池田エライザが愛した人 ー『夏、至るころ』の主役、倉悠貴インタビュー

女優、モデル、歌手、文筆などマルチに活躍する池田エライザの初監督映画「夏、至るころ」が12月4日より全国順次公開となる。主役の少年、翔に抜擢されたのは、大阪府出身で撮影当時は10代だった倉悠貴。池田エライザが探しに探して「当たり前のように翔ちゃんであった」その人は、全州国際映画祭や上海国際映画祭において高い評価を受けた。実は福岡県の方言や和太鼓の訓練など撮影前に取り組むべき課題が多かったとのことだが、乗り越えられた理由とは何だったのか。日本公開を記念して、現在の心境を聞いた。

デビュー間もない頃の主演オファー

「夏、至るころ」は、福岡県田川市の緑あふれる山々に抱かれながら、友情を育んできた高校3年生の翔(倉悠貴)と泰我(石内呂依)が、夏祭りを前に初めて自分の人生と向き合う物語。少年たちが打ち鳴らす和太鼓の力強いリズムや、不思議な少女・都(さいとうなり)が奏でるギターの旋律、蝉の鳴き声や美しい自然の音に、音楽に秀でた池田エライザのセンスが光る美しい映画である。

映画「夏、至るころ」©2020「夏、至るころ」製作委員会

 

――最初にお話が来たときの印象などから教えてください。

倉 驚きが大きかったです。池田エライザさんとはNetflixドラマ『FOLLOWERS』(20)の現場で初めてお会いしたのですが、そのときは特に会話することもなく、そうしたらあるとき突然オファーがあって、本当にびっくりしました。まだデビューして1年も経ってなかった頃でしたし……。

――本作は、映画24区による「地域」「食」「高校生」をテーマにした青春映画制作プロジェクト『ぼくらのレシピ図鑑』シリーズの第2弾ですね。企画の内容などを知ったときは?

倉 最初に企画を拝見した時には、作品の空気感が掴めてなかったんですが、いざ田川市にうかがって地元の方々とご飯食べたりいろいろしているうちに、作品と役柄が自然に掴めていきました。方言とかもリアルに交わしていくうちに、その土地独自の文化とかもわかってくるような感じもあって、どんどんワクワクするようになっていきましたね。

――翔というキャラクターに関してはいかがでしょう?

倉 自分に近しい部分を感じました。すごく少年っぽい部分もあれば、でも誰にでも心をさらけ出しているような子でもないし、とはいえちょっとした瞬間に思わず本音が出てしまうようなところもあるし……。この映画は「幸せって何だろう?」「夢って何だろう?」みたいなものがテーマとしてあると思っているのですが、それは今の僕自身にもわからないことですし、その意味では翔と一緒にそのことを考えていくような感じではありました。

また自分としては、映画というものに主演という形で初めてちゃんと向き合うことができて、自分ではまだはっきりとはうまく言えませんけど、この作品を経て“何か”が変わったような気がしているんです。

――その意味ではファースト・ショットとラスト・ショットでは、明らかに表情が違いますね。確実に何か成長している感じがある。

倉 ありがとうございます(笑)! 撮影日数こそ9日間とタイトではありましたけど、ずっと田川に泊まり込んで集中してやってましたし、その2週間ほど前から地元の人たちと一緒に太鼓の練習もしていたので、本当に充実した時間を過ごすことができたんです。

 

映画「夏、至るころ」©2020「夏、至るころ」製作委員会

池田エライザ監督を完全に信頼していた

――池田監督とのディスカッションなどは?

倉 いろいろお話させていただきました。ただ、実際にやってみないとわからないところも多かったので、やはり現場に入ってからですね。具体的に翔と向き合いながら演じることができたのは。ですから最初と最後のシーンで表情が違うと言われたのも、そういうことなのかもしれません。

――彼女の演出そのものは、どのような感じだったのでしょう。

倉 厳しく怒るときもあれば、優しく指導されるときもあったし、かと思うと何もせずにただ見守ってくださるときもあったりと、もう全てがありました(笑)。太鼓のシーンのときは「そんなんでいいのか?」と、優しいトゲみたいに(笑)。でもそういった積み重ねが僕にはすごく心地よくて、この監督さんがOKと言ってくれるのなら、本当にOKなんだと素直に思えましたし、完全に信頼することができました。すごく愛情を注いで育てていただいた感があります。

――脇を固めるベテラン勢の雰囲気も良かったですね。

倉 みなさんキャリアのある方ばかりでしたし、また醸し出される空気みたいなものが温かくて、僕はもうこの場にいるだけでいいんだってくらいの気持ちにさせられてました。リリー・フランキーさんと一緒のシーンなんて、気が付くとこちらまで猫背になって(笑)、もはや台詞を言っているのではなく、自然に言葉が出ているような感覚でしたね。

映画「夏、至るころ」©2020「夏、至るころ」製作委員会

――泰我役の石内呂依さんとのコンビネーションも実に自然でした。

倉 僕と彼って性格が真逆なんですよ(笑)。でもそれって翔と泰我の違いでもあって、それが太鼓という共通のものを通して何となく一緒にいて、気がつくとコミュニケーションが取れている。そんな関係性がすごく面白かったから、ああいった温度感や空気感のあるお芝居がお互いできたのかなとも思います。実は打ち合わせみたいなことも全然やってなくて、だからこそ逆にあの凸凹ぶりが自然に出てるのかなとも。

恋ではないけど、特別な感情

――クライマックスでふたりが煙突を見つめるところは、何となくラブシーンみたいでしたね。

倉 実は僕もちょっとそう思いました(笑)。決して恋じゃないんだけど、何か不思議と近しい雰囲気というか特別な感情があって……。本当に短い時間ではあったけど、あんなに濃密に泰我と過ごした時はなかったなあと、撮影が終わってからしみじみ感じました。

――また、あのふたりの間に都が割り込んでの夜のプールのシーンは実に情感がこもっていました。

倉 あそこは本当に夜の学校に忍び込んだような臨場感があって、妙に現場も静かでした。そして都がギターを弾くシーンでは、不思議と体が動かなくなったんですよ。お芝居的にそれでよかったのかどうかはわからないのですが、あのとき都の弾く音楽に心動かされるものがあったから、逆に体が動かない。監督もあのときは何も言わなかったですし、お芝居をつけたりとかもなかったです。ただずっと見守ってくれていた。それが僕ら3人にはすごく心地良かったです。

――クランクアップしたときのお気持ちはいかがでした。

倉 もう終わっちゃったんだって……。あの9日間は本当に心地よかったし、毎日が充実してたんです。またこの映画で初めてスタッフさんたちと交流を深めることもできましたし、いろんな目線で映画に向き合ってくださっている方々と向き合うことで、自分も改めて「ああ、これが映画なんだ」ってものがすごく見えてきた気がしました。

――完成した作品をご覧になっての感想は?

倉 自分自身ではまだ全然冷静に見れてないんです。ただ、これは誰が見ても絶対不幸にならない作品ですし、全ての世代の人が見られるものだと思います。それこそおじいちゃんと孫が見ても、何かちょっと良い気持ちになれるような映画なのは間違いない。その意味では自信を持って「見ていただきたい」と言えますね。

 

倉 悠貴(くら ゆうき)

1999年12月19日生まれ、大阪府出身。学生時代に地元の大阪でスカウトされ、その年のドラマ『トレース~科捜研の男~』(19/CX)で俳優デビュー。その後も、メ~テレ『his~恋するつもりなんてなかった~』(19)、Netflixオリジナルドラマシリーズ『FOLLOWERS』に出演。来年、映画「樹海村」(清水崇監督)、「街の上で」(今泉力哉監督)、主演作「衝動」(土井笑生監督)の公開が控える。

取材・文=増當竜也 / 撮影=興村憲彦 / メイク=ノブキヨ / スタイリング=牛造華

制作:キネマ旬報社

 

「夏、至るころ」

STORY:翔と泰我は高校最後の夏を迎えていた。二人は幼い頃から祭りの太鼓をたたいてきた。だが、泰我が突然、受験勉強に専念するから太鼓をやめると言い出す。ずっと一緒だと思っていた翔は急に立ちすくんでしまう。自分はどうしたらよいのか、わからない……。息子の将来を気にかける父と母、やさしい祖父と祖母、かわいい弟。あたたかい家族に囲まれると、さらに焦りが増してくる翔。ある日、そんな翔の前にギターを背負った少女、都が現れる……。

出演:倉悠貴  石内呂依  さいとうなり  安部賢一  杉野希妃  後藤成貴 大塚まさじ  高良健吾  リリー・フランキー  原日出子

原案・監督:池田エライザ 主題歌:崎山蒼志「ただいまと言えば」

プロデューサー:三谷一夫 撮影:今井孝博 脚本:下田悠子

企画:田川市シティプロモーション映画製作実行委員会  映画24区

協力:田川市 たがわフィルムコミッション  製作:映画24区

配給・宣伝:キネマ旬報DD 映画24区   ?2020「夏、至るころ」製作委員会

【映画公式サイト】 natsu-itarukoro.jp 【映画公式Twitter】 @natsuitarukoro

◎12月4日(金)より渋谷ホワイト シネクイント、ユナイテッド・シネマキャナルシティ13 他、全国順次ロードショー!

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