バーバラ・ローデンの忘れられた傑作「WANDA/ワンダ」が日本劇場初公開

世界の名立たる映画人やアーティストたちが「忘れられた小さな傑作」と賛美。48歳で世を去ったバーバラ・ローデン伝説のデビュー作にして遺作「WANDA/ワンダ」(1970)が、7月9日(土)より日本で劇場初公開される(シアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開)。

 

 

ペンシルベニア州の炭鉱町。夫に離別され、子供も職も失い、有り金もすられたワンダ。少ないチャンスを使い果たした彼女は、薄暗いバーで傲慢な男と知り合っていつしか犯罪の片棒を担ぎ、逃避行を続ける……。アメリカ社会の片隅に取り残されて崖っぷちを彷徨う女性の姿を描き、70年代アメリカ・インディペンデント映画の道を開いた奇跡のロードムービー「WANDA/ワンダ」。

監督・脚本・主演のバーバラ・ローデンは、生まれ故郷であり子供時代に虐待を受けたノースカロライナ州を逃れ、16歳でニューヨークに移住。ダンサーやピンナップモデルを経て女優となった彼女は、エリア・カザン監督作「草原の輝き」(61)に出演、1964年にはカザンが演出したアーサー・ミラーの戯曲「アフター・ザ・フォール」でトニー賞の主演女優賞に輝いた。

カザンはローデンの演技を「彼女のやっていることには、常に即興の要素、驚きがあった。私の知る限り、そんな役者は若い頃のマーロン・ブランドだけだった」と賞賛。その後ローデンは、二度目となる結婚をカザンとする。長年、女性らしさに縛られ、女性らしさを売り物にしてきたローデンは、30歳を過ぎた頃、自分のアイデンティティや目標を見出せない従順な女性像に疑問を持つ。「WANDA/ワンダ」の製作は、すなわち彼女の独立宣言であり、「エリア・カザンの妻」と呼ばれること、他人の書いた役を演じることから逃れたその生き様を実証している。1980年、ローデンは乳がんで48年の生涯を閉じた。

「私は洗練された映画が大嫌いなの」

「WANDA/ワンダ」は1970年ヴェネツィア国際映画祭最優秀外国映画賞に輝いたアメリカ映画であり、1971年カンヌ国際映画祭で上映された唯一のアメリカ映画でありながら、名声とは裏腹にアメリカ本国ではほぼ黙殺された、最も観られていない、しかしおそらく最も重要な一本だ。その魅力は人伝てに広まり、偉大な小説家であり監督のマルグリット・デュラスは「奇跡」と称賛。ローデンの演技を「神聖で、力強く、暴力的で、深遠だ」と驚嘆し、「(「WANDA/ワンダ」を)いつか配給することを夢見ている」と映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』で語った。その後も映画は同世代の女優や映画監督たちに多大な影響を与えながらも、長い間、観ることのできない“伝説”だった。

デュラス、マーティン・スコセッシ、女優イザベル・ユペールはもとより、カンヌ映画祭常連のダルデンヌ兄弟、親交の深かったジョン・レノン、オノ・ヨーコ、カルト映画の巨匠ジョン・ウォーターズ、現代アメリカ映画の最重要作家ケリー・ライカート、ガーリーカルチャーの旗手ソフィア・コッポラなど、世界の名だたる映画作家やアーティストが口々に「失われた傑作」と評し、不世出の作家としてローデンに敬意を表する。「私は洗練された映画が大嫌いなの」と言い放つローデンの荒削りな美学に貫かれた本作には、動き続けるカメラワーク、無名のロケーション、奇抜さや奇妙なキャラクターを求める姿勢など、その後の数多くのインディペンデント映画で用いられるスタイルが見て取れる。“インディペンデント映画の父”と称されるジョン・カサヴェテスは「『WANDA/ワンダ』は私のお気に入りの作品だ。ローデンは正真正銘の映画作家だ」と高く評価した。

プリント修復から永久保存登録へ

2003年、イザベル・ユペールはデュラスの意思を引き継ぐかのように、この幻の映画の配給権を買い取りフランスで甦らせる。2007年、映画の運命は大きく変わった。閉鎖前のハリウッド・フィルム&ビデオ・ラボの書庫を訪れたUCLAフィルム&テレビジョン・アーカイブの修復師が、放置されていたオリジナルのネガ・フィルムを発見し、救い出したのだ。2010年には、マーティン・スコセッシが設立した映画保存運営組織ザ・フィルム・ファウンデーションとイタリアのファッションブランドGUCCIの支援を受けてプリントを修復、ニューヨーク近代美術館で上映されると行列が出来るほどの大成功を収めた。熱烈な支持者であるソフィア・コッポラが自ら紹介し、観客の中にはマドンナの姿もあったという。

同年にヴェネツィア国際映画祭で再び上映され、2011年にはBFIロンドン映画祭やロサンゼルスの保存映画祭でも上映される。2012年にはフランスの作家ナタリー・レジェが「バーバラ・ローデンのための組曲」を出版、英訳もされてローデンの評価はさらに高まった。

2017年、「文化的、歴史的、または審美的に重要」で後世に残す価値がある映画として、「スーパーマン」(78)「フィールド・オブ・ドリームス」(89)「タイタニック」(97)などとともに認められ、アメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録される。時間を経て発見された「WANDA/ワンダ」は、アメリカ映画の公式な歴史にはほとんど登場しない。だがニュー・ハリウッド時代の金字塔、アメリカ・インディペンデント映画の代表作として、大西洋の両側で注目されている。

そして2022年、日本でスクリーン初上映。自由を讃えるワンダの“どこでもない場所から、どこでもない場所への旅”が始まる──。

 

 

【COMMENTS】

バーバラ・ローデンの「WANDA/ワンダ」を配給したいのです。私が配給会社をやっているわけじゃないけど。そういうことを言っているのじゃなく、つまり全精力を尽くしてあの映画をフランスの観客に届けたいのです。私はできると信じています。「WANDA/ワンダ」にはひとつの奇蹟があると思います。通常、映像表現とテキスト、被写体とアクションの間には距離があります。でも、その距離が完全に消えて、バーバラ・ローデンとワンダの間には、瞬間的かつ永続的な連続性があるのです。
──マルグリット・デュラス(小説家、脚本家、映画監督)

「WANDA/ワンダ」は紛れもなく映画界の最高傑作のひとつに数えられる。ローデンは、たった1本の長編映画を撮っただけなのに、その1本で映画の歴史に深く刻まれた特別な監督のひとりです。「WANDA/ワンダ」の中には、映画業界のメタファーを見逃さずにはいられませんでした。悪党とその共犯者、まるで映画監督とその女優のように。そこでは、従順で要求が多く、咎め立てられずに消費される一方で、男たちは、映画監督たちは、ちっぽけなヤクザ者として振る舞うのです。全てが非合法な文脈の中にあるものです。映画では、表向きに語られていることもあれば、その裏で語られていることもあります。バーバラ・ローデンは映画のアウトロー的な側面について極めて上手く訴えています。
──イザベル・ユペール(女優)

なぜバーバラ・ローデンは映画史の中でもっと称賛されないのでしょうか? 私には理解できない。彼女の演技やフレーミングのセンスもさることながら、この映画で彼女が思いもよらない方法でジャンルを弄んでいるのが好きです。当時、他に誰がそんなことをやっていたのでしょう? 場所と人々の真の感覚を得ることができ、脇役も皆素晴らしい。
──ケリー・ライカート(映画監督)

 


【REVIEWS】

「WANDA/ワンダ」は、「ボニーとクライド/俺たちに明日はない」に影響を受けた素晴らしい作品であり、アメリカの暴力と絶望のビジョンを、特に男性的で深い心理的なものとして捉え直している。ケリー・ライカート監督の「リバー・オブ・グラス」は、この作品を抜きにしては考えられない。
──Time Out

初監督作品としては、これ以上の作品、これ以上の機転の利いた作品、これ以上の難易度の高い作品は考えられないだろう。ヒロインをセンセーショナルにしたり、贔屓にしたりすることなく、彼女の面白さを見出しているという点で、この作品は著しく女性向けの映画であると言える。
──The New York Times

「WANDA/ワンダ」のキャラクターは、14年後に公開された「パリ、テキサス」の、ほとんど無口なトラヴィスを思い出させる。
──Little White Lies

すぐに見てください。友達に見せてください。お母さんにも見せてあげてください。この映画について何度も話してください。この映画が消えてしまっては困るのです。
──Boston Globe

この作品の評価は、近年、若手監督の間で非常に高くなっており、ルー・リードの「ヴェルヴェット・アンダーグラウンドはレコードがあまり売れなかったが、レコードを買った人はみんなバンドを始めた」というジョークを思い起こさせる。
──The Ringers

ローデン監督は骨の髄まで贅肉を削ぎ落とした超大作のヴェリテ映画を作った。
──The Atlantic

手持ちの16ミリカメラはこの厳しいストーリーを完璧に表現しているが、音質はその場で作られたポルノ映画のように、ちぐはぐでバラバラである。奇妙なことに、この音の悪さがこの映画の信憑性を高めている。
──Senses of Cinema

「WANDA/ワンダ」は、シャンタル・アケルマンの「ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン」の映画的な精神的姉妹である。この2つの映画の大きな違いは、一方がプレミア上映されフェミニストの傑作として賞賛されたのに対し、もう一方の作品はまったく陽の目も見ないまま、その後ほとんど忘れ去られてしまった傑作だ。
──aVoir-aLire.com

この映画は「道」と「ボニーとクライド/俺たちに明日はない」を混ぜたような映画で、どちらの映画にもないロマンがある。行動や登場人物をドラマチックにしようとしていないことは非常に立派だ。
──The Village Voice

有名なエリア・カザンの妻が監督した唯一の映画を見たいのであれば、「WANDA/ワンダ」はその歴史的重要性のために見るべき映画である。そして何よりも、他の時代の映画とは全く異なる1970年代の作品を探しているなら、そして質の高いインディペンデント映画製作の最初の例の一つを探しているなら、「WANDA/ワンダ」を見る必要がある。
──IndieWire

無視された小さな傑作。世界は「ワンダ」のような映画をもっと必要としている。ラストシーンのフリーズフレームの画像は、永遠に私たちの心に残る。
──Variety

「WANDA/ワンダ」は紛れもなく映画界の最高傑作のひとつに数えられる。ローデンは、たった1本の長編映画を撮っただけなのに、その映画で映画の歴史に深く刻まれた特別な監督の一人だ。
──Positif

 

                    

 

「WANDA/ワンダ」

監督・脚本:バーバラ・ローデン
撮影・編集:ニコラス・T・プロフェレス
照明・音響:ラース・ヘドマン
制作協力:エリア・カザン
出演:バーバラ・ローデン、マイケル・ヒギンズ、ドロシー・シュペネス、ピーター・シュペネス、ジェローム・ティアー
1970年/アメリカ/カラー/103分/モノラル/1.37:1/DCP/原題:WANDA
日本語字幕:上條葉月
提供:クレプスキュール フィルム、シネマ・サクセション
配給:クレプスキュール フィルム

コピーライト:©1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS
公式HP:https://wanda.crepuscule-films.com/
Twitter:@wanda_movie