オバマ元大統領も絶賛したニコラス・ケイジ主演作「PIG/ピッグ」。彼はこの映画で本当の自分を取り戻せたのか?

ニコラス・ケイジがオレゴンの山林で孤独に食らすトリュフ・ハンターを演じる「PIG/ピッグ」は彼の近年の出演作から想像しにくい本格的な文芸・哲学的ドラマだ。なんと元アメリカ大統領バラク・オバマが2021年のお気に入り映画の1本に選んだといういわく付きの話題作が2月22日にBlu-ray&DVDでリリースされる。その見どころは――

残酷ホラー映画? でも、どこかが違う。

鬱蒼とした森林の奥にひっそり建つ粗末な小屋にニコラス・ケイジ演じるロブは住む。頭髪と髭は伸び放題、表情が乏しく不潔な身なりの不気味な巨漢だ。彼の唯一の相棒は野性味あふれる豚。豚は奇跡的な嗅覚で地中に埋もれた天然トリュフを探し出す。

孤独で寡黙な大男というロブの異様なキャラに、ホラー映画ファンはすぐさま「悪魔のいけにえ」のレザーフェイスや「13日の金曜日」シリーズのジェイソンを連想するだろう。さて、ロブはどんな凶器で惨殺するか。豚は人間を襲うのか、それとも死体を貪るのか。昨今のケイジ主演作を見ている方なら、導入部を眺めながらそう期待せずにいられない。近年、彼の映画はB級ホラー、カルト系作品ばかりだったからだ。

天然トリュフを探しだす豚は金の卵だ。なぜなら収穫したトリュフを都市部の高級レストランが高値で買い付けるから。ロブは若いバイヤーのアミールとだけ取引しているが、ある日突然、若いギャングに襲撃され、相棒の豚を誘拐される。怒りのロブは顔の生傷も拭おうとせず、血まみれでひとり山を降り都会へ向かう。

おお、まさにブルータル・ホラーの導入部。これで手斧やナタを振り回してオシャレな都会人を皆殺しならいつものケイジのB級ホラーだ。

だが今回は違う。

なにしろオバマ元大統領も推薦する映画なのだ。

「毎朝、自分が消えかける」、ニコラス・ケイジの改悛

アミールの車に同乗し、街にやってきたロブが探すのは自分の過去だ。豚の行方を追い求め彷徨ううち、ロブの正体が徐々に判明する。そして彼が過去と決別した理由もじわじわあぶり出される。自分の力量を認められない不安。本気の勝負ができない小心。結果への悔恨。映画の中盤でロブ、いや、演じるニコラス・ケイジは自分に言い聞かせるよう「毎朝起きると、自分が消えかける」とつぶやく。まるで近年の自身の主演映画の出来栄えと重ね合わせているようだ。

追い打ちをかけるように、アミールの車のラジオからは終始、クラシック音楽についての高尚な批評が流れる。永遠に廃れないものは何か、芸術の本質は何か。そのさりげない演出のアクセントはニコラス・ケイジの祖父、作曲家カーマイン・コッポラの説教を聞いているようでもある。そこからこの映画が、実はニコラス・ケイジの内省の旅を描いたのではと思えてくる。実際にケイジが「この作品では自分がむき出しになっており、フィルムを見ることが本当に難しい」と語ったとの報道もある。

映画を見るうち、「豚」はロブの自己欺瞞や虚栄が実体化したものだとが分かる。それがなくても自分でいられたのに、彼は豚を飼い山にこもった。そこで育んだのは惨めで自閉的な虚りの自分でしかなかった。俳優ニコラス・ケイジもこの役を演じることで、自分自身を顧みたのではないか。それは彼の俳優人生の新たな転換点になった。

この20年間、(ラジー賞は別として)まったく映画賞と無縁だった彼は、本作の演技で第27回アメリカ放送映画批評家賞の主演男優賞にノミネートされた。

虚空を見つめ思う。本当の自分が表現したかったのは?

監督のマイケル・サルノスキはイエール大学を卒業後、短編映画やテレビドラマの演出を撮り、本作で長編映画デビューした。静謐な画面構成、深い人間洞察は彼の才能と文学的センスを充分に感じさせる。低予算で完成させた本作は数多くの映画祭で評価され、新人監督賞やオリジナル脚本賞に輝いた。次回作として“音を出したら殺される”ホラーシリーズ「クワイエット・プレイス」の3作目に抜擢され、2024年の公開をめざして撮影が進められている。さて新人監督が挑む本格ホラーの恐怖度はいかに。

映画の結末に流れるのはブルース・スプリングスティーンの曲「アイム・オン・ファイア」のカヴァー・ヴァージョンだ。欲望の炎に灼かれ、自身を傷つける男の歌にあわせ、虚空を見つめるケイジの姿がクレジットタイトルへフェードアウトする。この歌が全米でヒットしたのは1985年。ニコラス・ケイジの才能がまさに爆発した時期だ。84年「バーディ」、86年「ペギー・スーの結婚」、87年「赤ちゃん泥棒」「月の輝く夜に」。そうそうたる傑作の連続だった。その俺が、なぜ今ここにいるのか。そんな内省をケイジは無言で表現する。

ウェルメイドな翻訳短編小説のように、本作は見る者の多くに主人公と同じ自己発見を促し、魂を突き刺す。バラク・オバマもだからこそ心打たれたのだろう。

あなたは、どう感じるだろうか。

文=藤木TDC 制作=キネマ旬報社

 

「PIG/ピッグ」

●2月22日(水)Blu-ray&DVDリリース
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray:5,280円(税込) DVD:4,290円(税込)
【映像特典】
・予告

●2022年/アメリカ/本編91分
●出演:ニコラス・ケイジ(吹替:大塚明夫)、アレックス・ウルフ(吹替:平野潤也)、アダム・アーキン(吹替:平林剛)
●監督・脚本:マイケル・サルノスキ/脚本:ヴァネッサ・ブロック

●発売元:カルチュア・パブリッシャーズ 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
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