシーニも素晴らしい。これはトビー・フーパーとしては異色作。
松崎 SFものでイギリスが舞台ですからね。「スター・ウォーズ」(77)や「2001年宇宙の旅」(68)がエルストリー・スタジオで作られているから、イギリスでSFを撮る文脈にも意味がある。
樋口 特撮は「スター・ウォーズ」のジョン・ダイクストラがやっている。あと、「ウイラード」(71)と「ベン」(72)でネズミ映画祭もできます。当時から観られなかった「マッドボンバー」(72)も観たいですね。さすがに観てない作品があるなぁ。
松崎 「ハネムーン・キラーズ」(70)もいい映画だって言われながら観ていない。本当にあった話を元にして、悪い男とその男にたぶらかされた、外見あまりぱっとしない女性が犯罪を繰り返していく話。トリュフォーが凄く褒めたとか。今回購入します(笑)。
樋口「チェリー2000」(87)も観てないなぁ。
松崎 これは珍品ですね。あとDVDしか出ない「数に溺れて」(88)は意外と劇場で観るよりパッケージ向きだと思っていて。数字が画面の隅っこに1から順番にずっと出てくるんですが、変なところに入っているので、画面を止めないと分からなかったりするんです。ブルーレイはあまり一時停止に向いていないですよね。
樋口 「プロスペローの本」(91)もDVDだけですね。ラインナップを眺めるだけでも話は尽きない。
松崎 今後も続けてラインナップをさらに充実させてほしいですね。
㊧樋口真嗣(ひぐち・しんじ)/1965年生まれ、東京都出身。高校卒業後、東宝撮影所特殊美術課特殊造形係に入る。同年、ガイナックスに参加。95年「ガメラ 大怪獣空中決戦」で特技監督を務め日本アカデミー賞特別賞を受賞。監督作は「ローレライ」(05)「日本沈没」(06)「隠し砦の三悪人」(08)「のぼうの城」(12)「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」シリーズ(15)「シン・ゴジラ」(16)など。21年公開「シン・ウルトラマン」が発表された。
㊨松崎健夫(まつざき・たけお)/1970年生まれ、兵庫県出身。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ、映画の現場を経て、映画専門の執筆業に転向。数多くのテレビ、ラジオ、ネット配信の情報番組に出演。本誌ほか、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺・弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを務める。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社刊)ほか。
文=岡﨑優子/制作:キネマ旬報社(キネマ旬報9月上旬号より転載)