恐竜との共生は可能か? 環境科学から見たジュラシック・シリーズ

恐竜との共生は可能か?
環境科学から見たジュラシック・シリーズ

文=五箇公一(国立環境研究所・保全生態学者)

 

(c) 2021 Universal Studios. All Rights Reserved

 

隔離から共存ヘ──テーマの変化

小学生のときに「ジョーズ」(75)を観て以来、大のスピルバーグ・ファンを貫き、彼が生み出したジュラシック・シリーズも全作観てきた。特に、彼自身が監督した1作目「ジュラシック・パーク」(93)と2作目「ロスト・ワールド」(97)は、肉食・草食問わずあらゆる恐竜が野生の本能剥き出しに容赦無く人間に襲いかかってくる姿を再現していて、その徹底した生物学的描写に惚れ込んでいる。

この2作で、恐竜は、人間が管理することなど不可能な野生動物として描かれており、「ジョーズ」のサメ同様にひたすら恐怖を感じさせる存在となっている。この描写には、2作の原作者マイケル・クライトンの作風も大きく影響している。クライトンは、とりわけ生命科学に通じた作家とされ、生命現象には人智が及ばぬ領域があることをテーマとした作品が多い。

ところが、監督が交代した3作目「ジュラシック・パークⅢ」(01)から、少し、シリーズのテーマに変化が生じてくる。恐竜たちはめちゃくちゃ凶暴性を発揮するものの、ラストでサム・ニール演じるグラント博士とヴェロキラプトルが一瞬、心通わすシークエンスが登場するのだ。

そして4作目「ジュラシック・ワールド」(15)では、クリス・プラット演じるオーウェンがヴェロキラプトルを調教し、そのうちの1頭、ブルーとは、5作目「炎の王国」(18)で戦友ともいえる関係にまで発展する。つまり、凶暴な恐竜も心開けば、「仲良くなれる」可能性がある、というメッセージが込められるようになったのである。

さらに5作目のラストでは、管理区域から逃げ出した恐竜たちが世界のあちこちでほぼ定着しているさまを表し、ジェフ・ゴールドブラム演じるマルコム博士に「これからは人間と恐竜が共存する時代だ」と言わしめる。

1作目、2作目で、恐竜はとても人間の手に負えるものではなく、恐竜は人間と離れて(島に隔離されて)生きていくしかない、と、明確にゾーニングの必要性が謳われていたのに対して、「ジュラシック・ワールド」シリーズになってからは、恐竜との共存の道が模索されるようになったのである。

最新作「新たなる支配者」では、この「恐竜との共存」が、直球のメインテーマとなっている。ヴェロキラプトルのブルーは、さらわれた子供の救出をオーウェンに託すほどまでに、人間との絆を強めており、多様な恐竜たちが身近なところで普通にうろうろしているという世界が描かれる。

恐竜ファンとしてみれば、実物の恐竜を眺めながら生活できるなんて、夢のような世界に映るが、現実問題として、恐竜との共存は、映画で謳われるほど容易なことではなく、また、その世界観自体は環境科学としても問題を含むものである。ここで少し、環境科学を生業とする身として、この映画が示す「恐竜との共存」というテーマの問題点について論考してみたい。

共存のテーマが導く厳しい現実

まず、ブルーのように人間と心通わす恐竜の存在が、人間と恐竜との共存の可能性のキーとして描写されているものと思われるが、ブルーの場合は、餌付けによって飼い慣らされた動物と位置づけられ、むしろ、この描写は野生生物管理の観点から問題がある。

近年、国内でも野生のクマやシカ、サルなどが、人間社会へと進出してきて、農作物を食い荒したり、時には人間を襲ったりするなどの被害が続出しているが、これは、人間と動物たちとの間のゾーニングが崩壊した結果とされる。

本来、こうした野生動物たちと人間の間には食うか、食われるかという敵対的緊張関係があった。動物と人間双方が相手を警戒し、距離を置く形で共生関係が維持されてきた。それが近代以降、人間にとって彼らは捕食対象からむしろ愛でる存在となり、さらには、人間が良かれと思って餌を与えてしまう行為まで繰り返された。その結果、動物たちは人間を恐れなくなり、人間の食物も、人間自体も自分たちの餌と認識するようになってしまった。真の共生・共存とは、人間と野生動物の双方が、生息域と資源の取り分を弁え、お互いに過剰に干渉しないというゾーニングの確保で初めて成立する。ブルーのように一度、餌付けしてしまった動物は、野生ではなく人間の管理下に置かれる必要がある。自然界で餌不足に陥ったとき、人馴れしたブルーが人間の家畜や人間白身を捕食の対象とすることは容易に想像される。

(c) 2021 Universal Studios and Storyteller Distribution LCC. All Rights Reserved.

 

そして、映画の終盤で、さまざまな恐竜たちが、現存する野生動物たちに混じって自然の中で生きているシーンが映し出され、シャーロット博士の「お互いに寄り添って生きていけば共存は可能」という言葉で締め括られるが、残念ながら、実際に大量の恐竜を現世に蘇らせたならば、そんな甘美な理想論では片付けられない事態となるであろう。

恐竜たちは異なる時代の環境で進化してきた生物たちであり、現代の地球生態系においてはその存在は、人為的に持ち込まれた「外来生物」ということになる。現在の生物たちと一切の共進化の歴史を経ずして、恐竜という異世界の生物が突然出現すれば、生態系のバランスは大きく崩れる恐れがある。

それ以前に、アフリカゾウやライオンなど現存の野生動物たちですら、人間の自然破壊によってその生息数の減少が危ぶまれている。巨大な恐竜たちが繁殖可能な数で生きながらえられる環境は、今の地球には残ってはいない……。

いずれにせよ、蘇らされた恐竜たちが、今の地球で幸せに生き続けることは難しいと思われる。悲しいかな、地球の歴史上、最大の暴君はT・レックスでもギガノトサウルスでもなく、必要以上に資源を浪費し、地球環境をも改変している我々、人間であり、人間が今の生活を続ける限りは、恐竜に限らず、どんな生物も人間との共生は困難と結論される。

だが、希望はまだある。人間が今すぐにでもライフスタイルを改め、豊かな生物の生息域を取り戻すとともに、ゾーニング管理さえ徹底できるようになれば、この地球上で恐竜が生きていく道が開かれるかもしれない。現世に蘇った恐竜の運命は、人間の振る舞い一つで決まるということになる。環境科学の視点からも、ジュラシック・シリーズは、いろいろと考えさせてくれる映画なのだ。

 

「ジュラシック・ワールド/新たなる支配者」
2022年・アメリカ・2時間27分
監督:コリン・トレボロウ
脚本:エミリー・カーマイケル、コリン・トレボロウ
キャラクター原案:マイケル・クライトン 
製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、アレクサンドラ・ダービーシャー、コリン・トレボロウ
出演:クリス・プラット、ブライス・ダラス・ハワード、ローラ・ダーン、ジェフ・ゴールドブラム、サム・ニール、B・D・ウォン、オマール・シー 他
原題:Jurassic World: Dominion
配給:東宝東和 ◎全国にて公開中

 

五箇公一 ごか・こういち/富山県出身。1996年より国立環境研究所に所属、現在は生態リスク評価・対策研究室室長。著書に『クワガタムシが語る生物多様性』『これからの時代を生き抜くための生物学入門』など。

 

※キネマ旬報2022年8月上旬号より転載