“感情と映像を結びつけ、新しい映画言語を立ち上げる”。「aftersun/アフターサン」、森直人と奥浜レイラがトーク

 

11歳のソフィが父と過ごした夏休みを、20年後、当時の父と同じ年齢になった彼女の視点で綴り、2022年カンヌ国際映画祭批評家週間での上映を皮切りに世界中で評判を呼んだ新星シャーロット・ウェルズの長編監督デビュー作「aftersun/アフターサン」が、5月26日(金)より全国公開中。6月14日(水)にヒューマントラストシネマ渋谷で、映画評論家の森直人氏と映画・音楽パーソナリティの奥浜レイラ氏を招いて行われたトークイベントのレポートが到着した。

 

 

客席にはリピーターも目立ち、森は「大好きな作品がヒットして、こうして皆さんの心に刺さっているということが非常に嬉しいです」と喜ぶ。

そして「『フェイブルマンズ』のスティーブン・スピルバーグといった大物から新人監督まで、いまオートフィクションと呼ばれる、監督自身の実体験をもとに作られた作品というのがたくさんあって、私(わたくし)性という血と肉が生々しく映画に通うという意味で一様に強度が高いと思いますが、なかでも『aftersun/アフターサン』は最もパーソナルな感触を与える、語り方の独自性が群を抜いていると思います」と、ウェルズ監督の心情が主人公のソフィに投影された映画を絶賛。

さらにオートフィクションを「シンガーソングライター的な映画ではないかと思うんですよ」とし、監督が影響を受けたというシャンタル・アケルマンに絡めて見解を述べた。「アケルマンもオートフィクションに近い、ルポルタージュ的要素を含む作品を作っていますが、例えば『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス湖畔通り23番地』や『アンナの出会い』が、70年代のキャロル・キングやジョニ・ミッチェルのようなピアノやギターを弾きながら私(わたくし)を歌うというソリッドな形だとしたら、ビリー・アイリッシュやコナン・グレイといった現在のシンガーソングライターは、自宅で色んな機材を使いながらベッドルームで私(わたくし)の想いを普遍的な表現に昇華するというスタイルだと思うんですが、ウェルズ監督のアフターサンも、ハンディカムのビデオ映像やフィルムカメラなど多様な映像素材を組み合わせて私の心情をフィクションに昇華するという、感情と映像を繊細に結びつける有機的な作業が新しい映画言語を立ち上げている。それは、音響や音の感触を感情と結びつける作業とすごく似てるなと思ったんです」

これに奥浜は「ビデオテープを再生する音で始まる冒頭から、なるほどこれは音の映画なんだな、と」と応じ、「ポール・メスカル演じるカラムがベッドで眠る呼吸音が印象的に出てきますが、ウェルズ監督は呼吸音も音楽の一部と捉えていて、そこもシャンタル・アケルマン監督作にインスピレーションを受けたと話していましたね」と振り返る。

アケルマンといえば、今回のトーク会場となったヒューマントラストシネマ渋谷で〈シャンタル・アケルマン映画祭2023〉が開催されていた時期に、初来日したウェルズ監督が舞台挨拶を行うという喜ばしい偶然が重なっていた。その際に進行を務めた奥浜は「舞台挨拶前に監督にアケルマンの話を聞いたところ、普段は言葉数の少ない監督がその話になった途端に饒舌になられたんですよ」とエピソードを披露、笑いを誘った。

続けて森は、「共通の体験がなくてもこの作品が心に刺さる人が多いのは、音楽や歌が持つ波及力と近いと思うんです」「音楽は、シンガーソングライターがその人自身を主体に“私(わたくし)”を歌いますが、聴く側も“私(わたくし)”としてそれを受け取るじゃないですか。アフターサンも自分の物語になってしまうんですよね。そこのインタラクティブな交換が出来る映画でもあるんです」と分析。

また「ソフィとカラムが過ごすバカンスという設定・記録から、ソフィの主観・想像、つまり記憶へと接続されるその飛び方にグッときました。例えば子どものころに親のよくわからない姿を見て、なぜああいう顔をしていたのかそのときは分からなかった、でも今ならわかるというあの感じが映像になっている、そこに涙腺をつかれました」と明かした。

奥浜も「親は立派なものと思い育ってきましたが、10代のころに自分の親の未熟さを感じる出来事が私にもあって、性別を問わず親の未熟さというものを目の当たりにするとどうしても昔の自分の感覚を思い出してしまうことがありますね」と同調。

最後に森は、「いまはわかりやすくて説明しやすい、答え合わせができる作品が求められる風潮にありますが、受け手がどれだけ想像力を働かせるかという相互作用が大事だと思うんですよね。『aftersun/アフターサン』は観客の解釈を断定するような作品ではないし、こうした作品が日本でヒットしているということはとても勇気づけられます」とコメント。奥浜は「この作品がヒットしたことで、今後日本で上映される作品の道が開けたというか。分かりやすさというところから揺り戻しがきて、こうした作品が評価されるというのは素晴らしいなと思います」と述べ、イベントを締め括った。

 

 

Story
思春期真っ只中のソフィは、離れて暮らす父親のカラムとトルコのひなびたリゾート地にやってきた。
太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを向け合い、ふたりは親密な時間を過ごす。
20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィ。ローファイな映像を振り返り、大好きだった父の当時は知らなかった一面を見出してゆく……。

 

© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
配給:ハピネットファントム・スタジオ

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