10代ラストに道枝駿佑が “セカコイ” で体現した等身大の感情豊かなグラデーション
2000年代=セカチュー、2010年代=キミスイ、2020年代=セカコイ
映画を見る視点や視座が変わったなと認識するようになったのは、自分自身が父親になってからだ。特に、主人公が若い場合は自然と親目線で物語を追いかけたり、その人物の肉親となり周囲の大人たちの立場や心情を先に理解するのが、もはやデフォルトになっている。……なものだから、思春期の男女が織りなすラブストーリーに対しても、「こんな恋がしたい、もしくはしたかった」ではなくて、「ウチの子もこんな恋をしたらいいのにな」という思いの馳せ方に、いつしか変わっていた。
自分に置き換えてキュンとしたのも今は昔だが、10代の忘れ得ぬ恋を描いた映画は普遍的なコンテンツとして、その時々を生きる若者たちの胸をときめかせ続ける。「世界の中心で、愛をさけぶ」(04)然り、「君の膵臓をたべたい」(17)然り。この2作を2000年代と2010年代を象徴する “悲しくもこの上なく美しき恋と青春の物語” と定義するなら、2020年代にその系譜を継ぐ一篇は「今夜、世界からこの恋が消えても」を置いてほかにない。偶然とはいえ “セカチュー” に “キミスイ” そして “セカコイ” と、ともに呼びやすい略称があることに、どことなく関連性を感じたりもするわけだが──ともあれ、このほど“セカコイ”の円盤=Blu-ray&DVDがリリースされるとの果報が届いた。劇場で観た人も初見の人も、思いもよらないストーリーが展開していく本作のきめ細やかに練られたシナリオの妙を、じっくりと味わえるはず。そう、2回目、3回目と鑑賞を重ねるごとに気づきや発見があるのが、この作品の深みなのだ。
自己肯定感の低かった主人公・透を変えたヒロイン・真織との出会い
ただでさえ、思春期ってヤツはややこしい。素直になれなかったり、自分らしさが見つからずに惑ったり、つい周囲の面々との対比で自己肯定感が上がらなかったり──。だが、主人公の神谷 透(道枝駿佑)と日野真織(福本莉子)は、単純に思春期の悩みや葛藤とだけ向き合えばいいだけの境遇にはない。というのも、透は母亡き後の父との二人暮らしで家事をこなさなければならず、青春どころじゃないのが実情だったからだ。一方、真織は事故の後遺症で一度眠ると1日の記憶を丸々忘れてしまう「前向性健忘」という難病を抱えていて、寝る前にその日の出来事を日記に細かく記さざるを得ない事情があった。
ところが 、同じ高校に通いながら、お互いに接点のなかった2人が出会うところから珠玉の青春恋愛映画は色づき始める。
内向的な級友へのいじりをやめる条件として、クラスメイトに促されるまま学年で人気のある真織へ嘘の告白をするも、これまた「お互いに絶対に本気で好きにならないこと」を条件にOKをもらい、透はキツネにつままれたような心持ちに。誰もが玉砕を想像していたニセの告白は、思いがけず “偽りの恋” となって透と真織の日常を変えていくが、やがて「前向性健忘」が超えるべきハードルとして2人の前に立ちはだかる。そして、透にもまた真織に伝えていないことが一つだけ、あった──。
二度とないタイミングで道枝駿佑が見せた刹那的な存在感
いつしか、最初に決めた「本気で好きにならない」ルールを破って真織に恋心を募らせていく透を演じたのは、これが映画初主演となる道枝駿佑。撮影時、リアルに10代だった彼が織りなした感情のグラデーションが、実に刹那的で目と胸に染みいる。映画の序盤は髪型や表情といった見た目で透の自己肯定感の低さを印象づけ、真織と出会って以降は彼女が1日の終わりに楽しく日記をつけられるようにと、明るい青年へと変化していくさまをまさに等身大で体現せしめた。筆者は「キネマ旬報NEXT vol.44」(22年7月発売)で道枝をインタビューした際、「今まさに20歳の節目を迎えようとしている端境期ならではの繊細さが、実在感をともなって芝居からにじみ出ている。彼にとっての “いま” が無意識に落とし込まれた表現の根源に迫りゆく中で見えてきたのは、良い意味での“未完成”的な魅力だ」とテキストで評したが、それほどの適時性が、この映画には満ち溢れている。タイミングが少しでも早くても遅くても、透の印象は違っていただろうし、“セカコイ” のニュアンスも変わっていたように思えてならない。
加えて、ドラマ『消えた初恋』でも共演した福本莉子との親和性の高さも、透と真織の紡いだ日々をかけがえのないものへと昇華させていることに着目すべきだろう。そういった幾多のめぐり合わせが相まって、「今夜、世界からこの恋が消えても」は出色の青春恋愛映画に仕上がったことは、言うまでもない。
映画の解像度がさらに上がるビジュアルコメンタリーで何度も “おかわり”
なお本編もさることながら、「豪華版」に収録された道枝と福本による「ビジュアルコメンタリー」も必見だ。各シーンの撮影エピソード(海辺のロケで、福本がトンビにサンドイッチをかっさらわれた逸話は劇場公開取材時にも披露されたが、その詳細が映像つきで明らかにされている)だったり、本人たちの目線と心情から透と真織について語られていたり──と、より映画の解像度が上がるコメントの連続で、実に興味深い。同席がかなわなかった三木孝浩監督からの質問状が2人に適宜渡され、その回答からも撮影期間と現場がいかに充実していたかが見てとれる。また、道枝は普段から大阪弁だが、同郷ながらあまり方言が出ない福本も時折つられてネイティブな言葉で話しているのも、刺さる人にはキュン要素かと。
古今東西、おそらく初恋をそのまま実らせた人たちよりも、遠き日の思い出になった人の方が多いと想像する。見方によっては、喪失感を味わうことで次なる一歩を踏み出すための通過儀礼と言えるかもしれない。だが、それでも我が子にはいずれ恋をしてほしいと願う。
透が真織を本気で好きになったように。そして、真織が透を忘れなかったように。
文=平田真人 制作=キネマ旬報社
「今夜、世界からこの恋が消えても」
●2月15日(水)Blu-ray&DVDリリース
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら●Blu-ray豪華版(3枚組):8,580円、DVD豪華版(3枚組):7,480円
【本編ディスク】
・予告編集(特報/予告/TVスポット)
【特典ディスク①】
・イベント映像集(七夕イベント/完成披露試写会/初日舞台挨拶/大ヒットイベント)
・メイキング映像
・公開記念特番「透と真織が教えてくれたこと」フルver
・TikTok 小説(全17回分)
【特典ディスク②】
・ビジュアルコメンタリ―
道枝駿佑(なにわ男子)×福本莉子が撮影秘話を語り尽くすファン必見のコメンタリー
【封入特典】
・ブックレット(24P)
●DVD 通常版:4,180円
【本編ディスク】
・予告編集(特報/予告/TV スポット)
●2022年/日本/本編121分
●出演:道枝駿佑(なにわ男子)、福本莉子、古川琴音、前田航基、西垣 匠、松本穂香、野間口徹、野波麻帆、水野真紀、萩原聖人
●原作:一条 岬『今夜、世界からこの恋が消えても』(メディアワークス文庫/KADOKAWA刊)
●監督:三木孝浩
●脚本:月川 翔、松本花奈
●音楽:亀田誠治
●主題歌:「左右盲」/ ヨルシカ(UNIVERSAL J)
●発売元:KADOKAWA/博報堂 DY ミュージック&ピクチャーズ 販売元:東宝
©2022「今夜、世界からこの恋が消えても」製作委員会