「暴れん坊一代」のストーリー
斎藤弥九郎の道場「練兵館」で麒麟児と謳われた柏十三郎は、幕府が初の遣米使節を旗本の次三男坊から選んだ時、軽輩というだけで選に洩れて以来、幕府にも侍にも江戸にも愛想をつかし、品川の土蔵相模を振出しに西へ流れた。宮の渡しで暑さと船酔に苦しむ娘おきくに薬を与えたが、桑名に入って彼女が女郎に売られると知って買い取った。旅の気まぐれがそうさせたのだが互いに孤独の身と知ってその気持が変り、桑名の宿に世帯を持って月日は流れた。最初のうちは用心棒のような恰好で二本を差していた十三郎も浪人姿が身につかなくなると頭も奴髷に変えて、おきくの心配をよそに喧嘩が面白くてならなくなった十三郎だ。御用道中を笠にきて我が物顔に振舞っていた御用人足も十三郎には頭が上らず、土地の顔役阿濃徳の縄張り内で彼の名を知らぬ者はなくなった。十三郎の喧嘩がきっかけで不和だった阿濃徳と小幡の周太郎が手を握ることになり、手打ちの料亭の前を行列が通りかかった時、江戸城濠端で老中酒井下野守に直訴して家老飯田監物に素気なく退けられた思い出を脳裏に甦らせた十三郎が行列を止め、彼の人気は大変なものになった。大名行列の刺青から「行列十三」とよばれ喧嘩にも飽きていた十三郎は次々と行列を止めた。酒井下野守の行列を止め本陣に現れた十三郎の前に監物は五十両を置くと、行列は何事もなかったと去って行った。それ以来彼は行列を止める感激を失ってしまった。おきくの顔に初めて明るさと安らぎが浮かんだ。世の中は安政の大獄で殺気を帯びてきた。幕吏に捕えられた勤皇学者梅田雲浜が桑名に入った夜、練兵館時代の友鶴間順一郎が現れてから十三郎の心中に微妙な変化が生じ、更に桜田門で井伊直弼が襲われその中に順一郎の名を聞いて大きな打撃をうけた。おきくに子が宿り、阿濃徳も侍に還れといったが彼の答は否だった。そして文久二年相州生麦村に行列の供先を横切った英人二人を無礼討ちにした薩摩島津久光の行列が桑名にやってきた。「人斬り行列」の声をきいた十三郎はおきくに心の中でわび、双肌ぬいで前に立った。行列が去り、刺青を血に染めて倒れている十三郎の体に沛然と雨が降り注ぎ、おきくの悲痛な声が雨に消されて行った。