こんな親切な泥棒、本当にいたの!? 驚きの実話『ゴヤの名画と優しい泥棒』

こんな親切な泥棒、本当にいたの!? 驚きの実話『ゴヤの名画と優しい泥棒』

1961年、世界屈指の“美の殿堂”として知られるロンドン・ナショナル・ギャラリーで起きた、フランシスコ・デ・ゴヤの名画盗難事件の驚くべき顛末を描いた映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』が、8月3日(水)よりDVDでリリースされる。

イギリス中を騒然とさせた、前代未聞の名画盗難事件

館内の厳重な警備をくぐり抜け、何者かが歴史的な名画「ウェリントン公爵」を盗み出して忽然と姿を消したこの事件。ショーン・コネリー主演の1962年公開「007」シリーズの第1作目『ドクター・ノオ』の劇中でも語られるほど、当時のイギリス国内を騒然とさせた。

犯行には国際的な犯罪組織が関与しているのでは?…などの憶測を呼ぶ中、犯人は絵画返還の条件として、政府に貧しい地域で暮らす高齢者のTV公共放送(BBC)受信料支払いの肩代わりを要求。その奇妙な「身代金」の提示に関係者も戸惑うが、ある日盗まれた絵画を携えて自首してきたのは…労働者階級の地域でつつましく暮らす、初老の男性だった。事件は全て、彼の「単独犯行」だったのだ!

個人の私利私欲とは全く無縁な、あくまでも「政府に物申す」ことが目的だったという、あまりに破天荒な善人(!?)が引き起こしたこの騒動。もちろん全てが「実話」だ。

イギリス映画界を代表する名監督&名優陣が醸す極上のユーモア

本作の監督を務めたのは、ロマンティックコメディの名作『ノッティングヒルの恋人』を始め、多くの娯楽作を手掛けてきた名手、ロジャー・ミッシェル。彼の「イギリス魂」が全編に込められた、愛すべきユーモアとペーソスに溢れた展開が絶賛を集めたが、残念なことにミッシェル監督は2021年9月に逝去。本作が長編映画の遺作となった。

名画の盗難という大事件を巻き起こした型破りな男、ケンプトン・バントンを飄々とした個性で演じたのは、2001年公開の『アイリス』でアカデミー賞®助演男優賞を受賞した名優、ジム・ブロードベント。そして夫の無軌道な行動に呆れ果てながらも、彼を見捨てることなく添い続ける妻を演じたのは、2006年『クィーン』でエリザベス女王を演じ、アカデミー賞®主演女優賞を受賞したヘレン・ミレン。共にイギリス映画界を代表する名優ふたりが、貧しい境遇でも庶民の誇りを忘れず生きていく老夫婦を、絶妙な掛け合いで演じているのも大きな見どころだ。

権力に媚びない「反骨オヤジ」の心優しき犯行動機とは

それにしても、こんな突拍子もない「事件」を起こした容疑者であるケンプトン・バントンという人物は、一体何者だったのか?

バントン氏は低賃金の労働者や移民が多く暮らすイギリス北部の町・ニューカッスルでタクシー運転手などの職を転々としながら、劇作家を目指して戯曲を書くことを生き甲斐とする、ごく平凡な庶民だった(ちなみに書き続けた作品は、いずれも世間に認められることは一度も無かった)。一方で彼は、社会の不正や差別などへの抗議運動にも積極的に声を上げ、政府が強要するBBC受信料支払いについても一貫して拒否したため、刑務所に短期間ながら収監されたことがあるという、筋金入りの「反骨オヤジ」だった。

DVDの特典映像に収められたミッシェル監督やキャスト陣のインタビューでも語られているが、バントン氏は陽気で家族想いの優しい人柄ではあったものの、決して「聖人」でもなければ「英雄」でもなかった。むしろ金銭的にはかなりセコい一面があったり、短絡的な行動で周囲を混乱させたりもする、良い歳をした「悪戯っ子」のような性格だったようだ。

そんな彼が何故はるばるロンドンまでやって来て、絵画を盗難する犯行に及んだのかという、その意外な「理由」については本編を観てのお楽しみだが、バントン氏が裁判の中で過酷だった自身の半生を振り返りつつ、これまでの窮地を救ってくれたのは「神」ではなく「周囲の人々」だった、と語る場面が印象深い。孤独で貧しい暮らしを営む老人にとってのかけがえのない娯楽であるはずの「テレビ」が、受信料を支払わなくては楽しむことが許されなかったという、当時の理不尽な制度に彼が憤りを覚えたのも、そんな厳しい境遇を互いに助け合いながら生きてきたという過去を踏まえると、とても切実な想いとして理解できる。

60年代「変革」前夜に現れた、現代の「ドン・キホーテ」

バントン氏の決して「権力」に媚びない姿勢は、やがて「長い物には巻かれろ」的な風潮に甘んじてきた多くの庶民にとっても、自ら「声」を上げる勇気を持つきっかけとして、全国に広まっていった。その姿は今もイギリス労働者階級の代弁者として、数々の傑作を撮り続けている巨匠ケン・ローチ監督の映画とも通じるものを感じる人も多いだろう。

本作の作り手たちは、そんな破天荒な父に良くも悪くも翻弄された妻と息子たちの眼差しを通して、不平等な世の中へ「NO」を突き付けた彼の現代版「ドン・キホーテ」的な蛮勇に、時を超えた優しいエールを送っている。そして事件の「真相」が紐解かれていくうちに、バントン氏が本当に守りたかったものが明らかになっていくクライマックスでは、誰もが心の中に暖かい「灯」をともされるのを感じずにはいられないはずだ。

ちなみに事件が起こった61年当時のロンドンと言えば、ちょうどビートルズが世界を席巻する寸前の、若者たちが古い価値観を壊して新たなムーブメントを起こし始める、言わば「変革」の前夜とも言える時期。そんな時代に、思いもよらない方法で一躍「時の人」となった、この最高に愉快な「優しい泥棒」の生き様を、とくとご覧あれ。

文=Takeman 制作=キネマ旬報社

『ゴヤの名画と優しい泥棒』

●8月3日(水)DVDリリース(同日レンタル開始)
DVDの詳細情報はこちら

●DVD:4,290円(税込)
●映像特典(セルのみ)
・公開時ミニメイキング
・公開時インタビュー映像集
(ロジャー・ミッシェル監督、ジム・ブロードベント、ヘレン・ミレン、フィオン・ホワイトヘッド、マシュー・グード)
・予告集

●2020年/イギリス/本編95分
●監督:ロジャー・ミッシェル、脚本:リチャード・ビーン、クライヴ・コールマン
●出演:ジム・ブロードベント、ヘレン・ミレン、フィオン・ホワイトヘッド、アンナ・マックスウェル・マーティン、マシュー・グード
●発売元:株式会社ハピネットファントム・スタジオ 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング 
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