「バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち」のストーリー

ステージのメインで歌うスターに負けない歌唱力を持ちながら、バックシンガーが注目されることはない。そんな彼女達の多くは、子供の頃から教会の聖歌隊で歌う歓びに目覚め才能を開花させた。現在70歳を超えたダーレン・ラヴは、60年代に黒人コーラスグループ、ブロッサムズに加入。やがて、エルヴィス・プレスリーやフランク・シナトラなど様々なスターのレコーディングに呼ばれるようになった。クラウディア・リニアは60年代にアイク&ターナーのバックコーラス、アイケッツに加入。だがセクシーな衣装と派手なダンスを強いられた“動くフィギア”のような彼女達は、ステージのお飾りとして侮辱されることも多かった。そんな中、バックシンガーを積極的に迎え入れたのが70年代のロックミュージシャンだった。クラウディアはジョージ・ハリソンが71年に主宰した“バングラディッシュ・コンサート”に参加したことをきっかけにイギリスのロック界で知られるようになり、ミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイと浮き名を流すことになる。また、子供の頃からレイ・チャールズのコーラス隊に入ることを目指して来たメリー・クレイトンは、その夢を叶えた後、ジョー・コッカーやレーナード・スキナードなどのバックコーラスを通じて名を馳せていくが、なかでもローリング・ストーンズの名曲「ギミー・シェルター」をレコーディングした時の想い出を活き活きと回想する。ジュディス・ヒルは、09年にロンドンで開催する予定だったマイケル・ジャクソンのコンサート“ディス・イズ・イット”で彼と共演するはずであったが、マイケルが急死。彼女はマイケルの追悼式で「ヒール・ザ・ワールド」を歌い、世界から注目を浴びて華々しくソロデビューを飾る。リサ・フィッシャーもバックコーラス出身でソロデビューし成功を収めたシンガーの一人だ。ルーサー・ヴァンドロスに才能を見出された彼女は92年のグラミー賞で“ベスト・フィメール・R&Bヴォーカル”を受賞するほど高い評価を得た。現在はスティングやローリング・ストーンズのツアーに参加するなどバックシンガーの世界で最高峰の一人として活躍している。しかし、90年代に入ってから、様々な事情でバックシンガーの出番は少なくなってきた。フィル・スペクターとの確執が原因で音楽業界を離れ、一時は掃除婦の仕事をしていたダーレン・ラヴは80年代に音楽業界に復帰。メリー・クライトンもクラブで歌い続けている。そんな中、“バックコーラスの歌姫たち”が世代を超えてスタジオに集まり、そのソウルフルなコーラスを披露する……。