人生最後の幕引きは、アタシが決めるわっ! 怪優・ウド・キアー俳優人生の集大成「スワンソング」
- スワンソング , トッド・スティーブンス , ウド・キアー , ジェニファー・クーリッジ , リンダ・エヴァンス
- 2023年02月22日
死ぬ間際の白鳥は最も美しい声で歌う…。そんな伝承から転じて、芸術家たちが人生の最後に残す最高のパフォーマンスを意味する「スワンソング」。その言葉をタイトルにした本作は、人生の終盤を迎えたゲイのヘアメイクドレッサーが亡き親友の死化粧を施すために懐かしの街へと向かうロードムービーだ。(2月22日Blu-ray&DVDリリース)
主演を務めるのは、ドイツ出身でハリウッド映画でも活躍する世界的名優ウド・キアー。アンディ・ウォーホール製作の「悪魔はらわた」と「処女の生血」にはじまって、「サスペリア」、「マイ・プライベート・アイダオ」や、鬼才ラース・フォン・トリアー作品の常連としてもお馴染み。近年では「アイアン・スカイ 第三帝国の逆襲」でのヒトラー役でぶっ飛んだ演技でインパクトを残している。現在78歳、様々なジャンルの作品に出演し、名優・怪優ぶりを誇って来た。そんなウド・キアーの約半世紀に及ぶ俳優人生で数少ない主演作。老境に入った彼だからこその作品を楽しんでみたい。
老人ホームでくすぶるジジイは、伝説のヘアメイクドレッサーだった!?
主人公のパトリック(ウド・キアー)は引退したゲイのヘアメイクドレッサー。かつては「ミスター・パット」と呼ばれて大勢の顧客を抱え、彼のサロンは街でも大人気だった。だが、最愛のパートナーをずいぶん前に失い、今は老人ホームでひっそりと暮らす日々。日課は食堂の紙ナプキンを自室に持ち帰って、丁寧に折り畳むこと。あとは隠れタバコをしては職員に叱られることぐらいだった。
そんなある日、街一番の大金持ちで、顧客でもあったリタ(リンダ・エヴァンス)の弁護士から依頼が入る。リタが「死化粧はパットに頼んで欲しい」という遺言状を残していたのだった。報酬2万5000ドル。生前のリタと揉め、わだかまりのあるパットは「ぶざまな髪で葬れば」と断るが、結局、老人ホームを抜け出して街に向かっていく…。
人生最後を飾るお仕事を仕上げるために東奔西走
街はずれにある老人ホームから中心地までは長い道のりなのだが、パットの足取りは軽やかで楽し気だ。当初、グレーのスウェット姿で頑固で厄介そうな老人にしか見えなかったパットだが、街に戻り、リタの死化粧のための道具を調達しようと右往左往するなか、次第に何やらカワイイおじさんと化していく。行く先々で出会った老若男女誰とでも馴染み、もらったピンクの帽子を茶目っ気たっぷりにかぶったかと思えば、洋服屋からはとっておきの緑のスーツをプレゼントされ、それを粋に着こなしたパットはゴージャスだった現役時代を彷彿とさせるまでになる。
仕事への情熱や自信が蘇る一方で、かつての思い出をたどるパットは最愛のパートナーとの屋敷が取り壊され、土地は彼の親族のものなっていたという辛い現実に直面し、また街が様変わりしていることに寂しさも感じる。リタへの複雑な思いから引き受けると言いながらも、なかなか決心が付かない。一体、何がパットを傷つけたのか。
さまざまな思いが錯綜する中で、ゲイとして生きてきたパットが人生の最後をどう決断するか。孤独で自分には誰もいないと思っていたパットが、閉店決定のゲイバーでドラァグクイーンとして魅せるパフォーマンスからのヘアメイクドレッサーとしての最後の仕事ぶりは感動ものであり、ユーモアにもあふれたラストは見ものだ。
主人公のモデルは実在の人物
主人公のパットは、実在の人物をモデルにしており、パトリック・ピッツェンバーガーがその人。監督トッド・スティーブンスの故郷、米・オハイオ州サンダスキーで活躍していた人気ヘアメイクドレッサーで、1984年、監督が地元のゲイクラブで、フェザーボアを首に巻き、フェルトのつば広帽をかぶった“ミスター・パット”のきらびやかな姿に衝撃を受けたという。
その時の様子を「まるでボブ・フォッシーの世界から抜け出したような動きで踊っている。17歳の私にとって、パットは神だった」とコメントしている。そんな憧れのパットを題材に、ゲイである自分自身も投影した本作は、監督にとって渾身の作。またエイズが蔓延した1990年代から現在に至るゲイカルチャーを真摯にとらえ、ゲイカップルの時代的な背景なども細やかかつリアルに描き、LGBTQ+の秀作として、世界各国の映画祭で話題を集めた。
ウド・キアーの存在感、心情とシンクロした選曲も聞き逃しなく
魅力はなんといっても、主演のウド・キアー。冒頭、老人ホームでのシーンではもはや人生を諦め、スタッフの前ではその他大勢のホームの老人たちと同じく、あの世からお迎えを待っているようにか弱き老人を装いながら、実はお気に入りのタバコは注意されても辞めない。頑固で偏屈な爺さん。だが、老人ホームを抜け出してからは一転、自由奔放でチャーミングでエレガントなパットを演じ、最後の最後まで一挙手一投足から目が離せない、唯一無二の存在感には圧倒されるばかりだ。パットに人生最後の思わぬ仕事を依頼するリタを、ドラマ『ダイナスティ』のリンダ・エヴァンス、パットの元弟子で今や大出世したディー・ディーには「プロミシング・ヤング・ウーマン」のジェニファー・クーリッジ、リタの孫を人気TVシリーズ『アグリー・ベティ』のマイケル・ユーリーが演じている。
そして、注目するところでは選曲がジュディ・ガーランドやシャーリー・バッシー、ダスティ・スプリングフィールドなどの名曲が使われ、その歌詞がストーリーやパットの心情とシンクロする。観終わった後も心地よい感動に包まれる。
文=前田かおり 制作=キネマ旬報社
「スワンソング」
●2月22日(水)Blu-ray&DVDリリース
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら
●Blu-ray:5,280円(税込) DVD:4,290円(税込)
【映像特典】
・オリジナル予告
●2021年/アメリカ/本編105分
●出演:ウド・キアー、ジェニファー・クーリッジ、リンダ・エヴァンス
●監督・脚本:トッド・スティーブンス
●音楽:クリス・スティーブンス
●ヘアメイク:リディア・カネ
●発売元:カルチュア・パブリッシャーズ 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
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