生きにくい世の中を生きる子どもたちへ 「アーヤと魔女」に込めたメッセージ

生きにくい世の中を生きる子どもたちへ 「アーヤと魔女」に込めたメッセージ

宮﨑駿が企画、宮崎吾朗が監督をそれぞれ務めた、スタジオジブリの約5年ぶりとなる劇場公開作品「アーヤと魔女」のブルーレイとDVDが12月1日にリリースされる。「ハウルの動く城」の原作者でもあるダイアナ・ウィン・ジョーンズの同名児童書が原作の本作は、初のフル3DCG作品であることや、これまでのジブリ作品にはいなかったヒロイン像など、スタジオジブリにとって初の試みが満載の新鮮な作品となっている。

ジブリ史上、最もはしたないヒロイン!

主人公のアーヤは、赤ちゃんの頃に預けられた「子どもの家」で育った10歳の少女。周りを自分の思い通りに導くのが得意で、何不自由なく暮らしていたが、ある日、ベラ・ヤーガと名乗るド派手な女とマンドレークという長身男の怪しげな二人組の家に引き取られる。魔女だというベラは怪しげな呪文を作る商売が忙しく、その手伝いをさせるためにアーヤを引き取ったのだった。アーヤは魔法を教えてもらうことを条件に働き始めるが、こき使われるばかりでひとつも魔法を教えてもらえない。生まれてはじめて自分の思い通りにならないことを悟ったアーヤは、魔法の秘密を知る使い魔の黒猫・トーマスの力を借りて、反撃を始めるのだった……。

魔女見習いになるというファンタジックな設定や逞しく生きる少女というのはジブリヒロインらしいが、大人を手玉に取ってなんでも思い通りにしてしまうという、したたかでイタズラ好きな「悪ガキ」的少女というのは、ジブリヒロインでは異色。企画書にも「ジブリ史上、最もはしたない娘」と書かれていたらしい。それでも憎めない魅力があるのは、その愛嬌あるふるまいと共に、決して他人を陥れたりせず誰も不幸にしていないから。したたかだが、ズル賢いのとは違い、賢さはあってもズルさがない。作品冒頭で、子どもの家の仲間たちと皆で夜中に抜け出して遊んでいたことが園長先生にバレた際も、自分が皆を誘ったと園長先生の怒りの矛先を一身に集めた上で、園長先生の琴線に触れるような言動を駆使して、誰も傷つけずに事態を切り抜けて見せる。大人の顔色を窺うというと聞こえは悪いかもしれないが、他人の気持ちを察して上手く立ち回るというのは、コミュニケーション能力の高さゆえであり、現代社会では特に大事な能力の一つでもある。

生きづらい世の中で、現代人に送る力強いメッセージ

公式サイトやインタビューなどで、主人公のアーヤが「良い子じゃない」ところに惹かれたと語っている宮崎吾朗監督は、「利用できるものは利用する強さが大事」だとも言っており、生きづらい今の世の中を生きる現代の子どもたちに対するひとつのモデルになるような作品を目指したそうだ。また、本作の原作を読んで映像化の企画を立ち上げながらも、既に新作「君たちはどう生きるのか」の準備に入っていた宮﨑駿は、息子の宮崎吾朗に監督を託すこととなったが、NHKで2020年に放送された番組『いつも“となり”にいるアニメ』で、「この生きにくい世の中でどんなに生きにくくても、とにかく隙間を見つけて、隙間をこじ開けて、味方を作りちゃんと生きていく。その力が一番足りないんじゃないか」と、本作の企画意図を明かしている。

ベラはただの手伝いが欲しくてアーヤを引き取ったと言い放つも、それを聞いたアーヤは魔法を教えてくれることを条件に助手になってやると言い返す。ただ自分の思い通りにさせようと要求するのではなく、ギブアンドテイクの関係を提示し、自らの考えで主体的に行動する。思い通りにいかないことがあってもへこたれず、切り替えて考え直す強さや明るさは、子どもだけではなく誰もが大事なものに気付かされるはずだ。

そんな現代に生きるすべての人々への力強いメッセージを込めながらも、あくまでそれを声高に説教臭く語らず、自然に物語を楽しむ中で感じさせるのは、やはりスタジオジブリ作品ならではだ。

3DCG、音楽、声優など、数々の新鮮な試み

手描きにこだわってきたスタジオジブリが初めて全編フル3DCG作品を手掛けたのも新鮮だ。キャラクターデザインの近藤勝也をはじめとしたジブリ作品の常連スタッフに加え、マレーシア出身の3DCGアニメーターのタン・セリなど世界各国の才能が参加。3DCGでもアーヤのくるくる変わる表情や動きなどを感情豊かに表現してみせている。

武部聡志による劇中音楽も魅力的で、グラムロックやプログレッシブ・ロックが取り入れられているのも斬新。「ロックバンド」自体も物語に大きく関わっているが、主題歌やエンディングテーマには、シンガーソングライターのシェリナ・ムナフ(ボーカル)とシシド・カフカ(ドラム)、GLIM SPANKYの亀本寛貴(ギター)、Mrs. GREEN APPLEの髙野清宗(ベース)ら一流の人気ミュージシャンたちがスペシャルユニットのバンドを組んで参加している。

メインキャストも新鮮な布陣。アーヤ役に現在14歳ながら10年以上の芸歴を持つ平澤宏々路をオーディションで抜擢。ベラ役の寺島しのぶとマンドレーク役の豊川悦司も声優初挑戦。豊川は口数の少ない役を低音の魅力を活かして印象的に演じ、寺島は名前を言われなければわからないほど役に馴染んだ熱演で、初挑戦とは思えないハマりぶりを見せている。他にも黒猫トーマス役に濱田岳が参加するなど、うまい役者ばかりが揃っている。また、劇場公開前にNHKで全国放送されたというのも異例の試みだった。

そして、12月1日にリリースされるセル版のブルーレイとDVDには、絵コンテのほか、キャストとスタッフのインタビューやメイキング「アーヤと魔女をつくる」、三鷹の森ジブリ美術館企画展示「アーヤと魔女展」などの豊富な特典映像を収録。

ジブリらしくない新鮮な驚きに満ちていながらも、鑑賞後にはやはりジブリらしい前向きな元気をもらえる。時代を超えて愛される普遍的なファンタジーとなっていて、宮﨑駿が珍しく手放しで褒めたというのも頷ける最新のジブリ作品だ。

文=天本伸一郎/制作=キネマ旬報社

「アーヤと魔女」

●12月1日(水)Blu-ray&DVDリリース(同日レンタル開始)
Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray:7,480円(税込) DVD:5,170円 (税込)
<映像特典内容>
・絵コンテ(Blu-ray :ピクチャー・イン・ピクチャー DVD :マルチアングル)
※BDとDVDで収録方法が異なります
・アフレコ台本(Blu-rayのみ)
・キャストインタビュー(寺島しのぶ/豊川悦司/濱田 岳/平澤宏々路/シェリナ・ムナフ)
・スタッフインタビュー「アーヤと魔女をつくる」
・三鷹の森ジブリ美術館企画展示「アーヤと魔女展」
・予告編集

●2020年/日本/本編83分
●企画:宮﨑 駿 監督:宮崎吾朗
●声の出演:寺島しのぶ、豊川悦司、濱田 岳、平澤宏々路、シェリナ・ムナフ
●発売元:スタジオジブリ 販売元:ポニーキャニオン
©2020 NHK, NEP, Studio Ghibli