マダガスカルの音楽と死生観をもとに紡ぐ旅物語「ヴァタ~箱あるいは体~」、予告編と著名人コメント公開

 

マダガスカルの音楽と死生観に魅せられてきた亀井岳監督が、同国を舞台に遺骨を故郷に持ち帰る者たちの旅路を描き、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022で観客賞(長編部門)を受賞した「ヴァタ~箱あるいは体~」が、8月3日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国で順次公開される。予告編と著名人コメントが到着した。

 

 

マダガスカル南東部の村。タンテリの姉ニリナが出稼ぎ先で亡くなり、タンテリ、ザカ、スル、そして離れ小屋の親父の4人は、風習に従って遺骨を故郷に持ち帰るため、楽器を手に旅立つ。

その道中で、出稼ぎに行ったまま消息不明となった家族を探すルカンガの名手、レマニンジに遭遇する。果たして彼らは無事に旅を終え、ニリナは“祖先”となれるのか──。

 

 

亀井監督の「ギターマダガスカル」(2014)に出演したトミノの一族の3人がタンテリ、ザカ、スルを演じ、離れ小屋の親父役はバンド〈タリカ・サミー〉のサミーが担当。レマニンジ役は、マダガスカル各地の代表的ミュージシャンで編成する〈Ny Maragasy ORKESTRA〉のメンバーとなったアンタンルイ族のレマニンジが務めた。

 

〈コメント〉

山下敦弘(映画監督)
カラフルな素材と様々な調味料で味付けした商業映画とは違い、この作品には素材を塩のみで調理したかのような潔さがある。なのに不思議と豊かに感じるのは何故なんだろう?
“旅”と“風景”と“音楽”がゆっくりと混ざりあって、普遍的なのに今まで見たこともない映画を作り続ける亀井岳監督は本当に凄いと思います。またいつか唯一無二の映画を観せてください。

チチ松村(ゴンチチ)
『ギターマダガスカル』で気になっていた、ヴァイオリンを弾きながら鳥や動物のような声で歌うおじさんにまた会えた。
でも一番感動したのは骨になった少女の言葉「楽器は箱 その中には記憶があります」
だからギターを弾く度、過去の音楽家たちの魂が震えるのか!と腑に落ちた。

友川カズキ(歌手)
目は、まだ見ぬものを見るためにあるのではないだろうかと、 この映画を見終わって思ってしまった。
姉の骨を運ぶ少年の目には、鈍色の小さな光が宿っていた。
まるで命のつぶてでもあるかのように。

西野壮平(写真家)
歩くことそのものは祈りのようでもあり、そしてその行為は亡くなった魂と繋がったり呼び起こしたりする力がある。
マダガスカルの儀礼に基づく、村から村へ向かうこの小さな村の小さな物語の中には、遠くの目的地を想像するよりも掌に表示される幻想を先んじてしまいがちな現代人にとっての、本当の豊さとはなんであるかといった壮大なメッセージが多く詰まっている。
亀井監督の前作『ギターマダガスカル』で手掛けたキャストを再び起用するところや、彼らの劇中での些細な会話に焦点をあてる表現などは、亀井監督のマダガスカル音楽や文化、歴史への深い愛情を感じさせる。

村上啓太(在日ファンク)
どこかで知っているような普遍的な筋立てながら、箱に入れた遺骨を3日間歩いて運ぶ道程は不思議で、そこに帯同しているのは箱でできた楽器であるギターだ。
音楽と亡骸が同じような容れ物に入っている、というイマジネーションに驚いた。
遠いマダガスカルの大地に想いを馳せる。

湯浅佳代子(トロンボーン奏者/作編曲家)
タンテリの澄んだ目と、マダガスカルの自然が奏でる環境音、生をそのまま表現した音楽に引き込まれる。
人が生まれて、その命が尽きるまで過ごす時間を『美しく、純粋』に生ききる人達の映画です。

 

 

「ヴァタ~箱あるいは体~」

出演:フィ、ラドゥ、アルバン、オンジェニ、レマニンジ、サミー
監督・脚本・編集:亀井岳
撮影:小野里昌哉 音楽:高橋琢哉 録音:ライヨ、トキ
製作:亀井岳、櫻井文、スアスア 配給:FLYING IMAGE
2022/日本、マダガスカル/85分/カラー/アメリカン・ビスタ/ステレオ
© FLYING IMAGE
公式サイト:vata-movie.com