いま見ても古びない強度を持った日本ドラマ史に残る名作『Dr.コトー診療所』

離島医療に情熱をかける医師役を吉岡秀隆が演じた人気ドラマ『Dr.コトー診療所』シリーズ。前作放送から約16年を経た今年の年末に、同シリーズ初の劇場版が公開されるのにあわせ、ディレクターズカット完全版のテレビシリーズ全作品を収録したコンプリート Blu-ray BOXが、11月16日に初リリースされる。シリーズ未見の方にはぜひ見て欲しい名作ドラマであると共に、放送当時に見ていた方も12月16日公開の劇場版を見る前に見直していただきたいため、『Dr.コトー』シリーズの魅力を改めて振り返ってみたい。

名実共にフジテレビを代表するドラマ

『Dr.コトー診療所』は、山田貴敏の同名漫画を基に連続ドラマ化され、2003年にフジテレビ系列で全11話を放送。高い評価と視聴率を得て、2004年には『Dr.コトー診療所特別編』とドラマスペシャル『Dr.コトー診療所2004』(前後編)を放送。2006年には再び連続ドラマとして『Dr.コトー診療所2006』(全11話)が放送され、第1シーズンを上回る高視聴率を獲得した。名実共にフジテレビを代表するドラマの一つであり、スタッフとキャストもシリーズ継続の意向はあったようだが、当時描きたかったテーマを描き尽くしてしまったことなどからも、今年公開の劇場版に至るまで約16年も続編が製作されず、伝説的なドラマとなっていた。

筆者も放送当時にハマって見ていたが、今回約16年ぶりに全テレビシリーズを見直してみた。医療ドラマとしても、離島の生活を描く人間ドラマとしても、深い感動を得られる優れた作品で、改めて日本のドラマ史に残る名作の一つであることを再確認すると共に、覚えているようで忘れてしまっていたことも多く、劇場版を見る前に見直して良かったと心から思えた。

優秀な外科医だった五島健助(吉岡秀隆)は、大学病院勤務時に不幸な医療事故に関わってしまい、東京から日本の最西端に近い離島・志木那島の診療所に赴任してくる。五島は村役場の民生課長の星野(小林薫)がようやく見つけた医師だったが、僻地の島にはまともな常駐医師がきたことがなく、多くの島民や星野の娘の看護師・彩佳(柴咲コウ)は五島を信用できず、診療所を訪れる島民はなかなか現れない。しかし、夜の船上で急性虫垂炎のオペを成功させたり、船で6時間以上かかる本土の病院でしかできなかった様々な難しい治療にも対応し、確かな技量と誠実な人柄が知られだすと、次第に「コトー先生」として島民から慕われるようになっていく。しかし、星野が島民に隠していたコトーの過去が、島を訪れた記者により明かされてしまい、再びコトーは島民の信用を失ってしまうが……。というのが2003年の最初の連ドラのあらすじで、原作漫画のキャラクターやエピソードの一部をうまく活かしつつも、ドラマ版オリジナルのエピソードやキャラクターも多く、ドラマとしての独自のアレンジがされた作品となっている。

俳優としての吉岡秀隆のイメージを更新し、幅を広げた当たり役

『Dr.コトー診療所』がスタートしたのはちょうど『北の国から』終了の翌年。吉岡秀隆は、黒澤明監督や山田洋次監督など錚々たる名監督の現場を経験し、幅広い作品に出演してきていたが、「男はつらいよ」シリーズで諏訪満男、『北の国から』シリーズで黒板純という当たり役を少年時代から長年演じており、特にお茶の間には純役のイメージが根強かった。しかし、コトー先生という大人になってからの新たな当たり役と出会ったことで既存のイメージを更新すると共に、俳優としての実力や魅力を広く知らしめ、役の幅も広げた。吉岡はコトー先生役を、医師として優秀だが決してスーパードクターではなく、様々な葛藤を抱えて悩み苦しみ、柔和で少し頼りなさそうでありながらも、人を救うことに強い信念を持ち、患者のために尽くす好人物として、非常に人間臭く、実在感をもって演じている。吉岡以外が演じていたら全く違う役になっただろうし、ここまで愛される作品にもならなかったかもしれない。

さらには、個性溢れる島民たちそれぞれの人間模様も大きな魅力で、その島民役を豪華な俳優たちが好演。シリーズを通した主な登場人物とキャストをあげると、気は強いが可愛げもある優秀な看護師の彩佳(柴咲コウ)、コトーを島に招いた村役場課長の星野(小林薫)、何でもこなす事務員でコトーの最大の理解者の和田(筧利夫)、不器用な生き方しかできない漁師の剛利(時任三郎)、トラブルメーカーの漁労長の重雄(泉谷しげる)、島民が集うスナックの店主の茉莉子(大塚寧々)などの他、大森南朋、蒼井優、桜井幸子、朝加真由美、千石規子、石田ゆり子、堺雅人、神木隆之介、光石研など、島民役以外も含め驚くほど豪華なキャストが揃う。島民のキャストはロケ地の与那国島に長期滞在して撮影を行っており、当時でも破格の予算がかけられていたと思われる。とにかく登場人物全員が人間臭く魅力的で、コトー先生と島民たちの島での温かい生活をずっと見続けていたいと思わせられるし、いま見ても古さを感じない普遍的なドラマとしての強度がある。

放送時未公開シーンを加えて全編再編集したディレクターズカット完全版を収録

2003年の連ドラは、Dr.コトー誕生の物語で、命と向きあう五島健助自身のドラマが、島民との交流を交えて描かれた。豊かな自然に囲まれた島での素朴な生活に憧れをもった人も多いと思う。しかし、2004年のスペシャルや2006年の連ドラでは、身近な人が大病に見舞われ、離島の厳しい生活や島民それぞれが抱える問題などの過酷さが増し、コトーの医者としての葛藤も複雑化していく。離島暮らしのいいところだけを見せず、一人の医者ができることの限界や、病による様々な苦しみなども描いた上で、本土からきたよそ者の医者が真の意味で島の医者として根付くまでを描ききった。その後の島での日々を描くだけでもそれなりに面白い作品になった気もするが、同種の物語の繰り返しになったり、リアルな新しい物語は描けなかった可能性があるため、安易な続編はあえて作らず、いま描くべきことが見つかるまでに、12月公開の劇場版まで16年かかったのだろう。

本作以降、少なからず影響を受けたであろうと思われる、離島の生活や離島医療を描く作品がいくつか作られたが、『Dr.コトー』シリーズほどの成功を収めた作品はない。多くの予算も時間もかかるだけに、今後の民放テレビ局で『Dr.コトー』シリーズのようなドラマを作るのは難しいだろう。まさに日本のドラマ史に残る作品の一つといえる。

11月16日にリリースされるBlu-ray BOXには、2003年の連ドラ『Dr.コトー診療所』(全11話)、2004年のスペシャル『Dr.コトー診療所2004』(前後編)、2006年の連ドラ『Dr.コトー診療所2006』(全11話)が収録され、それらはすべて放送時には未公開だったシーンを加えて全編再編集&リマスタリングされたディレクターズカット完全版となっている。そのため、各話の尺が放送時より数分ずつ長くなり、丁寧な描写にこだわって深みが増している。さらに、これまでソフト化されたことのない、2004年に二夜連続放送された『Dr.コトー診療所特別編』も収録。同作は2003年の連ドラの総集編的な内容に、その後の続編に繋がる新撮エピソードを加えた作品となっている。8枚のBlu-rayに、総計25時間を超えるドラマシリーズのすべてが収められており、ファンならずとも手にしたい完全保存版のBlu-ray BOXだ。

文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社

『Dr.コトー診療所 コンプリート Blu-ray BOX』

●11月16日(水)Blu-ray BOXリリース
Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray BOX:38,500円(税込)
【収録内容】
・Dr. コトー診療所(全 11 話)
・Dr. コトー診療所特別編(全 2 話)
・Dr. コトー診療所 2004 (全 2 話)
・Dr. コトー診療所 2006 (全 11 話)

●出演
Dr.コトー診療所/Dr.コトー診療所特別編
吉岡秀隆 柴咲コウ 時任三郎 大塚寧々 ・ 石田ゆり子 ・ 千石規子 泉谷しげる 筧 利夫 小林 薫

Dr.コトー診療所2004
吉岡秀隆 柴咲コウ 時任三郎 大塚寧々 千石規子 泉谷しげる 筧 利夫 小林 薫

Dr.コトー診療所2006
吉岡秀隆 柴咲コウ 時任三郎 大塚寧々 蒼井 優 泉谷しげる 筧 利夫 小林 薫
桜井幸子  大森南朋 朝加真由美 富岡 涼  堺 雅人

●原作:山田貴敏『Dr.コトー診療所』(小学館「ビッグコミックオリジナル」)

●発売元:フジテレビジョン 販売元:ポニーキャニオン
©山田貴敏/小学館 ©フジテレビ

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