崩壊していく男の日常と、堕ちていく男女の非情な運命を深田晃司監督が切り取る「本気のしるし」
ある女との出会いで崩壊する男の日常と、
堕ちていく男女の非情な運命を深田晃司監督が切り取る
「本気のしるし」
約20年温めた映像化への想い
―観る者をザワつかせるタッチで「淵に立つ」(16)や「よこがお」(19)といった鮮烈な作品を放ち続ける深田晃司監督。鬼才として国外でも注目される彼が初の連続テレビドラマ、初の“コミック原作もの”に挑んだのが「本気のしるし」だ。星里もちるによる原作は2000年に発表されているが、当時からテレビドラマにすべきだと考えていたという。
深田:「原作と出会ったのは、20歳を過ぎた頃。もともと星里先生のラブコメが大好きだったのですが、『本気のしるし』は従来のコメディ色を排除したシリアスな恋愛ものになっていてとても驚いた。当時は映画美学校で映画制作を学んでいただけに映画にしようと考えそうなものだけど、これは物語の転がし方がテレビの連続ドラマ向きだなと強く感じたんです。
それで友人やプロデューサーの方々と雑談するたびに『映像化したら面白い漫画がある』と教えていたら、『淵に立つ』(16)を一緒に作った制作会社の社長が漫画を読んで『面白い』とメ~テレに企画を持ち込んでくれて動き出しました」
―勤務先の先輩と後輩の二人と関係を持ちながら平然としている“クズ男”辻一路。そんな彼が深夜のコンビニで葉山浮世と出会ったばかりに、それまでの日常が徐々に崩壊していく。一見すると“悪女もの=ファムファタール”にみえるが違うと断言する。
深田:「自分ではそう思ってはいないし、そうはしたくなかった。男を破滅に導く女というのはあくまで男性目線での考え方で、男が女性に同じことをするとプレイボーイと呼ばれてどこかポジティブな雰囲気が漂う。原作はそうした男女間にある不条理や不平等を巧みに突いているんです。男をドキッとさせてみたり、守ってやろうと思わせたりする言動というのは、あくまで男性社会のなかで女性が生き抜くための術みたいなもの。それを身にまとってしまった、身にまとわざるをえなかったのが浮世というヒロイン。これは原作の妙味でもあるんですが、男受けのするラブコメの典型的ヒロインが現実の世界に現れたらどうなるのかを描いてもいるんです。そこに強く惹かれたし、撮ってみたいと思わされたんです」
―地上波のテレビドラマであろうとも深田監督ならではの不穏さを極めた演出はしっかりと繰り出されており、彼の作品を語るうえでは欠かせない“水”も辻が飼うザリガニを入れた水槽として登場する。
深田:「演出に関しては、これまでの映画と変わらずに撮っています。だから、BGMを使わずに辻が飼っているザリガニの入った水槽のエアーポンプ音やヘリコプターの音を印象的に用いたりして、僕の癖みたいなものは出ていますね。水槽は置く予定がなくて、苦肉の策として用意しました。というのは、辻の住居として撮影するつもりだった部屋の窓ガラス越しに、彼と職場の先輩女性を会話させるという演出プランを考えていたけど、そこで撮れなくなってしまった。新しく準備した部屋の窓はすりガラスだったんですよ。どうしても決めていた演出で撮りたくて、水槽越しだったらイケるんじゃないかって思いついた。モチーフめいたものではなかったけど、水にまつわるものが一個部屋にあるだけで映像的にすごく豊かになる。いつも自分が水辺を出すのは哲学的な意味があるというよりは、水がカメラにとって美味しい被写体だから」
難航したヒロインのキャスティング
―演出のみならず、キャスティングに関しても自由にすることができた。
深田:「辻を演じた森崎ウィンさんも浮世役の土村芳さんも、オーディションで選ばせてもらいました。どちらの役も同じ3つのシーンを読んでもらって、ウィンさんは台詞の解釈の旨さ、柔軟性みたいなものが誰よりも飛び抜けていて、早い段階から彼に決めました。静かな場面も声を荒げる場面もきちんと対応できるし、一本調子にならずに自分の言葉でちゃんと喋ることができる。率先して演技プランのアイデアも出してくれる姿勢も素晴らしかった。浮世役は難航しましたね。たくさんの人にオーディションに来てもらって、ファミレスで辻をドキッとさせる場面を読んでもらうんだけど、どうしても恋愛における男女の駆け引きみたいなものになってしまう方が多い。浮世ならではの無意識に無邪気に男を戸惑わせてしまう感じが、見える女優さんがなかなかいなかった。土村さんは、最もそこを見せてくれたんです」
―初めての連続テレビドラマに身構えた部分もあったそうだが、それは杞憂に終わった。
深田:「取り掛かる前はテレビドラマっていろいろと制約があるのかなって考えていたけど、意外にも自由にやらせてもらえた。30分ごとに物語を転がしていくというテレビドラマ独自の時間感覚とスタイルによって、映画とは違った面白みを得られたと思っています。スタッフやキャストに恵まれたとも思います。なにかやりたい企画があれば、また同じメンバーでやらせてもらいたいですね」
深田晃司
ふかだ・こうじ:1980年生まれ、東京都出身。大学在学中に映画美学校で映画制作を学び、劇団『青年団』に入団し、演出部で活躍する。2010年の「歓待」で東京国際映画祭の日本映画〈ある視点〉部門作品賞や、プチョン国際ファンタスティック映画祭最優秀アジア映画賞を受賞し注目を集め、「ほとりの朔子」(13)、「さようなら」(15)などを監督する。「淵に立つ」(16)ではカンヌ国際映画祭〈ある視点〉部門の審査員賞に輝くなど、国際的な評価を得ている。近作は、「海を駆ける」(18)と「よこがお」(19)。
文=平田裕介/制作:キネマ旬報社(キネマ旬報3月上旬号より転載)